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SLAP ASSEMBLE

SLAP06

作者: 隼 メイ

 午前九時二十四分、不意に呼び鈴が鳴った、僕ちゃんが出てみると、それは隣家のおばあちゃんだった。

「なんかにぎやかになったわね」

 おばあちゃんは私たちの顔を見回して言った。

「ばあちゃん、どうしたの」

 ボスが親しげに話しかけていた、私は知らないが、この隣家に押し入ろうとした連中を取り押さえたのが、このチームの初仕事だったらしい。

「ああ、里芋の早取れのいいやつを煮てみたからね、おすそわけ」

「おお、美味そう、いつもすいませんね」

「いいのよ、なんたって家を守ってくれたお礼だからね」

「いやいや、ばあちゃんのぴーちゃんも大活躍だったじゃない」

 ぴーちゃんって誰?おばあちゃんは一人暮らしでは?

 おばあちゃんは、人のよさそうな顔で話を続けた。

「あの子達もね、話をしてみると、ほんとは悪い子じゃないんだよ」

「ばあちゃん、あいつらの面倒見てるんだってね」

「そうそう、ちょっとね、ほら、反抗期ってやつ?あれでね、悪いことしてみようと思っちゃったみたいなんだね、あの子たち」

 おばあちゃんは自宅に押し入ろうとした少年たちをUHMIE弾とは言え、撃ってしまったことを気がとがめ、入院中の彼らを何回も見舞いに行った。

 そこから少年たちとの交流が始まり、今やいろいろと面倒をみてやっているらしい、最近は彼らもばあちゃんばあちゃんと慕ってくるのでとてもかわいいと言っていた。

「それでね、今度はあの子達の後輩たちが、ちょっと心配なんだって、なんか近々でかいことをやるって言ってるみたいでね」

「ふーん、後輩って学生?」

「そうそう、あのなんていったかね、私立高校」

 ボスは熱心におばあちゃんの話を聞いていた、おばあちゃんには悪いが、ウチは児童相談所でも役所の生活指導課でもない、私はちらりと時計を見た。

「なんだか忙しいところを邪魔しちゃったわね、ごめんね」

 私のしぐさに気が付いたのか、おばあちゃんは帰って行った。


 言ってしまえば、私たちは賞金稼ぎだ。

 捜査機関や、救助隊でもない。

 現行犯か、手配のかかっている犯罪者が相手であって、疑わしいだけでは踏み込むことさえできない、しかし依頼があれば何にでも首を突っ込む。

 だからボスの言う憂鬱は理解できた。

「・・・誘拐か、手出しし難いやつだな」

 今回は誘拐事件の捜査が依頼だった。

 誘拐など、身代金の受け渡しで足が着きやすい犯罪は、国内では流行らないと思われていた。

 しかし最近は海外の金融機関や仮想通貨等で支払いを要求し、架空名義で受け取り、身元が判明するまでに逃げ切るという手口で成功例が増え、流行の兆しだと言う。


 十一時四十七分、ボスが警察に出向いて、情報を仕入れてきたが、誘拐の通報はなかったようだ。

 むしろ何の話か詳しく教えろ、としつこく聞かれて辟易したと言っていた。

「警察も最近出番が減ってるからなあ、誘拐なんてのは腕の見せ所と思っているんじゃないか」

 他にもいろいろ聞かれて疲れたとぼやいている。

 どうやってそんな話を聞いてきたのか・・・ボスは警察に何かパイプがあるのだろうか?


 情報を整理する、今回の被害者はK、十八歳、女、某私立高校生徒。

 家族構成は父、母、別居の母方祖父、祖母、兄弟なし。

 今回の情報提供はその祖父、の代理人と称する。

 情報によると、Kは学校から帰宅後、祖父宅に行くと外出、そのまま帰宅せず、捜索願いを出そうとした矢先、身代金を要求する連絡が入ったため、誘拐と判断。

 父母は身代金の支払いに応じ、解放されるなら事を荒立てたくないようだが、心配した祖父母が代理人に相談し、そこからウチに依頼が来たようだ。

 今回は、公安からの賞金ではなく、この依頼人からの礼金が我々に支払われる。

 …これは賞金稼ぎと言うより、探偵、プライベート・アイの仕事だ。

 ボスは困っている人を助ける、これは崇高な目的と嘯いているが、礼金の金額に目の色が変わったのを私は見逃していない。


 午後から、情報収集のため、私たちはKの自宅、及び祖父母宅に向かった。

 自宅にはボスと僕ちゃんが、私は祖父母宅を訪れた。

 上品な老婦人が迎えてくれた、私が身分と目的を告げると、家に通され、応接室に老人が現れた。

 私が改めて名乗ると、老人は、おや、と言う顔をして、父の名を告げた。

「父をご存知なのですか?」

「存じ上げていますよ、貴方の父上は立派な方だ、若いときから目的をしっかりと持っていらっしゃった」

 ・・・ビジネスマンとしての父はたしかにその通りのかもしれない、しかし家庭人として見れば・・・いや、今はこれは関係ない。

 話を聞くと、この老人は父の会社を影で支えている取引先の先代であったことがわかった、と言うことはKの父とは、何度か顔を合わせたことがある、あの社長か。

「Kは週に一回はここに来ていてましたよ」

 老人が言った、十八歳の女子高生が祖父母宅に週一で来るだろうか?祖父母のいない私にはあまり感覚がない。

「・・・まあ、小遣いを貰いに来ていた、ということです」

 老人は僅かなため息に苦笑を含ませながら言った。

「・・・あの家に居場所がない、とも言っていたね」

 居場所がない、とはどういうことなのか。

「家の娘、あの子の母親は後妻でしてね、実はあの子とは血が繋がっていないのです」

 と言うことは、この老人にとってもKは孫とは言え、血縁は一切ないということだ。

「とは言え、娘はKをそれは実の子以上に大事にしておりました、私たちも突然出来た孫だったが、そりゃあ可愛くてねえ」

 老人の言葉に、お茶を出してくれた夫人も頷いた。

「でもねえ、いくら大事にしていても、だんだん年頃になれば、合わないところもあったんでしょうかねえ」

 反抗期か、今朝誰かも言っていた、ああ、隣のおばあちゃんだ。

「とにかく、今は孫の無事だけが願いです、Kが無事に帰って来るなら、どんなことでもしますよ」

 そう言った老人の眼に、年齢にそぐわないほどの眼光が灯った。


 十五時二十二分、事務所にボスたちが戻って来た。

「いやあ、参った、あんなに取り乱しているとは」

「疲れましたね」

「ご両親は、お二人ともそんなに取り乱されていたんですか?」

「母親だよ、私が悪かったのかと泣いて話もままならんかった」

 ・・・そうか、血は繋がらずとも愛情を注いでいたと言うのは確かなことのようだ。

「お父さんは仕事のこともあって、終始穏便に済ませる方法はないか、って感じでしたね」

 なるほど、あの社長らしいな、私は母の法要に来ていた顔を思い出した。

「どうも、Kは最近荒れていたみたいだな、反抗期ってやつか」

 また、この言葉が出た、私が老人宅で感じた印象と同じか。

「なんだかあまり良くない友人に関っていたような話も出ました」

 家庭環境は見えて来たが、誘拐に繋がるような情報は出なかった、強いて言えばその「良くない友人」というのが何か引っ掛かるが、確証はない。

 私は、その友人たちに何か知らないか聞いてみる事を提案した。

「その、友達っていう人たちに話を聞いてみましょうか」

「そうだな」

「僕、何人か名前を聞いています」

 僕ちゃんが母親に知っている友人の名前を聞いていたが、個人の連絡先は不明だった、学校に問い合わせてみたが、夏休み中で連絡がつかなかった。

 捜査権のない我々にはこれが限界だった。

 しかし、何かおかしい、女性とは言え、十八歳にもなった人間がやすやすと誘拐されて、全ての連絡手段も絶たれてしまうものだろうか。

 私は状況を想像した、一つは最悪の事態だ、Kは誘拐直後に殺害され、今や連絡どころか存在すら消えてしまった状況、そしてもう一つは・・・。


「あ」

 ボスが何かを思い出したようにつぶやいた。

「その学校って、今朝ばあちゃんが言っていたところじゃないか?」

 何かが、繋がった、そんな気がした。


 そこから話は早かった、おばあちゃんを通じて、元不良少年たちに話を聞くことになった。

 十七時五十六分、少年たちがおばあちゃんの家に集まっていた。

 連中は、おばあちゃんに向かって悪態をついていた。

「なんで俺たちを撃ったやつに協力しなきゃいけねえんだよ」

「あら、あんたを撃ったのはアタシよ」

 おばあちゃんは得意げに言った。

「・・・そうだけど、他のヤツはあの兄ちゃんに撃たれたんだぜ」

 リーダー格の少年が僕ちゃんを睨みつけた、僕ちゃんは肩をすくめ居心地が悪そうに下を向いた。

「そんなこと言わないの、最初に悪さをしたのはあんた達でしょうが」

「そりゃそうだけどよ…」

「悪いことはもうしない約束したでしょ、さ、その友達の話をしてちょうだい」

 おばあちゃんに促されて、少年たちは後輩のことを語り始めた、金持ちからお金がもらえそうだと言っていたこと、ここ数日姿を見かけないことなどがわかった。

 彼らがどこにいるか知らないか聞くと、さすがに言い渋った、仲間を売るのは気が引けるようだ。

「どこか心当たりはないかな?お姉さんにナイショで教えてくれない?」

「・・・そんなこと言われてもよう、俺たちにも義理ってもんがあるからよう」

「教えてくれたら、お姉さんがイイコとしてあげる」

 私は服の胸元に手を伸ばした、文字通り、少年たちはゴクリとつばを飲み込んだ。

「でも言わないなら・・・また痛いことされちゃうよ、あたしのは前よりもっと痛いんだから」

 私は胸ポケットから対物ライフルの弾薬を出した、12.7ミリの弾頭は口紅より太く、薬きょうはタバスコのボトル程の大きさで、禍々しく金色に光っていた。

 少年たちは悲鳴に近い声で後輩の居所を教えてくれた。

「山側の廃別荘地、あの上の方の白い家」

「俺たちのたまり場だった、たぶんそこ」

 なるほど、海を見下ろす斜面に、はるか昔に開発された別荘地があった、しかし老朽化とアクセスの悪さから、今はほとんど廃墟化している、ふつうは誰もあんなところに近づかない。

「ありがとう、お姉さんうれしいわ」

 弾薬を仕舞うと、彼らはホッとしたようにつぶやいた。

「・・・お姉さん、あの、いいことって・・・」

 そうね、約束よね。

 私は、少年たちの頭をなでなでしてやった。

「イイコ、イイコ」

「あら、よかったわね」

 おばあちゃんがニコニコしながら少年たちに言った、彼らも仕方なしに照れたように笑った、やり取りを見ていたボスが呟いた。

「・・・ハニーやるなあ」

 僕ちゃんが無言で頷いた、ハニーって呼ぶのはやめて欲しい。


 十九時十三分、準備を終えて車に行くと、老人が行く手を塞ぐように立っていた、ヘッドライトに浮かび上がったのはKの祖父だ。

「爺さん、邪魔だよ」

 ボスが怒鳴っていたが、老人は動かなかった。

「ボス、この人は被害者のお爺様です」

「え、あ、そう、居所の目星がついたので、今から救出に行きます、そこをどいてください」

 ライトのせいか老人の目にはあの眼光がさらに鋭く灯り、曲がっていた腰もしかっり伸びていた、よく見ると、見たこともない軍装と長大なライフルを背負っている。

「私も行こう」

 有無を言わせない言葉だった、私たちは頷くしかなかった。

「貴方はいったい・・・?」


 車を走らせる間、老人は自分の半生を語ってくれた、狩猟を手伝っていた少年時代に射撃を覚えたこと、婦人との結婚の約束をした矢先、先の戦争で徴兵され大陸の戦地に赴いたこと、射撃の腕を生かし狙撃兵として敵から恐れられたこと、終戦で捕虜となり極寒の地に収容されたこと…。

 戦地でも収容所の労働でも生死の境を幾度も彷徨ったが、その度に国で待っている婚約者のことを思い出して耐え抜いたこと・・・。

 私たちが知らない、過酷な運命を生き抜いて、彼は再びこの国に帰って来た。

 戦後の混乱で婚約者を見つけ出すのに何年もかかったが、再び出会えて所帯を持ち、始めた事業がなかなか軌道に乗らず貧しいなかで私の父に出会ったという。

 父の提案により事業がようやく安定し歳が行ってから娘が出来たこと。

 妻を亡くし途方に暮れていた部下に娘を嫁がせたこと、それによって孫が出来たこと・・・。

「私が、会社を義理の息子に譲って、隠居すると挨拶に行ったときに、貴方の父上からこれを頂いた」

 老人は肩に抱いたライフル銃を撫でた。

 それは老人と共に戦場を生き抜いた狙撃銃だった。

 捕虜となって武装解除された際に、廃棄されたと思われていたが、尋常ならざる命中率だった為、研究資料として保管されていたのだ。

 父はそれをロシアの取引先から聞いて、わざわざ買い戻したという。

 私は、私の知らない父の一面を、この今日会ったばかりの老人に教えられた。

 それほど細やかな配慮をする人が、なぜ私には、いや、母に対して冷ややかだったのか…。


「皇国のために磨いたこの腕もこの銃も、未だ鈍っておらんが、自分の為に使うことになろうとは」

 老人の言葉にただならぬ決意を感じた私たちにも、それは伝播した。


 十九時四十九分、もう夜の闇が見方をしてくれる時間だ、斜路の入り口に、車を止めた、これ以上の接近は気づかれる恐れがある。

 見上げると黒々とした建物の影がいくつも見えた、その中に僅かだが明かりが灯っている家があった、白い壁は確認できなかったが、おそらくそこだろう。


「作戦は、オレと僕ちゃんが、建物に近づく、そのまま奪還できればよし、出来なければ、ハニーと爺ちゃんの援護を受けて突入、Kを除く全員を排除、拘束する」

 ボスの説明は単純だった、しかし、これ以上は状況が判らないため、計画の立てようもない。

「情報によれば敵は四人」

 ボスはそれだけ言うと、僕ちゃんと闇の中に消えて行った。


 私の出した対物ライフルを見た老人は興味深そうに聞いた。

「それは、大砲かね?」

「いいえ、機関砲の弾を狙撃に使う対物ライフルです」

「それで何を撃つのかね?」

「障害物を排除します」

 老人の持っているライフルは長大に見えたが、これに比べたらまだ人間が扱うものとして違和感がなかった。

「・・・私は、大陸で幾人もの人を殺してきた、そうせねば生き残れなかった」

 私は老人が装填する銃弾を見た、弾頭は黒い、UHMIE弾だった、こんな7.7ミリアリサカの弾頭など、市販されていただろうか?私の知る限りそんなものはなかったはずだ。

「この弾も、お父上から頂いたものだ、相手を殺さず無力化できるとは、いい時代になったものだ」

 私は、僅かにこの老人に嫉妬した、他人にこれほど配慮するならもっと母に・・・。

「もうわかっていると思うが、君たちの事を紹介して、今回の依頼を出してくれたのはお父上だよ」

 …そうでしょうね、あの人らしい、自分の許から去った娘に恩を売るために、いい機会だったでしょうね、この事件は。

「お父上は、貴方や奥様のことをいつも気になさっておられる」

 見透かしたように老人が言った、それは違う、そんなはずはない…。

 そこにスマートフォンの着信が来た、ボスだ、私はスピーカーモードにしてそれを傍らに置いた。

「向こうも同じようにしているので、声を出さないでください」

 老人は頷いた。


 オレは僕ちゃんに建物の裏を確認するように指示した、奴は見に行ってすぐに戻って来た。

「裏はもう木々が生い茂って人は入れません」

 そうすると、出入口はここだけだ。

 オレたちが近づいて行くと、中から声が聞こえて来た。

「…金はいつ届くんだよ」

「判る訳ないでしょ!」

「すんなり金が手に入るんじゃなかったのかよ!」

「簡単に出すと思ったのよ、パパは会社の評判を気にして、あの人はバカだからあたしの為ならすぐ出すと思ったのに!」

 ・・・やはり、予想した通りだ、これは狂言誘拐だ、あの人、とは母親のことだろう、誘拐犯というか男達とKはグルだ。

「これ以上待てねえよ、なあ」

「お嬢さんの火遊びには付き合いきれねえ」

 男達の声に怒気と危険な臭いが漂い始めている。

「なあ、お前、これどう落とし前つける気だよ」

「どうせだれも来ないなら、おい、身体で支払ってもらうのもアリだ」

「何すんのよ!やめて!」

 ヤバイ、これ以上は危険だ。

「こんばんわ、町内会の防犯パトロールです」

「こんばんわー、だれかいますか?」

 突然の訪問に、中の明かりが消えた、必死に気配を消しているが隠れているのはバレばれだ。

「おかしいなあ、声が聞こえたんだけど」

「そうですねー、空耳かなー」

 オレたちはわざとらしい会話をしながら中に入った、慌てて明かりを消した連中はまだよく見えないだろうが、暗闇の中を歩いて来たオレたちには隠れている姿がぼんやりと見えていた。

 テーブルの影に押し込まれ、口を塞がれているのは、おそらくKだろう、その口を押さえているやつがリーダー格か、少し離れてサイドボードの影に一人、ソファの向こうに一人、あと一人はどこだ?

 オレは僕ちゃんにライトをつけるように言った、暗闇の中で強烈なLEDライトは目潰しと同じだ、まともに見ればしばらく何も見えまい。

 オレは薄目を開けて、偶然のように見せかけて連中を的確に照らすビームを見た。

「うわっ!」

「ぎゃ!」

「あっ!」

 悲鳴が上った、ざま見ろってんだ、リーダー格がKを抑えていた手を緩めた。

「助けて!」

 Kは悲鳴を上げてこちらに逃げてきた、反射的にライトを振り回していた僕ちゃんに抱きついたので、奴はライトを落としてしまった。

 マズイ、その時オレは死角からタックルしてきた奴に足を取られた、こいつ四人目か!

「クソ、痛えな!」

 怒鳴り声に触発されて、誰かが狙いも定めず銃を乱射し始めた、ちくしょ、これを避けたかったのに!

 転がったライトはよりによって僕ちゃんを照らす方に向いて止まった、これでは逆効果だ、奴は周りが見えなくなって、敵からは照らし出されて丸見えだ、乱射が止まり、狙いを定めている気配が感じられた、オレは足に組み付いている男を振り解こうと暴れていた、あと少しでライトに手が届くのに!

 不意に、男の一人が悲鳴を上げて銃を取り落とした、吹き飛ばされた、と言ってもいい。

 銃声は遅れて聞こえた、長距離狙撃だ、ハニー達の援護だ、しかし、この暗闇で見えるのか?

 オレはようやく届いたライトを掴んで絡み付いている男を照らした、反射的に男は目を瞑り、手の力が緩んだ、ホルスターから銃を抜こうとしたがちょうど身体の下で取れない、クソ!

 その瞬間、タックル男が後に飛び跳ねるように退いた、一瞬顔面にX点が見えたので、やはり狙撃されたのだろう。

 オレと僕ちゃんはKを囲うように出口に向かった、あと少しで出口、というところでスマホに向かって叫んだ。

「人質確保!やっちまえ!」


 老人はおそらく孫と思われる声が、母親を罵るのを聞いて肩を落とした、しかし、すぐに状況が変わり、ボスたち突入班が危険な状況と判断すると、スコープに視線を移した。

 それは、狙撃というより美しい演舞のようだった、いや、呼吸と同じように自然な営みのように見えた。

 暗闇を気にも留めず、その姿は、不自然なほど自然で、なんと言うか、食事をする箸を取り回すように、どこにも不要な力が入っておらず、ただ遠くに、本来絶対に届かないはずの場所に手を伸ばすように、静かに引かれたトリガーを起点に発射された弾丸は、老人の視点に正しく到達した。

 そしてもう一点射、同じように間違いなく、弾丸は視点に到達していた。

 私にはまだ、こんな芸当は出来ない、それは自分の意思を遠く離れた場所に届けるように、なんの抵抗もためらいもなく・・・。

「・・・やっちまえ!」

 ボスの声がスマホから響いた、私は対物ライフルのトリガーを引いた。

 こんなもの、老人の狙撃に比べたら、美しくもなんともない。

 対物ライフルの着弾は、朽ちかけた建物には衝撃が大きすぎたのか、斜面にへばりつくように建っていた家はメリメリと音を立てて傾き始めていた。


「わあ!」

 僕は家が傾き始めたことに悲鳴を上げた、姉さんやりすぎだよ!

「ここに居ろ!いくぞ!」

 ボスがKに声をかけて僕の方に向いた、ヤダなあ、でもそうも行かないんだよね。

 傾き、崩れそうな建物に、昏倒した男が一人、手を抑えてうずくまる男が一人、パニックになって叫んでいる男が二人、ガスでも残っていたのか、火花と共に炎が上った。

「そいつを連れ出せ!」

 ボスはうずくまる男を指差して言った、僕は男の手を引いて外に連れ出した。

 パニクる二人に銃を向けてボスは叫んだ。

「外に出ろ!出なきゃ撃つぞ!」

 そのまま天井に向けて発砲すると驚いた連中は外に出てきた。

 ボスは倒れている男を抱え上げ、外に向かって走った、既に建物の半分は崩れ落ち、燃えながら斜面に散らばっていた。

 玄関ポーチにたどり着いて男を外に放り出した瞬間、待っていたように建物は全て崩れ落ちた、奇跡的にポーチだけが空中に残った。

 ボスが恐る恐るそっとポーチから降りると、それもバラバラと崩れ落ちた。

「・・・あぶねー」

 さすがのボスも目を見開いて肩をすくめた。


 燃え盛る残骸の明かりに照らされて、Kは迎えに来た両親に抱きかかえられ、子供のように泣いていた。

「ごめんなさい、ママ、ごめんなさい」

 …ママ、か、もうずっと遠く感じていた母の顔が不意に思い浮かんだ。

 Kのささやかな、と言うには派手な騒ぎになってしまった、反抗期はこうして終わった。

 老人はその姿を笑みを浮かべて、でも少し寂しそうに見つめていた。

 いつのまにかその傍らには婦人が立っていた。

「・・・無事のお帰りを信じていましたよ」

「うむ、遅くなった、今帰ったよ」

 きっと、戦地から帰った日も、その後の日々も、二人はそう語り合って来たのだろう。


「これは、もう私には必要なくなった」

 老人は九九式短狙撃銃を肩からおろしていた。

「よければ、君に使って欲しい」

「・・・判りました、頂戴します」

「・・・君の父上はな、信じたことを曲げない人だよ」

 その時私は絆を取り戻した親子と、互いを信じることだけを頼りに生きてきた夫婦の間に立っていた。

「信じた人に思いを託し、自分にしか出来ないことをやっていく、そういう人だ」

 その言葉が染込むのを待っているように、ゆっくりと言葉は続いた。

「私のような、その思いを託された者は、自分の出来ることを全力でする、そういう人と人のつながりを大事にする人だ」


 老人が話してくれた言葉の断片と、母の言葉の断片が、いくつも重なり合って、パズルのピースのように繋がって行った。

 ・・・そう、父が誰よりも信じ、わが子と言う何よりも大切なものを託したのが母だったのだ。

 母もまた、父を信じ、自分に託されたことを全うしていたのだ。

 幼かった私には、その一面しか見えなかった、だから拗ねていたんだ・・・まるで反抗期の子供のように。


「任務完了だ、礼金の受け取りに行ってもらいたいんだが・・・」

 ボスは、なにやら意味ありげに私を見て言った。

 父に会ってなんと言えば良いのか、今の私には言葉が見つからなかった。

「もう少し、自分の中で整理する時間が欲しいのですが・・・」

 私は、小さな秘密の箱を覗かれた子供のような気持ちだった、俯いたまま答えるのが精いっぱいだった。

「・・・ハニーがそんなに可愛く言うなら、無理は言わないよ」

 ボスはにやりと笑った。

「どうせ、振込みだしな」

 ・・・ハニーと呼ぶのは、やはり恥ずかしいからやめて。


「ボス、大変です」

「なんだ、しばらく仕事しなくても良い位の儲けが出たのに、騒がしい」

 電話を切った僕ちゃんは心底慌てているようだった。

「例の別荘なんですが」

「あー派手に燃えちまったなあ」

「持ち主がいたようで、弁償しろと言って来てます」

「なんだって!?」

 廃屋状態だったが、誰かの財産だったらしい、状態がアレだったので、高額の弁済は求められないだろう、ここは交渉だ。

 …しかし、儲けが大幅に減ってしまうことは間違いなさそうだ。

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