ほしこうじょう
トムは、「ほしこうじょう」の工場長です。
夜、みんなが寝ているとき、トムは働いていました。
他の工場のえんとつが、ひとつも煙をはきださないのに、トムの工場はモクモク、モクモクと煙を上げています。
その煙をよくよく見ていると、その中に何かがキラキラと輝いています。
そのキラキラは、夜空の高く高く、雲よりもっと高くまだ上がり、やがておほしさまになるのです。
トムはこうして、何年も何十年も、星を作り続けて来ました。
トムが「ほしこうじょう」を作ったのは、トムがまだわかものだった時でした。
トムの妻のノヴァは、体がよわく、いつも病気で苦しんでいました。
「ごめんね、トム、私のからだがよわいから、トムが毎日おくすり代のためにざんぎょうしなくちゃならなくて。ごめんね。」
ノヴァはいつも、トムにあやまっていました。
そんなある日、息もこおりつきそうな冬の日でした。
「ねえ、トム。私、おほしさまになりたいの。おほしさまはずっとお空にあるでしょう?私、私ね、もうすぐいなくなってしまうの。 ねえ、トム。私をきっとおほしさまにしてね。」
ノヴァはそう言うと、そっと目をとじました。それきり、ノヴァは目を覚ますことはありませんでした。
それから、トムは「ほしこうじょう」を作りました。
小さなえんとつに、小さなだんろ。
赤いお屋根の小さな小さな工場です。
ノヴァとのやくそくを守るためだけにつくられた、二人のための工場でした。
トムは真夜中、ノヴァのかけらを火にかけると、その煙は夜空へとキラキラ輝いてのぼってゆきました。
トムが外を見ると、そのキラキラがやがておほしさたになったのです。トムはずっと、ずっと夜空を眺めていました。
そんなとき、ひとりの女の子が、トムに聞きました。
「おにいさんは、なにをみているの?」
トムが、おほしさまになった自分の大切なひとを見ているんだよと答えると、女の子は泣きながら、
「お願い、おにいさん。私のおとうとをおほしさまにしてあげて。」と言いました。
「私の弟は、私のふたつ下の三さいだったの。でも、今日、お腹が空いて、お腹が空いて、とうとう死んじゃったの。お願い、おにいさん。きっとさみしいから、おほしさまにしてあげてほしいの。私、お金はないけど、きっとおにいさんを手伝うから。」
トムは、困ったような笑顔で、弟のかけらを火にかけました。その煙は夜空へとキラキラと輝いてのぼってゆきました。
その煙はやがて、沢山のおほしさまのいる、あまのがわでおほしさまになりました。
それからのこと、トムの「ほしこうじょう」は、みんなが知ることになり、来る日も来る日も、トムは誰かの大切な人を、困ったような笑顔で、おほしさまにしていました。
時々ノヴァに話しかけながら、ある日はノヴァを見つめながら仕事をしていました。
長い長い年月が経ちました。トムはノヴァが寝ていたベッドで寝ています。ノヴァがいなくなってからずうっと、そうしています。
そしてトムがこう言いました。
「ねぇ、君は、ほんとうに僕を手伝ってくれたね。」
私は、「ええ、そうね。」と答えました。
「君に、お願いがあるんだ。」トムが言いました。
「僕が死んだら、おほしさまにしてくれないか。できれば、ノヴァのとなりがいいな。」
私は、「ええ、もちろんよ。」と答えました。
トムは、ずうっと泣かなかったのに、最後に一筋だけ、右目に涙を流しました。でも、少し笑っていました。
あの後、弟をおほしさまにしてもらった私は、ずうっとトムといっしょにいました。親もいない、私を、ずうっと育ててくれました。私、ずうっと、お父さんって、呼びたかったの。でも、ちがうよって、言われたら、困ったような笑顔で、言われたらって思うと、言えなかったの。私、私は、トム、お父さん。
私は、ぐしゃぐしゃな泣き顔で、トムのかけらを火にかけました。その煙は夜空へとキラキラ輝いてのぼっていきました。
その煙はやがて、ノヴァの隣でおほしさまになりました。
私はいつまでも、いつまでも、トムを見ています。
今もトムの「ほしこうじょう」に、人は絶えません。
大切なひとを、送ってあげたい気持ちが、人をここに導くのかも知れません。
その気持ちを込めて、私は今日も、おほしさまを作っています。
いつか私も、おほしさまになって、トムに会いたい。トムに会えたら、きっと「お父さん」って、言いたい。ノヴァさんには、驚かれるだろうけど、ちゃんと説明して、できたら「お母さん」って呼んでみたい。
いつか、遠い年月の先で。