男にもモテるロイ様
「フェリシアちゃん、ずっと屋敷の中だけじゃ退屈だろう? 気分転換に街にでも出てきたら?」
今日の首輪と鎖についての問診を終えたテト様が、テーブルの上に出されたカリフさん特製クッキーの山をモリモリと食べながら言った。
退屈、なんて考えたことなかったわ。
お世話になって三日目。
外出なんてしていないけれど、個性豊かな使用人の皆や、毎日様子を見にきてくれるテト様やウィス君、それに何よりロイ様といる時間を退屈だなんて思ったことがない。
むしろ楽しくて仕方なくて、ずっとここにいたいとも思ってしまいそうになるのだから困ったものだ。
「私退屈なんて思ったことないですよ。毎日とても楽しく過ごさせていただいていますし……」
それは紛れもなく私の本心だったのだけれど、ロイ様は何か思うところもあったのか、口元に手をやって考えてから、今度は私を真っ直ぐに見据えて口を開いた。
「そうだな……。フェリシア、よかったら今日は一緒に街に行ってみませんか?」
「で、でも本当に──」
「えぇ、あなたがここでの暮らしを楽しんでくださっているのは見ていてわかっています。ですがパーティに参加することになって、緊張しているのも確かでしょう?」
「うっ……そ、それは……」
気づいてらしたのね。
啖呵切ったのは良いものの、やっぱり少し怖い。
皆が私を嫌い、噂する。あの光景が蘇ってくる。
緊張せずにはいられない。
私の中の不安に気づいてくれていたんだ……この人は。
「軽食を持っていって、街の公園ででも食べましょう。付き合っていただけますか? 【ご主人様】?」
「なっ……!! な、な……」
美声の破壊力……!!
ロイ様にこんなこと言われて行かない女などいるのだろうか。いや、いないに決まっている。
「わ、わかりました。……よろしくお願いします」
「はい。こちらこそ。では、早速カレフに軽食を用意してもらいに厨房にいってみましょう」
「あ、な、なら、軽食は私が作ります!!」
すっと手をあげて名乗り出ると、「あなた(君)が?」と驚いたようなロイ様とテト様の声が重なった。
当然の反応だ。
令嬢が料理なんて……、という風潮の中、あまりこの事を人に言ったことはないけれど、料理は私の密かな趣味だ。
でもこの人たちなら、きっと私の趣味をバカにしたりはしない。
そう思ったからこそ、私は「趣味で、よく家で作っていたので」と打ち明けた。
まぁ、なぜか誰も食べたがらなかったのだけれど。
すると少しだけ驚いたように目を大きく見開いた後に、ロイ様は私に向かって表情を和らげる。
「すごいですね……。ぜひ、あなたの料理が食べてみたいです」
「えー羨ましい。僕もフェリシアちゃんの手料理食べてみたーい」
「お前は帰って首輪の研究を続行させろ」
「鬼ーっ!!」
ほら、やっぱり。
彼らは大丈夫だ。
返ってきた彼ららしい反応に、ホッと息をつく。
「テト様やウィス君にも、またいつか作らせてくださいね」
私がそう言うとテト様は「本当!? 楽しみにしてるよ!!」と明るい笑顔の花を咲かせた。
「まったく、お前は……。では、いきましょうか、フェリシア」
そう言って私の前に大きな手を差し出すロイ様に私も自分のそれをそっと重ね「はい」と笑った。
「──スッゲー……。良い包丁さばきじゃんフェリシア様。料理もできる天使とか最強じゃん」
カリフさんが調理台で作業している私の手元を覗き込んで感嘆の声をあげる。
すごく感動してくれているようだけれど、ただハムを焼いて、切った野菜とカリフさんが作ってくれたソースと一緒に、カリフさんが朝焼いてくれたパンに挟んだだけで、そんなに手の込んだことはしていない。
私は何も、味をつけたりしてはいない。
すごいのは毎朝おいしいパンを一人で焼き上げてくれるカリフさんだ。
そして反対隣では、いつもは涼しげなその瞳をキラキラさせて私の作業を黙って見ていたロイ様が「あなたは天才ですか……」と何やら感動した様子。氷の騎士団長のこんな表情を見ることができて私の方こそ感動しているのだけれど。
私は二人の反応を気にしないようにしながら、長方形の少し深めの箱へと作ったサンドたちを移していく。崩れないように、慎重に。
「──よし、できました!!」
「おぉ〜!!」
「フェリシア、お疲れ様でした」
私が箱へと詰め終わると同時に、両脇から拍手が上がる。
「カリフさん、厨房を貸してくださって、ありがとうございました。休憩中のところ、突然ごめんなさい」
朝食の食器洗いを終え休憩中だったところを押しかけてしまったのは申し訳なかったなと思いながらも、快く厨房を貸してくれたカリフさんに感謝する。
「良いよ良いよ。しっかり休んで、昼食の準備始めようかと思ってたところだったし。いつでも作りにおいで、フェリシア様」
そう言ってウインクした瞬間──。
ガクンッ──!!
「うぉっ!?」
突然カリフさんがカクンと傾いてバランスを崩し、作業台へと手をついた。
「だ、大丈夫ですか!?」
慌てて支えると、カリフさんが「大丈夫大丈夫」とヘラヘラ笑う。
それでも体勢は傾いたままで、真っ直ぐに立てないことが見て取れる。
どこか悪いんだろうか?
不安になってカリフさんの顔を覗き込むと、ロイ様が「メンテナンスはしたのか?」とたずねた。
メンテナンス? 足の?
「あー……そろそろメンテ行こうと思ってたんだけど……、もたなかったかー」
「それじゃ立てんだろう。これに座っていろ。今メレルに技師を呼ばせる」
そう言ってロイ様は、隣に置いてあった椅子をカリフさんの方に置いて彼を座らせると、「少し失礼します」と私に断ってから私の手を引き、厨房の隅まで行くと、壁にかけてあるベルを鳴らし「メレル、厨房に至急技師を呼んでくれ」とベルに向かって言葉をかけた。
このベルは寝室、厨房、書斎など要所要所に用意されていて、魔法の力を発する魔石で作られているそう。ベルを鳴らして名を呼べば、呼んだ相手にだけ声が届くという優れものらしい。
「かしこまりました」とすぐにメレルさんの声もベルから聞こえた。
こんな道具があるなんて、公爵家ってすごい。
「これですぐに技師が来てくれるだろう」
「若ぁ〜ありがと〜」
「これからはメンテナンスはきちんと受けるように」
「はいよー」
で、メンテナンスとは一体?
会話についていけてない私に気づいたロイ様が「あぁ、すみません。驚かれましたよね」と申し訳なさそうに言った。
「あ、いえ、でも技師って? お医者様ではなく?」
私がたずねると、ロイ様が答えるよりも早くカリフさんは「こーれ」と言って右足のズボンの裾を捲り上げた。
「!?」
そこから出てきたものに、私は思わず呼吸を止めた。
だって、そこにあったのは彼の柔らかい肌ではなく──重く冷たい鋼鉄だったのだから──。
「はは、驚いたよね。俺、右足義足なの」
「ぎ、そく?」
足の代わりに取り付ける機械の足、よね。
そういうものがあるということは聞いたことはあるけれど、実際見るのは初めてだ。
「そ。俺は元々騎士でさ、何年も前に魔物退治に出た時、襲われてた村人かばったら、魔物に足食われちゃったの」
「ッ……そんな……」
想像しただけでまるで自分の足がそうなったかのように痛みを感じ、顔を歪める私に、良い子だねフェリシア様は、と言って私の頭を撫でるカリフさん。
そしてそれをいたって自然な動作で払い除けるロイ様に、カリフさんは「過保護かよ」とこぼして続ける。
「足を失った騎士は流石に騎士としてはやっていけない。運ばれた病院のベッドの上で、見舞いに来てくれた、当時まだ騎士団長でもなかった若に騎士を辞めることを告げたら、『うちに来い』って言ったんだ。『私はお前の料理を毎日食べていたい』って──」
「言ってない」
……でしょうね。
それじゃまるでプロポーズだ。
「お前の、遠征での料理の腕を見込んでのことだ」
「はは、同じようなもんじゃん。俺、元々実家が料理屋で、料理はよくやってたんだ。そんなこんなで、ここで料理作ることになったってわけ。足は無くなったけど義足が馴染んでるから日常生活的に問題ないし、フェリシア様がそんな顔することないよ。ほら、足無くしてこの屋敷に来なきゃ超絶天使のフェリシア様にも出会えなかっただろうしさ、結果オーライだよ」
そう言って明るく笑いかけてくれるカリフさんに、こわばっていた顔の筋肉が緩むと「私も、ここでカリフさんに会えてよかったです」と笑顔を返した。
「……若、俺もフェリシア様と繋がりたい」
「お前だけは絶対にダメだ」
「チェッ。まぁいいや。メレルさんが呼んでくれた技師がそろそろ到着するだろうし、二人は弁当持って行っておいで」
カリフさんが言うとロイ様は私の手を取って歩き出す。
「言われなくてもそのつもりだ。いきましょう、フェリシア。カリフ、ちゃんと細かいところまで見てもらうように。お前の料理が食べられなくなるのは、私にとって重大な損害でもある。自分の身体を大切にしろ」
カリフさんに背をむけそれだけ言うと、ロイ様は私の手を取ったまま厨房を後にした。
「若……。キュン」
呟かれたカリフさんの言葉は……うん、聞かなかったことにしましょう。




