1夜目「暗闇の山姥デビル!」
前作を読まなくても大丈夫!
気になったら読んでみちゃってもいいかもしれません。
なので、気軽にお付き合い頂ければ幸いです!
陽が高くなり始めた2時限目の授業のさなか。
高校1年生の教室には、暖かな日の光が差し込んでいた。
窓際の1番後ろの席で、うとうとと半睡している少女がひとり。
彼女は得夢・ドリーマー、15歳。
貘と呼ばれる悪夢退治人の一員だ。
恐い夢に出てくる夢魔(魔物)をやっつけ、夢主を恐怖から救い出す。
それが貘のお仕事である。
――と言えば、正義の味方のように聞こえてくるが。
現実は夢魔にかけられた賞金がお目当ての、賞金稼ぎなのである。
得夢の他にも貘は多数存在していて。
例えば得夢の隣の席も貘(新米)だ。
つい先日のこと、悪夢から助けてあげたことがきっかけで、得夢と大の仲良しとなった女子。
彼女の名を微睡居醒と言い、悪夢研究部(通称夢研)の創設メンバーのひとりでもある。
幼い頃から眠ると悪夢にうなされる――そんな特異体質の居醒には、夢魔のラスボスのようなものが取り憑いているらしい。
いつか居醒を悪夢から完全に解放してあげたい。
それが得夢の本望だ。
出会った頃のドタバタ悪夢を思い起こして、クスクスと微笑む得夢だが、いつしか深い眠りへといざなわれてしまったようだ。
居醒がふと妙な気配を感じ取る。
教室をキョトキョトと見渡して、隣の席の得夢に目を丸くした。
『得夢ちゃんが居眠りしてるーっ! しかも悪夢見てるしーーっ!』
得夢は一見、教師の一言一句を噛み締めて、授業に集中しているようにも見えた。
しかし得夢の背後には、中空に大きな亀裂が現れていて、そこから怪しげな光が漏れ出している。
これは貘にしか見えない悪夢への入り口で、これがあるということは、すなわち悪夢を見ている真っ最中ということになる。
「次の問題を解いていってもらいます。畑中さんの列の人、前から順番にタブレットへ書いていってください」
こんなときに限って、教師が注文をつけてきた。
畑中のいる列の最後尾には、悪夢を見ている得夢の席がある。
居醒が小声で呼びかけてみるが。
「得夢ちゃん、起きて! 得夢ちゃん!」
得夢に目覚める兆しはなかった。
居醒のひとつ前の席にいる夢寐春眠も、この一大事に気がついた。
『あの得夢ちゃんが悪夢を見ているなんて、珍しいわね!』
春眠が悪夢の入り口を見てキュンとする。
春眠も貘のひとりで、夢研の部員でもあり、得夢とは仲良しだ。
春眠は急いで手紙をしたためて、居醒の机に投げつけた。
『得夢ちゃんを悪夢から助けてあげて! わたしが時間稼ぎをしてみるわ! ……って、授業中にーーっ?』
居醒が『無理よ!』としきりに首を振る。
教師の目を欺いて、得夢の悪夢の中へ助けに行くなど不可能だ。
突然席から居なくなったら、それこそ大事になるだろう。
しかし春眠は片目をぱちくり瞬いて、居醒に救助を促した。
「かわいくウインクしたって、こんなの速攻バレるからーーっ!」
すると春眠が挙手をして。
「先生! あっ……」
くらくらしながらその場にふらっとうずくまる。
「どうしたのっ? 貧血ねっ? だれか保健室に付き添って……」
「先生がいいんですっ!」
「えっ……?」
春眠は駆け寄ってきた女教師の手を握りしめ、その手にナイトメア・ゴールドを掴ませた!
『買収しようとしてるぅーーーっ!』
居醒が思わず前のめりになる。
「わたし、保健室で先生に、思春期の寝技をかけられるのが夢なんですっ!」
『春眠、それどんな夢ーーーっ?』
居醒が錯乱するも。
「だけど夢寐さん、これはいったい……」
女教師はナイトメア・ゴールドに戸惑いの目を向けた。
「はい!」
春眠がすかさずナイトメア・ゴールドを追加する。
「いや、だからどういう……」
「はいっ!」
女教師が何かを発する度に、春眠は有無を言わさずナイトメア・ゴールドを握らせた。
「あのねっ……?」
「はいっ!」
「こんなのっ……」
「はいっ!」
「ちょっと聞いてっ……」
「はあいっ!」
これが最後よと言わんばかりの目力で、春眠は女教師の手をぎゅっと握った。
「わたしの火照ったこの身体、もうどうにかしてくださいっ!」
ずっしりとくる金の重みが、女教師の理性を崩壊させてゆく――。
「……。わかったわ! ふたりで保健室デビューしましょっ! はあっ、はあっ」
『この先生、ぜったい誤解してるーーーっ!』
「みんなは問題に集中しててね! 帰ってくるまで自習ですっ! むふーーっ」
女教師は春眠の手を引いて、鼻息荒く教室から出て行った。
『気になって問題に集中できるかーーーっ!』
生徒の視線が教室の出入り口に集中している今!
居醒は得夢の悪夢につながっている亀裂へと、意を決して飛び込んでいったのだった。
「ここが得夢ちゃんの悪夢……?」
居醒は元いた教室に立っていた。
しかし昼間とは打って変わって夕闇迫る教室だ。
先ほどまでいた生徒たちは誰もいなくて。
居醒ひとりが教室にいるだけだ。
カラスの群れが低くがなりながら飛んでいく。
西日の朱はすでになくなり、闇夜の蒼が居醒を孤独に取り巻いた。
「こっ、こわい……」
勢い余って悪夢に飛び込んだはいいものの。
居醒はこういう雰囲気がめっぽう弱かった。
「お化けなんか恐くない! お化けなんか恐くない!」
居醒は自分を発憤する。
「武器さえあれば、何が出たって平気なんだからっ!」
居醒はナイトメア・ゴールドをしまっている財布を呼び出した。
それは仮想現実ゲーム内で、所持金管理の立体的なアイコンを表示した感じに似ているだろうか。
夢魔を倒したときに自動的に現れて、降ってくるナイトメア・ゴールドなどの報酬をキャッチしてくれる便利なアイテムだ。
ちなみにこれは個人の財布ではなく、得夢が作ったギルドメンバー共有のお財布だ。
ここに貯まったナイトメア・ゴールドなどの財宝は、みんなで山分けにすることになっている。
ナイトメア・ゴールドとは悪夢専用の装備やアイテムを、武器商人から購入することができる貨幣のようなアイテムで。
砂金が集まりできあがった塊のような、宝石サイズのナゲット状の金塊だ。
現実世界に持ち込めば、純金として売ることができる悪夢世界の財宝である。
居醒はナイトメア・ゴールドをひとつ取り出して、親指の上に乗せて弾き飛ばした。
「この悪夢で1番強いやつ!」
防具として現れたのは、白い軍手とバイク通学用のヘルメット。
そして歩くと音がキュッキュと鳴る上履きだ。
肝心の武器は、金の蛇腹のハンマーで、こちらも叩くと音がピコピコと鳴るようだ。
どの装備も縁をなぞるようにLEDが埋め込まれていて、光がウェイブしながら明滅している。
「あたしは深海生物かーーっ!」
あまりの軽装備に愕然とする居醒。
「そ、そうだ! 最強のエンチャントッ!」
ナイトメア・ゴールドを宙に弾き飛ばすが、受理されずに落ちてきた。
「えっ……、どうして? 足りなかったのっ?」
ナイトメア・ゴールドをいくつか投げてみるが、エンチャントはかからなかった。
「確か夢魔が強いとエンチャントに制限がかかるって言ってたわ。ひとつもエンチャントができなかったら危険だって……。やっ、やばひぃ~~~……」
震えが足先から脳天まで突き上がる。
「スキルでなんとかするしかないわっ! でもどんなスキルがあるのかわからないーっ……」
居醒はナイトメア・ゴールドを弾きながら、思いつくスキルを口にしてみた。
「飛翔スキル! ……は室内で飛んでもしょうがないし……」
「潜行スキル! ……は水中じゃないから意味ないし……」
「ローションスキル! ……は酷い思い出しかなかった……」
「恐怖に打ち勝つためのスキルといえば……、いえば……」
「勇者スキル!」
「聖人スキル!」
「魔王スキルー!」
ナイトメア・ゴールドが心虚しく落ちてくる。
「もうっ、何があるのーーっ! なんかいい感じのスキルーーーッ!」
弾いたナイトメア・ゴールドがすっと消えて受理された。
「やった! ……でもこれって、何のスキルーッ?」
そのとき、居醒の目に人影がちらっと映った。
「夜船ちゃんっ?」
居醒の貘仲間に白河夜船という同級生がいる。
もしかしたら得夢の悪夢に気がついて、助けに来たのかもしれない。
「待って! 夜船ちゃんっ!」
居醒は教室を飛び出した。
夜船は足音もなく走り去り、廊下の突き当たりにある掃除用具入れのロッカーの中へと入ってしまった。
「もう、夜船ちゃん。驚かそうったって、それじゃバレバレよ!」
居醒がロッカーを開けた途端!
「あれ……、いない!」
背後に気配を感じて振り向く居醒に!
「ばああああっ!」
「ひいいいいっ!」
夜船が飛びかかってきた!
こめかみに燃える松明を巻き付けて、悪魔のようなメイクを施している。
そして眼が赤い!
居醒が咄嗟に金の蛇腹ハンマーで打つが!
夜船はどこかへ消えてしまった。
「な、なに今のっ? 悪魔の山姥みたいな夜船ちゃんが……。もしかして夢魔っ?」
「居醒ちゃん!」
「ひぃいいいーっ!」
背後から肩を掴まれ、居醒が無我夢中でハンマーを振り回す。
「落ち着いて? わたしよ? 春眠よ?」
ロッカーの中にいたのは春眠だった。
何度かおつむを叩いたが、消えることもなければ、悪魔みたいなメイクもしていない。
「変なとこから出てくるなーーっ!」
「あらぁ、ホラーの世界じゃ天丼はお決まりよ?」
「お笑いみたいに言わないでっ!」
春眠はきゃぴっと笑ってロッカーからぴょんと出た。
そして、膝頭が震えるほどの雰囲気にも関わらず、両手を合わせて嬉々とする。
「これが得夢ちゃんの悪夢なのねっ! 素敵だわ!」
「あなた、先生はどうしたのっ?」
「先生なら保健室でエクスタシーよ!」
春眠は五指をくねくねとくねらせた。
「その意味深な指使いやめーーーっ!」
「指圧ってそんなに如何わしく見える?」
「えっ、指圧……?」
春眠は居醒にねっとり抱きついた。
「なにと勘違いしてたのかしらぁ?」
「誰が勘違いなんかっ! てゆか、脇腹のお肉を揉むなーーっ!」
春眠は舌をペロッと出して体を離し、ワクワクしながら廊下を見渡した。
「さっきの和洋な夜船ちゃん、夢魔よね!」
「春眠もそう思う? 魔女さんのときみたいに、取り憑かれてなきゃいいけれど」
「これは大物との戦闘がありそうね。得夢ちゃんのクエストを受けておきましょ! 財宝をゲットするチャンスだわ!」
居醒と春眠はスマホを取り出して。
「あった! これだわ!」
「報酬が思ったより多いけど、これ大丈夫?」
悪夢討伐アプリから得夢の悪夢を受諾する。
そのとき、悲鳴がとどろいた。
「得夢ちゃんの声っ!」
「部室の方からだわっ!」
居醒と春眠は部室棟へと駆けだした。
しかしふたりが渡り廊下にさしかかったところで。
目の前の光景に立ちすくむことになる。
暗闇の中で何かがしゃがみ込んでいる。
ようく見てみると、女生徒が肩を揺らしてすすり泣いているようだ。
「まあ! このシチュエーションは、いかにもね! 居醒ちゃん、話しかけてみて!」
「いやよっ、ぜったいに夢魔じゃないのっ!」
「武器を持ってるのは居醒ちゃんだけなのよ?」
「春眠も出せばいいでしょーーっ!」
「わたしは出せないわ! だって……、わたしも夢魔だものーーーっ!」
「ひええぇーーーっ!」
居醒は全体重をかけて春眠にハンマーを振り抜いた。
「あはぁっ」
「ふざけてないで出して!」
春眠がしくしくと嘘泣きをする。
「場を暖めようとしただけなのに……」
「凍りつくわーーっ!」
春眠はナイトメア・ゴールドを弾き飛ばした。
「この悪夢で1番陽気な装備をお願いね! それと最強のエンチャント!」
春眠の身体に具現化されたのは、やはり居醒と同じ、波打つように明滅する軍手とヘルメットと音の出る上履きで。
武器はライブで見かける光る棒を大きくしたような代物だ。
「まあ! ペンライトだわ! 1度振り回してみたかったの! それにこの防具は未来からきたハイテク防具よ! 強そうね!」
「え、そう見える……? にしても、そのペンライト、大きすぎない? 交通整理の誘導棒に見えるわよ?」
春眠は特大のペンライトにエンチャントがかかっていないことに気がついた。
「あらぁ? なにも強化されてないわぁ?」
「そうなの! ここの夢魔は油断ならないってことよ! あの夢魔だって見た目にだまされちゃダメなんだから!」
居醒は春眠の手を握り、渡り廊下の端っこをカニ歩きになって、ソロリソロリと前進する。
それを春眠がペンライトを振ってささやくように応援した。
泣き続ける女生徒を遠巻きに通り過ぎて、渡り廊下を渡りきったとほっとしたのもつかの間。
居醒は制服を掴み止められた。
その手の先には深くうつむいた、女生徒が立っていた。
震えが居醒の全身を駆け抜ける。
「なっ、ななな、なんですかっ……?」
「ねんねの顔……、知らない?」
「ねっ、ねんねちゃんのっ、顔っ……?」
「さっき拾ったこの顔で……、合ってるーーーーーっ?」
女生徒が、山姥デビルの顔を突きつけた!
「ぎゃっ、はーーーっ!」
春眠がペンライトで「えいっ!」と攻撃するが、女生徒は煙のように消えてしまった。
「居醒ちゃん、だいじょうぶっ?」
「ねんねちゃんまで山姥デビルにーーっ……」
「かわいかったわね!」
「あなた、恐いっていう神経ないのーーーっ?」
「あのねんねちゃんが悪魔メイクに興奮しているのを想像してみて? キュンキュンしちゃうわ!」
ねんねというのは同じ貘の同級生で、普段は眠たそうにしているが、壺にはまると大興奮してしまう、華胥国ねんねのことである。
「そう考えると少しは喜劇かも……」
「さあ、立って! 部室はすぐそこよ!」
悪夢研究部は部室棟の地下にあった。
下階へ降りる階段は真っ暗闇。
居醒が点灯スイッチに手を伸ばすが。
蛍光灯はパッとついても、すぐに不規則な明滅をして消えてしまった。
「こんなのを見つけたわ!」
春眠がどこからか、和ロウソクを持ってきた。
緩やかに湾曲した太めのロウソクで、色も不透明な朱色をしている。
「それ、恐い話で使うやつーーっ!」
マッチで火を灯すと縦長の炎がぼおっと燃えて、居醒と春眠をゆらゆら照らした。
「なんだか暗闇より恐くなってない……?」
「雰囲気たっぷりね!」
ロウソクの明かりのせいで、薄闇は真の暗闇へと変わってしまった。
居醒と春眠は階段を駆け下りて、部室の前までやってきた。
「あっ、開けるわよっ!」
居醒が春眠と瞳で覚悟を確かめ合う。
そして部室の扉を開け放つ!
「生け贄の解体ショーによく来たなーーーっ!」
そこには山姥デビルの夜船とねんねが、得夢の腹を切り裂こうと、出刃包丁を振りかざしていたのだった。
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