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3.常識は絶対ではない2

「なんでオリバーお義姉様が謝るのよ」


 心当たりがなくて不思議そうに、アイリスは首を傾げた。シェリーが言っていたように、アイリスは気にしていないのかもしれない。


「決闘とはいえ、女性に手を上げようとするなんて、男として最低でしょう? だから謝っておきたかったの」

「あははは、そのか細い腕で暴力を振るわれたって、何ともないから。わざわざ魔法でついてるかついてないか確認しないといけないような男が、私をどうこうできるわけないじゃない。暴力だなんてバカバカしい」


 敵意がない笑顔は彼女の言葉が本心なのだと、如実に表していた。


「ほら、私が言った通りです」


 シェリーがウインクする。


「あ、オリバーお義姉様いいなぁ。シェリーお姉様にウインクしてもらって。それにそれを言うなら、あたしも見苦しいぐらい、オリバーお義姉様に突っかかっちゃったし。だからこれでおあいこ。遺恨は良くないって、オリバーお義姉様言ってたよね。あ、ちょっと耳貸して」


 屋敷の方へと数歩歩み出していたアイリスは、俺の方へと近寄って来た。


「いい? 今後はシェリーお姉様と、積極的にいちゃいちゃしてね」


 そう俺の耳元で囁くと、アイリスは駆け足で屋敷の中へと戻っていった。


「言われると逆にやりにくいわよ」

「何言われたんですか?」


 気になって仕方ない様子のシェリーが、身を乗り出して聞いてきた。


「まあ二人で仲良くねってことよ」


 何だか気恥ずかしくて、俺は少し言葉を濁した。シェリーにアイリスに言われたことをそのまま伝えると、まるでいちゃいちゃを要求しているみたいだったから。


「ではお二人分のケーキとお飲み物をお持ちいたします。お飲み物は紅茶でよろしいでしょうか」

「紅茶でお願いします」

「ええ、紅茶で」

「かしこまりました」


 黒髪の侍女は一礼してから、四阿を後にした。黒髪をきっちりお団子にまとめた彼女は、音も無く歩く。只者ではない雰囲気が彼女からは感じられた。俺が侍女に気を取られているのを知ってか知らずか、シェリーは俺に話を振ってきた。


「ずっとオリバーは甘いものが嫌いだと思ってました」

「甘いものは大好きだったわ。食べさせてもらえなかっただけよ」

「そうだったんですね。ということはケーキ以外もですか?」


 俺がこくりと頷くと、シェリーの顔が一気に曇った。


「はっ、聞くまでもなく、そんなの当然でしたよね。これからは一緒にたくさんお茶しましょうね。甘い物たくさん食べましょう」

「それは太らないように気をつけないとね」


 シェリーに笑ってほしくて、冗談のつもりで言ったけれど、シェリーの表情は浮かないままだった。


「お待たせいたしました」

「きゃっ」


 急に声をかけられて、俺は小さく悲鳴を上げた。先程の黒髪の侍女がお盆を持って、戻って来ていた。お待たせいたしましたと言った割に、全然全く待っていない。速い、気配が無い、音も無い。本当に彼女はただの侍女なのか? 前職暗殺者だったりしない?


 俺が心臓バクバクな一方で、シェリーは慣れたものだった。


「相変わらず速いですね」

「お褒めに預かり光栄でございます」


 お盆に乗せていた物を俺とシェリーの前に置いて、黒髪の侍女は再び近くに控えた。


「ささ食べましょう、オリバー」

「ええ、ええ、そうね」


 いまだうるさい心臓を、どうにか落ち着けて、俺はフォークを手に持った。


「ケーキと言えばこれですよね」


 用意されたケーキは、イチゴのショートケーキだった。ホールを六分の一に切った断面からは、スポンジと生クリームとイチゴの素敵な層がのぞいている。スポンジを三層に切り分けて、二度生クリームとイチゴを挟み込む、料理人のその心意気に拍手を送りたい。スポンジがまとった白い生クリームは少しの狂いも無く均一に塗られ、デコレーションのために絞られた生クリームは、どこまでも繊細で食べるのがもったいないぐらいに美しい。きめ細やかなスポンジは、見ただけでふわっふわっだと分かる。ケーキの上部に乗せられた真っ赤なイチゴは、白い生クリームとのコントラストで目にも鮮やかだ。


 はやる気持ちを抑えて、俺はごくりと生唾を飲み込んだ。


「イチゴのショートケーキが、学院のカフェテリアの一番人気だったわね。二番人気はチーズケーキ、三番がチョコレートケーキ、四番がロールケーキ、五番がモンブランで、六番がミルクレープ。どのケーキもとっても美味しそうだったわ。それに加えて、月替わりの季節限定ケーキも魅力的で、何度食べたいと思ったか。その中で俺が特に気になったのは、フルーツタルトだったのよ。旬のフルーツてんこ盛りとか、意味が分からないわ。こんなにも選択肢があった中で、今回選ばれたのはこのイチゴのショートケーキ。選んだのはシェリーよね? よく分かってる、分かってるわ」

「オリバーのケーキに対する執念が若干怖いです」

「え? そうかしら?」


 シェリーが若干、いやかなり引いてる気がする。ケーキについて熱く語っただけで、何故だ。分からない。


「御託はいいので、とっとと食べてください」


 シェリーに急かされて、俺は皿に乗せられたショートケーキにフォークを刺しこんだ。切り分けたケーキを口に運ぶと、ふわふわのスポンジととろける甘い生クリームが口の中に広がった。数年ぶりに食べた味は、本当に美味しかった。


 俺の目からほろりと、涙がこぼれた。


「え!? オリバーどうしたんですか!?」


 慌ててフォークを動かしたシェリーが首を傾げた。


「あれ? 美味しくなかったですか? いつもと変わらず、美味しい出来だと思うんですけど」

「違う、違うの。美味しいわよ。さっきあんな夢をみたせい、だから」


 悪夢を見たんじゃないかとい心配してくれる婚約者がいて、彼女と食べるケーキはこんなにもおいしくて、幸せだなと思ったら涙が出てしまった。今までの人生で初めて、俺は幸せで泣いた。


「やっぱりさっきのは、嫌な夢だったんですね。安心してください。ここにオリバーを傷つけたり、虐げたりする人はいません。幸せにする約束は、私がきっちり守ります」


 悪夢だと勘違いしたままのシェリーは、勇ましく決意表明をした。そんなシェリーを見ていると、流れた涙は一筋だけで済み、自然と笑みがこぼれていた。


「シェリー、ありがとう」


 話の流れを変えたくて、俺は頭に浮かんだことを話し出した。


「アイリスが学園の課題と言っていたから、ここにも学校はあるのね」

「亡国にあるのは王立学園ですね。ラルド帝国の国立学院は十五歳の四月に入学して三年間でしたが、亡国の王立学園は十二歳の四月から六年間なんです。魔法の分長くなってると言えますね」

「じゃあシェリーは王立学園の方は、卒業していないということかしら?」

「いいえ、卒業はしています。婿探しのために一年早く卒業しました」

「俺としてはそのおかげで、こうしてシェリーと一緒に居られるから、感謝したいぐらいだけれど、そこまでして婿を探したかったの? 卒業してからでも、良かったのではなくって?」


 俺の質問に、シェリーが不自然に視線を逸らした。


「あ~、う~ん、え~っと。どうして婿探しに出ることにしたかは、またおいおいということで」


 歯切れ悪く話すシェリーは珍しい。


「そう、話したくなったらでいいわ」


 俺は深く追究しなかった。話すべき時がきたら、きっと話してくれるだろうから。


 お互いイチゴのショートケーキを食べ終えて、俺は昨日からずっと気になっていることを、シェリーに尋ねることにした。


「というか、俺たちは今何処にいるのよ。ここはまさか異世界とかそういう」

「ファンタジーじゃあるまいし、そんなことありませんよ」


 魔法使いにファンタジーを否定された。魔法使いだって、よっぽどファンタジーな存在だというのに。


「魔法使いがそれを言うの? 俺が知っている範囲で、地図上に国がありそうな場所がないわ。だからここがどの辺なのか、見当もつかないのよ。だったら異世界もありえそうと思ったの」


 俺が知っている歴史の範疇でも、魔法使いたちの国がどこにあったのか、場所ははっきり伝わっていない。ますますここがどこなのか、俺にはさっぱり分からない。


「今いるのがどの辺りなのか説明するとなると、地図があった方がいいですね」


 シェリーは黒髪の侍女の方を振り返った。


「メディッサさん、地図を持ってきてもらっていいですか? 亡国内製と亡国外製両方です」

「ただ今お持ちいたします」


 メディッサさんと呼ばれた黒髪の侍女は、一礼してから足早に屋敷の方に向かった。やはり彼女は足音なく歩く。クールでミステリアスで、笑っているところが想像できない女性だ。


「彼女メディッサさんっていうのね」

「私が国を出る前は、彼女が身の回りのことをしてくれていました。メディッサさんは、メディッサさんという感じがするので、メディッサさんと呼んでいます」

「なんとなくシェリーが言いたいことは、分かる気がするわ。只者じゃない感じがすごいのよ。彼女も魔法使いなのよね」

「そうですね。平民を含めて、この亡国の国民全員が魔法使いです」


 シェリーに明言されて、自分がすごいところに来てしまったのだと、改めて実感した。

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