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2.婚約は簡単ではない4

「ふん、あんたなんかに言わない。教えない。シェリーお姉様も大変ね」

「それは一体どういうことよ」

「あたしがあんたを認めない事実は、変わらないから」


 扉が開きシェリーが部屋に戻ってきた。


「この話はお終い」


 アイリス嬢は一方的に話を打ち切り、再び盤上に視線を落とした。


 終わりが見えない勝負を何度も繰り返して、一つ分かったことがある。俺と同じで、アイリス嬢も体を動かすことが苦手らしい。


 立派なダーツやビリヤード台があっても、アイリス嬢は決して選ぼうとしなかった。ダーツの矢やビリヤードの球の動きぐらい、魔法で操作できそうなものだが、どうやらそうもいかないらしい。サイコロよりも大きいからだろうか。


 そして俺がずるずると粘り続けた成果が、ようやく現れた。


「何も思いつかない。これあたしが何も出せなかったら、あたしの負け?」


 アイリス嬢がネタ切れに陥ったのだ。


「そこまで考えてなかったわ。ほら何かないの? 何か」


 どちらかと言うと諦めてくれること狙いだったのだが、この際ネタ切れでも構わない。下手なことを言うと、俺に負けるのが分かっているのか、アイリス嬢は悩みに悩んで押し黙ったままだ。でも何も思い浮かばなかったようで、アイリス嬢はシェリーに助け船を求めた。


「シェリーお姉様は何かいい案ない?」

「ん~。勝負といえば決闘じゃないですか~?」


 うとうと寝ぼけたシェリーは、テキトーなことを言ってきた。運動が苦手な二人で決闘しろと? それはさすがに。


「え、決闘? シェリーお姉様本気?」


 シェリーの言葉に、アイリス嬢は固まっている。


「さすがに決闘は無いわよね」


 そう俺は高を括っていた。


「いいえ、シェリーお姉様の言葉は絶対よ」


 まじか。このシスコン、まじかよ。


「今のところ勝負は五分五分なんだから、もうこれで決着をつけましょう! これで勝った方が勝ち。どうせあんたも運動が苦手なんでしょ。これこそが公平な勝負よ。こうなったら、細かいこと抜きにして、正々堂々戦おうじゃない!」

「醜い争いになるのが目に見えているのに、貴方はそれでもやると言うのね」

「今の私に怖いものなんてない」

「いいわ、決闘で決着よ」


 寝不足の変なテンションで、決闘が決まった。


「ん? 決闘するんですか? 二人で?」


 言い出しっぺのシェリーは、自分が言い出したということを完全に忘れていた。


 急に決闘することになっても、剣の代わりになるものはそうそうない。決闘は庭に出ての木の枝探しから始まった。シェリーとアイリス嬢は、ドレスから動きやすい服装に着替えてから庭に出た。


 決闘するから何か棒を借りたいと使用人に言わない理性は、いくら寝不足でも三人とも残っていた。言わないのが正解だったと、後々俺たち三人は思い知ることになる。


 庭の片隅にある林での木の枝探しは、混迷を極めた。


「これは長いですね」

「これは短いわ」

「これは太すぎ」

「あ、これ蛇でした。投げまーす」

「どこ向かって投げてるのよ!」

「全部長過ぎる!」


 長いなら折ればよかったのに、誰も頭が働いていない。そしてアイリス嬢が身も蓋も無いことを言い出した。


「もう決闘しないで、木の枝多く集めた方が勝ちで良くない?」

「今までの分数えてたのかしら? 全部一緒になってるわよ」

「あ゛――」


 なんとか剣代わりに使えそうな木の枝を集めたところで、今度は枝の選別作業が始まった。


「公明正大な木の枝じゃないです」

「これとこれは公明正大な木の枝よ」

「こっちとこっちの方が、公明正大な木の枝じゃないかしら?」


 繰り返される『公明正大な木の枝』という謎の言葉。


「何よ、公明正大な木の枝って」


 ふと我に返る俺。


「公明正大な木の枝、ふふふっ」


 公明正大な木の枝という言葉に、だんだんシェリーが笑い始めた。そしてアイリス嬢が再び身も蓋も無いことを言い出す。


「もう決闘しないで、公明正大な木の枝を見つけた方が勝ちで良くない?」

「誰が判定するのよ。シェリーに任せたら、間違いなく俺が勝ちになるわよ」

「あ゛――」


 その後もああでもない、こうでもないと言いながら探し続け、三人のお眼鏡にかなう二本の木の枝を、ようやく見つけることができた。公明正大な木の枝と言う名の、選ばれし二本の木の枝が今俺たちの手元にはある。……たかが木の枝二本に、俺たちは一体何をしているんだ……と思わなくもない。


「公明正大な木の枝は見つかりましたし、今日はもう終わりでいいですかね」


 シェリーは一仕事を終えた、満ち足りた表情をしていた。


「ええ、もう終わり……じゃ駄目でしょう」


 危なかった。何をするはずだったのか、俺は初心をぎりぎり忘れなかった。


「公明正大な木の枝は見つかったんだから、後はどこで決闘するかだわ。人目に付かないところがいいわよね」

「あたしもそう思う。嫌な予感しかしないもの」

「ここから近いとなると、屋敷の裏手の方ですかね。ささ行きますよ」

「待ってシェリー。少し休んでいいかしら? ちょっと疲れたわ」


 準備だけで疲れた。始まる前から疲れた。この疲労感で、まだ本命の決闘は始まっていないのだ。休まないとやっていられない。


「あたしも」


 アイリス嬢も疲労感が隠せていない。


「お二人とも大丈夫ですか?」


 心配そうにするシェリーは、俺やアイリス嬢と違ってまだまだ元気そうだ。俺とアイリス嬢の体力の無さに、決闘に対する嫌な予感と不安感が徐々に増していく。


 庭園の芝生上で休んだ後、シェリーに連れられて、目的地の屋敷裏へ向かった。


 日当たりがいまいちな屋敷裏は、湿度高めでじめっとしていた。木や雑草もあまりなく、土の地面がむき出しになっている。水はけが悪い場所だと、この時に気付くべきだったのだ。


「ここなら、公明正大な木の枝を振り回しても大丈夫よね」


 公明正大な木の枝になれなかった木の枝その一で素振りしながら、アイリス嬢はそう言った。素振りしている内に、公明正大な木の枝になれなかった木の枝その一は、どこか遠くに飛んで行った。俺の嫌な予感が増していく。


 俺も軽く素振りしてから、公明正大な木の枝の一本を右手に持って、アイリス嬢と対峙した。アイリス嬢も今度は公明正大な木の枝の片割れを持ち、やる気満々だ。


「あんたのことなんか、ボコボコにしてやるんだからね! ってちょっと待って。決闘の最初には、手袋を投げるものじゃなかったっけ?」

「いいえ、違うわ。手袋を投げつけるのは、決闘を申し込む時よ。投げられた方が手袋を拾えば、決闘が成立するわ。今回はもう決闘が成立してるから、必要ないんじゃないかしら」

「だめ。やるからには作法にのっとってやるべきよね」

「どっちにしろ、手袋が無いからできないわよ」

「代わりの物を投げればいいじゃない」


 アイリス嬢は周囲をきょろきょろと見まわした後、公明正大な木の枝になれなかった木の枝その二を手に取った。そして投げた。アイリス嬢が投げた、公明正大な木の枝になれなかった木の枝その二は、アイリス嬢の斜め後ろに飛んで行く。意味がよく分からない。


「ねえちょっと、この場合は投げた方が拾いに行ってもう一回投げるの? それとも投げられた方が拾いに行くの?」


 公明正大な木の枝になれなかった木の枝その二を見失ったアイリス嬢が、俺に聞いてきた。


「そんなの分かんないわよ……。でも確実に言えることが、一つだけあるわ。その程度の運動神経の人間は、そもそも決闘なんかしない」

「…………」


 一度黙りこんだアイリス嬢は、手袋から後の件が全く無かったかのように、公明正大な木の枝の片割れを俺に突き付けて勇ましく言った。


「先に地面に這いつくばるのはあんたよ。覚悟することね」


 この言葉を覚えていてほしい。とりあえず覚えておいてほしい。

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