6:8【Pride】
(さすがはSクラス…ってところか)
その頃、ノアはプリーデと交戦していた。プリーデによる白銀の剣の連撃。それをノアは創造武器である二丁拳銃で受け流しながら、相手の観察を続けていた。
「噂は常々聞いていた。Zクラスとは思えない実力者だと」
「そうか。俺もお前たちの噂を耳にはしていたよ」
それはプリーデも一緒のようで、力試しのつもりでノアと戦っている。お互いにお互いの噂しか聞いたことがない状態。手の内を晒すのは今か今かと一進一退を繰り返しているのだ。
「ナイトメアの傘下なのか?」
「ああ、それがどうした?」
「四色の孔雀に七つの大罪。いくら何でも強者がこのエデンの園に集まり過ぎている。この殺し合いで生き残った者を教皇として讃えるのなら…一般人のZクラスやCクラスの生徒たちは必要ないはず。お前たちだけで十分だろ」
「…何が言いたいんだ?」
ノアは二丁拳銃でプリーデの白銀の剣を強く弾き返して、右手に握っていた銃の弾倉をその場に落とす。
「――ゼルチュと何を企んでいる?」
そして落下して軽く跳ねた弾倉を蹴り上げて、プリーデの額に直撃させてから後方へと大きく退いた。
「俺たちがゼルチュと手を組んでいるとでも言いたいのか?」
「どうせお前たちの担任はゼルチュだ。手を組んでいてもおかしくない」
プリーデは額に受けた傷を再生で治療し、白銀の剣の刀身をより一層強く光らせる。
「レーヴダウンとナイトメアがお互いに手を組んでこの殺し合いを行っているのなら…例え、七代目たちの頼みであれあの奇襲が起こるはずないだろう」
「……」
「――このエデンの園を創立するに至って、レーヴダウンとナイトメアの内部で分裂が起きている。そうとしか考えられない」
エデンの園は決して皆に望まれて創立されたものじゃない。レーヴダウンとナイトメアの中で賛成派と反対派で別れ、賛成派同士で、反対派同士で組み合わさった新たな組織となっている。
「それを俺が答えるとでも思っているのか?」
「答えなくてもいい。そのうち分かることだからな」
「自信家なやつだ…!」
プリーデは白銀の剣に宿した光を、斬撃としてノアに飛ばす。
(創造力を斬撃に変えたのか…?)
ノアは屈んでそれを避けると、斬撃が飛んで行った自身の背後を見た。
「…それがお前の力か」
連絡事項に使用される黒板に切れ目が入り、
「創造貯蔵。創造力をあらゆるものに溜めることができる能力だ」
創造貯蔵。
俗に言う『溜め攻撃』が可能となる能力。剣に創造力を溜め、それを斬撃として飛ばす。それに加えて創造破壊も本来の倍以上の威力を出せるのだ。
(ブライトと若干似ている能力だな)
ブライトの能力は物質から物質へと創造力の線のようなものを繋げることで力を発揮する。しかしプリーデの能力は物質から物質へというよりも物質単体に創造力を溜められる力。どう考えてもブライトより上位互換の能力だろう。
(第三キャパシティ…存在濃薄)
創造力を物質として具現化させるからこそ創造破壊ができる。だが創造力の塊を放つことが出来るとなれば話は別だ。こうなれば創造破壊は効かない。防ぐ方法としてはプリーデの創造力を上回るか、それを回避するかのどちらかだ。
(不意を突いて一撃で仕留める…)
背後から強烈な殴打を食らわせて気絶をさせる。ノアは存在濃薄を発動してプリーデの背後へと回り込んだ。
「悪いが、その能力は効かないぞ」
「――!!」
が、プリーデはノアの姿をハッキリと捉えながら、白銀の剣を振り向きざまに横払いした。ノアはそれを二丁拳銃で受け流して、すぐに飛び退く。
「お前はB型…じゃなさそうだが」
「そうだな。俺がその能力の存在を知っているから効かないんだよ」
「知っているだって? この能力をどこで知った?」
ノアの持つ能力たちは数千年前のもの。それを知る者など本来はいないはず。実際に七代目救世主である小泉翔もこの存在濃薄を知らなかった。
「"DDOが起きる前"…とでも言っておこうか」
「…DDOが起きる前だと? それは何千年も前の話だ。お前はその頃から生きているとでも?」
「仮に生きていたとして、それに何か問題でもあるのか?」
からかっているのかと一瞬疑ったが、プリーデの表情は至って真面目だ。本当にDDOが起こる前にこの能力を知ったというのなら、いよいよプリーデたちの存在にこちらが頭を混乱させることになる。
「…問題大ありだ」
二丁拳銃を構え、才能である無音の弾丸で周囲に静寂を呼び寄せた。弾丸が宙を貫く音も、飛び散る火花も、あらゆる音がその場から消え失せる。
「音が聞こえないのは厄介だな」
プリーデは銃口の向いている矛先だけで飛んでくる弾丸の起動を予測し、その場で回避を始めた。力技でどうにか切り抜けようとするルナとはまた違う戦法だ。
「このまま手加減をしていれば一方的に攻められるだけだ。こちらも少しは力を使わせてもらうぞ」
彼はそう言って、片翼のネックレスを創造して首にかける。
「ユメノ使者、ルシファー」
紫色の魔方陣から白髪の女性が飛び出してくる。黒色の翼に赤色の血脈のようなものが張り巡らされ、肌の露出が激しい恰好をしていた。
「アタシを呼んだかい?」
「ああ、相手が相当厄介なんだ。手伝ってくれ」
ユメノ使者から感じ取れるものは創造力と妖力。あの姿と「ルシファー」という呼び名から考えるに、堕天使か悪魔のどちらかだろう。
「そのネックレスを付けるのは日課みたいなものか?」
「…いや、何となく付けているだけさ」
何か深い意味でもあるのかとネックレスの意味を尋ねたが、当の本人も付けようとした明確な理由が分からない様子だった。その言動に多少疑問を覚えながらも、ルシファーへと視線を向ける。
「へぇ、アンタが今回のエモノかい」
「ルシファーか。神話では最強の堕天使だと讃えられているな」
ユメノ使者のランクはS級。
上から二番目に値するほど強力な類。流石は七つの大罪を名乗っているだけある。
「そうさ、アタシは最強の堕天使。アンタにアタシを倒せるかい?」
「最強…。是非ともその力を見せてもらいたいね」
「それならお望み通り見せてあげるよ!」
その挑発に乗ったルシファーは、大剣を構えてこちらへと仕掛けた。接近するまでの速さは申し分ない。
「食らいな…ッ!」
振り下ろされた大剣の威力も十分。二丁拳銃でそれを受け止めたがその絶大な威力に、立っている床へと確かにヒビが入った。
「…これで終わりか?」
「まださ!」
ルシファーがそう声を上げると、大剣が紫色に輝く。それと連動するようにルシファーの額に付いている宝石も同様に輝き、
「…っ!?」
ルシファーの大剣と二丁拳銃の間で爆発が起こり、床が抜けて下の階へと叩き付けられた。
「どうだい? これが最強の堕天使の力さ!」
ノアは咳き込みながらもその場に立ち上がる。どのような原理で爆発を起こしたのか。それは単純な原理で自身の大剣に創造力と妖力を集中させ、そのまま限度を超えて暴発をさせただけ。
「お前なら立ち上がると思っていたよ」
「ずいぶんと上から目線なことで」
上の階に空いている大きな穴から、プリーデとルシファーはこちらを見下ろしていた。先ほどよりもどこか余裕そうな立ち振る舞いをしている。
「これで俺たちが"有利な戦況"になったからな。ここからが本領発揮だ」
有利な戦況。何を条件下としてそう述べているのか、そんなことを考える時間も与えられることなく、ルシファーとプリーデは声を合わせて、
「「明けの明星」」
能力らしきものを発動した。
「…金星?」
窓から見える夜空には月とは別に金星が浮かんでいる。赤く不気味に輝き、プリーデとルシファーの二人を照らしていた。
「なるほどな。再生が使えなくなるってことか」
腕に突き刺さった破片を引き抜いて再生を試みたが、どれだけ経っても発動しない。
「明けの明星はあの金星が空に上る限り、ユメノ世界による技はすべて使えなくなる」
「そんな能力を発動したら、お前たちやその仲間も困るんじゃないか?」
「悪いがこの能力は範囲型で、影響を受けるのはお前だけだ」
四色の蓮であったクララの正々堂々に似ている。一瞬でもそう思ったが、影響を受けるのはこちらだけという点を考えればまったくの別物。一方的に不利となるだけではないか。
「第一キャパシティが創造貯蔵で、第二キャパシティ明けの明星…便利な能力ばかりで羨ましいよ」
「いや――お前に見せたのは第二キャパシティと第三キャパシティだ」
プリーデは白銀の剣の剣先をこちらへと向けた。その表情には勝利を確信するような…そんな余裕綽々の表情を浮かべている。
「急に威勢が良くなったな」
「言ったはずだ。俺にとって有利な戦況となったと」
再び二丁拳銃を構えたとき、ふと身体に違和感を覚えた。再生が使えないという点ではなく、全力を出そうと思っても"創造力がある一定までしか引き出せない"という感覚。
「何をした?」
「第一キャパシティ傲慢。お前は俺よりも上にはいけないんだ」
プリーデの第一キャパシティ"傲慢"。条件が揃えば、相手はプリーデと同等かそれ以下の創造力しか引き出せなくなってしまうというもの。
「そうか、発動条件は位置関係…」
「さすがだな。すぐにそのことに気が付くなんて」
その発動条件は、プリーデ自身が一定以上の高さから"相手を見下すこと"。これにより傲慢という能力は効果を発揮し、相手の力を引き出せる度合いを抑え込んでしまうのだ。
「第三キャパシティで技を制限し、第一キャパシティで力を制限し…第二キャパシティでトドメ、か」
「アンタはアタシらには勝てない。ここで終わりだよ」
よく出来たキャパシティの組み合わせだ。
ルナの話によれば『七つの大罪の中で最も強い者は?』という質問に対して、プリーデだと答えていたらしい。確かに能力の全貌を知れば、間違いなく"最強"とは呼べるだろう。
「相手の能力が厄介なとき、俺は毎回欠点を探していた」
「…俺の能力の欠点を探るつもりか?」
「それしか現状打破する方法はないからな」
ノアはそう返答し、二丁拳銃をプリーデとルシファーの元まで投擲した。
「明けの明星の欠点は――」
プリーデとルシファーの視線が二丁拳銃へと一瞬でも向けば、ノアは二人の上へと一瞬で移動して、自ら飛ばした二丁の銃を掴み、
「どうせあの金星だろう」
「なにっ…!?」
金星に向かって二発の弾丸を撃ち込んだ。ただの弾丸では金星まで届くはずもない。そんな常識を覆すかの如く、夜空に浮かぶ金星ボロボロと塵のように崩れていく。第二キャパシティである衝撃操作でその弾丸の衝撃を底上げしたのだ。
「ユメノ世界の技といっても、キャパシティまでは封じられない」
封じられるのは創造と再生のような類のみ。過去にそれを知っていたのか、ノアは自信を持ってそう断言する。
「傲慢。その能力の欠点は相手が自分よりも上にいる間だけ効果を失うということ」
「創造貯蔵…!」
創造力による斬撃。
プリーデは地上に着地をしたノアに向かってそれを放つ。
「創造貯蔵。その弱点は――」
しかしノアはその斬撃と同じ、創造力の塊を二丁拳銃で撃ち出して衝突させた。
「――俺が少し無理をすれば真似できるということだ」
「っ…!!」
「能力の欠点をこんなに早く見破られるはずが…とでも言いたげな顔だな」
ノアはプリーデたちを鼻で笑う。
「お前の相手がルナだったら、多少は時間稼ぎが出来たかもしれない」
ルナだったらこの欠点をすぐに見つけられはしなかっただろう。きっと今はミリタスと交戦中。一番最悪なパターンは能力に太刀打ちができないと逃げ出したりしていること。
「相手が俺だったことを恨むんだな」
「…ルシファー、あいつを全力で叩くぞ」
「久しぶりに手ごたえのありそうなやつと戦えそうだね…!」
どちらにせよプリーデの相手は済ませて、レインたちの増援へと向かわなければならない。ルナもそのつもりで戦っているはずだ。
(それまで無事だといいが…)
ノアは少し心配をしながらも、体育館のある方角へとほんの少しだけ視線を送った。




