2 ゲームの世界、自分じゃない人間になる
さて、ピンクのウ●チに似たテーヘンさんが用意したゲームを体験することになって。
「どんなゲーム内容なの?」
「おお、とてもノリ気ですね。本当に助かります」
わたしが聞くと、テーヘンさんが嬉しそうに再び浮き輪の中で何かゴソゴソしている。
しばらくすると、ビーッ、ビーッ、ビーッと3枚のレシートが出てきた。
「今アオイさんがお試しで遊べるシナリオはですね、『社長令嬢』『アイドル歌手』『バレリーナ』ですね」
◆ ◆ ◆
『社長令嬢・リナ』
小学5年生の社長令嬢・リナには秘密があった。それは、本物の令嬢は赤ん坊の頃に亡くなっていて、自分は養女だということ……。
『アイドル歌手・マユミ』
小学5年生のアユミはアイドル歌手を目指して勉強中。歌やダンスのレッスンに日々明け暮れていて……。
『バレリーナ・チカコ』
小学6年生のチカコはバレエのコンクールの上位常連。あるとき、ロシアのバレエ学校から留学の話が舞い込んだ……。
◆ ◆ ◆
「何か、アイドルとバレエって内容が似てない?」
「いえ、アイドル歌手の方は仲間と一緒に頑張って行こうという友情シミュレーションですね。話も明るめです」
「バレリーナは?」
「バレエスクールでイジメられているんですけど、実力で跳ね返すという。ライバルを蹴落として勝ち上がれ、というスポ根モノでしょうか」
「何か暗そうだし古臭い」
「んー、そうですか……。ウチのシナリオ班のイチオシなんですが」
テーヘンさんが小さい口をむむむ、と尖らせている。
「何でウンチャカ人はこんなゲームを作ってるの?」
「ウンチャカ人はですね、みんなこの容姿なんです」
「……ピンクのウ●チ?」
「ですから、ウ●チではありません」
ビシッと手の平をわたしに向けてくる。
きっと今まで何万回も言われたのかなー。
「で、ですね。そもそも差異があまりありませんから争いも起きませんし、とーってものんびりとした種族なんです」
「ふうん……」
「ですので、この地球人の性質と世界というのは刺激があるといいますか、我々ウンチャカ人の中では絶対に得られないものでしてね。地球ドキュメンタリー番組とか人気なんですよ」
「へぇ」
「しかし、見ているばかりじゃつまらない。いっそのこと体験できたら良いのではないか!」
テーヘンさんがズビシッとわたしを指差した。
何だかヒートアップしている。
「そう考え、地球人になりきって遊ぶ、というゲームの企画が立ち上がったのです」
「おおお……」
「そうしてあっという間にウンチャカ星の命運をかけた一大プロジェクトに!」
「すごいね」
「……ですが」
テーヘンさんの頭のトンガリがしおしおと前に倒れた。
ゴーグルの下の丸い穴もへの字になっている。
「あくまで我々の想像ですから、プログラミングした登場人物が本物の地球人とは食い違っているのではないか、という意見が多く出ましてね」
「あらら……」
「こうなったら実際の地球人にプレイしてもらって見てもらおう、と」
「ふうん……。何となく、わかった」
良いゲームを作るために、テーヘンさんはわざわざ地球にやってきたんだね。
わたしが体験プレイをすることは、人助け……ううん、ウンチャカ人助けになるんだ。
よし、やってみよう!
「これ、1つだけ選ぶの?」
「そうですよ」
「気に入らなかったらリセットできる?」
「できません。あくまでお試しですし、人生にリセットはありませんからね」
「うーん、そっかあ」
社長令嬢、アイドル歌手、バレリーナ。
バレリーナはとりあえずパス。イジメられたくないしね。
アイドル歌手は友情ものかぁ。『なでしこ園』の子達は友達というより家族だし、学校には友達はいない。上手くプレイできなさそう。
「じゃあ、コレ。『社長令嬢』がいい」
「さきほども申し上げましたが、今なら10ptを上乗せできますよ。どうしますか?」
「んー、どうしよう」
『容姿』につけると可愛くなれるのかな。『頭脳』につけると頭がよくなる?
だけど……。
「えーと、運に。だって、悪すぎるもん」
「そうですねぇ。これじゃ頑張っても空回りすることが多いでしょう」
「むぅ」
私が口を尖らせていると、テーヘンさんの口の両端がくいんと上に上がった。
「10pt上がるだけでも、だいぶん違うと思いますよ」
「だといいけど」
「それでは―――『社長令嬢・リナ』を起動します」
テーヘンさんのその言葉を最後に、わたしの視界があっという間に真っ暗になった。
(うわっ! 急に何!?)
叫んだはずなのに、声にならない。
いや、出してるつもりなんだけど……自分の中で響いているだけ、みたいな。
――さて、アオイさん。準備はいいですか?
真っ黒な視界の中、テーヘンさんの声がわんわん響く。
ちょっとだけ、背筋がヒヤッとする。
準備は……いいけど、今どうなってるの? 声が出ないよ?
――アオイさんは現在、ゲーム世界の入口にいます。思考を読み取っていますので自由に声は出せなくなっています。
えー、何か気持ち悪いよー。
――すぐに慣れますよ。それでは、プレイ方法を説明しますね。
パッと目の前に画像が現れた。どうやら学校の教室の中……授業風景みたい。
学校の先生が黒板の前にいて、教室にはクラスメートが席に座って並んでいる。
ウィンと音がして、画像が動き始める。
“1時間目は算数だ。わたしはあまり好きじゃないから、ちょっと退屈だな”
急にナレーション的なものが聞こえてきてビクッとする。
しかもわたしの声だ。こんなセリフ、しゃべった覚えがないのに。わたしの声で再生してるのかな。
ウンチャカ人ってすごいなー。
「それでは、この問題の答えがわかる人ー?」
“ピンポーン”
わっ! びっくりした!
急にチャイムが鳴るんだもん。
『A:窓の外を見る』
『B:手を上げてみる』
『C:(マニュアルにする)』
青く四角で囲まれた選択肢のようなものが突然現れた。
その奥の画像では、目の前の先生が「わかる人ー?」のセリフのまま固まっている。
何のこっちゃと首をかしげていると、テーヘンさんの声が聞こえてきた。
――チュートリアルモードではこのようにゲームが途中で止まり、選択肢が現れます。自由に思った方を選んでください。
AかBね。でも、マニュアルって何?
――マニュアルモードに変更する機能です。その場合はアオイさん自身がキャラクターそのものになりますからナレーションも入らなくなりますし、ゲームも止まりませんし、自由に発言することができます。ただし話の流れからあまりにも逸脱した言動をした場合、テストプレイは強制終了させていただきます。
いつだつ?
――突拍子もない行動と言いますか。今の場合ですと、急に立ち上がって怒り出す、とかですね。
そんなヘンなことしないよ、理由もないのに。
んーと、わかった。とにかく、『ヒロセリナ』になりきって過ごしてみればいいんだね。
――はい。朝から夕方までの一日を過ごしていただきます。終わりましたら、感想をお聞きしますね。
感想ってどんな?
そう言えば、何をチェックすればいいの?
――選択肢がおかしくないかとか、登場人物の言動がおかしくないか、とかですね。ですが、気づいたことは何でも言ってください。地球人にとっての当たり前が、我々ウンチャカ人には解らないのですから。
ふうん、わかった。
頑張るね!
笑顔を作ったつもりだったけど声と同じく表情も動かせない感じだ。
だけどやる気は届いたのか、テーヘンさんがクスッと笑ったような気配がした。