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3夜目「地獄の大穴がぁああーーーーーっ!」

 とある土曜日の午後。


 お泊まりの用意をしてきた得夢(エルム)たちが、悪夢研究部の部室にやって来た。


 学校付近のスーパーで、お菓子などの補給物資を買い入れたのち。


 運動部員が利用している高校付属の大浴場を間借りして、肌を寄せ合い、ひとはしゃぎ。


 寝間着姿になった得夢たちが部室のベッドに寝転がって、部活という名の女子会で盛り上がっているうちに、夜もそこそこ更けてきた。


 おのおのが就寝前の身支度をやりながら、得夢の言葉に耳を傾ける。


「クラブ活動の一環ということで、学校にお泊まりをする許可が下りました! 今更だけど、みんな、親には許可をもらってきたよね?」


「親の許可はともかくとして、学園祭でもないのに、宿泊の許可がよく下りたわね!」


 居醒(いさめ)の懐疑が色づく双眸に、夜船(よふね)とねんねはお金のサインを指で作って、にったり笑った。


「そりゃ、うちらには……」


「まって! もういい!」


 わかってしまったと、居醒が手を突き出して項垂れる。


「この学校って汚職まみれだわ……」


「お金があればなんでも叶うわね!」


 春眠(しゅんみん)が手のひらを重ね合わせて肩を弾ませる。


「寝る準備はできたかな?」


「得夢ちゃん、みんなのシーツもカバーも交換したわ! この上なく清潔でふかふかよ!」


 春眠はコードレスの掃除機と布団乾燥機を掲げて見せて眠る気満々だ。


「さすが布団屋の娘」


「完璧な寝心地や!」


 ねんねと夜船が枕に顔をうずめて、アロマの香りにすりすりする。


「居醒ちゃんも万全だよね?」と、得夢が伺うと。


「抜かりはないわ!」と、居醒は親指を突き立てた。


 そこへねんねが文庫本を手渡して。


「居醒、大事なものを忘れてる」


「えっ、なにっ?」


「寝る前に読む官能(エロ)小説」


「読むかーーーっ!」


 そこに夜船と春眠も乗っかって。


「スケスケのネグリジェは?」


「着るかーーーっ!」


「金運アップの黄金パンツも?」


「穿くかーーーっ! いやでも金運が上がるなら……」


「穿いてみる? 純金のスパンコールよ!」


 春眠から手渡された黄金パンツは精巧で、ひとつひとつの細工が美しい。


 よほど名のある職人の仕事に違いない。


「どこで買ったのっ?」


「ハンドメイドよっ!」


「守銭奴の完成度ーーーっ!」


 部室のベッドの上は、黄色い声でてんやわんやだ。


「はいはい、前説はそのくらいにして、そろそろ寝るよーっ!」


「得夢ちゃんっ、女子の戯れを前説って言わないでっ!」


「ほら、居醒ちゃんも寝た寝た! 運動会会場にレッツゴーーッ!」


 得夢は間接照明の明かりをつけて、部室の明かりを暗くした。


 皆が布団の中へ潜り込む。


「得夢ちゃん、会場にはパジャマで行くの?」


「とりあえず制服でいいよぉ。居醒ちゃん……」


 ほどよい暗さと快適な寝心地に、遊び疲れた甲斐もあってか、得夢たちは溶け込むように夢の中へと導かれていったのだった。




 夢のターミナルに特設された受付で、得夢は招待状を手渡した。


「参加するのはわたしたち5人です」


 受付係のお姉さんが招待状をじっと見据えて、得夢たちを見渡した。


「了解しました。では会場内の施設をご利用いただくために、認証用のお顔をスキャンさせていただきます」


「そんなシステムあったっけ?」


「夢魔が紛れ込まないように、今年からセキュリティを強化したんです!」


「スマホの顔認証みたいなの?」


「ですね!」


 スキャナーの前に立って、得夢たちが順番にフェイスデータを登録していく。


 ところが居醒の番が来たときに、エラーが起こって登録は中断されてしまった。


「あら……?」


 受付係のお姉さんが、スキャナーを調べ始めた。


「居醒、メイク盛りすぎ」と、ねんね。


「スッピンよ!」


「居醒ちゃん、変顔になってるで!」と、夜船。


「あっ、そっか! って、これが地顔でしょーーっ!」


「じゃあ、なにが原因だろう?」


 得夢たちが小首をかしげる。


 居醒は不安になってきた。


「わ、わたしの顔っ、どうかしたんですかっ?」


「いえ……、残念なことに、貧乳が原因です」


「顔認証、関係なーーーいっ!」


 春眠は指で作ったフレームに、居醒の胸を捕らえてみせた。


「居醒ちゃんだけバストIDね!」


「貧乳ID! 貧乳ID!」と、得夢たちが失笑する。


「そんなセクハラ認証あってたまるかーーーっ!」


「うふふ、冗談です。登録は済みましたので、どうぞあちらの扉から会場へご入場なさってください」


 得夢たちが会場への扉に向かった直後、受付がふっと消えてしまったことには、誰も気づかないのであった。




 運動会の参加者待合会場は、ドーム型の競技場になっていた。


 サッカーグラウンドほどの広さに、大勢の貘たちが所狭しと開会の宣言を待ちわびている。


「貘ってこんなにいっぱいいるのっ?」


 老若男女の貘たちからみなぎっている熱気や気迫に、居醒が飲み込まれそうになる。


「これでもほんの一部だよ。それにしても今年はやけに殺風景だなぁ」


「いつもは露店とかあって、お祭りみたいに賑やかやのに」


 得夢と夜船が不満げな顔で見つめ合う。


「でも、こんなに人がいるなら、お化け屋敷は平気そう!」


 居醒が胸を撫で下ろすのだが。


「同じ会場に全員が突入すると思ったら大間違いやで、居醒ちゃんっ!」


 夜船が全力で否定した。


「へ?」


「居醒、ここは夢の中」と、ねんね。


「入り口はひとつでも、同じ場所につながってるとは限らない」と、得夢。


「最悪、居醒ちゃんひとりぼっちで、お化け屋敷に入らなあかんかもしれへんで~!」


「ひいいっ」


 お化けな夜船に震え上がって、居醒は思わず得夢の手を取った。


「得夢ちゃん! 迷子は危険だから、手をつないでてあげるっ!」


「ふふ、ありがと」


「ずるいわ、居醒ちゃん。わたしともつなぎましょ!」


 春眠が居醒に抱きついてきた。


「うちも引っついたげる!」


「ねんねも! ねんねも!」


 皆が居醒の身体にひっついた。


「ちょっとぉ!」


「見て。カウントダウンが始まったわ!」


 春眠がドームの天井を指さした。


 貘たちが声を合わせて秒読みをする。


「みんな、心の準備はいい? 行くよ!」


 得夢が少しかがんで身構えた。


「待って! お化け屋敷の入り口が見当たらないわっ!」


「居醒ちゃん、入り口なら真下にあるじゃない!」


「えっ、真下っ?」


 秒読みがゼロになった途端に、地面がバッと消え失せた。


 得夢たちは突如として中空に投げ出され、地の底へと落下をし始める。


「地獄の大穴がぁああーーーーーっ!」


 居醒が腕を羽ばたかせるが、速度が緩むどころか、落下スピードがどんどん増していく。


 空気の抵抗を受けて、身体が水平になってきた。


 それはさながら集団でスカイダイビングをしているかのようだ。


「ひゃっほーーーっ!」


 夜船は体をくるくる回転させて、落っこちるのを楽しんでいるようだ。


「得夢ちゃーんっ、どこまで落ちるのーーっ!」


「居醒ちゃんっ、そろそろ来るよっ!」


「来るって、なにがーーーっ?」


 遙か下方に二等辺三角形が連なったギザギザ模様がたくさん見えてきた。


 それが上下に分かれて広がっていく。


 左右に小刻みに揺れながら、こちらへとせり上がってきた。


 暗闇から飛び出して姿を現したのは、ワニのような恐竜の広漠たる大顎だ。


 白い二等辺三角形は牙や歯で、その隙間にはミイラ化した死体や白骨死体が挟まっている。


「ぐあっはーーっ、だべられるーーーーーっ!」


 グラウンドいっぱいの大きさもある大顎が、貘の塊に食いついて、ゴクリと一気に飲み込んだ。




 生ぬるい風の吹く、曇天の闇夜に居醒は立っていた。


「ここはどこ……?」


 ベンチがいくつか点在していて、草むらの広場の中を遊歩道が通っている。


 その先に目を向けると、何かの施設が建っていて、それが四方をぐるりと取り巻いていた。


 どうやら居醒はどこかの中庭にいるようだ。


「得夢ちゃんっ! 得夢ちゃんっ!」


 居醒が叫んでみても。


「春眠っ! 夜船ちゃんっ! ねんねちゃんっ!」


 返事は帰ってこなかった。


 居醒の頭上で電灯の明かりがパッとついた。


 それと同時に、居醒は何かを持っていることに気がついた。


 腕や服にも何かがくっついている。


 時折消えかかる明かりに照らし出されたそれは。


 噛み千切られた腕首の数々だった!


「ひええーーっ」


 居醒は手首を払い落として飛び退いた。


「まさか、得夢ちゃんたちのーーっ……。いいえ、お化け屋敷が始まってるんだわ!」


 その手首から生々しく血が噴き出したかと思えば、五指が動き出して、居醒の足に這いずってきた。


「そういう演出、いらないからーーっ!」


 それを蹴飛ばし、逃げ出す居醒。


 しかし、草むらから手首がいくつも飛び出してきて、居醒の身体を地中に引っ張り込もうとする。


 それは、居醒がかつて見ていた悪夢の再来のようだった。


 いつの間にか、居醒はこれが夢ではなくて、現実のように混同し始める。


「だっ、だれかっ……。たすけて」


 そこに!


 地の底へ引きずり込まれようとしてる居醒の手を、掴んで引き上げる者がいた。


「居醒ちゃん!」


 居醒を抱いてお日様のような笑顔を覗かせるその人は。


「これは夢だよ、居醒ちゃんっ!」


 得夢・ドリーマーだった。


 居醒はハッと、夢の中だと気がついた。


 得夢が居醒を抱えて飛翔する。


 居醒を引きずり込もうとしていた腕の本体が、地中からぬぅっと姿を現した。


 阿修羅のように顔が3つもある千手観音で。


 ただし肌の色はどす黒く、光り輝く後光も差していない。


「それはわたしのお肉ちゃんよ! 返してーーーっ!」


 3つ顔の千手夢魔が腕を伸ばして得夢と居醒を捕まえようとする。


 得夢は大剣を振り上げた。


 巨人が持っていそうな無骨な剣だ。


 それを振り下ろして真空の刃を作り出す。


 真空刃は弾丸のように撃ち出され、3つ顔の千手夢魔の腕を削ぎ斬った!


「がああああっ、この泥棒猫ーーーっ!」


 3つ顔の千手夢魔は悲鳴を上げて、地の中へと逃げていく。


「得夢ちゃんっ! 食べられてなかったのね!」


「遅れてごめんね。間に合ってよかったよ」


「これが運動会? やけにリアルな悪夢だった……」


「それが妙なんだ。ここはまるで深層悪夢そのものだよ」


「どういうこと?」


 得夢が前腕部にできた切り傷を「これを見て」と居醒に見せた。


「怪我してる!」


「この傷はリアルの身体にもできる傷だよ」


「治療しなきゃ!」


「大丈夫。もう薬を飲んだから。この程度なら傷跡はたぶん残らない」


「よかった……」


「模擬戦の運動会で怪我なんかするはずないのにおかしいよ」


「本物の夢魔がいるってこと?」


 得夢は頷いた。


「いま思い返せば、開会宣言すらなかったよね。ここは本物の夢魔のテリトリーだよ。それも極深層の夢魔みたい」


「そんなっ……、みんなを探して帰りましょ!」


「賛成だ。ほかに誰か見かけなかった?」


 居醒は首を横に振る。


「わかった。とりあえず武装しよう。かろうじて武器商人とのつながりはあるみたい」


 居醒はナイトメア・ゴールドを宙にばら撒いた。


「この悪夢で1番守りの堅いやつ! 最強のエンチャント!」


 居醒の手に具現化されたのは、前腕に装着するタイプの円盾だ。


 円盾には銛とショットガンが装着されていて、夢魔に撃ち出すことができそうだ。


 そして防具は、裾が長く伸びた感じの制服で、それにケープがついた装束だ。


 革のように分厚い生地だが、着心地は元の制服と変わらない。


 衝撃を受けたときだけ硬くなって、ダメージを吸収するようだ。

 

 得夢も同様な装束を身につけている。


「やっぱりエンチャントはかかってないね」


 得夢は居醒の装備に触れてため息をつく。


「この前みたいに寝坊ちゃんを呼んでみる?」


「もう試したけど無理だった。この装備もいつまで存在するかわからない。早く夜船ちゃんたちを見つけよう」


 誰かの悲鳴がとどろいた。


「行こう!」


 得夢と居醒が声の聞こえた施設の入り口へと飛行する。


 施設に入った途端に、景色がぐにゃりと揺らいで変化し始めた。


 施設の内部構造が引き延ばされていく。


 もしくは得夢と居醒がネズミくらいの小人になってしまったかのようだ。


 施設に明かりはついてはいるが、傘のついた電球が吊されているだけだ。


 その周りだけが明るくて、離れた場所は薄闇になっている。


 古ぼけて黒ずんだ、板張りの床や壁が連なる暗い通路を、得夢と居醒は進んでいく。


 引き戸が少し開いている部屋がある。


 そこからぼんやりと光が漏れ出していた。


 そっと覗いてみると。


 でっぷりと太った、黒のコックコートを着た巨人のピエロが立っていた。


 ピエロのメーキャップをしたイカれた調理師だ。


 なにか作業をしているようだが、テーブルが高くて状況がよく見えない。


 得夢と居醒は飛翔スキルで上昇し、部屋の様子を見下ろしてみた。


 ピエロのコックが少女を掴み上げている。


「夜船ちゃっ……」


「しっ!」


 ボウルに入った溶き卵に夜船をくぐらせて、身体に小麦粉とパン粉をぎゅうぎゅう押しつけている。


「人間のフライ! 鮮度抜群! きっとおいしい! でゅふふふふーーーーーっ!」


「うちは骨ばっかりや! おいしないーーーっ!」


 テーブルの隅には、首から下を塩で固められたねんね。


 そして、ピラフの中央に首から下を埋められた春眠がいる。


 ふたりともぐったりとしていて、意識は奪われているようだ。


 ピエロのコックが鼻をヒクヒク震わせた。


 ゆっくりと顔を横に向け――。


 グバァッと振り向き、得夢と居醒に目玉を突きつける!


「おまえたちは、スキヤキだーーーーーっ!」


 ピエロのコックが涎を垂らして、猛然と飛びかかってきたのだった。


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