2夜目「限界なんて、引っぺがせ!」
真っ暗闇の部室の中に、スポットライトが照らしているのは。
制服をめくり上げられ、お腹を剥き出しにされたまま、ベッドに手足を拘束されている得夢・クルーガー。
山姥デビルの夜船とねんねが得夢のお腹を撫で回し、くすぐるように五臓六腑の位置を確かめている。
「ここかぁ? ここが美味しいのんかぁ?」
「美味しいのんかぁ?」
得夢はこしょばゆいのと、恐怖が入り交じったような奇妙な悲鳴を何度も上げた。
「こらーっ、得夢ちゃんに何するのーーっ!」
居醒と春眠が山姥デビルの夜船とねんねに斬りかかる。
しかし山姥デビルの夜船とねんねはせせら笑って、霧のように消えてしまった。
「得夢ちゃんっ、しっかりしてっ! これは夢よっ! 気がついてっ!」
居醒が必死に呼びかけるが。
「夜船ちゃんとねんねちゃんがーーっ!」
得夢の耳には届かなかった。
「見てーっ! ナイトメア・ゴールドを横取りしてるーーっ!」
得夢が目を向けている背後へ振り向くと、怪しく光るナイトメア・ゴールドが、うずたかく積まれていた。
それを山姥デビルの夜船とねんねがにたにた笑って。
「取っちゃうぞーーっ!」
「取っちゃうぞーーっ!」
掬い上げては見せつける。
「夜船ちゃんとねんねちゃんが横取りなんてするわけっ……」
居醒の脳裏に心当たりが駆け抜けた。
「とにかくこれは夢なんだってばーーっ!」
「居醒ちゃんっ、今ふたりのことを疑ったわねーーーっ?」
得夢は錯乱状態のまま喚くばかりで、居醒の言葉を受け入れようとはしなかった。
「貘と出会えば夢だと気づくはずなのに!」
「わたしたちのことも、わかってないみたいだわ!」
居醒と春眠が途方に暮れて見つめ合うのを、山姥デビルの夜船とねんねが狂ったように歓喜する。
「きゃははっ、これはええ金でおますどすなぁ、ねんねちゃん!」
「ええ金でおますどすなぁ! 夜船殿!」
山姥デビルの夜船とねんねの話し口調が、なんだかおかしいことに居醒は気がついた。
「春眠、あのふたり、しゃべり方が変よ! 偽物じゃないっ?」
「夢魔の瘴気でおかしくなってるだけかもしれないわ!」
「はっきり偽物だってわかれば攻撃できるのに!」
居醒と春眠が攻撃に踏み切れないとわかっているのか。
ヘビメタ山姥の夜船とねんねは、ナイトメア・ゴールドを執拗に見せつけては得夢を苦しめた。
「居醒ちゃん! こうなったら接吻よっ! 得夢ちゃんの唇を思いっきり奪っちゃうしかないわーーっ!」
窮地を見かねた春眠が奮い立つ!
「くぁはっ、なんでそうなるのーーーっ!」
「得夢ちゃんが居醒ちゃんを目覚めさせるときにしたって聞いたわ! それと同じ事をしてみるのっ!」
「ダメよっ! こんなシチュエーションでキスなんかしたら、目覚めても変態だと間違われるーーっ!」
ベッドに固定された得夢の手足を、固定具から解放しようとするが、びくともしない。
「そこがいいんじゃないっ!」
「なんのことーーーっ?」
「居醒ちゃん、これは非常事態よっ! 早くちゅばっと目の前でやって見せてっ! はっ、早くっ! はふうーっ、はふうーーっ!」
「ぜったい春眠が見たいだけよねーーっ?」
「ベロチューの居醒って、呼ばれてるでしょーーーっ!」
「呼ばれてるかぁーーーっ!」
山姥デビルの夜船とねんねが小躍りしながら襲いかかってきた。
「居醒ちゃん、急いでっ! わたしがガードしてるからっ!」
春眠がペンライトを振りかざして、山姥デビルの夜船とねんねに突撃する。
「もうっ、これは不可抗力なんだからねーーーっ!」
居醒が得夢の上半身にのしかかって。
居醒の唇が得夢の唇に触れたとき!
得夢の身体が光を放って、ダークなうわべが弾けて飛んだ。
中から明るいトーンの得夢が生誕する。
得夢は居醒と見つめ合い――、頬を赤らめながら拘束具へと視線をそらした。
「居醒ちゃんって、こういう趣味なんだ」
「ほら、やっぱりーーーっ!」
居醒が頭を抱えて悶絶するが。
「でも! いい感じに半分、目が覚めた!」
「いい感じ! って、もしかしてあのスキルのお陰ーーっ?」
夢主の得夢が悪夢を認識したことで、世界の流れが良夢へと大きく転換し始めた。
得夢は「うなぎスキル!」を発動させて、拘束具からぬるりと抜けて立ち上がる。
「得夢ちゃん、この悪夢はエンチャントがかからないのっ!」
「みたいだね。だったらアレを試してみようか!」
「アレ、って?」
得夢が「見てて」とウインクをして。
「この悪夢にかかっている全リミットを解除! ド派手にやっちゃって!」
大量にばら撒いたナイトメア・ゴールドが受理されると同時に、空間の歪みから光り輝く童女が現れた。
「まいどあり~」
「寝坊ちゃんっ?」
寝坊というのは、悪夢の世界で貘に装備を提供している武器商人だ。
幼くして第200代目の頭領である。
寝坊が大きく息を吐き――、
――勢いよく吸引し始めた。
地下の部室の天井や壁面が粉々に砕け散って、部室棟が吹き飛んだ。
闇夜に染まっていた世界から、表面のテクスチャが引っぺがされて、寝坊の口に吸い込まれていく。
「寝坊ちゃんが悪夢を食べてるーーっ!」
「まあ! 本当に貘みたい!」
居醒と春眠が意気盛んに声援を送るなか。
世界は真夜中からがらりと昼間に反転し、陰気な気配が陽気な空気へ一変する!
山姥デビルの夜船とねんねは日の光を浴びて悲鳴を上げた。
「もうお腹いっぱい。お姉ちゃんたち、あとは自力でなんとかしてね。そうだ、得夢にはこれあげる」
高さ2メートルもある巨大な黒板消しを取り出して、寝坊は空間の歪みへと帰って行った。
「こんなものでどうするのっ?」
居醒が黒板消しに目を丸くする。
得夢は黒板消しを持ち上げて、にったり笑った。
「たぶん、こうっ!」
山姥デビルの夜船とねんねに振り下ろし、ふたりを床にぺたんとひれ伏せさせた。
そしてゴシゴシとこすり始める。
洗濯でもしたかのように、山姥デビルの夜船とねんねが真っ白になっていく。
暗闇のコーティングをすっかり消し取られてしまった夢魔たちは、姿がひょろひょろになっていた。
そのふたりに顔はなく、のっぺらぼうになっている。
「偽物だーーっ!」
「やっつけろーーーっ!」
得夢たちが夢魔たちに斬りかかるや否や。
夢魔たちは一目散に逃げ出した。
部室棟の外まで追いかけた得夢たちだが、部室を出たときにはすでに、夢魔たちの姿や気配はなくなっていた。
「やっつけられなかった! くやしーっ」
「今回はお宝もなしねぇ。残念だわ」
居醒は地団駄を踏み、春眠は肩を落とした。
「撃退できただけでもよかったよ。あの夢魔たち、相当レベルが高そうだった。わたしが悪夢に引きずり込まれるなんて滅多にないもの」
「そうね! でも、なにかないかしら……」
諦めきれない春眠が、悪夢で起こった出来事をひとつひとつ思い返してゆくと。
「そうだわ! 夢魔たちが部室で山積みにしていたナイトメア・ゴールドは偽物かしら?」
「確かめよう!」
得夢たちは部室に戻って、積み上げられたお宝を見定めてみた。
得夢がピンと弾いて掴んでみせる。
「本物だ!」
春眠は両手を重ねて大喜びだ。
「ご褒美にもらっちゃいましょ!」
「でもそれ、得夢ちゃんのじゃなかったの?」
居醒が小首を傾ける。
「わたしのは夢現銀行に預けてあるから違うと思うよ。容易に強奪できるようなところじゃないし」
「それは夢の中にある銀行?」
「うん、貘専用の銀行だね。今度、眠ちゃんや居醒ちゃんにも教えてあげるよ!」
「やった! じゃあこのお宝は、みんなで山分けだーーっ!」
居醒と春眠と得夢は、夢魔の残していった財宝を、両手いっぱいにすくい上げてばら撒いた。
光り輝くナイトメア・トレジャーが、部室の床に降り敷いてゆくさなか、得夢は居醒を抱き寄せた。
「居醒ちゃん、いい夢だったよ。助けに来てくれてありがとう」
今度は得夢が居醒の唇にキスをして、得夢は悪夢から完全に解き放たれたのだった。
その日の放課後。
悪夢研究部のベッドに集まった5人の部員たち。
居醒と春眠に得夢の悪夢の話を聞かされて、夜船とねんねが悶々と寝転がる。
「いいなぁ! うちも得夢ちゃんの悪夢に行ってみたかったなぁ!」
「居醒のいじわる、いじわる」
ふたりのごろごろアタックに挟まれて、居醒は噴き出しながら苦笑した。
「夜船ちゃんにも、ねんねちゃんにも、助けを呼びたかったわよ! だけど授業中だったの!」
夜船がうつむけにピタッと止まって、らんらんたる眼光を覗かせた。
「授業をどうやって抜け出したん? 居醒ちゃんって大胆やなぁ!」
居醒もうつ伏せになって、足首同士をパタパタと打ちつける。
「大胆なのは春眠よ! 思春期の寝技をかけられてみたいっ、とか言って、先生を買収しちゃうんだもの!」
「なにそれっ、ウケるっ!」
ねんねは春眠の方へ身体を向けて、スマホの画面に両目を寄せた。
「山姥デビルのねんね、どうだった?」
「とっても可愛かったわよ!」
「ふふ、ヘビメタのフェイスパック、ポチってみた」
「似合いそうね!」
春眠もおでこを寄せてくすくす笑った。
そこへ、端っこで寝ていた得夢がむっくりと起き上がる。
「忘れてた! 今日はみんなと相談したいことがあったんだ!」
夜船も上半身をバッと起こして、得夢に片目を瞑って見せた。
「わかってるで、得夢ちゃん! 運動会のことやろ!」
「運動会? 部で参加とかするの?」
「居醒ちがう、財宝だらけの運動会のこと」
「財宝だらけっ?」
居醒がねんねに前のめりになる。
得夢と夜船は斜め上を見つめながら、夢うつつな表情でつぶやいた。
「そう。年に1度、貘たちが集まって、どれだけ稼げるか競い合うんだ」
「夢魔のアジトにみんなで特攻するんやで」
「それって殴り込みーーーっ?」
居醒の口に、夜船が指を押し当てて。
「人聞き悪いで、居醒ちゃん!」
悪戯めいた目を見せる。
「ちょー恐くて、デンジャラスなお化け屋敷を想像してみて! そこでお宝探しをするゲームだよ!」
得夢の高揚感あふれる発言に、春眠も瞳が煌めいてきた。
「面白そうね!」
しかし居醒はというと、逆に縮こまってガクガク震え出している。
「なな、なんで危険なお化け屋敷でわざわざやるのよ~~~っ。わたしは参加しないからーーっ!」
居醒の方へねんねが身体を寄せつけた。
「居醒、安心するがいい」
「夢魔と言っても本物じゃないよぉ? 深層悪夢の実戦に見立てた貘の模擬訓練さぁ!」
得夢がワクワクしながら居醒を焚きつけてみるのだが。
「そこで稼いだお宝は、そのまま賞金になる寸法や。だからみんな目が血走ってて、夢魔よりおっかないかもしれへんで~~っ!」
「ひええっ……」
夜船のお化けな変顔が、居醒をいっそう震え上がらせた。
「主催は武器商人連合なんだ。還元祭でもあるから、賞金額は侮れないよ!」
「ひと晩で、1億稼いだ貘もいるって」
「いっ、1億円~~~……?」
得夢とねんねに興味をくすぐる実話を聞かされて、居醒の震えは武者震いへとコロッと変わった。
「1億の女になれるわね!」と、春眠が拍車をかけると。
「1億のおんなっ! なんという神々しい響き……」
居醒はまんまと乗せられて、天井にお金持ちの自分を思い描いてうっとりする。
「居醒ちゃんも参加してみるぅ?」
得夢の猫なで声に。
「しゃ……参加しゅるぅ~~……」
居醒は二つ返事で引き受けた。
「眠ちゃんも参加するよね!」
「得夢ちゃん、もちろんよ! こんな楽しそうなイベントを逃す手はないわ!」
「よぉっし! 今年は5人みんなで参加しちゃうぞーーっ!」
「盛り上がること間違いなし」
「財宝は全部うちらが頂きやっ!」
得夢とねんねと夜船はハイタッチをして、居醒と春眠にじゃれつくのだった。
「1億目指してぇ~……、がんばるぞーーーっ!」
「おおーーーっ!」
1億の志を立て合う得夢たちだが、このときはまだ、本物の夢魔たちを巻き込んだ、大波乱の大運動会になるなんてことは、知る由もなかった得夢たちである。