公爵家の使用人事情
ロイ様に手を引かれ庭園へと出ると、暖かい日差しが色とりどりの花々や草木を照らし、母風にゆるりと凪いでいた。色鮮やかに揺れる花に思わず感嘆のため息が出る。
石畳を踏みしめて奥の方へと進んでいくと、真っ白いガゼボが華やかな薔薇の花に囲まれてひっそりと鎮座していた。
「素敵……。御伽噺に出てくるお城のお庭みたい……」
「気に入っていただけたようでよかった。ピオニーが精魂込めて手入れしてくれているので、伝えたら喜ぶことでしょう」
思わず口をついて出てきた幼稚な言葉を拾い上げて、ロイ様が言った。
そうか、この屋敷の庭は全部ピオニーさんが……。
この広さを一人で管理するなんて、あらためて考えるとすごいことよね。
ガゼボまで到着すると、テーブルの上にはすでにティーセットが用意されていた。ポットの先から出る湯気が、つい先ほど作られた物であろうことを証明している。
グレタさん、さっきまで私たちと一緒に広間にいたよね!?
ティーセットの用意、早くない!?
「さ、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
ロイ様が引いてくれた椅子にお礼を言ってから腰を下ろす。
なんてスマートなエスコートなのかしら。社交界に出ているところを拝見したことはあまりないのだけれど、慣れてらっしゃるのかしら?
「……慣れてないですからね?」
私の心の声を呼んだかのようにロイ様が眉間に皺を寄せて告げた。
「わ、私口に出してました!?」
「目がそう言ってました」
さすが騎士団長。すごいスキルをお持ちだわ。
「さて……では先ほどの話の件なのですが……」
「あ、女性に色仕掛け使われたっていう?」
私があけすけなく言うと、ロイ様はうぐっと一瞬だけ言葉を詰まらせて頷いた。
「えぇ。10年前、私が13歳の時に両親が死んでから、私はたくさんの使用人をまとめる立場になりました。ですが、時が過ぎるうちに、少しずつ異変が起こり始めて──」
「異変?」
言い淀むロイ様に聞き返すと、ロイ様は眉を顰めて難しそうな顔をしたままティーポットからカップへと紅茶を手ずから注ぎ始めた。一つは私へ、もう一つは自分の方へとカップを置いて、苦い顔で言いにくそうに口を開く。
「常に誰かに見られているような妙な感覚。風呂場や就寝前でさえもその感覚は付き纏いました。食べ物や飲み物から、訓練された嗅覚をもつ者にしかわからないほどの僅かな異臭を感じることもあり、当時まだ魔術師見習いだったテトに調べてもらったところ媚薬が検出されまして……」
「び!?」
媚薬ぅぅっ!?
「そしてある日、夜中に人の気配を感じて飛び起きると──女性が……私に、馬乗りになっていました……」
「!?」
そう言ってカップに注いだ紅茶を口に含んだロイ様は、その時のことを思い出したのか、少しだけ顔色を青くしていた。
「ま、まさかロイ様……その方に……」
「何もなかったですからね?」
力一杯否定するロイ様に、少しだけ安堵する。
「カリフの言った通り、何かされる前に蹴り飛ばして、その場で取り押さえました。昔から剣術と体術は習っていたので」
「よかったです、ショタロイ様がご無事で」
「しょ……?」
しまった。口が滑った……!!
「いえ、なんでも。続きをおねがいします」
「わ、わかりました。その女性は、屋敷のメイドでした。媚薬を盛ったのは当時料理の給仕担当だった別のメイド。その都度騎士団に引き渡し、解雇し、私はもっと強くならねばと鍛えに鍛え、騎士団へと入隊し、気づけばこの地位に……。そしてそんなことを繰り返しているうちに、屋敷にはこの人数しか残りませんでした」
ため息をついて項垂れるロイ様。
公爵家でありながら騎士団長をしていることは不思議に思ってはいたけれど、まさか自衛のために鍛え込んだ末のものだったとは……。モテすぎるのも考えものね。
ロイ様はそれはもう整ったお顔をしているもの。
サラサラの銀髪にサファイア色の涼しげな瞳。
おまけに美声ともなれば、そりゃ放っておかないわよね、皆。
「でも、この広さのお屋敷をグレタさん一人でお手入れしているなんて、大変じゃありませんか?」
うちの伯爵家の何倍もある広さの公爵家。だけどここで働いている侍女はグレタさんただ一人。お部屋のお掃除とか、無理じゃない?
「あぁ、それは大丈夫です。彼女はホブゴブリンで、掃除などは魔法で一気に済ませてしまうので」
ホブゴブリン──。
確か、妖精の一種で、家に住み着いて家事を行ったりして主人に仕える種類もいるとか……。まさか実在するなんて。
「他のものは皆人間ではありますが、優秀なものたちばかりなので特段不便はありません。唯一の公爵家の人間である私も騎士団の仕事で隊舎に泊まることも多いですしね。ですが、いざ屋敷に帰れば皆賑やかに声をかけてくれ、温かい食事と寝所を用意してくれる。私にとって大切な、家族のような存在です」
そう話すロイ様の表情はどこか穏やかで、本当に皆さんを大切にしていることが窺い知れた。
「素敵な関係を築いてらっしゃるんですね」
「ありがとうございます」
微笑みあって二人で紅茶を楽しむ。
こんなに穏やかな時間、久しぶりだわ。
結婚の準備や学業で忙しかったから、しばらくこんなにゆったりとした時間を過ごしていなかたものね。
「ロイ様」
「ん?」
「私、ここにいる間、少しでも皆さんと仲良くなりたいと思います。だって、とっても素敵な方々なんですもの。せっかくのご縁、大切にしたいです」
それに、ロイ様が信頼する家族ですもの。
私もそんな皆さんを大切にしたい。
「はい。皆喜びます。あぁ、ピオニーやカリフの言葉は半分流してくださいね」
「ふふっ。はいっ」
私はロイ様としばらくの間このガゼボで、色鮮やかな花々に囲まれながら穏やかなティータイムを楽しんだ。




