7.強奪は得策ではない5
シェリーは集中している様子だ。俺があまり話しかけるとシェリーの邪魔になるかと思い、俺は引き続き黙ることにした。
胸ポケットの中のラピスは、気持ちよさそうにすぴすぴと眠ったままだ。かわいい。
ゆったりと飛ぶ俺たちの眼下には、この前シェリーとデートしたグロリアの街が広がっている。通りを歩いていた親子連れが、空を飛ぶ俺たちに気付いて手を振っていた。シェリーに手を振る余裕はないようなので、俺はシェリーの分も手を振り返した。こういうちょっとした積み重ねは、とても大切だ。
グロリアの上空を抜け、次に視界に広がるのは農村風景だった。俺には景色を楽しむ余裕がある中で、シェリーは時々小さな唸り声をあげながら、魔力探知を続けていた。俺にできることは特にない、のんびりとした空の旅は続く。
ぼーっとしすぎて俺が眠気に襲われ始めた時、突然シェリーの右手が空を掴んだ。魔力探知はひとまず終了らしく、シェリーはそのまま掴んだ手を下ろした。もうシェリーに話しかけても大丈夫な雰囲気だ。
「ミネルヴァはずっと走って逃げてるのかしら?」
「落ち着いたところで、パカパカを出してると思いますよ。幻獣を出す間は隙になっちゃいますからね。ちょっとスピードを上げます」
フロウが普段飛んでいる速さになった。ゆったりのんびり飛ぶのもいいけれど、今みたいに肌で風を感じるのも俺は好きだ。風で髪が揺れるのを感じつつ、俺は前方に目をやった。
「あらペガサヌじゃないの」
遥か遠くの空にあるのは、見覚えがある姿だった。俺が遭難する原因になったあのペガサヌだ。ペガサヌは俺達が近づいていることに気付いたようで、来た方向に逆戻りして急いで逃げて行った。
「あいつまだ手綱が付いたままなのね……」
俺が外されていない手綱に驚いているのに対して、シェリーは別のことに驚いていた。
「オリバーのホイホイ力が恐ろしいです……」
言われてみれば、たしかに。この広い空の中で、あのペガサヌを見かけるってどういうことよ。フラグになるといけないので、ユニコーソのことは極力考えないようにする俺だった。
その後も空の旅はとても長閑に続いた。ルージュとの勝負の最中だということを忘れるぐらいに。これが嵐の前の静けさではないことを願おう。これからのことを考えると、自然と小さな溜息が出ていた。
「不安ですか?」
「不安がないと言ったら嘘になるわね」
シェリーが負ける状況が、俺にはちっとも想像できない。でも万が一億が一、シェリーが負けてしまったら? 俺はシェリーと離れ離れになるだろう。離れ離れになるのは絶対に嫌だった。
「……本当のことを言うと、あのままルージュと戦っても、たぶん私はルージュに勝てませんでした」
シェリーの爆弾発言で一気に血の気が引いた。
「ええ? 嘘でしょ……?」
つまり俺はルージュのものになるしかないということ? ミネルヴァも? 大きな流れの前では、俺はあまりに無力だ。すぐに手が震え始めた。手どころか全身が震えた。
「でも安心してください。ミネルヴァのことも含めて、オリバーが不安に思う必要はありませんよ」
シェリーが自信満々に言い、俺の手の震えはすぐに止まった。シェリーが断言するのなら、俺の不安は簡単にどこかに行く。
「たとえミネルヴァ捜索対決に負けたって、どうとでもなります。最終手段がありますので。ルージュには頭が上がらない相手がいるんですよ。いざとなれば、彼に泣きつけば大丈夫ですね」
あのルージュが頭が上がらない相手。どんないかつい相手なのだろう。ものすごく恐ろしい強面を想像した俺は、それはそれで怖いと思った。
農村地帯や森や街の上空を飛び、俺とシェリーが最終的にたどり着いたのは、人里離れた山々の上空だった。この山の連なり具合に、俺は見覚えがある気がした。
「この辺りのどこかにミネルヴァがいると思います。上空からだと探しにくいので、一旦下に降りましょう」
フロウがゆっくりと高度を下げ始めた。俺はシェリーのフロウに乗せてもらうのが好きだ。ただ急降下する時の、あのふわっと感だけは苦手なままだった。
器用に木々の間をすり抜け、フロウは山の斜面に降り立った。人里離れた山の中に、人影は全くない。ミネルヴァは人に見られるのが嫌だから、人がいない場所に来た。行動としてはとても理にかなっている。
俺とシェリーが降りると、フロウは光となって消えていった。これからは歩いてミネルヴァを捜索するらしい。フロウに乗ったままでは、木の枝に引っかかったりして危ないからだろう。
フロウから降り立った地面には、白い羽がついた色とりどり極彩色のキノコが、至る所に生えていた。このキノコ美味しいわよね。
『うぇ~い』
ハネツキキノコ以外にも、どこからかウェウェイの鳴き声も聞こえてきた。つまりこの山は……俺が遭難したハネツキキノコの山!
「どうしてここにまた来ることになるのよ!」
俺が叫ぶ一方で、シェリーは冷静だった。
「ミネルヴァがここに逃げ込んだからですね」
「そうだけど、そうじゃないわ!」
誰か俺のこの思いを分かってほしい! 俺がこの山で遭難してから、まだ一ヶ月と少ししか経っていない。いくら何でも再訪が早すぎるのではないだろうか。
「今回は遭難ではないですから、気楽に行きましょう」
「まあ、そうね」
シェリーが一緒の今回は、少なくとも遭難による命の心配はしなくていい。その他諸々の何かしらの不幸はあるかもしれないが、シェリーがいれば致命的なことにはならないだろう。
それにハネツキキノコの山に来たのなら、俺を助けてくれた少年にまた会えるかもしれない。あの不思議な、あざとい黒髪の少年だ。そう考えるとだんだん元気が出てきた。
「なんとなくこっちの方な気がします」
迷いなく元気に歩き出したシェリーの後を、俺は素直についていった。シェリーの足取りは軽く、山道を進んでいく。体力があるシェリーについていくのは、体力がない俺にとって簡単なことではない。でも遭難したときに比べれば、きつさはだいぶましだった。多少でも自分の体力の向上を感じる。
俺達は比較的進みやすそうな獣道を歩いて行った。だんだん木々の他に岩が目立つようになっていき、シェリーは自分の身長程ある岩場の前で立ち止まった。
「回り道はできそうにないですし、このぐらいだったら登っちゃいましょう」
「ちょっと待って、そのスカートで上がる気なの?」
ひざ丈のスカートでは、確実にきわどいことになる。いや、俺が後ろを向いていればいいのか。俺がそんな結論に達した時、シェリーはどや顔で俺の方を見てきた。
「ふふん、今の私はオリバーが求めてやまない、恥じらいをばっちり完備しています! 魔法で鉄壁ガードしてるので、スカートの中は絶対見えません。ルージュとの闘いの時も魔法でガードしていました」
褒めて褒めてと胸を張るシェリーはとても可愛い。だから『本当に恥じらいがある人は、自分に恥じらいがあると声を大にして言わないのよ』とは言えなかった。シェリーが俺の言葉を覚えていてくれただけ、良しとしよう。
ルージュと戦っている最中、シェリーのスカートには不自然な動きが多々あった。あれだけ激しく動いておいて、スカートの動きを計算も何もあったものではない。種明かしされてみれば、だよなあという感想だ。
褒めてほしいというシェリーの要望に応えて、俺はシェリーの頭を撫でた。シェリーが嬉しそうにすると、俺も嬉しくなってつい笑ってしまう。




