1.遭難は必然ではない2
ユニコーソ退治で屋敷の外に出て以来、初めて屋敷の外に出たかと思いきや、何処とも分からない山の中で一人ぼっちだ。さすがにこれは、いくらなんでもハード過ぎる。
俺は確かに皇妃教育で色々と学んだ。だが、山で遭難した際の対処法など俺は学んでいない。山で遭難した際の対処法を皇妃教育で学んだ人がいるのなら、是非とも会ってみたいぐらいだ。
結局俺は途方に暮れるしかなかった。
「どうしようかしら……?」
高い木々に囲まれて、進むべき方向は見当もつかない。太陽が見えれば方角ぐらいは分かりそうだが、太陽がどこにあるかは不明だ。屋敷を出てからどれぐらい経っているのかさえ分からない。
周囲を見回しても、珍妙な生物や植物は見当たらなかった。
…………極彩色で一対の白い羽が生えたキノコなど、俺は見ていない。断じて俺は見ていない。ここは普通の山なのだと、自分で自分を洗脳する。白い羽が生えた赤と黄色のキノコをどうにか記憶から消そうとした俺の耳に、今度は妙な鳴き声が入ってきた。
『うぇ~い』
俺は反射的に叫んでいた。
「何なのよ!? 何がいるのよ!? この山!?」
ここでじっとしているのは、怖すぎて無理だ。得体の知れないものや、とんでもないものに遭遇しそうで。俺は助けを求めて、この場から動くことを決意した。動いても妙なものには遭遇しそうではあるけれど、動かないでいるよりはましだ。
斜面を登る気にはなれずに、とりあえず山の下へと向かうことにした。下に向かえばもしかしたら、人里に出られるかもしれない。人にさえ会えれば、屋敷に連絡することだってできるだろう。とにかく人に会うしか、俺が助かる道はなさそうだ。
ただ問題が無いわけではない。ペガサヌは亡国の外に出られないはずだし、変なキノコが生息しているので、ここは間違いなく亡国の中ではあるはずだ。そしてここがグローリアス公爵領の中なら、俺のことは既に周知されているはずなので、それでいいのだ。
でももしグローリアス領の外だとすると、話は変わってくる。魔法使いではない俺が亡国内に急に現れれば、騒ぎになりかねない。今後の心証を考えても、極力騒ぎは起こさない方が良いだろう。
「ラピスー!」
一応呼んではみたが、何も反応は返って来なかった。当然だ。小鳥のラピスがペガサヌのあのスピードに、ついて来られたはずがない。
となるとラピスは今、シェリーの元にこの事態を知らせに行ってくれているだろう。メディッサさんも俺が連れて行かれる瞬間を見ているので、間違いなく動いてくれているはずだ。
場所の手がかりぐらいは残せたら良かったのだが、俺にそんな余裕は一切なかった。手掛かりが全くない中で、山の中にいるたった一人の人を探すのは、はっきり言って普通なら無理だろう。魔法で不可能を可能にしてほしいところである。
『うぇ~い』
再びあの鳴き声が聞こえた。今度は先程より距離が近い。
「だから、何が、鳴いてるのよ……?」
俺は泣き出しそうになりながら、謎の鳴き声から逃げるように山を下り始めた。
最近は散歩をたくさんするようになって、帝国にいた時より体力はましになっているはずだ。それでも慣れない山歩きはかなりきつかった。思うように距離は稼げず、視界が開けていないので距離感もいまいち掴めない。すぐに息は上がって苦しくなった。
心が折れそうでも、俺はがさがさと道なき道を進み続ける。
「何、なのよ」
『うぇ~い』
また何かが鳴いている。
「俺が、何したって、いうのよ」
もはや俺の口からは泣き言しか出てこない。
そして度々視界に入る羽付きキノコが、俺の精神力を奪っていく。羽付きキノコはそこら中にやたらと生えていて、記憶から消すことは不可能だった。今日の夢にも出てきそうだ。このまま屋敷に帰れなければ、そもそも眠ることもできないかもしれないけれど。
死にそうな思いをしながら、俺がなんとか辿り着いた先は小川だった。
川の水は清く澄んでいて、見た目だけなら飲み水にしても良さそうだ。一口だけ水を口に含んで味を確認した。変な味も無いので、飲んで大丈夫だろう。両手で水をすくい上げ、喉を鳴らして飲んだ。喉を通り抜ける水の冷たさが、いくらか俺の疲れを癒してくれた。
山を下り始めて以降ずっと歩き通しだったので、ここで一旦休憩することにした。近場の岩に腰かけて休めば、あの羽付きキノコが否応なしに視界に入る。
羽付きキノコを忘れることを諦めた俺は、一番近くに生えていた羽付きキノコをむしりとった。キノコから生えた真っ白でふわふわな羽に触れると、ラピスと同じ手触りがした。キノコのかさの部分はショッキングピンクで、他の色違いのキノコどももその存在感を主張しまくっている。このキノコどもに擬態という概念は存在しないらしい。
俺は八つ当たりでキノコを投げた。投げたキノコは木の幹で跳ねかえり、俺の額に直撃した。キノコなので額は全く痛く無いけれども……。
「シェリ~、ラピス~」
自分でも驚くぐらいに、情けない声が出ていた。額は痛く無くても、心が痛い。
「つらいわ~」
先程からどうにも独り言が止まらない。俺はしばらく項垂れるしかできなかった。
いや、こんなことをしていては駄目だ。こうしていても何も変わらないし、泣き言を言っていてもしょうがない。今俺にできることをしよう。
俺は立ち上がって下山を再開した。先程投げたキノコが視界の端で一瞬飛んだのは、気のせいだと信じたい。……信じたい!
小川に沿って下流へと歩いて行く中でも、相変わらず羽付きキノコは地面に生えている。普通植物は同じ山の中でも生えやすい場所が決まっているものだが、羽付きキノコはそういうことに関係なく生えるものらしい。やはり亡国内で、亡国外の普通は通用しないようだ。
先程まで歩いていた山の斜面と違い、沢は岩が多く足場が悪い場所もあった。道なき道と沢の歩きやすさは一長一短だ。地道に無心で距離を稼ぎ、このまま人里まで下りられないかという、俺の淡い期待は儚くも崩れ去った。
俺が行き着いた先は滝だった。崖となった場所から下を覗き込むと、下の地面まではかなりの高さがある。このまま小川に沿って進むなら、崖を降りなければいけない。俺は崖を降りられるのか……? もし足を滑らせたら、俺は間違いなく……。
『落ちたら死にます!!』
今日聞いたばかりのメディッサさんの叫びが蘇った。シェリーも死んでしまったらどうしようもない、と言っていた気がする。
俺は崖を降りることを諦めて、迂回して進めそうな場所を探すことにした。不運体質気味の俺が無理に進めばどうなるかは、目に見えている。危ない橋は渡るべきではない。来た道を多少戻って、進めそうな場所を探すのが最善だろう。
一度溜息を吐いてから、俺は滝を後にした。引き返すことにはなったものの、滝まで来たのは完全な無駄足ではなかった。太陽を見つけることができたので、なんとなくの方角が把握できたからだ。
方角が把握できたとしても、進むべき方向は分かりやしないが、何も分からないよりも気分的に安心できた。
そんな安心も一瞬のことだった。斜面を登ったり下ったりしている内に、方角は再び分からなくなった。まっすぐ進めたら、しばらく方向感覚を維持できただろうが、まっすぐ進めないのが山というものだ。
それでも俺はめげずに歩き続ける。歩き続けて歩き続けて、ずっと歩き続けられるはずも無く……。




