ビートは独りで笑う
「お、おい! 急に何なんだよ!?」
「いいから黙って付いてきて!」
オレはステラに呼び出されかと思えば、どこに行くのかも知らされることなく腕を引かれ歩かされていた。
「今は外に出たくない気分なんだよ…」
断ろうとも考えたが、ステラがしつこく部屋の扉を叩いてきたことで顔を出すしか他ならなかったのだ。
「ぶつぶつうるさいなぁー。それでも男なの?」
ステラはオレの腕を引きながら、冷ややかな視線を送ってくる。パニッシュたちが"いなくなって"から、自分でも分かるほどまでに笑顔でいることが少なくなっていた。いや、笑顔でいる必要がなくなったからかもしれない。
「お前だって分かってるんだろ。オレがどんな境遇なのか…」
「さぁね? わたしは難しいこと分からないから」
「そうかよ…」
幼稚で我儘なこいつに分かるはずがなかった。
聞くだけ無駄だったようだ。
「ほら着いたよ!」
「…ここは」
辿り着いた場所は見晴らしの良い丘。
海が一望できるうえに、丘には花々が咲き誇っている。
「どう? すごいでしょ!」
こいつがこんなところを知っているとは思わなかった。オレは自信満々に尋ねてくるステラに対して、小さく頷いて肯定する。
「たまにこの丘から海を眺めているとクジラさんが見えるんだよ」
「クジラが?」
「ぶしゃー! …って海水をたっっくさん噴き出すんだ」
丘の上に腰を下ろしたステラを見て、オレも自然とその場に座り込んでしまう。
「この場所はステラが見つけたのか?」
「ううん。教えてくれたのはヘイズだよ」
「ヘイズと仲が良いのか?」
「うん。優しいし料理も上手だし…何よりも"お姉ちゃん"みたいだから」
オレは一体こんな場所に連れて来られて何をしているんだろうか。他愛のない会話をひたすらに続けている。そもそもステラがオレをここに連れてきた目的すらも聞いていない。
「お前は、オレのことを心配してくれているのか?」
「……」
ステラが何も答えないということはそれが目的なのだろう。オレのことを遠回しに元気づけて慰めるために、ここへ連れてきてくれた。
「…ありがとな! おかげで元気が出たぜ!」
ならばせめて作り笑顔でも浮かべて、感謝の言葉を述べるべきだ。自分の頭で考えて、パニッシュたちを失ったオレが立ち直れるように配慮してくれたステラに。
「……」
「安心しろって! オレならもう大丈夫だからよ!」
ステラの頭を二度軽く叩くと、オレはすぐに立ち上がって眺めのいい丘から去ろうとしたが、
「――楽しいの?」
ステラがぽつりとそんな一言を呟いたことで、その場に足を止めてしまった。
「楽しいって…?」
「無理して独りで笑って、本当に楽しいの?」
「…おう! オレは前向きな性格だからな!」
作り笑顔がステラにバレている。
それでもオレは笑顔を崩すことなく、ポジティブで明るい返答をした。
「ウソでしょ?」
「ウソじゃない」
「ウソ」
「ウソじゃ――」
「ウソ」
見栄を張るオレに「ウソ」という言葉をことごとく浴びせてくる。何度も反論しても向こうからは「ウソ」という言葉しか返ってこない。
「わたしのパパとママはいつも仲が悪かった。でもわたしがいるときはいつも笑っていた」
「…」
「だからわかるんだ。あなたもパパとママと一緒で、わたしの前で無理して笑っていることが」
その一言でオレはついに作り笑顔を止めて、ステラの方へと振り返る。その時の自分がどれだけ陰気臭い顔をしていたのか、それはオレの顔を見たステラの反応で何となく察しがついた。
「どうして無理をしてまで笑っているの? 泣きたいなら泣けばいいでしょ?」
「オレが泣いたら、アイツらが困るだろ」
「どうして困るの?」
「そりゃあ…アイツらに心配を掛けたくないからだ」
オレが涙のひと粒でも流せば、パニッシュたちは悔いなく成仏してくれない気がした。泣いてしまえば「何で泣いてんだよ!」と背中を叩かれてしまいそうで、そんな情けない姿を見せたくなかったのだ。
「もう死んじゃったのに?」
「お前は性格が悪いのか、それとも常識知らずなのか…。どちらにしてもそういう発言をするのはあまり良くないぜ」
おそらく可能性は後者の方が高いとは思うが、一応忠告だけはしておく。ステラはしばらく首を傾げていると、真っ青な海へと視線を移した。
「あっ! 見て!」
ステラが声を上げて指差す方向。目を凝らしてそこを見てみれば、先ほど話題に出ていたクジラがステラの言っていた通り、海面に巨大な図体を出していた。
「クジラを見れるなんてラッキーだな」
「ううん、そうでもないよ」
オレの一言をステラは否定し、続けてクジラについての説明を始める。
「クジラさんは肺呼吸する生き物だからああやっていつも顔を出して呼吸をするんだよ。海がクジラさんの居場所なのにおかしいよね」
「クジラについて詳しいんだな」
「うん。ヘイズに教えてもらったもん」
「何だよ…」
少しだけ博識に見えたというのに、結局はヘイズに教えてもらったことだった事実。オレはそれをすぐに明かされて、ステラに対して苦笑せざる負えなかった。
「わたしたちもクジラさんと一緒なのかもね」
「一緒って?」
「いつも同じ場所にいると、たまに息がしづらくなる時があるでしょ。そういう時はいつもの場所じゃない、遠いどこかへお出掛けしたりして呼吸をしに行くから――クジラさんと同じなんだなぁって」
幼稚な癖に難しい話をしている。
オレはステラを心の中で小馬鹿にしてしまったが、そんな思考回路を持てるのはステラの思考が"幼い"からなのだとすぐに考えを改めた。オレだったらクジラが海面に出てくる理由を知ったとき「ああそうだったのか」で終ってしまう。
「あなたはこのエデンの園に来ていつも笑ってたけど、息がしづらくないの?」
「……」
「わたしがね、あなたをここに連れてきたのはクジラさんみたいに呼吸をさせるためだよ。殺し合い週間が終わってから、苦しそうだったもん」
殺し合い週間が終わってから、息がしづらかった、苦しかった、泣きたかった。泣けば楽になれることは重々承知している。だが、泣いてしまえばパニッシュたちがいない事実を認めてしまうようで、自分が独りになるようで、手が震えてまともに食事が摂れないほどまで怖かったのだ。
「オレは、泣きたい…な」
「泣きたいなら泣こう?」
「けどよ…泣いたらパニッシュたちが…」
オレがそう言いかけた時、ステラはオレの側まで近づいて手を握った。
「――雨が降った後は必ず晴れる。少しぐらい泣いたって大丈夫だよ」
そこからオレは何をしていたのかははっきりと覚えてはいない。ただとにかく涙を流して、嗚咽を漏らして泣き崩れる。このエデンの園でずっと溜め込んでいたものをすべてそこで吐き出し、気が付けば夕陽が海の向こうで沈みかけていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「…ステラがあそこまで成長しているなんてな」
「ユメノ使者とか呼び出せるようになってるんだし成長はしてるでしょ~」
ノアとルナはステラたちのことを眺めていた。
アウラの時と同様にビートのことが心配で後をつけてきたのだ。
「ビートくんはノアに相談しに来ると思うからちゃんと相手をしてあげてよ~?」
「どこかで聞いたセリフだなそれ」
二人はビートのことをステラに任せ、丘を去ることにした。きっとビートもこんな姿を見られたくはないはず。
「案外俺たちがいなくても大丈夫だったな」
「そうかもね~。ちょっと心配し過ぎたのかも~」
ノアやルナよりも対等な立場であるステラやヴィルタスの方が話はしやすい。それこそアウラやビートとなれば、この二人が適任だったと言えるだろう。
「お前は自分の心配をした方がいいんじゃないか?」
「え、何で~?」
「そろそろ独り立ちの時だろ」
かれこれ半年以上は立つルナとノアの同居生活。
それに終止符を打とうと、ノアがそんな話を持ち掛ける。
「ノア、まさか私よりもノエルちゃんを選ぶの?」
「どちらかを捨てなければならないのなら躊躇わずお前を捨てる」
「ひ、ひどい!! 私はノアの為に尽くしっつ…」
「また噛んだのかお前は」
ルナの独り立ち。
それは近々行われることになる……はず。




