1 変な生き物、テーヘンさん
あったまきた、もう、あったまきた。
こんなところ、出て行ってやる。
「アオイちゃん、ミカちゃんを叩いたんならちゃんとあやまらないと」
センセー! ミカちゃんが悪いんだよ。わたしやサラちゃんを見て『施設の子だから服も貧乏くさい』って言ったの。
園長先生が新しく用意してくれた服だったのに。
「すみません。本当にすみません。ほら、アオイちゃん、ごめんなさいは?」
ユキ先生! ミカちゃんは『なでしこ園』をバカにしたんだよ。サラちゃんは涙ぐんでたし、わたしだって泣きそうになった。胸が痛かったよ。叩かれなくても痛かったよ。
なのにわたしだけが怒られるの?
「アオイちゃん、ユキ先生から聞いたわ。お願いだから我慢してね。ちゃんと町に溶け込む努力をしてね。『これだから園の子は』って言われるでしょう?」
園長先生! 『なでしこ園』はこの町にちゃんとあるのに、溶け込んでないの?
私たちは、町の住人じゃないの? 町の住人だって認められてないの?
わたしみたいな我が強い子はダメなんだって。サラちゃんみたいにハイハイっておとなしく言うことを聞いている子が『良い子』なんだって。
でも、サラちゃんはいつも我慢してるだけだよ。声に出さないだけだよ。わたしとおんなじ気持ちのときだってあるよ、きっと。
我慢する子が『良い子』なの? 我慢することが『良い事』なの? 本当に?
じゃあ、こんな町は出ていく。出ていくもん。
* * *
午前三時、真夜中の真っ暗な街並み。
わたしはこっそり起き出して『なでしこ園』を抜け出した。
児童養護施設、『なでしこ園』。私が赤ん坊の頃からずっと育ってきた場所。
辺りは、とっても静か。町はみんな眠っている。わたしだけが起きている。
いい気味。
朝になってわたしがいなくなって、みんな慌てればいいんだ。
アオイちゃんは悪くないよ、ごめんね、って言ったって、簡単には許してあげないんだから。
「いーっだ!」
両手の人差し指を口に当て、思いっきり横に引っ張る。
その顔でもう一度『なでしこ園』を見てやろうと後ろに振り返ると……。
「はひゃっ!?」
――ピンクのウ●チが、目の前にあった。
「ひえっ!」
バッチい! うっかり顔にぶつかりそうになったよ!
……え、ピンクのウ●チが?
「いや~、びっくりしましたねぇ~」
「ひゃっ!」
ピンクのウ●チがいきなりしゃべり出して、思わず後ろに飛び跳ねる。
いや、ウ●チはしゃべるわけがないから……えっと、ゴーグルをつけたピンクのウ●チが浮き輪に掴まって宙にふわふわ浮いている。
聞き間違いじゃなかった。「ほほう」とか「ふうむ」とか唸ってる。
動いてる、しゃべってる。
やっぱりどこからどう見てもピンクのウ●チなんだけどなー。
信じられない。何だろう、コレ?
「ウ●チさん、何? 何なの?」
「おお、お嬢ちゃんはなかなか度胸がありますね」
ピンクのウ●チがゴーグルのすぐ下の小さな丸い穴をくいっと横に広げた。どうやらそこが口みたい。
「夜中に外に抜け出すだけはあります」
「まぁねー」
えっへんと胸を反らすと、ピンクのウ●チが「ふむふむ」とゴーグルの上……てっぺんのとんがってるところをピクピクと前に揺らした。
「家出ですか」
「そう! こんなところ、いたくないんだもん」
「それでは、お嬢ちゃん。新しい世界で違う人間になってみませんか?」
「……へ?」
よくわかんなくて聞き返すと、ピンクのウ●チはてっぺんのトンガリをピンと上に伸ばした。
「いえね。我々ウンチャカ人、このたび、この『地球』を模倣して新しいゲームを作ったんですがね」
「ウンチャカ人?」
「ここ地球よりもうーんと遠くに離れた場所にある、ウンチャカ星の人類のことですよ」
「人類には見えないけど」
「それは地球人の物差しで測れば、の話でしょう?」
「うーん……」
そう言われてもなあ。
でもこうして普通にお話しできてるし、そこを気にしても仕方がないのかもしれない。
「ま、いいか。ウンチャカ人さん、何しに地球に来たの?」
「あ、自己紹介がまだでしたね」
ピンクのウ●チがペコっとトンガリを前に倒す。
お辞儀のつもりかな。
だとすると、トンガリの下、ゴーグルの上あたりが首なのかなー。
「ワタクシ、この企画の責任者のテーヘンと申します」
「テーヘンさん」
「はい。それでですね。地球人を我々の作ったゲームの世界にご招待して1日過ごしていただきまして、感想を頂けたら、と思っているのですが」
「ゲーム? ボール投げたり?」
「そういう類いとはちょっと違いますねー」
テーヘンさんは浮き輪に乗っけていた小さな手をぷるぷると横に振る。
見慣れてきたら、ピンクのウ●チのテーヘンさんは、何か可愛い。動きもおもちゃみたいだし。
「じゃあ、何するの?」
「我々が作った『地球人の生活』を体験していただくのです」
「ふうん、フツーだね」
「そうでもないですよ? 例えば、IQ200の天才になったり、男の子になったりといったことも可能です」
「ほんと!?」
「ただお試しですので、あなたのパラメータからあまりハズれたキャラにはなれませんが」
「パラメータ?」
「ええ」
テーヘンさんが浮き輪の中で何かゴソゴソしている。
何してんのかなあと思いながら眺めていると、浮き輪の下からビーッとレシートのようなものが出てきた。
「はい、これですよ」
「うーん?」
テーヘンさんが差し出してくれたレシートを手に取り、眺めてみる。
『サカシタ アオイ 地球年齢:11歳
容姿:72pt 頭脳:67pt 運動能力:73pt 運:14pt 226/400
内向性:51pt 外向性:49pt
思考:31pt 感情:36pt 直感:31pt 感覚:52pt 250/600
計:476/1000
中向-感覚タイプ・BB』
「何、これ?」
ワケわかんない数字と漢字が並んでる。
いや漢字は読めるんだけど、それが何を指してるのかわかんないってことね。そこまでおバカじゃないもん。
「あなたのパラメータですよ」
「ちゅうこー?」
「内向性と外向性の数値がほぼ同じだったからですね。実はかなり珍しいです」
「ないこうせいって何?」
「主観的なことに関心が向くタイプで、周りの意見に左右されません。逆に外向性は自分以外への関心が強く、周りの意見に敏感なタイプ。ですので周りとは違うと思いつつも自分を譲れませんから、摩擦も多いのでは?」
「まさつ……」
「まわりとよくケンカしませんか?」
「する。今日もした」
昼間の出来事を思い出して思わずうつむくと、テーヘンさんは「くっくっ」と声を上げて笑った。
ゴーグルの下の口が右側に片寄って歪んでいる。
「なお、思考は理屈で考えるタイプ、感情は好き嫌いで物事を判断するタイプ、直感は文字通り直感的に判断を下すタイプ、感覚は五感、つまり見たり聞いたりしたときの自分の感覚を信じるタイプを表します」
「ふうん」
「まだ大人になってませんから全体的に数値が低いですけどね。やや感覚が高いですから、起こった出来事に一つ一つ反応して、喜んだり怒ったり悲しんだりするから、疲れるでしょう」
「うん」
「で、す、の、で! そういうストレスとは無縁のゲーム世界を体験してみませんか、ということですね!」
テーヘンさんがずいっとわたしの前に身を乗り出した。
何か自信満々で得意気だ。
「ふうん、面白そう」
「でしょう。で、さらに! 今ならptを10ptサービスします!」
「やった! やるやる!」
右手を挙げて元気よく答える。
テーヘンさんが、満足そうに頷いていた。
……えーと、多分。てっぺんのトンガリが何度も前にピコピコ倒れてたから。