仕立て屋マダム・シシリア
「ドレスを大急ぎで仕立てましょう」
手紙の返事を書いたあと、ロイ様がそう言い出して急遽私のドレスを仕立てるために仕立て屋さんが呼ばれることとなった。
グレタさんが大量に用意してくれた中から選ぶと言ったのだけれど、「初めてのエスコート相手のドレスぐらい贈らせてください」と言われ、一からの仕立てになってしまった。
パーティまであと五日……間に合うのかしら?
「お久しゅうございます、ラゼルディア公爵様」
「あぁ、マダム。世話になる。こちらの御令嬢の、王家のパーティへ行くためのドレスを頼みたい。至急で」
ふっくらとした初老の女性が部屋へと入ってロイ様に挨拶をする。
なんてことだろう。
やってきた仕立て屋は、ドレスに無頓着な私なんぞでも良く知る有名なデザイナー『マダム・シシリア』じゃないか……!!
私に視線を移したマダムに、私は慌ててカーテシーをとる。
「フェ、フェリシア・グラスバートと申します。初めまして、マダム・シシリア。お目にかかれて光栄です」
マダム・シシリア。
この王都で知らぬものなどいないであろうほどに有名なデザイナーだ。
王室御用達でもあり、いつも予約はいっぱい。一度はマダムに仕立ててもらいたいと、貴族子女の憧れの人である。
そんな人をこんな急に呼び出しちゃっていいの!?
「まぁまぁ、可愛らしいお嬢様!! 公爵様からの初めての女物の注文、私、張り切ってしまいますわ!!」
まるで親戚の叔母様が甥の初恋を祝うかのように鼻息荒くするマダム。
「忙しい時期だろうにすまないな。よろしく頼む」
「もちろんですともっ!! あの女っ気のなかった“ぼっちゃま”の初めてのご依頼!! 何としても私、張り切ってやらせていただきますわ!!」
ぼっちゃま? 今ロイ様のことを、ぼっちゃま、って言った?
私が不思議そうな顔をしていることに気づいたメレルさんが「彼女は私の妻なのですよ」と私に補足した。
「えぇっ!?」
TSUMA!?
メレルさんの!?
「で、でも、メレルさんはこの屋敷に住んでるんですよね? 執事だし」
「ふふっ。ぼっちゃまがお小さい頃は私もここに住んで侍女をしておりましたのよ。デザイナーとして店を構えたいという夢を、奥様と旦那様が出資をしてくださり、叶えてくださったのです。それから自分の工房に住み込み、お互いの休日にはお互いの元で過ごしておりますのよ。まぁ、工房もこのお屋敷すぐ近くなので、離れてる感じはしておりませんけれどね」
使用人の夢を応援する公爵家なんて、初めて聞いた。というよりも、そんな貴族、このラゼルディア公爵家ぐらいだろう。
きっとロイ様のお父様とお母様は、素敵な方達だったんだろうなぁ。
ロイ様があれだけ素敵なのも頷けるわ。
「シシリア、フェリシア様はロイ様の【ご主人様】であり、大切なお方。よろしく頼むよ」
メレルさんの言葉に「まぁっ!! もちろんですわっ!!」と笑みを深めたマダム。
だから【ご主人様】広めるのやめてぇぇぇええっ!!
「さて、ではさっそく採寸いたしましょう。グレタ、セリア、手伝ってくださいな。殿方達は御退出くださいまし」
そう言ったマダムにメレルさんは頷くと、共に控えていたゼノン君を連れて退出した。
けれど一向に動こうとしないロイ様に、マダムが訝しげに眉を顰めた。
そうか。出ようにも出られないんだ。何せ繋がっちゃってるから。
「ぼっちゃま? あなたもですよ? 御退出を」
「あ、あぁ……だがその、できないんだ」
「んまぁっ!! 一分一秒でもそばにいたい!! あの堅物なぼっちゃまにそんな心が芽生えただなんて……!! シシリアは、嬉しゅうございますわ!! でもね──? 婚約者でもない殿方の前で肌を晒すなど、フェリシア様は嫌だと思いますわよ? ロイ様も男性です。見ていたい気持ちはわかりますが、公と私は分け、そういう心は己のうちに秘めておくものですわ」
あぁ、これじゃまるで変態をやんわりと諌められているかのような図じゃないか。あの堅物クールな騎士団長様が変態扱いって……。
「うっ、ち、違う……!! いや違う、わけでもないが……そういうのじゃなくて、だな……」
珍しく慌てたように口籠るロイ様に、グレタさんが「ロイ様、シシリア様にはお話ししても大丈夫なのでは? メレル様の奥様ですもの。信用できますかと」と進言した。
「私もそう思います、ロイ様」
「フェリシア──……そうですね。わかりました。このままでは変態扱いされたままですし。──マダム。この話は限られた人間しか知らない。他言はしないように」
そう前置きしてから、ロイ様は私とのことをマダム・シシリアへと話した。
マダムは時々頷きながら、真剣な表情で聴き終えると、真っ黒い笑みを浮かべ──「とりあえず、潰しましょう。ディラン伯爵家とゲゼル子爵家」
黒い。ものすごく黒い。
さっきまでとても穏やかで上品なご婦人だったのに。
一体何が彼女をこんなにしてしまったのか。……私か!!
「今回のパーティは確かほぼ全ての貴族が参加することになるものですし、ディラン伯爵家もゲゼル子爵家も来ますわよね……。──お嬢様、私が、パーティで1番美しいドレスをご用意いたしますわ。えぇえぇ、奴らに後悔させてやれるほど素晴らしいものにさせていただきますわっ!!」
マダムの中で何かが燃え上がった瞬間だった。
「さて、ではぼっちゃま」
「ん?」
「話はわかりましたので、ここにいていただいて大丈夫です。ですが、あいにく目隠しは持ってきておりませんので、採寸の間、あちらを向いていてくださいましね。絶対にこちらをみないように──!!」
語気を強めて黒い笑みのままロイ様に言ったマダムに、たじたじになりながらもロイ様は「わ、わかった」と後ろを向いていてくれた。
ロイ様の協力のもと、ドレスの打ち合わせはなんと夜まで続いたのだった。




