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4夜目「極深層のトラップワールド!」

「あのピエロ、なんであんなに身軽なのーーっ?」


 ピエロのコックが巨体を揺らして、居醒(いさめ)得夢(エルム)を機敏に捕まえようとする。


 ふたりはそれを間一髪で躱し続けた。


「夢の中じゃ体型なんて関係ないよ! ハヤブサスキルに上書きしよう!」


 得夢と居醒はナイトメア・ゴールドを宙に弾いて、上位スキルへ注文し直した。


 幸い、武器商人のAOSオートオーダーシステムは未だに機能しているようだ。


 夜船(よふね)はピエロコックの左手に捕らわれている。


 得夢がピエロコックの右手の網をかいくぐって接近を試みた。


「夜船ちゃん! これは夢だよ! 気がついて!」


「無駄無駄あっ! 俺様の手中にある限り、こいつは悪夢のフルコースだああああっ!」


「だったら!」


 得夢は大剣に真空の刃を纏わせた。


 そしてピエロコックの注意が居醒に向かった一瞬の隙を狙い澄まして、ピエロコックの左手首を一刀両断する。


「ぎええっ、おまえっ、なにすんだあああっ!」


 ピエロコックがドシンドシンとのたうち回る。


「今だっ!」


 得夢と居醒が切り落とした手首から夜船を救出するが。


「夜船ちゃんっ!」


「来るなああっ、うちは不味いんやあああっ」


 夜船は悪夢に錯乱していて、得夢や居醒のことに気づけない。


「そうだわ!」


 居醒がおじいさんの声真似をしてみせる。


「わしはサンタじゃ、夜船ちゃん! そなたに印刷局と造幣局をくれてやるから、目を覚ませーーっ!」


「うへっ、いんさつきょくーっ?」


 夜船がうつろな目のまま、居醒に耳を傾けた。


 造幣局が硬貨を製造するのに対して、印刷局は紙幣を製造している政府機関だ。


「そうじゃ! 好きなだけお金を造りまくるのじゃーーっ!」


「しゅ、好きなだけいいのーーっ?」


「酒に女にアクセにお菓子! 死ぬまで金には困らんぞーーーっ!」


「マァジでぇーーーっ!」


 夜船は歓喜しながら跳ね起きた。


 しかし。


 得夢と居醒の顔を見て、すべてを察してしまったのか、笑顔を引きつり項垂れる。


「夢やないって言って~~~っ!」


「これは夢だよ、夜船ちゃん!」


「知ってたわぁ。得夢ちゃんの意地悪~~~っ!」


 そのとき。


 ピエロコックの右手の平が、夜船の頭に降ってきた。


 夜船を叩きのめして、ピエロコックが狂喜する。


「夜船ちゃんっ!」


「でゅふふーーっ! お肉は叩けば柔らかくなるんだなーーーっ!」


 ぺちゃんこにされてしまったと思われた瞬間、ピエロコックの右手の甲がテントのように盛り上がってきた。


 表皮を貫き、火山の噴火のごとく炎とともにハルバードが突き出した。


「ぐぎゃああああっ!」


 そこから夜船が飛び出してきた。


「フライの衣が取れてちょうど良かったわ! よぅも変な夢を見せてくれたなぁ!」


「夜船ちゃんっ!」


「もう大丈夫や! 得夢ちゃん、うちと一緒にピエロの相手をしてくれる?」


 夜船がテーブル隅のねんねと春眠(しゅんみん)に目を向けた。


「時間稼ぎだね!」


「居醒ちゃんはうちみたいに、(みん)ちゃんとねんねちゃんを助けたって!」


「やってみる!」


 得夢と夜船が「ハヤブサスキル!」でピエロコックを攪乱しているうちに、居醒はテーブルの隅へと舞い降りた。


 塩で固められたねんねと、ピラフの旗にされてしまった春眠に呼びかける。


「ううっ……」


 しかし反応があったのは春眠だけだ。


「春眠っ、春眠っ!」


「居醒ちゃんっ、来ちゃダメーーッ! あのピエロがベロチューしてくるわーーっ!」


「それは夢よっ! ベロチューなら春眠にしてあげるからっ! 気がついてーーーっ!」


 居醒の渾身の呼びかけに、春眠の目がぱっちり見開いた。


「居醒ちゃんがわたしにベロチューするのっ? それ、本当っ?」


「よく考えてっ! そんなの夢に決まってるでしょーーっ!」


 春眠が嘔吐を催しながら、顔を背けた。


「その反応はなにーーーっ?」


「わたしは見る専門よ。おうっ……ぷ。わたしは遠慮するから、ねんねちゃんにしてくれる……?」


「なんか傷つくーーーっ!」


 居醒はピラフの山から春眠を助け出し、今度はねんねに呼びかけた。


「ねんねちゃんっ! ねんねちゃんっ!」


 どんなに声をかけても反応がない。


 ねんねの顔は真っ白で、血の気がすっかり失せていた。


「寝顔が綺麗すぎるわ! もしかして、ねんねちゃんはもう……」


「そんなっ……、ダメーーーッ!」


 居醒が塩の小山を駆け登る。


「ねんねちゃんがっ、あのねんねちゃんがっ……、起きてーーっ!」


 居醒はねんねの顔を抱きしめた。


「スー……スー……」


「いや、普通に熟睡してるしぃーーーっ!」


 この非常時のさなか、平然と眠りこけてるねんねに春眠はときめいた。


「さすがねんねちゃんねっ!」


 居醒がねんねのすぐそばで声をかけ続けるが、ねんねは微動だにしなかった。


「ねんねちゃんっ! どうして起きないのっ?」


「居醒ちゃんっ! こういうときは、なにか興奮することを言ってあげなさいっ! はあっ、はああっ」


「なんで春眠が興奮してるのよーーっ?」


「わたしはいいからっ、はやくっ!」


「興奮することって言ったって……。ねんねちゃんが喜びそうなことと言ったら……!」


 居醒はひらめいた!


「今度、メカニックものの官能(エロ)小説を朗読してあげるっ! だから起きてーーーっ!」


「居醒っ、ほんとーーーっ?」

「居醒ちゃんっ、すてたまーーーっ!」


 春眠の阿鼻叫喚とともに、ねんねの瞳がバチリと開く。


 予想を遙かに凌ぐ大興奮に、居醒はおののきたじろいだ。


「そ、そういうのがあるならね~っ……」


「あるっ! あるはずっ! なんなら、ねんねが書くーーーっ!」


「書くなーーーっ!」


「最高級の録音機器を買い占めなくちゃーーーっ!」


「春眠も落ち着いてーーーっ!」


 兎にも角にも、ねんねが目を覚ましてよかったと、ほっとする居醒と春眠であった。


 ねんねの顔が白かったのは、単に塩がくっついていただけのようである。


「ねんねちゃん、怪我はないっ?」


 居醒の心配などつゆ知らず、ねんねは大きなあくびをして見せた。


「よぅく寝た。塩って砂風呂みたいで気持ちいい」


「保温性がありそうね! でも、そろそろ出た方がよさそうよ!」


 春眠に急き立てられて、ねんねが藻掻いてみるものの、表情がひしゃげるだけで塩の山はびくともしない。


「無理」


 居醒がねんねを掘り出そうとするが。


 塩が硬く固まっていて、腋に手を回すのが精一杯だ。


「ぐっ、ぬっ、ぬっ、引っこ、抜けない~~~っ!」


 そこへドッと影が差してきた。


 部屋の壁が倒れてきたのかと思ったそれは、ピエロコックの大きな背中だ。


 ピエロコックが倒れ込み、テーブルをぐしゃりと押しつぶす。


 その反動でねんねは塩の塊ごと飛び跳ねた。


 床に落ちた衝撃で塩の山が粉砕し、ねんねは産まれたように自由になった。


 ピエロコックがうつ伏せになって起き上がろうとする。


 居醒とねんねと春眠は、ピエロコックと目が合って、びくりと固まった。


「俺様のディナーがあああっ! このまま喰ってやるーーーっ!」


 ピエロコックが大口を開けて、這いずりながら迫り来た。


「居醒、鼻の飾り玉!」


 あれが弱点だとねんねが指さした。


 居醒は円盾に備わっている銛を、ピエロコックの赤い鼻飾りに打ち込んだ。


「はがっ……?」


 ピエロコックの動きがピタリと止まる。


 銛には鎖が連なっていて、ピエロコックの赤い鼻飾りと円盾がピンとつながっている。


 居醒が勢いよく引っ張ると、赤い鼻飾りがスポンと外れて落っこちた。


 それをショットガンで狙いを定めて……。


「ひゃっ、ひゃめろーーーーーっ!」


 居醒は散弾で撃ち抜いた。


 赤い鼻飾りが風船のように弾け散る。


 すると、ピエロコックの身体も連動するかのように破裂した。


 ナイトメア・トレジャーが花火のように弾けて飛んで、居醒たちに降り注ぐ。


 夜船と得夢が床に着地し、居醒の手を取り抱きついた。


「やったなぁ! 居醒ちゃんっ!」


「居醒ちゃんがフィニッシャーだね!」


 ねんねも春眠も居醒にすがり寄った。


「居醒、よくやった」


「見て見て! 新しい宝石がいっぱいよ!」


 春眠がナイトメア・トレジャーをすくい上げて皆に見せつける。


「ルビーにサファイアにエメラルド! 一体いくらの価値になるのかしら!」


「財宝がざくざくや!」


 夜船たちはナイトメア・トレジャーをすくい上げてはばら撒いた。


「でも悪夢の討伐任務を受けてないわよ? いったいどこからこの報酬は支払われてるの?」


 居醒の言うとおりだねと、皆が小首を傾ける。


「みんな、それを考えるのは後にして、早く逃げよう!」


「得夢ちゃん、そうしたいんやけど、帰り方がわからへんのや」


「出口がない」


「出口がないって? 夜船ちゃん、ねんねちゃん、どういうことっ?」


「わたしたちも異変に気づいて、真っ先に探してみたわ! でも出入り口が閉ざされてしまっていたの!」


 春眠の証言から憶測するに……。


「これは最初から夢魔の罠だったかもしれないね」


「得夢ちゃん、会場に集まっていた貘たちも偽物だったってこと?」


「居醒ちゃん、それはわからない。でも年に1度のイベントを利用して、わたしたちだけを始末するには大がかり過ぎないか?」


「ねんねたちがトップランカーに間違えられた?」


「いや、不特定多数の貘を狙ったんだと思う」


「帰る方法を探しながら、他にも貘がいないか探してみよか」


「そうだね、夜船ちゃん。そうしよう!」


 そんなとき、得夢たちの頭上に映像が現れた。


 砂嵐が酷くて、かなり乱れた映像だ。


「お姉……ゃんたち、聞……るか?」


「寝坊ちゃんっ!」


「いま救出に……っているから、……まで生き延びて!」


 ここで映像は途切れてしまった。


「どうやら夢魔の罠っていうのが、真実味を帯びてきたで!」と、夜船。


「運動会どころじゃない」と、ねんね。


「この悪夢で使える限りの最強装備にしておこう!」


 皆が得夢に頷いた。


 ねんねはソード・ブレイカーの二刀流に。


 夜船は例のハルバードで。


 春眠はシールドを展開できる大鎌に武装する。


 そして、防具は得夢と同様な装束を身につけた。


 居醒も再びオーダーし直して、対物ライフルを装備した。


「魔女さんのときと同じ武器ね! 心強いわ!」


 春眠はそうは言ったが、今回はエンチャントがまるでかかっていない。


 各自、烈風などの基本的な属性が武器に備わっているだけだ。


 得夢たちは警戒しながら、ピエロコックの部屋を出た。


 大通りのような広い廊下を足早に進んでいく。


 窓が光ったと思った途端に、雷鳴がとどろいた。


 そして窓を激しく打ちつける雨。


 照明が生み出す薄闇と雷光に紛れ込んで、壁のシミや陰影から魑魅魍魎が這いずり出してきた。


 うじゃうじゃと蠢くそれは、得夢たちが通り過ぎると壁から湧き出て、得夢たちの背後に忍び寄ってくる。


「みんなっ、うしろっ!」


 魑魅魍魎は気づかれたと知ったや否や、喚きながら襲いかかってきた!


「よく気づいたなーーーっ!」


「おまえたちも壁のシミになるがいいーーーっ!」


「俺たちの仲間にしてあげるーーーっ!」


 魑魅魍魎があっという間に得夢たちを取り囲む。


 得夢と夜船が後方を、ねんねと春眠が前方を、そして居醒が上から来る魑魅魍魎に立ち向かう。


 しかし武器で攻撃できる手応えはあるものの、芯まで切れない感覚だ。


 魑魅魍魎は切り飛ばされても、切り飛ばされても、得夢たちに立ち向かってきた。


「なんやこいつら、とどめが刺せへんでっ!」と、夜船。


「まるでこんにゃくねっ!」と、春眠。


「氷結粉砕のエンチャントくでー」と、ねんね。


「居醒ちゃんはどうっ? 倒せてるっ?」


 得夢が上を見上げるが、居醒の対物ライフルを持ってしても、ノックバックすることしかできていないようだった。


「得夢ちゃんっ、1匹だけに攻撃を集中させてみるっ!」


「わかった! みんなで居醒ちゃんを守ってあげようっ!」


 上から特攻してきた魑魅魍魎を、居醒が対物ライフルで一点集中する。


 弾が当たると肉のようなものが弾け飛ぶが、消滅までは至らない。


 それでも集中砲火を続けていると、魑魅魍魎の身体からナイトメア・トレジャーらしきものが見えてきた。


 それに対物ライフルの弾が当たって、宝石が破砕された途端に、魑魅魍魎が破裂した。


 飛び散った肉片らしきものが壁に吸い込まれて、新たなシミ模様になっていく。


「みんなっ、今の見たっ?」


 得夢たちが頷き合う。


「範囲攻撃をしながら1匹に一点集中だーーーっ!」


 得夢や夜船や春眠は、倒すと決めた1匹を常に中央に据え、大型の剣や鉾や鎌で同時に広範囲の魑魅魍魎を切りつけた。


 小回りの利くねんねは二刀流のソード・ブレイカーで、複数の魑魅魍魎を相手に同時に一点攻撃してみせた。


「ねんねちゃん、器用やなっ!」と、夜船が活気づくが。


「でもこいつらお宝出ない」と、ねんねは不機嫌だ。


 魑魅魍魎の身体の奥にある宝石を、地道に砕いていったことによって、徐々に敵の数が減ってきた。


「あと少しだっ! みんな頑張れっ!」


 得夢が皆を鼓舞したそのとき!


「なにあれーーーっ?」


 ずっと奥まで続く通路のシミが、泡のように盛り上がってきた。


 それらは魑魅魍魎を摂取しながら縦に連なって、得体の知れない大巨人に変貌したのだった!


「おまえのカロリー、何キロだあっ! 喰ってやるーーーーーっ!」


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