1:11 第一殺し合い週間 後篇
「あなたは」
「ノア、なのか?」
その場にいるZクラスの生徒たちはこちらを見て呆然としている。ヴィルタスもアウラもステラもビートも、あれだけ威勢が良かったというのにかなり負傷をしているようだ。
「おいフリーズ! 大丈夫かよ!?」
「す、すこし気を抜いただけさ。ここから本気だよ」
ブレイズはフリーズが軽々と投げ飛ばされたことに驚きながら、こちらへと視線を向けた。
「お前、何者だ?」
「答える義理はない。分かったら、今すぐここから去れ」
「ふざけやがって! 第一キャパシティで燃やし尽くしてやる!!」
ブレイズはこちらに炎を放出させて攻撃を仕掛けてきた。Zクラスの生徒たちは「避けろっ!」と焦りを見せているが、この程度で焦る必要なんてない。
(…第一キャパシティ)
炎を目前まで迫りくるタイミングで、氷の壁を生成して跡形もなく炎を消火させる。氷を操ったことでその場にいる者たち全員が目を丸くして、何が起きたのかを必死に理解しようとしていた。
「どうして僕のキャパシティを扱えて…!?」
「誰がお前だけのキャパシティしか扱えないと言った?」
レインの凍り付いている下半身に手をかざし炎で包み込むと、一瞬にして纏わりついていた氷を溶かす。
「俺のキャパシティも使える、のか?」
「大丈夫か、レイン」
拘束状態から一気に解放をされたことで、レインは廊下に尻餅をつく。そんな彼女にこちらが手を差し伸べてみる。彼女は差し出されたこちらの手を見ながら、しばし考えるとその手を軽く握り、
「…これは借りにしておく」
すぐにその場へ立ち上がった。
「フリーズ、こいつはヤバい気がする…! 力を合わせて全力で殺すぞ!」
「オーケイ。分かったよ!」
炎のキャパシティを持つブレイズ、氷のキャパシティを持つフリーズ。その連携技はかなり上出来なもので、身動きが取れないように足元へ氷を這わせて、炎で敵を燃やそうとする。息の合ったコンビだからこそ成せる技。
「でもな、それは連携じゃなくても出来ることだ」
床に炎を這わせ氷を溶かし、氷で向かってくる炎を消火する。
「…嘘、だろ?」
右手に氷を、左手に炎を纏わせていれば相手は目を疑い、攻撃の手を緩めてしまった。
「嘘じゃない。現実を受け止めろ」
ノアの第一キャパシティは『再現』一度見た技や動き、ありとあらゆるものを完璧に再現が可能となる能力。ノアはブレイズとフリーズの第一キャパシティを一度始業式の日に見ていたため、完全に再現することが出来たのだ。
(ルナのキャパシティは再現できなかったけどな)
どんなものでも再現できるのか、と聞かれれば答えはノーだ。それこそ他人の強力なキャパシティの再現などは不可能。ルナのように実力がほぼ互角の相手、または実力が上となる相手の技や能力はまったくと言っていいほど再現できない。もし無理をして再現しようとすれば自分自身の生命力を削るはめになる。
「まだやるか? もう手を引いてもいいんじゃ――」
「俺様に任せろぉ!」
そこへ飛び出してきたのは【Aspire】。Cクラスの偵察へ出向いた際に、攻撃を仕掛けてきたガキ大将だ。相も変わらず雑な金槌の振り回し方で、こちらも思わずため息を付いてしまう。
「またお前か」
「今度こそ殺してやるぜぇ!」
ブレイズとフリーズでさえ退こうとしているというのに、このガキ大将はまったく動じないまま交戦しようとしてくる。先ほどの一部始終を見ていなかったのか、それともただ単に理解ができないほどアホなのか。どちらにせよ相手にするだけ無駄なため、迫る金槌に人差し指で触れて、
「創造破壊」
「ぐぉぉ!!?」
金槌を光の塵へと変えて、顔面に真正面から軽く左拳を叩き込む。ガキ大将はそのままブレイズとフリーズの元まで吹き飛ばされたが、
「へへっ、やるじゃねぇか! これからが本番だぜ!」
(なるほど、こいつはアホなのか)
それでもなお、拳を振り上げてこちらに向かって走ってきた。図体だけでなく脳も筋肉と化しているらしい。
「待てアスパイア!」
「っ…んだよブレイズ?」
それを見たブレイズがアスパイアのベルトを掴んで、自分たちの側へと引き戻す。ガキ大将よりもブレイズとフリーズの力の方が実力は上。その二人が敵わないのなら、アスパイアも到底敵うはずがない。それは当の本人を除いて、この場にいる誰もが分かっていることだ。
「ここは一旦退くぜ」
「おいまだ俺様は戦えて…」
「見て分からないのかい? 彼は僕たちの手に負える相手じゃない」
ブレイズとフリーズはCクラスの生徒を引き連れて、自分たちの教室までぞろぞろと帰り始める。その際にブレイズがこちらに視線を向け、
「お前は俺たちを殺すつもりはあるのか?」
そのようなことを尋ねてきた。殺すつもりはあるか、という質問に対する返答。自分の中では既に答えなど決まっていた。
「ないね。殺し合いなんてクソくらえだ」
そう言葉を吐き捨てれば、ブレイズは片手に炎を纏わせ、
「今月はZクラスから手を引いてやるよ。だが来月は、絶対にお前たちを殺してやる。それまで首を洗って待っていろ」
ありきたりな宣戦布告をすると、Zクラスの生徒の前から去っていった。
「あなたは何者? あんな力を使ったり、いずれ敵になる私たちを助けたりして何がしたいの?」
「……」
何も答えず、レインの後方でこちらを見つめているヴィルタスたちに視線を送る。Zクラスの教室内ではCクラスの奇襲によって怪我を負った生徒が苦しんでいるようで、ヴィルタスたちはシステム上で繋がりを得た自分の仲間を守ろうとしていたらしい。
「これがお前たちの望んでいた殺し合いか?」
「……」
「仲間を蹴落として、敵を殺して。それでも救世主や教皇になりたいと思うのか?」
そう言いながら教室内にゆっくりと足を踏み入れる。硬い床へと横になり呻き声を上げていたのは、ヴィルタスの同盟に所属をしているユーリと呼ばれる男子生徒。側にしゃがみ込んで、容態を確認してみれば肩から腰までに掛けて、深く斬り裂かれていた。
「いたいっ、いたいよ」
B型となる人物が包帯を創造して、止血を施しているようだが…そもそも治療道具を創造するのを得意とするのはC型系統の人物。B型が包帯を創造したところでその効力はあまりにも弱すぎる。そのせいで裂かれた傷口からとめどなく血が溢れ出し、時期に多量出血で死んでしまうほど本人も弱り切っているではないか。
「自身の型の特性を理解していない、か」
ウィッチの授業に出席をしていれば、型の特徴を理解し攻撃はA型、防衛はB型、治療はC形でそれなりの陣営が組めた。ここまでの被害が及ぶことは絶対になかったはずだ。
「お願い、殺して」
ユーリの隣ではアウラの仲間であるテレサが真っ白な髪を血で濡らしながら、楽にしてくれとひたすらに呟いている。容態は最悪なもので、腹部が深く斬り込まれており、そこから臓器が少しだけ顔を覗かせていた。
「…なんてざまだ」
ユーリとテレサ以外にも、ビートの仲間である腕っぷしの強そうだったパニッシュはブレイズの能力で黒こげにされ、ステラの仲間であるおしとやかなモニカもフリーズの能力によって、下半身が氷結されている。死んではいないが、どちらもかろうじて生きているという状態。
「この四人はもう助からない」
「助からない? どうしてそう断言できる?」
「これだけの傷を治せる道具は何もないから」
レインのその言葉で確信をした。このZクラスの生徒たちは、傷を自分で治療することができる"再生"を知らないのだ。
「テレサさん、ユーリ。少し手を握るぞ」
このままでは四人が尽き果ててしまう。こちらとしても目の前で命が失われるのを黙ってみているわけにもいかないため、テレサの右手とユーリの左手をそれぞれ片方ずつ握って、
(…本人たちに無理やり再生を使用させるしかない)
「――!!」
創造力を二人に流し込みながら、体内で再生を強引に発動させた。これでもし再生が使用できなかったらお手上げとなるが、やはり睨んだ通り知らなかっただけのようで、再生を一度発動させればテレサの傷もユーリの傷もすぐに元通りとなる。
「傷が、治った?」
レインが初めて驚いた表情をこちらに見せる。テレサとユーリの脈が安定しているのを手首に触れて確認し、次にモニカとパニッシュの元へと歩み寄って、
(氷は溶かさないといけないな)
モニカの凍り付いた箇所だけは再現を使用してブレイズの炎で溶かす。その後に同じように再生を強引に発動させて、凍傷と火傷を癒した。
「これで大丈夫だろう。しばらく動けないが、死ぬことはない」
ヴィルタスたちも目の前で起きた光景が信じられないといった様子で呆然としている。
「お前たちはこれを見てどう思った? 仲間の命が救われて良かったと安心したか? それとも命拾いをした仲間が邪魔だと感じたか?」
「「「……」」」
「あの時の威勢はどうした? この殺し合いで勝ち残って、憧れの救世主や教皇になるんだろ? その為に人を易々と殺せる、そんな度胸と覚悟をお前たちは持ち合わせているんじゃないのか?」
こちらの問いかけには誰一人として答えなかった。どんな人間も言葉と威勢だけで人を殺せるはずがないのだ。その証拠にZクラスの生徒たちのネームプレートは全員が無色。実力の差で殺しきれなかったのか、それとも怖気づいて殺すことを躊躇っていたのか。
「レイン、一緒に来てくれ」
「一緒に? どうしてあなたと――」
「借りがあるはずだ。その借りを返すと思ってくれればいい」
立ち尽くすヴィルタスたちを他所に、レインを引き連れてSクラスの階まで戻ることにした。去り際にてっきりこちらへ助けを求める人物が一人でもいるのかと思っていたが、誰一人として声を上げる者はいない。
「私だけでいいの?」
「あの数を、今から上の階に連れていけるとは思えない」
レインはこちらの横顔を眺めると、小さく頷いて了承する。第一回の殺し合い週間で、CクラスはもうZクラスに攻撃を仕掛けることはない。きっとあの状態で、全員が生き残ることになるだろう。
(…目立つような行動は控えるって、俺が自分で言ったのにな)
ノアは先ほどの行いを後悔し、溜息を付きながらポケットに手を突っ込んだ。




