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遺構とアンドロイド

作者: 泉 羅卯

 一等航海士のヒデキは、ある惑星の調査を命じられた。小型宇宙船に乗り込み、母船を飛び立ったヒデキは、大気圏を一気に突き抜け、文明を持った生命体を探した。

 驚いたことに、地表には街があった。正確には、街の跡が果てしなく広がっていた。焼けた建物、崩壊して土台だけになった建物。どれもこれもが、瓦礫と化していた。何かの原因で、この惑星の文明は滅びてしまったのだろうか。そう思って、ヒデキは宇宙船を着地させた。

 街の荒廃ぶりとは対照的に、街を取り囲む森は青々と生い茂っていた。空気はあるようだ。が、迂闊に外に出るのは危険なので、ヒデキはアンドロイドを呼んだ。

「おい」ヒデキは、女性型アンドロイドのルナ31型に言った。

 呼ばれたルナ31型が気色ばんだ。「おい、とは何よ」と口を尖らせた。「私には名前があるんだから」

 ルナ31型は前髪に手を当てた。「あなたの操縦が乱暴だから、髪が乱れちゃったわ」そんなことをぶつぶつ言ってから、

「私を偉そうに呼ばないでくれる」

 大きな目でヒデキを睨んだ。

「ご、ごめんよ」ヒデキは謝った。が、すぐに思い直した。どうしてぼくが、アンドロイドに謝らなくちゃいけないんだ。少し腹が立った。けれど、ルナ31型に「前髪、直った?」と訊かれると、「うん、大丈夫」とすぐに答えた。

 ヒデキの言葉に、ルナ31型が満足そうな顔をした。が、すぐにまたヒデキを睨み、「髪型変えたの、気づいてた?」と訊いた。

「え、いや……」

「あ、やっぱりそうなんだ」ルナ31型が、きいっと、声を出した。「前髪、少し短くしたんだよ。それにね、分け目とかも変えたの。前は、ヒデキさんから見て右から左に流してたけど、今は……」

 ルナ31型がまくしたてた。その言葉を遮り、ヒデキは冷静さを装って、

「空気が清浄かどうか、確かめに行ってくれ」

 命令口調で言った。

「いやよ」ルナ31型が即座に拒否した。

「どうしてだよ」

「その言い方がむかつく」そう言ってから、「何かを頼むときは、それなりの言い方ってものがあるでしょ」

 ルナ31型はお姉さんのような口調で、ヒデキを窘めた。

 そんなふうに言われ、ヒデキは仕方なく、

「すみませんが、ぼくのために、外の空気を調べていただけないでしょうか」

 丁重な言い方でお願いをした。

「うん、いいよ」

 ルナ31型が明るく言った。「じゃあ、行ってくるね」ショートヘアーを揺らし、宇宙船の外へ走り出て行った。

「おい、走るなよ」ヒデキはそう叫んでから、「あ、ごめんなさい」怒られる前に謝った。


          ◇

 ルナ31型が安全を確認した後、ヒデキは宇宙船の外へ出た。ここで一体、何があったのだろう――。破壊し尽くされた瓦礫の街を、ヒデキはぼんやりと見回した。

 と、そのときだった。建物の残骸の一部が動いた。はっとして目を凝らすと、床の一部がぐるぐると回っていた。ぐるぐる回って円形の床が上がり、床の下から柱が現れた。その太い柱には扉がついていた。

 突然、扉が開いた。柱の中から、人が現れた。

 その人は、地球人そっくりだった。つるつるした素材の服を着て、そいつはヒデキたちに近寄ってきた。ヒデキは身構えた。いきなり攻撃してくることだって、ないとは言えない。油断するわけにはいかなかった。

 ヒデキの傍まで来ると、惑星人が音声を発した。口は動かしていないので、どこから音声を発しているのかわからなかったが、ヒデキたちとコミュニケーションを取ろうとしていることは明らかだった。

「おい、おまえ。すぐに翻訳しろ」慌てて、ヒデキはルナ31型に命じた。

「おまえですって⁉」ルナ31型がまた気色ばんだ。

「い、いや、君の機能を使って、翻訳してくれないかい?」ヒデキは言い直した。

 ルナ31型はぶつぶつ文句を言いながら、惑星人の傍に立った。そして、惑星人の音声に一頻り耳を傾けてから、

「テメエラ、ココデ、ナニシトンネン」

 妙な言葉を喋り始めた。

 いかん――。ヒデキは、ルナ31型をバージョンアップしておくべきだったと後悔した。肝心なときに、機能がおかしくなっていやがる。舌打ちしながら、ルナ31型に歩み寄り、服を脱がそうとした。

「やだ、何するの?」

 ルナ31型が目を見開いた。「こんなところで、エッチなこと、するつもり? しかも人前で?」

「何言うんだよ。君の音声機能がおかしくなってるから、直したいんだよ」

「だからって、こんなとこで……」

 ルナ31型は頬を赤らめた。「今晩、寝室でするんじゃ、だめなの?」

 ヒデキは苛ついた。

「今すぐしたいんだ」うっとりとした目を向けたルナ31型に、「今すぐに、君の胸を見たいんだ。そこに……」

「ペチャパイだよ」ルナ31型が顔を俯けた。髪から覗く耳まで真っ赤に染め、「それでも、いいの?」

 わけのわからないことを言い出した。


          ◇

 惑星人と、何とかコミュニケーションが取れるようになった。ヒデキたちは惑星人に招かれた。彼らは地下に都市を築いていた。都市を案内してあげようと、惑星人は言った。

 ルナ31型の翻訳機能は怪しかったが、とりあえず信用することにした。ヒデキとルナ31型は、惑星人の後に続いて扉の中の小部屋に入った。

 扉が閉まると、小部屋が動き始めた。エレベーターなのだろうその小部屋は、地下へ地下へと下降していった。

 動き始めてから、いつまでたっても止まらなかった。不安になって、ルナ31型を通じて訊いてみた。

 惑星人が説明してくれた。その話によると、地表の都市は全て、遺構として保存されているもので、これも残そうあれも残そうとしているうち、今生きている人々の住む所がなくなったらしい。それで、地下に巨大都市を造ったが、ここでも戦争や災害が度々起こって都市の一部が瓦礫となり、その記憶を留めておこうと、次々と遺構が生まれ、そうしているうちにまた、住む場所がなくなって……。今は地下の第三層に都市を建造し、そこへ移住したということだった。

「火事で焼失した歴史的建造物なんかは、復元したらいいのに」

 ヒデキが言うと、惑星人は頭を横に振って、

「ソンナン、イミナイワ」と答えた。戦争や災害、火事などで失った建物を復元することは簡単にできるが、それでは、過ちを犯したことを忘れてしまう。未来への教訓のため、遺構を残した方がいいのだと、惑星人は言った。

「ワテラ、ナニスルンデモ、カコノキオクニ、シタガットンネン。ソレガイチバンエエネン。ソレヤカラ、カコハワスレタラ、アカンネン。イツマデモ、イツマデモ、カコノアヤマチハ、ワスレタライカンネン」

 惑星人はその顔に笑みらしき表情を浮かべた。そして、自分の言葉を少しも疑っていないかのように、満足そうに頷いた。

 ようやく、小部屋は地下都市に到着した。扉が開くと、そこには眩いばかりの超近代的な都市が広がっていた。惑星人は目の前にあった自動車の、後部ドアを開いた。それは自動車ではないと、すぐに気づいた。ヒデキたちが乗り込むと、空へと舞い上がった。惑星人が操縦する飛行艇で、ヒデキとルナ31型は都市の上空をしばらく回遊した。

 飛行艇は、ある建物の屋上に降りた。惑星人に促され、ヒデキたちは建物の中に入った。エレベーターで下の階まで下り、ある部屋へと連れていかれた。

 部屋はひんやりとしていた。惑星人が照明をつけた。見ると、壁一面に、氷の柱がびっしりと並べられていた。何だろう。近づいて、ヒデキは「あ」と声を上げた。それぞれの氷柱には、様々な生命体が閉じ込められていた。


          ◇

 氷漬けにされた生命体は、この惑星にやってきた来訪者たちだった。惑星人は説明した。来訪者たちがやってきた記念に、彼らの内の一人、いや一匹、いやいや、一頭をコレクションしているのだと、惑星人は得意げに話した。

 通訳していたルナ31型が、突然、目を丸くした。ヒデキの傍に駆け寄り、

「私たちのうちの、どちらかをいただきたいって、そんなこと言ってるよ」

「え、まじかよ」

「でもね、できればあたしの方をいただきたいって」ルナ31型は頬を赤らめて俯いた。「私が可愛いからかしら」

「だめだっ」

 ヒデキは叫んだ。惑星人がぎょっとしたような表情をした。

 ルナ31型も驚いた顔をした。

「別に、いいじゃん」ルナ31型が言った。「アンドロイドなんて、母船に帰れば山ほどいるでしょ。今度は巨乳ちゃんのアンドロイドをパートナーに選べば?」

「そういう問題じゃない」ヒデキは必死になった。

「じゃあ、メモリーチップだけ外して持っていけば? それを巨乳ちゃんアンドロイドに……」

「本気なのか?」

 ヒデキはルナ31型の顔を見つめた。

 君は本気で、ぼくと別れるつもりなのか……?

 その瞬間、ヒデキの脳裏に次々と記憶が甦った。目を三日月型にして怒る顔。拗ねてふくれっ面をして黙り込んでいる顔。冷たい目で睨みつけ、無言で圧力をかけてくる顔……。そんな顔ばかりだったが、どれも愛おしく思った。

「だめだ、だめだだめだだめだぁっ」

 ヒデキはルナ31型の肩を揺さぶった。

「君を失いたくないんだよ」

 と、そのときだった。ふと、ヒデキはあることに気づいた。この惑星人たちはもしかして……。

 ヒデキは、「そうにちがいないっ」と叫んだ。ルナ31型の、その腰のポーチに手を伸ばした。

「いやん。お尻に触るつもり⁉」

「ち、違うよ。ポーチの中の携帯ビデオを出してくれ」

「言ってくれれば、自分で出すわよ」ぷんぷん、と言いながら、ルナ31型はビデオカメラをヒデキに渡した。

 ヒデキは惑星人にビデオカメラを差し出した。その機能を説明し、

「これに記憶すればいい。氷漬けにするより、ずっといいでしょう」そう説得した。

 惑星人は納得したようだった。ヒデキやルナ31型を、そのビデオカメラで撮影し始めた。

 ほっとしてヒデキは言った。

「そいつは実に優れモノなんです。何しろ、綺麗なものを綺麗なままに残せます。最近は女房も古臭くなったなあって、そう思ったら、昔の映像を見て、その当時の感慨に浸れるんです。すごいじゃありませんか。もう手放せませんよ」


          ◇

 母船への帰り道、ルナ31型は不機嫌だった。

「どうしたの?」

 ヒデキが訊くと、

「あなたも、あの惑星人と同じなんだね」とルナ31型は言った。

「どういうこと?」

「私、さっきは嬉しかった。私のことを必死に守ろうとしてくれて。でも、私がアンドロイドだから、愛してくれるんだね」

「何、言ってるの?」

「私がアンドロイドじゃなくて、年老いていく人間だったら、いつかは愛してくれなくなるんでしょ?」ルナ31型はふうと溜め息をついた。「古臭くなった女房は、愛せないんでしょ?」

 そう言われ、ヒデキは言葉に詰まった。

 そんなヒデキに、ルナ31型が言った。

「私には、老化機能があるんだよ」へへっと笑い、「その機能を使うと、人間と同じように、使用年数に合った肌とか髪に変化するの。今はその機能を停止してるけど、使ってみる?」

「え、それは……」

「私は、造られてから、そうだな……、五十年は経ってるかな。声なんかも、変わっちゃうかも」

「ううむ」

 ヒデキは唸った。が、ルナ31型の試すような目を見て、思わず言った。

「君の容姿や声だけを愛してるわけじゃない」

 すると、ルナ31型がいきなり、よしっ、と声を上げた。頭に手をやり、どこかを指で押し込んだ。かちり、と音がした。


「ルナっ」という自分の叫び声で、ヒデキは目を覚ました。

 夢だったのか――。

 ヒデキはほっとした。身体から力が抜けていくように感じた。

 視界がはっきりしてくると、自分が居間にいることに気づいた。そうして、頭の下の柔らかな感触にも、気がついた。ヒデキはルナに膝枕をしてもらっていた。

「大丈夫?」

 ルナが心配そうに訊いた。

「うん」

 そう言いながら、ヒデキは体を起こした。そうした途端、頭がずきりと痛んだ。

「あれ、どうしたんだろう」

 ヒデキはそれまでの記憶があやふやであることに気づいた。どうして、ルナの膝で、寝ていたんだろう……。

 ヒデキは記憶を手繰り寄せようとした。

 目の前に、テレビがあった。それを見て、何かを観ていたのだと思い出した。

 ヒデキはリモコンを手に取った。そうだ、確か……。

 リモコンの再生ボタンを押した。すると、テレビにルナが映った。目をきらきらさせて、懸命に喋っていた。時折、目をぱちくりさせて。

「ああ、そうか」

 ヒデキは呟いた。28歳の頃のルナを見ていたのだった。ようやく、そのことを思い出した。

 と、そこで、再び頭がずきりと痛んだ。痛んだあたりに触れると、そこに大きな瘤ができていた。

 どうして、こんな瘤が……。それに、どうして眠ってしまったんだろう。いったい、何があったんだ? あ、リモコンに髪の毛が……。

 そこでまた、もう一つ、記憶が甦った。

 テレビを見ていると、そこにルナが近づいてきたのだ。ルナに、ヒデキは言った。「三年前の君って……」

 その後の記憶は、消えていた。どうしても、思い出せなかった。

「あれ、あれれ?」と言いながら、ヒデキはルナの方へ振り向いた。

 ルナは微笑んでいた。優しい声で、

「思い出さない方がいいよ」

 そう言って、やんわりと両の目を閉じ、すぐにまた開いた。



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