1.遭難は必然ではない4
一つ目のキノコをあっという間に食べ終わり、二つ目に手を伸ばした。先程少年がむしり取っていたように、キノコから羽をぶちぶちとむしり取った。
俺は羽をむしり取った後のキノコを、思わずじっと見た。
「ねえ、このキノコは飛ぶのかしら?」
「飛ばないと思うよ? でも断言はできないよね。こいつら飛べるように進化してもおかしくないからね」
「そう、進化……」
視界の端でキノコが飛んでいたのは……いやこれ以上は止めておこう。俺は何も考えないことに決めた。羽をむしり終わった二個目のキノコを口に運ぶ。
「色によって味が違うのね」
一個目のキノコはショッキングピンクで桃風味、二個目のキノコはレモンイエローで梨風味だった。どちらも甲乙つけがたく美味しい。
「僕はレインボーのが好きだよ。中々生えないから、見つけたらすぐ食べるのがおすすめ」
少年も俺の隣に座って、キノコを食べ始めた。
「亡国の山の中はどこもこんな感じなのかしら? こんなキノコがそこかしこに生えてるの?」
「このキノコはこの山特有だよ。こんなに美味しいのに、人間は食べたがらないから、すっごい増えるんだよね」
「たしかにこの見た目は、進んで食べようとは思わないわね」
次は何味だろうか。俺はスカイブルーのキノコに手を伸ばした。食べてみると予想外のチョコレート風味で、俺のテンションは一瞬上がった。が、すぐに冷静になる。何を思ってこのキノコは、チョコレート味になったんだ……? …………考えるだけ無駄に思えてきた。
俺と少年は会話を一旦止めて、無言でキノコを食べた。
「そうそう、注意してね。食べすぎると羽が生えるよ」
「嘘でしょ!?」
少年の言葉で俺の手が止まる。俺はもう五つのキノコを食べ終えた後だった。
「あはははは。ごめんごめん。羽が生えるのは本当だけど、千個とか二千個のレベルだから、警戒しなくて大丈夫だよ。昔食べ過ぎてやらかした、赤いアホな奴がいてね」
「ならいいわよね」
気を取り直して、手に持っていた六個目のキノコを食べる。美味しい。
いや待て。今の少年の話には、引っかかる所があった。
「え? 人が千個単位でキノコを食べるのは、無理じゃないかしら?」
「うん? まあ気にしない気にしない」
また話を流された。悪い子ではなさそうなのだが、この少年は何者なのだろう。
『うぇ~い』
少年のことを探ろうとする俺の思考は、あの鳴き声で中断された。
「また!? だから何が鳴いてるのよ!?」
取り乱す俺に対して、少年は平然としている。
「あれはウェウェイっていう鳥の鳴き声だよ」
「鳥の鳴き声だったの? 正体が分かればまだ怖さもましかしら」
見たことが無いような、得体の知れない生き物でなくて、本当に良かった。
「人間はよく分からないものが怖いって言うよね。知識を得ることで恐怖が減るなら、もっと情報をあげるね。ウェウェイはうぇ~いって感じの見た目をしていて、食べると味はすごく微妙だよ」
「そう、微妙なのね」
うぇーいな見た目の鳥を食べたのかと、突っ込む気は起きなかった。ここは少年を見習って流していこう。
キノコの昼食を終えた俺と少年は、今後について話し合うことになった。
「さて、これからどうしようか、おにーさん?」
「できれば今日中に屋敷に帰りたいわね。シェリーも皆もきっと心配してるわ。俺のことを探してくれてるだろうけど、俺も自分にできることをするべきよね」
「じゃあここから一番近い村まで行って、公爵家と連絡を取ってもらって、迎えに来てもらうのが妥当かな。一番近いといっても、村まではかなりここから歩かないといけないよ?」
「なんとか頑張るわ」
「では僕が責任をもって、おにーさんを村まで案内するよ」
少年は胸に手を当てて、恭しく優雅に一礼した。
二人揃って立ち上がり、本格的な下山が始まった。確かな足取りで迷いなく歩く少年が先導し、俺はその後を付いて行く。食事と少年の存在のおかげで、先程よりは元気が出た。それでも気を抜くと、俺は少年に置いて行かれそうだった。
「待って。もう少しゆっくり進んでもらってもいいかしら?」
「了解だよ。やっぱ貴族だと、山歩きは慣れないよね」
少年が言っていることは確かにそうなのだが。
「貴族だって貴方には言ってないはずよね?」
「ふふん、それぐらい一目見れば分かるよ。それにシェリーちゃんと結婚するなら、貴族じゃなくても貴族になるからね」
「その言い方だと、亡国では貴族と平民の結婚も特に問題ないみたいね」
ラルド帝国だと貴族と平民の結婚は、まずありえないものだった。男爵家ならぎりぎりありだったかもしれないが、公爵家は論外だ。アレと男爵令嬢に擬態していたシェリーとの婚約も、本来なら常識的に考えて不可能な身分差だった。
……アレのアホさ加減を思い出して若干イラッとしたが、苛立ちは心の奥底に沈めておく。
「亡国内は恋愛結婚が大半だよ。恋心の前には身分差なんてどうでもいい、っていうのが魔法使いたちのスタンスらしいね。それで結婚しても、嫁入りや婿入りした方にあった魔力の強さで子供が生まれるから、上手いことなってるよね」
「俺の母国では政略結婚の方が多かったから、変な感じだわ」
俺とアレの婚約も政略だった。本当にクソな政略だった!
「魔法使いたちは魔法を使える。でも魔法で心はどうこうすることはできないから、魔法使いは思いを大切にするって言われてるよ。だから一途な人が多いんだよね。シェリーちゃんだってそうでしょ?」
少年は俺の方を振り返って、俺に笑いかけた。
「ええ、そうね。とてもそうだわ」
「おにーさんもシェリーちゃんのことが好きみたいで良かったよ」
少年は嬉しそうにそう言って、再び前を向いた。俺は動揺で声が裏返った。
「何で急に!?」
「違った?」
「いえ、あってるわ…………」
「ならいいよね」
何故少年にばれたのかと、俺はしばらく悶々とした。
少年と時折話しながら、歩くことしばらく。
順調に進んでいた少年はいきなり立ち止まった。そのまま左右を見回して、周囲を警戒しているようだ。
「どうしたのよ?」
「何かいるみたいだね」
言われてみれば、がさがさと何かが動く音が聞こえる。どうやら右前方に何かがいるようだ。少年は俺を守るように、がさがさ動く木々の前に立ちはだかる。俺と少年は息を潜めて、その何かが姿を現すのを待った。
そして俺達の前に姿を現したのは、見覚えがある手綱がついた馬だった。
「こいつよー!!」
叫ぶ俺。
「へ?」
気の抜けた声を出す少年。
『!』
俺の叫びにビビるペガサヌ。
手綱がついた見覚えがある馬は、俺をここまで連れてきたペガサヌだった。ペガサヌは輪郭が分からない程に、ガタガタと震えている。ガタガタが最高潮に達したペガサヌは、山の木々の枝をものともせず、周囲に衝撃波を残して空へと飛び立っていった。
俺と少年は思わすポカンだ。
「おにーさんの話本当だったんだね」
「信じてもらえてなかったのね」
「信じろという方が無理があったよ?」
「まあ……そうね」
少年と二人で、空にかっ飛んでいくペガサヌを見送った。
「ペガサヌは蹄から何か噴射して飛んでるのね」
「みたいだね。長年生きてるけど、僕も知らなかったよ」
とてもどうでもいい無駄知識が増えた。
「一旦休もっか?」
「そうしてもらえると助かるわ」
俺は今ので精神的にごっそりもっていかれていた。




