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アネモネをきみに  作者: 影山ナイト
5/16

歌詞

 昨日は無事、園川奏とのスキンシップに失敗し転校を脳裏によぎったものの、そういうわけにも行かないので、僕は今日も登校している。


絶望と希望が混ざり、それでもちょっと希望の方が大きいため今日は明るくポップだと言われている音楽を流し、桜並木を歩いている。


 昨日は急に話しかけてしまった挙げ句、上手くコミュニケーションをとれなかったが今日は違う。今日は秘策がある。このとっておきの秘策でなんとしても園川奏と仲良くなってみせる。


 僕は登校中ひたすら、ニヤニヤと邪悪の笑みを浮かべていたのかもしれない。通行人が変質者を見るような目で僕を見ていた気がするが、知ったことか。今はどうでもいい。


 8時3分。いつもより少し早く学校に到着した。いつもなら、退屈な学校生活に嫌気を差しながら教室に入るが今日は心臓が口から飛び出すのではないかと思うほど緊張していた。教室を目前にし、僕は画面の割れたスマートフォンを鞄から取り出し、あるアプリを開く。


 昨日、絶望の淵から妹にダウンロードしてもらったアプリ〈でんごんくん〉だ。


 緊張する。一度失敗し、もしかしたら嫌われているかもしれない異性に声を掛けるのは、至難の業だった。


 また、上手くいかなかったらどうしよう。僕は震えた手でスマホを操作する。


 テキスト欄に簡単な挨拶を入力しておく。


『おおおおおおおおはははははははははははよよよよよよよよ』


 ダメだ! 手の震えが止まらない! 落ち着け僕!


 爆発しそうなほど脈打つ胸に手を当て、深呼吸する。テキスト欄に書かれた文章を5回ほど見直す。誤字脱字がないことを確認し、意を決して教室の前扉を開ける。


 すると、彼女――園川奏はいた。


 きれいに、まっすぐ背筋を伸ばし、凛とした姿勢で席に座っている。


 やっぱり、とても綺麗だ。


 夜空のような髪は、一本の隙もなく優雅に流れ、日光が反射し、まばらに輝く星空のようにきらきらとしている。瞳を閉じて、音楽をイヤフォンで聴いている。


 瞳の綺麗さに昨日は気づかなかったが、目を閉じるとまつ毛の長さが際立つ。まるで、夜空を舞う翼のようだ。それにしても楽しそうに音楽を聴いている。心なしか、歌を口ずさんでいるように見える。


 本当に音楽が好きなんだな。共有できないのが、虚しく、悔しく、悲しい。仕方のないことだけれど、やはり、僕と彼女の前には大きな障壁があるのだ。


 僕はその障壁を越えられるのか。越えられる自信は、ない。でも、越えたい。


 ここで障壁を理由に逃げたら、僕は一生、障壁を言い訳にしてしまいそうだから。


 いや、違う。そんな大層なことは考えていない。

 ただ、彼女と仲良くなりたい。


 それだけだ。それだけで充分だ。


 僕は一歩進んで、彼女の席の前に立った。彼女は近づいたことに気づいたようで、イヤフォンを外した。僕は、スマホの音声ボタンを押した。


『おはようございます、園川さん。水瀬です。昨日は驚かせてしまってごめんなさい』


 きっと、スマホで音声が流れているはずだ。数秒して、彼女が何かを言った。


「――――」


 再び数秒して、スマホのテキスト欄に文章が現れる。


『おはようございます。コレは何ですか?』


 すごい。本当に会話ができている。感動もほどほどに、会話を進める。おそらく、コレ、とはこのアプリのことを言っているのだろう。急いで、テキスト欄に文字を入力する。


『これは、スマートフォンのアプリです。僕が文字を入力すると、音声が流れて、園川さんが話すと、文章が表示されます』


 少し時間差があるものの、ちゃんと伝わっているようだ。


『そんな便利なものがあるんですね』


 僕は嬉しくなって、話しを進める。


『はい。昨日、妹に紹介してもらってダウンロードしてみたんです。これなら、園川さんとお話しできると思いました』


 僕は、聞きやすいようにとしゃがみ、少し近づいた。


「…………」


 しかし、園川さんからは何も返事がなかった。


 あれ、聞こえなかったかな? もしくは、嫌われ過ぎてもうこれ以上話したくないとか?


『園川さん、聞こえてますか?』


 再び、入力し、音声ボタンを押すも彼女からの反応は得られない。口をぽかんと開き、何か別のものに気をとられているようにも見える。かわいい。


『あの、園川さん?』


 返事がない。もしかしたら、アプリの調子が悪く、音声が流れていないのかもしれない。

 僕は慌てて、スマホを操作しようとする。


 すると、いきなり園川さんは真っ白な腕を伸ばし、僕のスマホを手に取った。


「――――!」


 何か興奮ぎみに言葉を放っている。


 いきなり腕を伸ばし、スマホを取られたので驚いた。本当に、見えているのではないかと思うほどスムーズな動きだった。


 それよりも、急にどうしたのだろうと僕は首をかしげる。少しして、園川さんは僕にスマホの画面を向けた。


『〈アネモネ〉、好きなんですか!?』

『え、〈アネモネ〉?』


 園川さんは楽しそうにこちらを見ている、気がする。


〈アネモネ〉? なんだそれ?


 つい最近、どこかで見覚えがあるような気がする。たしか、花の名前だった気がする。


 それにしても、急にどうして花の話が出てきたのだろう。話が飲み込めないまま、頭の上に疑問符を浮かべている間、再び、園川さんはスマホに何か言葉を放っている。


『私、すごい好きなんです。さっきも聴いてて、不安なときとか、頑張らなきゃっていうときに聴くと力が湧いてくるんです』


 笑顔でこちらに訴えかけている。


 聴く? ああ、もしかして!


 僕は制服のポケットに入っている音楽プレイヤ―を取り出し、表示されている画面を見て納得した。画面には〈アネモネ〉と表示されている。


 なんのことかと思ったら、曲名のことだったのか。


 おそらく、ヘッドフォンから曲が流れていたのだろう。普段、教室に入る前に音楽プレイヤーを確認し、流している曲を停止するのだが、今日は〈でんごんくん〉に意識が集中しており、すっかり確認するのを忘れていた。


 さきほどまでずっと流しっぱなしだったのかと恥ずかしくなり、急いで曲を停止する。園川さんは三度、スマホに音声を入力する。


『あれ、でも、水瀬さんはたしか、耳が聞こえないんですよね? どうして音楽を流していたのですか?』


 ストレートな質問をぶつけてくる。悪気は一切感じない。当然の疑問だ。僕がヘッドフォンを着け、音楽を流している理由。単に人から話しかけられないようにするためだ。


 しかし、理由を説明するのは少し憚る。少し考え、それっぽい理屈を並べてみる。


『歌詞が好きで、音楽と一緒にダウンロードしたんです。曲を流しているとなんとなく、歌詞に応援されている気がして……』


 園川さんは硬直する。


 さすがに苦しかったか……?


 彼女は微笑み口を開く。


『私も歌詞がとても好きなんです。すごい! すごい! まさかこんな偶然なことがあるなんて』


 すごく嬉しそうに、両手を軽く上げ、ぴょんぴょんと跳ねている。すごくかわいい。


『僕も嬉しいです。やっぱりこの曲、すごく勇気をくれますよね』


 共有できたことが嬉しくつい、知ったかぶりをしてしまった。


『うんうん! そっかぁ。なんだかすごく嬉しいです。最初、水瀬さん怖い人かと思ったけど、そうじゃないんですね』

『あはは』


 ハッキリ言うなこの子。いや、それぐらいの方がわかりやすくて良い。彼女が僕の印象を変えたように、僕も彼女の印象が変わった。白黒ハッキリした性格ではあるのだろうが、明るい曲が好きで、そこから力をもらって、誰かとその感動を共有できることに喜びを得て、楽しそうにはしゃぐ姿を見せる年相応の女の子だ。


 そんな、純粋な女の子に嘘をついたことに罪悪感が募る。


 話しに出るまで、僕は〈アネモネ〉という曲名すら、しっかりと認識していなかった。それに、歌詞が好きだと言ったが、歌詞なんて一度も見たことはない。


 元々、小説を読むのは好きなので文章を読むこと自体嫌いではないのだが、歌詞を読むのは気が進まなかった。自分の欠けている部分を強く実感するから避けていたのだ。結局、この歌詞を読んだところで、その歌詞がメロディに乗り、ひとつ完成した曲を僕は聞くことはできない。


 未完成なものを中途半端に得るぐらいなら、0の方がいいと思っていた。


 でも、彼女と共感できるなら、歌詞を見てみようかなと思う。未完成で中途半端でもいいんだ。それでも、誰かと繋がることはできるのだ。


 なんだか、少し救われたような気がした。


 園川さんともっと話していたいと思ったが、そろそろ朝のホームルームが始まってしまうので、心惜しいが、また今度だ。


『ありがとうございます、水瀬さん。それと、昨日は悪い態度をとってしまい、申し訳ありませんでした』


 本当に申し訳なさそうに、ぺこりと頭を下げた。


『全然いいんです。僕こそ、驚かせてしまってすみませんでした。仲良くなりたかったので、つい』


 そう言うと、園川さんは一瞬考え、微笑んだ。


『同じ曲が好きなんです。もうお友達ですよね、水瀬くん』

『……はい! よろしくお願いします! 園川さん』


 今まで生きてきてよかったと心底思う。退屈で、白黒の世界は、好きな女の子の笑顔を見るだけで色鮮やかに輝いてしまうものなのだ。


 人生って、それぐらい単純なものなのかもしれない。


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