堅忍さは本当に必要ですか?
「ウリエル…! あいつをやっちまいな!」
巨大な身体に青銅の鎧をまとう天使――ウリエル。
マニタスはウリエルの肩に乗りながら、グラヴィスの元へと突進してくる。
「あ、あんなのにぶつかったらひとたまりもない…!」
グラヴィスは創造武器を急いで召喚し、自分の身体にいくつかの機械を付着させた。
「"テリス"! あいつの攻撃を避けて!」
『了解』
彼の身体を覆うは人工知能付きの機械の装甲。
足元のジェットを噴射させて、ウリエルたちの突進を寸前のところで回避する。
「それがあんたの武器だね?」
「そうだよ! 何か文句でもある!?」
グラヴィスの創造武器"テリス"。
高精度の人工知能が付属したロボットに身を投じて戦うことができる武器。身体能力が著しく低いグラヴィス自身がノアと相談して完成させた最高傑作の武器だった。
「テリス、武装解放!」
『了解、武装ロックを解除。攻撃を開始します』
両肩から小型のミサイルが詰められた多連装を構え、ウリエルに向かって一斉に発射する。この武装はグラヴィスの第二キャパシティ機械兵器によって生成されたもの。その力は創造武器と連携して様々な武器を創り出すことができる能力。
「おもしろい! あたしにそのおもちゃを当ててみな!!」
ウリエルに乗っているマニタスは空を飛び回りながら、追尾してくる小型のミサイルたちをナイフの投擲で一発ずつ的確に起爆させる。
「テリス! 装填準備をしている間に第二の武装を!」
『了解。狙撃型へと移行します』
片腕から狙撃銃へと変化し、グラヴィスの視界を通じて半透明のパネルに狙いを定めるためのロック表示が現れる。これはグラヴィスの狙撃を補助するために搭載されたシステム、俗に"オートエイム"と呼ばれているもの。
「ここだ…!」
四十口径の弾丸が射出され、ウリエルに乗って追尾小型ミサイルを避けているマニタスの脇腹を確実に貫通する。
「……あれ?」
間違いなく標的を貫いた。貫いたというのに、マニタスは一切動じない。まるで自身が被弾したことにさえ気が付いていない様子。
「テリス…! 僕の狙いは外れていないよね!?」
『解答。先ほど撃ち出された弾丸は計算上、百パーセント対象に被弾しています』
「なら何で…」
『上から来ます』
ウリエルが上空からその巨体でグラヴィスを踏みつけてこようとする。彼はすぐにジェット噴射でその場から移動をしながら、ウリエルに乗っているマニタスの怪我を見た。
(…やっぱり当たってる)
四十口径の弾丸に被弾したことで、脇腹から溢れんばかりの血を流している。しかしマニタスは一切動じていない。被弾する前と変わらないまま、グラヴィスへと攻撃をし続けていた。
「…あぁ、なんだ。あたしに一発食らわせていたんだね」
グラヴィスの視線でマニタスはやっと自分が怪我を負っていることに気が付き、再生を発動して脇腹の傷を治療する。
「もっと威力高い一撃を叩き込んでこまないとあたしは動じないよ」
マニタスの第一キャパシティ忍耐。
その力は身体の痛覚を鈍らせて、攻撃を受けても痛みで怯まないようにする。ただ攻撃に集中し、防御の姿勢などは一切取らない。それがマニタスの戦い方。
『マスター。ユメノ使者の召喚を推奨します』
「そうだね、怯ませようがないなら一撃で仕留めるしかないか…!」
人工知能テリス。
彼女の言葉通りにグラヴィスは精神を研ぎ澄まして、
「ユメノ使者――"ヨルムンガンド"」
ウリエルと同じ大きさの"巨大な蛇"を召喚した。
「デッカイ蛇だねぇ…?」
ヨルムンガンド。
その名は"大いなる丸太"を意味し、大きさはミッドガルドと呼ばれる人間の住む大地を取り巻いても余る程のため、自分の尾っぽを咥えて大地に横たわっているとされる。
『マスター。この状態だとユメノ使者の本来の性能の三分の一しか発揮できません』
「分かってるよ…! 僕の実力が足りないんだから仕方がないでしょ!」
しかしその大きさはウリエルと同格。これはグラヴィス自身の創造力がユメノ使者とつり合っていないことが原因。
「ヨルムンガンド! あのデカいやつを相手して!」
グラヴィスが指示を下せば、ヨルムンガンドは尻尾による薙ぎ払いをウリエルの身体に叩き込んで吹き飛ばす。マニタスはその衝撃でウリエルの肩から落下し、地面に着地をしてしまった。
「ウリエル、お前はその蛇を始末しな! あたしはあいつをやる!」
ウリエルはすぐさま立ち上がり、巨体を活かした突進をヨルムンガンドへと反撃だと言わんばかりに食らわせる。マニタスはそれを横目にサバイバルナイフを持ち直し、
「いくぞっ!!」
グラヴィスの元まで駆けだした。
「テリス…! 狙撃補助システムを…!!」
彼は両腕に中型の突撃銃を装備してマニタスへと狙いを定めるが、
「まだ照準が合わせられないの…!?」
『マスター。照準が敵の動きに追い付きません』
マニタスはグラヴィスのロック表示を理解しているのか、左右に大きく波打つように動きながら接近してきたため、"オートエイム"がその素早さに追いつかなかった。
「ど、どうしようテリスっ!?」
『最適解。第三武装の展開を推奨します』
「わ、わかった…! 第三武装展開!」
突撃銃が両腕の装甲内に納められると、その代わりに鎖鋸が装備され、
「どぉらぁっっ!!」
「うわぁーっ!?」
寸前のところでマニタスのサバイバルナイフを受け止められた。
「テリス…!」
『了解。第三武装、起動開始』
彼女の押し込む力はかなり強力。グラヴィスはその馬鹿力に対抗するために、多数の小さな刃がついたチェーンを体内の創造力により回転させて、マニタスのサバイバルナイフを削ることにした。
「はっ…! あんたもいい武器を持ってるんだね」
どちらの創造力が強いかの勝負。お互いの刃から火花が飛び散り、マニタスもグラヴィスも押し負けないように足に力を込める。
「ナイフ一本で鎖鋸に勝てると思ってるの?」
「さぁどうだろうねぇ? やったことないから分からないけど…」
「――!!」
マニタスはサバイバルナイフたった一本でグラヴィスの左腕の鎖鋸を真っ二つに叩き斬り、
「あんたのおかげで勝てることが"いま"分かったよ」
グラヴィスの左腕に左脚で回し蹴りを打ち込んだ。
『警告、左腕の装甲が破壊されました』
「ウソだろっ…!? BB型の特性とノア君が知る限りの丈夫な金属で作った装甲なのに…!?」
彼の左腕の装甲はバラバラに吹き飛ばされ、肩から左手にかけて生身の身体を露出させてしまう。グラヴィスのBB型という完全防御型である特性と、戦車の大砲が直撃しても掠り傷程度に抑えられる金属。その組み合わせをものともせずに破壊したマニタス。
「この程度で驚いているのかい? あたしの攻撃はまだ始まったばかりだよ!」
「テリスっ!」
『自動システム起動。反撃を開始します』
ナイフを持ち直して追撃を仕掛けてこようとする彼女に、テリスがグラヴィスの右腕を動かしてマニタスの顔面に装甲付きの拳で殴り掛かった。マニタスはそれをもろに喰らい、空き地に置かれている土管へと背を打ち付ける。反撃をしても怯まないのであれば、態勢を整えられる距離まで吹き飛ばせばいいとテリスは考えたのだ。
「助かったよテリス!」
『マスター、左腕の修復は不可能です。敵の破壊力を私が想定するに短期決戦へ持ち込まなければ、勝利できる確率は数パーセント未満となります』
グラヴィスはヨルムンガンドとウリエルの方へと視線を移す。そこでは特撮番組でよく見かけた怪獣同士が戦うあの光景が広がっている。ウリエルもヨルムンガンドも両者とも実力が均衡しているようで、殴打による激戦を繰り広げていた。
『マスター、敵の創造力が急上昇中です』
「え…?」
テリスの声が聞こえたと同時に詰まれていた土管が木端微塵になる。そこにはツバを地面に吐き捨てながら、佇むマニタスがいた。
『先ほどの攻撃による敵の損傷予測。それと大きく異なる結果となっています』
「そ、それってどういうこと…?」
『私の反撃による損傷がほぼ無効化となっているようです』
マニタスの顔には土汚れが付いているだけで、血やあざがついている様子はない。あれほど間近で威力の高い反撃を受けて無傷だという事実に、グラヴィスは「信じられない…」と息を呑む。
「あたしとタイマンを張って、勝てたやつはこの世でたった一人しかいない。それが誰なのか分かるか?」
「…誰なの?」
「四色の蓮のクラーラ・ヴァジエヴァ、あいつだけさ」
マニタスはクラーラとの関係をこう明かす。自分たちは師弟関係でもあり、戦友でもあったと。これほどまでに強い私でさえもクラーラだけには敵わなかったと。
「けどクラーラは殺された。これが意味することは何か分かるかい?」
「……」
「――今はあたしがタイマンにおいて最も強いってことだ」
だが彼女はタイマンにおいてのトップという座を得た。
クラーラは反逆という名の罪によって、その命を絶たれたのだ。
「よく覚えておきな。あたしの第二キャパシティはあんたみたいな弱っちいヤツの物理技を少しも通さない」
マニタスの第二キャパシティ、威風堂々。
物理攻撃において全般の耐性得ることができるパッシブの能力。テリスの反撃は殴打に含まれていた。だからこそこの能力が発動し、反撃に対して耐性を得られたのだ。
「ど、どうしよ…? 物理技が効かないって…どうやって戦えば…」
『最適解、敵の左脚は負傷しています。先ほどこちらの左腕を破壊する際に怪我を負ったと推測』
「そうか…! 僕たちからの物理攻撃は効かないけど…向こうから攻撃したときだけあの能力は発動しないんだ…!」
グラヴィスが第一キャパシティの分析でマニタスの左脚を観察してみれば、"外傷骨折"という言葉が脳内に浮かぶ。テリスの推測とこの結果を踏まえれば、能力の欠点は『自らが攻撃を仕掛けた際には発動しない』というものだ。
「テリス、すべての武装を解除!」
『了解。すべての武装を解除します』
「ふん、ついに諦めたのかい?」
マニタスは再びサバイバルナイフを持ってグラヴィスへと接近戦を仕掛けてくる。
(こっちから反撃をするのは好ましくない。なら武装に注いでいた創造力をすべて装甲の防御に変えれば…)
彼女のサバイバルナイフを何とか避けていれば格闘技の頭突きがグラヴィスの頭部へと繰り出され、
(…今だ!!)
創造力をすべて頭部の装甲に集中させて、それを避けることなく正面から受け止めた。グラヴィスは反撃をしていない。今のはマニタスから仕掛けた格闘技。彼は間違いなく彼女の第二キャパシティの欠点を突き、
「ぐぅぅぁ…っ!?」
『報告、敵に致命的な損傷を与えました』
マニタスは脳震盪を起こして、額を押さえながらその場に膝を着いた。
「やった!」
『マスター、ユメノ使者への援護を推奨します』
「そ、そうだった…!」
彼女は精神も乱されているため、再生を使えずしばらくは身動きも取れない。グラヴィスはテリスの提案に賛同し、ヨルムンガンドと戦うウリエルに向かって、
「テリス、第四武装…!」
『了解。レーザーを射出します』
胸元辺りの装甲から極太の赤いレーザーを発射した。グラヴィスの創造力とテリスのエネルギーを凝縮させたその一撃は、ウリエルの身体をあっという間に包み込む。
『報告。敵の生体反応――消失』
ヨルムンガンドとの戦いで弱っていたのか、この一撃でウリエルは光の塵となって消えてしまった。グラヴィスは何とかユメノ使者は消せたと一安心する。
「…やってくれるじゃないか」
マニタスは自分の頭を何度も殴りながらその場に立ち上がり、グラヴィスを睨みつけた。第一キャパシティで痛みを感じなくても、身体に付加する眩暈は効くようで少しだけふらついている。
「このあたしが…あんたみたいな弱虫に追い込まれることになるなんてね」
「確かに、僕は弱虫かもしれない。今だってまだ怖い。でも弱虫な僕だからこそみんなの力になれる。赤の果実の一員としてみんなに必要にされるんだ。だから――僕は弱虫のままでもいいよ」
「……弱さを認めて、それで、何が変わるっていうんだい?」
周囲の空気が変わった。
とても熱く、息のしづらい、そんな環境へと。
「弱かったら何も守れない。弱かったらあたしじゃない。それなのにあんたみたいな弱虫に――」
『マスター、警戒してください』
「負けて、たまるかぁぁぁあ!!」
マニタスの創造力が消えていく。
弱く、弱く、弱くなり、ついには彼女の身体から創造力の欠片すら感じ取れなくなり、
「――限界突破」
ただの人間へと変わり果ててしまった。
「テリス。あれは何が起こって…」
テリスに尋ねようとした瞬間、突風がグラヴィスの横を通り過ぎる。
『報告、ユメノ使者が倒されました』
その報告を聞いた彼はすぐに背後を振り返った。
視界に入ったのは光の塵となって消えていくヨルムンガンドと、それを前にするマニタス。
「な、なんで…!? さっきはあそこに立っていたのに…」
『不明、解析も不可能です』
創造力を身体に通わせていないというのに、マニタスは捉えきれない速度でヨルムンガンドを倒した。おそらくは一撃で葬ったのだろう。
「どうした? かかってきな」
「テ、テリス…! 第一から第四までの武装を!」
『了解。全武装のシステムを始動』
グラヴィスは小型ミサイル・狙撃銃・突撃銃・レーザー・鎖鋸という装備をフルで活用して、マニタスへと攻撃を始める。
「……効かないね」
しかしマニタスにはそれらがまったく当たらない。爆発も銃撃も斬撃も、すべてが一歩の動きで避けられてしまうのだ。
『推測。敵の身体能力が向上している可能性あり』
「身体能力が?」
「その人工知能の言う通りさ。あたしの第三キャパシティは限界突破。創造力をすべて失い、人間を超越する身体能力を得ることができる力」
第三キャパシティ限界突破。人間には必ず限界という一線がある。それを超えるには短い寿命の人間には到底不可能なことだ。
「あたしは人間を超えている。あんたの攻撃がとてもゆっくりに見えるね」
その一線を"創造力消失"という代償を払って、超えることができるのが限界突破。マニタスは"人間の限界を超えていた"。
「うわぁあっ!!?」
『警告、右腕の装甲が破壊されました』
限界を超えた者に、限界を超えていない者は勝てない。その速さに目は追い付かず、その拳の威力は金属の装甲など易々と突き破り、グラヴィスの右腕の骨を粉砕してしまう。
「テ、テリス!!」
『………』
助けを求めても、テリスは何も答えない。
グラヴィスはジェット噴射で空を飛んで逃げようとしたが、
「あんたが行くのは天国じゃなくて地獄だよ」
「ぐぇあ…っ!?!」
踵落としを頭部に叩き込まれて、地面へと墜落する。
『マスター』
「テ…リス…」
『私に、マスターの操縦を任せてもらえませんか?』
倒れ込むグラヴィスに、テリスはそんな提案をしてきた。
「ま、任せてって…一体何をするつもりなの?」
『……』
「テリス…?」
『私を、信じてください』
人工知能が理論的にではなく感情論で自分にそう訴える。
グラヴィスはそんな言葉に少し呆然としてしまったが、
「…分かった」
『マスター、ありがとうございます』
テリスを信じて、自分の身を彼女に預けることにした。
「いつまで地べたに張り付いているつもりだい…!?」
テリスの予測により、上空から追い討ちをしようと降下してくるマニタスを何とか避け切る。
「運がいいやつだね!」
マニタスの動きは捉えられない。だがマニタスが次に放つ攻撃の類は、今までの構えのパターンから予測することがテリスには可能だった。
「――えっ?」
正面に立つマニタスが次に放つ格闘技は、胸元へと拳を突き出すもの。テリスはそれを予測したうえで、後方へとグラヴィスの肉体を射出した。
「なんだっ…!?」
マニタスが胸元の装甲を貫いた瞬間、それを取り囲むようにバラバラになった装甲たちが彼女の身体へと張り付いていく。
『あなたは人間を超えたとおっしゃっていましたが、人間が人間を超えることなんて不可能です』
「お前、何を…!?」
『あなたの能力の欠点は"創造力を消失していなければ"、その効果が発揮されないということ。では、私に与えられたマスターの創造力を限界を超える前に持っていたあなたの創造力と同じモノへと変換し、今のあなたの身体へと流し込んだ場合、一体どうなるのでしょうか?』
解答、それは体内に創造力が残っている状態と同じこと。
その為、第三キャパシティの能力として効果を発揮しなくなる。
「テリス…!」
『マスター、私は残ったエネルギー暴発させて自爆をします。今すぐここから離れてください』
「自爆って…!? そんなことしたらテリスが…」
『私は大丈夫です。早く、離れてください』
グラヴィスはテリスに背を向けて空き地の外へと走り出す。振り返らないように、全速力で走って、走って、走り抜けた。
『短い間でしたがお世話になりました』
「やめろぉぉーー!!!」
『さようなら、"グラヴィス"』
空き地を覆いつくすほどの大爆発が巻き起こる。爆風に背中を押されたグラヴィスはその場に転び、頭を両手で守った。
「……終わった、のかな?」
辺りが静かになると、グラヴィスは空き地へと引き返す。
「ごほっごほっ…」
彼は空き地へ戻ってくれば、漂う硝煙に咳き込む。空き地の地面は大きく抉られ。テミスは跡形もなく消滅していた。
「がふっ…」
しかしマニタスは全身黒焦げになりながらも、空き地のど真ん中でかろうじて生きている。
「…あたしも、情けないことをしたね」
グラヴィスはトドメを刺そうかと考えたが、こんな状態では喋るだけで精一杯。彼は無言のまま、マニタスを見下ろした。
「あんたには、悪いことをした…」
「……」
「弱いものを守ることが柏原瑞月だったのに…弱いものを虐げるなんて…あたしは最悪だ」
柏原瑞月は手を伸ばして、グラヴィスの足を掴む。
「ごめん…」
「……」
「…あんたに、後は任せたい。弱いものたちを守ってやって…くれ…」
グラヴィスへと力を託して、マニタスは、柏原瑞月は、消えていく。その代わりに荒れ果てた空き地へと出現するのはユメノ結晶。
「僕は必ず…みんなを守ってみせるよ」
彼はそのユメノ結晶を、工具のスパナで破壊した。




