4 リナとアオイ、どっちを選ぶ?
わたしの行動は正解だったのかな。間違いだったのかな。
5時間目の授業中、そんなことボーッと考える。
授業なんて身に入らなかった。お昼休みの出来事で、何だか胸が苦しかったから。
必要以上に社長令嬢っぽい言動をするリナは、何だか痛々しい。
リナはいつ自分が養女だったことを知ったのかな。だからショックを受けて、必要以上にそれらしくしようとしているのかな。
ホンモノじゃないって一番思ってるのは、リナかもしれないな。
それじゃ駄目だよね。だからこれでいいんだよ!
だって、得体の知れないモヤモヤはなくなった。ヤマモトさんに言われた言葉は辛かったけど、ちゃんと言いたいことは言えた。わたしは堂々と振舞えたと思う。ちょっとスッキリした。
とは言ってもマニュアルモードにして勝手な行動しちゃったし、大丈夫かな。
そういう不安もあって少しだけドキドキしてたけど、ゲームは強制終了にはならなくてそのまま放課後になった。
帰る時間になっても、朝とは違って誰もわたしに「バイバイ」とは声をかけてくれなかった。ヤマモトさんの顔色を窺っているのかもしれない。
だけど、今のわたしの方がずっといいと思う。
『社長令嬢・ヒロセリナ』にこだわる方がよくないんだよ、きっと。
そうだ、あいさつしてくれるのを待ってるのも変だ、と自分から声をかけてみる。
気まずそうな顔をするだけの人、小さく「バイバイ」と返してくれる人、色々。
ウチダさんも「バイバイ」って言ってくれた。
家に帰ると、お母さんが笑顔で迎えてくれた。
学校でバレちゃった話をしようかどうしようか迷って、やめてしまった。
言ってしまったら、本当にお母さんじゃなくなっちゃう気がして、何だか怖くなったんだ。
もうちょっと時間が経ったら、ちゃんと話ができるかな。
* * *
……あ、あれっ!?
慌てて目を見開く。キョロキョロと辺りを見回そうとして、首が全く動かないことに気づく。
いつの間にか、辺りは真っ暗闇に包まれていた。
そうだ、お試しだったんだ。ゲームが終わっちゃった。
――お疲れさまでした、アオイさん。
テーヘンさんの声がわんわん響く。
そうだ。私はアオイ。『なでしこ園』のアオイ。
お父さんとお母さんなんていない。いるのは、厳しい園長先生とか、優しいけど頼りないユキ先生とか。
ご飯を作ってくれるおじさんとか、サラちゃんとか小さい子達とか……。
――これが、プレイ後のデータです。
目の前に青いウィンドウが現れた。眩しくて目がチカチカしたけど、しばらくしたらどうにか目が慣れてくる。
『サカシタ アオイ 地球年齢:11歳
容姿:72pt 頭脳:67pt 運動能力:73pt 運:24pt 236/400
内向性:50pt 外向性:50pt
思考:31pt 感情:32pt 直感:32pt 感覚:56pt 251/600
計:487/1000
中向-感覚タイプ・子供BB』
えーと、何がどうなったのか全然わかんないんだけど。
――内向性が下がって外向性がちょっと上がったのと、感情が下がって感覚が上がりました。
ふうん。……つまり、どういうこと?
――少しだけ周りを見るようになり、本当にちょっとだけ我慢強くなった、という感じでしょうか。
そっかあ。やっぱりあそこで、叩かなくて良かった。
ねぇ、テーヘンさん。選択肢が多すぎるし、プログラミングが意地悪だよ。
――意地悪?
ヤマモトさんのキャラが酷かった。本当にムカついたもん。
――……そういう設定ですからね。他に気づいたことは?
んっとねぇ……。
ゲームの中の朝から放課後までのことを思い出しながら、気づいたことをとりあえず言ってみる。
テーヘンさんがふむふむと声を漏らしながら何かを記録している様子が伝わってきた。
――なるほど、参考になりました。ゲームは楽しめましたか?
うん。もうちょっとやりたかった。あのあと『リナ』としてどうしようとか真剣に考えちゃった。
続きはもうできないの?
――ずっと『リナ』でいて頂けるのなら、考えないでもないですが……。
ずっと『リナ』に? どういうこと?
――現実世界には戻らず、ずっとあの世界で生きる、ということです。
そんなことできるの!?
――ええ。アオイさんさえ、望めば。
どうしよう、と心が揺らいだ。ゲーム世界のお母さんの顔、ヤマモトさんの顔、ウチダさんの顔が思い浮かぶ。
『リナ』はあのあと、どうなるんだろ?
――いくつかルートがありますね。普通にいけばお婿さんを迎えるルート。もし出生の秘密を知ろうとした場合は、いろいろ乗り越えて大人になり、自ら女社長になるルートに行きます。しかし場合によっては大人になる前に会社が倒産してしまうルートになることもありますね。
そうか、決まってないんだ。『リナ』の行動によるのかな。
でも、だいたいは社長令嬢として幸せな未来が待ってるんだなあ。
いいなあ……。
揺らぎかけたけど、頭に浮かんだのはサラちゃんの泣き顔だった。
ゲームの中で『リナ』は、行動を起こして『ホンモノじゃないこと』を気にする自分を吹き飛ばしたよ。
でも……。
――さて、最終確認です。どうしますか?
考えている途中だったけど、テーヘンさんの声がグワンと響き渡って我に返る。
もう時間がないんだ。
“わたし、帰る。”
反射的に出した答えは、コレだった。
――えっ!?
テーヘンさんがひどく驚いた声を上げた。
そうだよね、ラクな未来が待ってるってわかってるのに投げるんだもんね。
だけど……気づいちゃったんだもん。
わたしも気にしてたんだ。気にしてないフリして、気にしてた。
なでしこ園のみんなは家族だ、なでしこ園で暮らしていることは何も恥ずかしいことじゃない。
そう思ってたし、それで間違ってないけど。
だけど、やっぱり両親がいないのはフツーじゃないって、一番思ってたのはわたしだったのかもしれない。
こういうの、何て言うんだっけ……コンプレックス?
そうだ、コンプレックス。ソレの裏返し。
必要以上に『他の人と同じ、何も変わらない、フツー』ってことに、こだわってた。
だからすぐに頭に血が昇ってたのかも。それがもう、周りから見たらフツーじゃなかったのかも。
あれ? そもそも『フツー』って何だろうね?
わからない。わからないのに『フツー』にこだわってたの? それって変。
それにさ、もしここで『リナ』になることを選んだら……それって『アオイ』を捨てることにならない?
『アオイ』はダメな子って、自分で決めちゃうことにならない?
ダメなんかじゃない。
『アオイ』ができること、まだまだいっぱいある。
そうだ。わたし、ゲームの中でウチダさんには謝ったけど、現実のサラちゃんには謝ってない。
まずコレをしなくちゃ。
あれから8時間ぐらいは経ってる。わたしがいなくなって、同じ部屋のサラちゃんが怒られてるかも。
――じゃあ、このまま家出するんですか!?
あ、そんなことも言ってたっけ。
テーヘンさんの言葉に、思わず笑いそうになる。
ううん、『なでしこ園』に帰るよ。
だって迷惑かけちゃうもん、いろんな人に。
いや、もうかけちゃってるかも。朝起きたらわたしがいなくて……。
――いえ、それは大丈夫です。現実時間では、まだ2時間ほどしか経っていませんから。
そうなの!? じゃあ、間に合うかも! すぐに帰して!
――そうですか。……残念です。
テーヘンさんの淋しそうな声が耳に届いた途端、ぱあっと視界が開けた。
知っている道。小学校への通学路。
東の空がほんのり明るい青になっている。日の出の時間なんだ。
キョロキョロと辺りを見回したけど、ピンクのウ●チのテーヘンさんはどこにも見当たらなかった。
たった2時間ほどの、小さな冒険。
だけど、楽しかったし何かスッキリした気がする。
「テーヘンさん、ありがとー!」
とりあえず空に向かって声をかけると、私は元来た道を走り始めた。
今なら園長先生が起きる前に部屋に戻れるかも!
急げ、わたしー!