3 社長令嬢リナ、どんな女の子?
“わたしは、ヒロセリナ。お父さんは百年の歴史がある会社の社長さんをしていて、すごくエラいんだよ”
え、いきなり自慢から入るの?
あまりいい感じじゃないなあ、このキャラ……。
「リナちゃん、おはよう」
“食堂に行くと、お母さんがもうテーブルについて私を待っていた。お父さんはいない。もうお仕事に行っちゃったのかな”
“ピンポーン”
『A:おはよう、お母さん』
『B:お母さんだけ? お父さんは?』
『C:(マニュアルにする)』
え、ここからもう選択肢? まずは挨拶でしょ。普通に「おはよう」でいいんじゃないかな。
「おはよう、お母さん」
「さ、朝食にしましょう」
“わたしが席に着くと、お母さんが給仕に合図をした。熱々のスープやつるんとした目玉焼き、ふかふかのパンが何種類か運ばれてくる”
おっきい食堂だなあ。10人がけのテーブルだ。お母さんまでの距離が遠い。
こんなのでお話なんてできるのかな。何か淋しい。
わたしはふと、『なでしこ園』の朝を思い出した。
5人掛けのところに8人ぐらいで座ってるし、ぎゅうぎゅうですごく狭い。
小さい子の面倒もみたりしてるから落ち着いて朝ご飯なんて食べていられないけど、でも……。
“カッコいいお父さんと、優しいお母さん。これがわたしの家族。”
“だけど――本当のお父さんとお母さんじゃない。わたし、養女なんだって”
そう言えばそんなことが書いてあったかな、あらすじに……。
でも、リナは大事にされてるっぽい。席は遠く離れてるけど、お母さんの表情は優しいし。
その後、和やかに朝食は済んで、お母さんの「いってらっしゃい」という声に見送られ、わたしは運転手付きの車で小学校に行った。
すごいなあ、歩いても行けそうな距離なのに。
小学校では、クラスメイトが
「おはよう、ヒロセさん」
「おはよう!」
と次々にあいさつしてくれる。
気になるのは、何だかみんな遠巻きだな、ということ。
『リナ』は悪い子じゃないんだけど、選択肢がいちいち自慢っぽいんだよね。
こんな『リナ』は嫌だなあ。マニュアルモードにしてもいいのかな。
だけど、そぐわない言動をしたらゲームが終わっちゃう。
そうやって悩んでいると、制限時間が過ぎて自動で選択肢のAを選んじゃうの。
だから仕方なく、とりあえず選択肢を選ぶことに集中していた。
テーヘンさん、これ忙しすぎるよ。もう少しオートの部分があってもいいんじゃないかなあ。
あとで伝えようっと。
そうして午前の授業は終わり、給食も食べ終わって昼休みになった。
やっとここまで来たかー、と大きな息を吐き出した。
だってさ、何だか疲れちゃったんだもん。
普通のゲームだと授業風景なんて特にイベントがない限りカットされるでしょ。だけどこのゲームは『体験』だから、ちゃんと4時間目までガッツリ授業を受けないといけないんだよね。
その途中も最初のテーヘンさんの説明にあったように
「手を上げるかどうか」
「何て答えるか」
とか細々選択肢があるから気が抜けない。
休み時間ぐらいはちゃんと休みたいなあ。
そんなことを考えていると、少し離れた席の前に立った女の子が何か大声でわめいている。
「ねぇ、ウチダさん。早く食べてくれないと、片づけられないんだけど?」
“そう文句を言っているのはヤマモトさんだ。”
“クラスでもリーダー格の、気の強い女の子。わたしはあまり好きじゃない。”
“そしてウチダさんはクラスでもおとなしい女の子。話をしたことはない。”
「ご、ごめんなさい……」
「ほんと、ノロマ」
“あやまるウチダさんとため息をつくヤマモトさん。”
“ピンポーン”
『A:ウチダさん、早く食べなよ』
『B:ヤマモトさん、待ってあげなよ』
『C:(マニュアルにする)』
えー、どっちも何かエラそう。
でもとりあえずBかな。食べるのが遅い子を急かすのはよくないと思う。
「ヤマモトさん、待ってあげなよ」
「あら、ヒロセさん」
“ヤマモトさんはわたしを見ると、ちょっと意地悪そうに笑った。”
「ちょうど良かった。私ね、面白い話を聞いちゃったんだー」
“ヤマモトさんがわたしのところにツカツカと近寄ってくる。”
「ヒロセさんって、本当はあの家の子供じゃないんだってね」
“えっ、どうしてそんなことを知ってるの!?”
“驚いて言葉を出せずにいると、その場にいたクラスメイトが騒ぎ出した。”
「えーっ!」
「ウソ!」
「じゃあ、ニセモノなの、ヒロセさん!?」
“ピンポーン”
『A:そんなの、嘘だよ!』
『B:誰に聞いたの? 言いなさいよ!』
『C:(マニュアルにする)』
え、これどっちも駄目じゃない?
Aは嘘をつくことになっちゃう。Bは何だかみっともない。
そうだ、あらすじを読んだときから気になってたんだ。
秘密ってなってたけど、養女の何が悪いの? 『リナ』はどうして隠すの?
* * *
「そうだけど、それが何?」
わたしは迷わず『C』を選んだ。
もう、表面を取り繕う『リナ』にはちょっと飽き飽きしていた。もともとあんまり我慢強くないし。
「あはは、だってウソじゃない。ウソのお嬢さまだ!」
「養女って正式にお父さんとお母さんの娘になることだよ。ウソじゃない」
「だって、本当のお父さんとお母さんじゃないんでしょ!? ニセモノじゃん!」
ヤマモトさんが鬼の首を取ったかのようにわたしに詰め寄る。
クラスメイトを見ると、全体的にヤマモトさんの近くに寄っている。
そうか、これが今の本当の『リナ』の立ち位置なんだ。
「ヤマモトさんが何を言ってるのかわからない。本当のお父さんとお母さんじゃないことが何だっていうの?」
「だからあ、ヒロセさんの本当のお父さんとお母さんは何者かも分からないってことでしょ? 犯罪者かもしれないし!」
ヤマモトさんの不自然に歪んだ笑顔と馬鹿にするような口調。
かあっと頭に血が昇る。右手を振り上げそうになって――ハタと止まった。
ようやく給食を食べ終えたウチダさんと目が合う。おどおどして、泣きそうになっている。
その顔を見て、急に現実世界を思い出した。
あのときも、そうだった。ミカちゃんがわたしとサラちゃんに「貧乏くさい」って言って。
一瞬、涙ぐんだサラちゃんが目に入ってわたしもムカッとして思わず叩いちゃったけど。
だけど、わたしは怒られることになって、サラちゃんも泣いちゃって。
叩いた私はやり返してスッキリしたけど、サラちゃんのことは何も考えていなかった。
「わたしのお父さんとお母さんは、今のお父さんとお母さんだよ」
左手で右手の拳をギュッと掴む。グッと歯を食いしばって、どうにかそれだけ言う。
ヤマモトさんを叩いちゃダメだ。それじゃあのときと同じだもん。
「あはは、ウソなのにお金持ちのお嬢さまのフリしておっかしい!」
「お母さんは、今日も笑顔でいってらっしゃいって言ってくれた。ウソなんかないもん」
これ以上ヤマモトさんと話をしてても仕方がない。
わたしはウチダさんのところに歩いていった。
「ウチダさん、食べ終わった? 食器を片付けるの、手伝うね」
「やだ、ヒロセさん、急にどうしたの? 社長令嬢がわざわざ片付け手伝うとかさあ! いい恰好したいだけ!?」
背中からヤマモトさんの声が飛んでくる。
ゲームってわかっててもムカつく。テーヘンさん、プログラミングしたとか言ってたけど、意地悪モードにし過ぎじゃないかなあ。
「学校では、社長令嬢とかそういうのは関係ない」
「そんなこと言って、誰かさんはよく自慢してたけど」
「それは悪かったと思う」
わたし自身がちょっとイラついたもん。
「ごめんなさい」
ペコリと頭を下げると、ヤマモトさんがグッと喉を詰まらせたような気配がした。
急に教室がしんと静かになる。
いつものわたしなら、ヤマモトさんに謝るなんて、絶対にできなかった。
でも、今のわたしは『リナ』だから。
表面を取り繕う『リナ』なら、謝る事だってできる。
わたしはウチダさんに向き直ると、ちょっとだけ頭を下げた。
今度はちゃんと、気持ちを込めて。
「ウチダさん、ごめんね」
「え、え、何が?」
「……色々と」
ヤマモトさんとの会話を終わらせたいからってウチダさんに声をかけた。
本当に手伝いたいって思った訳じゃない。わたしってズルい。
そんなわたしの気持ちが伝わったのかどうかは、わからない。
だけどウチダさんはぷるぷると首を横に振り、
「ううん、ありがとう」
と言って少しだけ微笑んでくれた。




