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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
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百合短編

女子サッカー観戦を口実に好きな女の子とお泊まりする百合

作者: 川木

「ともちん! サッカー、一緒に見ようよ!」

「サッカー? 和己、サッカー好きだっけ?」

「ううん? でもいま女子サッカーのワールドカップ流行ってるじゃん! 今度の土曜日の3時に日本戦あるから。一緒に見ようよ」

「本当にミーハーだねぇ」

「えー、いいじゃん。興味ない?」

「まぁ、なくはないけど」

「じゃ、決まりね!」


 と言う会話を週初めにして、週末の金曜日、晩御飯はカレーだよ! と当たり前のようにお泊りで言われてびっくりした。

 それからようやく検索して、その日本戦とやらが夜の、と言うかもう朝? の3時にあることがわかった。


「え、三時って、夜中のこと!? え? 夜中に試合あんの!?」

「ともちん、現地はフランスだよ? 何時間時差があると思ってんの?」


 呆れたように言われていらっとした。

 しかし言っていることはもっともだ。ワールドカップなのだから、参加している国のいずれかでするなら日本で開催している可能性の方が低いだろうし、そうなれば時差があってしかるべきだろう。


「約束したんだから、今更なしはなしだからね? もうお母さんにも言ってあるんだからっ」

「わ、わかったよ。じゃあ……一回帰ってから、行くよ」

「OK! 連絡くれたら公園まで迎えに行くね!」


 このややハイテンションなお調子者の吉田和己と、私、ともちんこと田村朋子は今年高校入学時に出会ったばかりだ。なので6月の今、まだ出会って3カ月もたっていない。

 正直ちょっと馴れ馴れしい和己の性格もあって、そんな感じはしなくてずっと前から友達だった気もする。だけどなんだかんだ、家にお邪魔するのも初めてだ。近くまで行ったことはあるけど、家の正確な場所も知らない。ましてお泊りなんて。


 これが、本当にただの友達なら、なんの抵抗もないんだろう。和己もそのつもりで、ただ浮かれているんだろう。

 だけど私は違う。


 初めて和己を見かけたのは入学式。仲のいい友達はみんな他の学校なので、正直ちょっと心細かった。そんな中、大慌てで私の横を駆け抜けて、そしてすぐ目の前でど派手に転んだ女の子がいた。もちろんそれが和己だ。


「ひぎゃー!」


 なんて間抜けな声をあげている和己に、慌てて駆け寄って声をかける。


「だ、大丈夫ですか?」


 そんな私に驚いたように目を見開き、女の子は勢いよく立ち上がった。


「大丈夫大丈夫! へへ! ありがとね!」


 同じ一年生なのに、元気いっぱい笑顔いっぱいなそんな和己に、見とれた。すごく可愛い素敵な笑顔だと思った。

 そして同時に私は何だか羨ましいような、ちょっと悔しいような気になった。でもとりあえず、友達になりたいなと思った。

 そして和己を保健室に連れて行って、一緒のクラスで、当然のように友達になれた。


 騒がしすぎるくらいの彼女と一緒にいると私も楽しくて、気が付いたら大好きになっていた。ただ好きなだけじゃなくて、恋愛感情としてだ。


 だから、急にお泊りなんて、緊張するのが本音だ。全然、心の準備ができていない。

 だけど一回OKとしたのに、今更断るなんてできるはずもない。それに少しだけ思うのだ。もしかして、これをきっかけに、距離が縮まったりして? と。


 なのでその日私は1日ドキドキしながら学校をやり過ごし、家に帰り、支度をして待ち合わせ場所へ向かった。









「起きろー」

「ん、んん」


 ご家族に挨拶して夕ご飯を食べてお風呂に入って同じ部屋で寝て、と色々とイベントはあったけど、殆ど駆け足で9時には布団に入ったので省略する。

 と言っても、なかなか寝付けなくて、ようやく眠れたのは結局いつも通りの時間だったりすると思うので、起こされた今、めちゃくちゃ眠いのだけど。


「10分前だよー。はい、顔洗ってきて。あ、静かにね? みんな寝てるから」

「ん」


 ここで寝てしまったら仕方ない。本末転倒だ。ただのお泊り会だ。それはそれで嬉しいけど、これではなんの進展もなさすぎるし、次回誘われなくなってしまう。

 我慢して起き上がり、歯磨きをした洗面台まで足音を殺して移動して、そっと顔を洗う。


 目が覚めてきた。トイレをしてから部屋に戻ると、和己が私の寝ていたベッド横の布団をたたんで、テレビに向かって折り畳み机をだしてそこにコーラとポテチを用意、そしてクッションも用意してくれて完璧に観戦前になっていた。


「座って座って、もう始まるよ」

「ありがとう。準備手伝わなくてごめんね」

「全然。私から誘ったんだし、当然だよ。お菓子買ってきてくれてるしね」


 並んで座る。クッション位置そのままに座ったけど、いつもより距離が近い。小さい折り畳み机の一面に並ぶ形だからしょうがないのかもしれないけど、なんだかドキドキしてきた。

 選手紹介をしてくれていたみたいだけど、全然入ってこない。とりあえず注いでもらったコーラを飲む。


 こんな夜中に起きて、コーラ。そしてポテチ。事前に観戦中コーラとお菓子必須だよねーなんて話していたけど、いざこんな深夜にと思うと罪悪感すら感じるし、背徳的すぎて、めちゃくちゃ美味しい。


 ぴっ


『さぁ、今試合開始――』


 解説実況の声で、始まったことに気が付き、慌てて目をやる。

 日本選手は青いユニフォームの方か。サッカーの試合自体初めて見るし、ルールもよくわかってないんだけど、こうやって見るとフィールドって大きいなぁ。


「ねぇ、和己はサッカーのルールとか理解してるの?」

「は? ともちんサッカーのルールも知らないの? 手以外使って、相手のゴールにボールをいれたら得点だよ」

「なめてんの? そうじゃなくて、えっと、オフサイドとか」

「知らないけど、今のとこ出てきてないからよくない?」


 えぇー。全然ルール知らないじゃん。観戦しよって誘われてから一応ググって初心者向きルール調べた私が馬鹿みたいだ。

 まぁ、そうはいってもそこまで熟読してないけどさぁ。多少のルール用語はわかっても、審判の判断基準とか全然わかんないし。


「あ」


 あっちへ行ったりこっちへ行ったりとサッカーボールがお互いにパスカットされたりして移動していたけど、相手のロングパスが通ったことで一瞬で流れが変わる。勢いよく日本のゴールに近づいていくのに思わず身を乗り出す。


「あ、あ」

「っ、はー」

「っぶなー」


 ゴールまであと少し、もうすぐシュートに入るか、と言うところで横から突っ込んだ選手がボールを蹴り飛ばしてフィールド外に転がした。

 無意識にとめていた息をつく。危なかった。同じように安堵して前傾姿勢を戻して後ろのベッドにもたれる和己と顔をあわせる。


「……へへ、ともちんもやっぱミーハーじゃん」

「う。み、ミーハーとかじゃなくても、やっぱ自国だし応援するし、点がってなったらそりゃそうなるでしょ」

「まぁね。私も興味なかったけど、いざ見ると興奮するよね」

「って、興味ないのに観戦誘ってきたの?」

「ん、まぁ。いいじゃん。あ、この期間限定美味しい」

「でしょ」


 息をついたついでに、横目でちらちら試合を見つつお菓子を食べてコーラを飲む。

 と言うか、やばいなぁ。今普通にのめりこんだけどさ、でも今、目が合ってしまって気が付いてしまった。

 この薄暗い部屋で至近距離で、めちゃくちゃいい雰囲気じゃない!? すごいドキドキしてきた。しかも改めてこの距離で見たら、めちゃ可愛い。えぇ、和己ってこんなに可愛かったっけ?

 もちろん好きだし私の中では可愛い子として扱っていたけど、でも、もしかして客観的に見てもめちゃくちゃ可愛いのでは?(恋は盲目)


 考えてみればいつも明るくてはきはきして、ちょっぴり声が大きくてお調子者なので授業妨害しちゃうこともあるけど、物おじせず自分の意見を言えるしっかりした性格とも言える。明朗快活で屈託のない笑顔を浮かべ、いつも空気を読まないほどに天真爛漫に振る舞う彼女。こう考えたら性格美人だ。

 そしてこの美貌! もしかして、彼女は完全無欠な美少女なのでは? だとしたら私が気づいていなかっただけで、この子は私以外にもひそかに恋い焦がれている人がたくさんいるのでは?


 やばい。急に焦ってきた。今のところはクラスで一番仲のいい友達の立ち位置を確保できているけど、こんなのはたまたま出会ってたまたまなれただけだ。今のこの立ち位置は非常に危うい蜘蛛の糸なのでは? サッカー何て見てる場合じゃなくて、ここは和己に本気出すところでは?


 と、そんな風に考えている間にも、サッカーの試合は進んでいく。

 サッカーボールが画面の右へ左へと動いていく。それに目をやるとついつい引き込まれてしまう。

 ああ! またパスカットされた! あ! すごい! ヘディングで取り返した! え、ヘディングでそんなうまくパスできるものなの? すごすぎない?


「あっ」

「あー……、あっ」

「あぁ、おしいっ」


 今度はうまく相手チームのゴールに向かったけど、ゴールを決めようとする前に追いつかれてそのままボールは外へ逃げた。日本ボールになったのをうまくパスしてゴールをかけたけど、ゴールキーパーにキャッチされた。


 キーパーはそのまま勢いよく蹴っ飛ばして一気に日本側にボールがきてしまう。

 えぇ? ゴールキーパーの脚力半端なくない? いやさっきも相手チームのロングパス凄かったけど、走ってる勢いとかあるじゃない? 今普通にキャッチして数歩歩いてすぐだし。勢いないじゃん。それでなんでそんな飛ぶの?

 そもそも日本と相手の体格差すごくない? 冒頭から気になってたけど、こんなのでよくヘディングで競り合ってたなぁ。


「ねぇかっ、え、な、なに!?」


 和己に話しかけようと横を向いて、和己もこっちを向いていて正面からの予想外の近さに、思わずのけぞる。

 へたれではない。だっていまの、キスできそうなくらい近かったじゃん!


「ご、ごめん。その、ついっ」


 和己も驚いたようで頬をかきながら謝罪してきた。慌てた顔も可愛い。本気でびっくりした。無意識に和己に迫ってたのかと思ったし焦ったー。


「いや別に、謝るようなことではないけど。えっと、な、なにか用?」

「よ、用っていうか……見とれてて」

「え? あ、サッカー? すごいよね、目が離せなくなる」

「ちが、違うよ」

「ん?」


 え、なに? サッカー以外に見るものある? まぁ私は和己に見とれてたけど。

 首を傾げる私に、和己はもじもじと両手を合わせて指先をいじいじする何とも見たことない可愛いポーズで俯いている。

 なんだろう。なんか、ドキドキする。


「……」

「あ、さ、サッカー、見ないと。ほら」


 あああ、私何言ってんだ。和己が黙ってて気まずいからって何サッカーに話ふるかな! ここはサッカーより和己と進展したいって思ってたのに、いざ微妙な空気になると逃げるとか、私のへタレ!

 うー! でもだって! なんかいつも元気な和己ももちろん可愛いけど、なんか今日しおらしくて、全然感じ違うくて、変に意識してしまうんだもん!


「ともちん!」

「わ、な、なに? てか、声、大きいよ。夜中だよ?」

「う……ごめん、うるさくして」

「いや私はいいけど」


 迷惑なのは和己の家族だから。今のまあまあ普通に昼間の声量だったよね? ずっとこそこそ話の声量だったので、めちゃくちゃ大きな声に感じたけど。でもそうじゃなくても、廊下まで聞こえたはずだ。

 お泊り初回で迷惑がられたら、もう二度とお泊りに和己のご家族のOKもらえなくなってしまう。それは困る。今日をきっかけに段々距離をつめていっていずれ付き合いたいのに。


「あ、あのさ……」


『入ったー! 日本、先制を許してしまいました!』


「えっ」

「まじ!? リプレイリプレイ!」


 全く画面を見ていなかったので、唐突過ぎるアナウンスに揃ってテレビを振り向く。興奮した和己の声に応えるように表示が切り替わる。


『今のをもう一度振り返ってみましょう』


「っしゃ、どれ、あ、あ、あー! 惜しすぎ!」

「今のは、今のは駄目でしょ、あー」


 相手チームがゴールを決めようとしたのを日本選手がカットし、反射したボールをさらに別の相手選手がヘディングで押し込もうとした。そこをゴールキーパーは待ち受けていたのだけど、日本選手が足がかすったことで軌道が変わって入ってしまった。

 めちゃくちゃ惜しい。と言うか半分オウンゴールってやつじゃないの?


「あー、まじかぁ」

「残念すぎるよね。ていうかつい声大きくなっちゃた。ごめん」

「いや、私の方が大きかったでしょ。そんなに声響かないから大丈夫だよ、多分」

「うん、気をつけよう」


 当然、試合は今のリプレイ中も続いている。右下に縮小して映っていた試合が大きくなる。それを揃って見ながら、改めてコーラに口をつける。美味しい。

 今の一瞬でのどが渇いた。恐るべきサッカー。一瞬で持って行かれた。


 と言うかほんと、すごいな。さっきいい雰囲気だったのに一瞬でなくなるし、そもそも形だけサッカーに意識やっただけなのに、いざゴールってなると本気で見てしまう。サッカーの力凄い。

 にわかのさらに手前のミーハー気分だったけど、本気でサッカーにはまるかもしれない。


「ね、ねぇ、ともちん」

「ん、なに?」

「さっきの続き、話したいんだけど」

「さっき? え、あ」


 さっき、あからさまに和己は私に何か言いかけてた。大きな声を出して、ゴール前から興奮したように。

 私の中では、すっかり流れてしまったと思っていたけど、戻された。


 もちろん嫌なわけではないのだけど、だってそんな、真剣な顔をされて、変な気になってしまう。心臓がまた変な音をたててくる。

 期待してしまいそうになる。だけどそんな都合のいい話があるはずがない。だってこんなに可愛い女の子が、まだ何もしていないただの友達の私に、すでに好意をもってくれてるなんて。

 じゃあなんだ、この顔は。真顔で、こわばったような緊張した顔。赤らんだ顔。ぽかんと間の抜けた顔をしているだろう私に対して、真剣すぎる。


 何を言うつもりなのか、全く分からない。だから、恐いとすら思ってしまう。


「な、なに、かな? サッカーより大事なこと?」

「サッカーなんか、どうでもいいよ」

「え? まじで?」


 私、サッカー見る為に誘われたのに? それより大事なこと? 緊急事態?

 え、なんか背筋ぞくぞくして嫌な予感してきた。もしかして私の背後に、口にするのもおぞましい黒い虫がいるとか? ちょ、ちょっと。まって、恐いから。恐いから。いやでも、そうなら、むしろ早く何とかしなきゃ。落ち着け。大丈夫。もし二体いたとして、二人ならなんとかなる。


「……なに? 早く言って。お願い、心の準備はできたから」

「! そ、そっか、やっぱりここまで言ったら、わかるよね。さすがともちん」

「そう言うのいいから。お願い、焦らさないで」

「う、うん、わかった。ともちん……ううん、朋子ちゃん、私、朋子ちゃんのことが好きです。恋人になってください」

「…………えっ? ご、え、え?」

「え?」


 ちょっとまって、ちょっと待って。そんなこと言われる準備は全然できてないから! 今絶対ゴキブリだと思い込んでた!

 あー、落ち着け、落ち着け私。そう、大丈夫。まず、一つずつ確認しよう。


「和己、質問するけど、私の後ろ、ゴキブリとかいない?」

「え? ちょ、……ちょっと、いないじゃん。びびらさないでよ」


 和己は膝立ちになって私の背後を覗き込んでから、そう言って息をついた。よかった。まずはこれを確認しないと、落ち着けない。

 と言うか誰もゴキブリの話なんてしてなかったね。私が勝手に思い込んだだけだ。


 だって、サッカー見に来たのに、突然それより大事なこととか、緊急性出して言うから。この部屋で起きる緊急事態で私が気づいていないとか、ピンポイントでそれしか思いつかなかった。

 そう、つまり和己は真剣な顔で、サッカーより大事で言いたかったのは、私のことが好きってことだったんだ。


「ごめん、ちょっと今混乱してて」

「あ、うん……ごめん、不意打ちして。ここまで言う気はなかったんだよ? ほんと、だって、でも、ともちんが覚悟できたとか言うし、ここで告らなきゃ女が廃るって言うか、え? もしかして全然察してなかった?」

「え、うん。急に真剣な顔するから、ゴキブリかと思って」


 ていうか私、覚悟できたとか言ったっけ? ビビり過ぎて変な汗でたし、もう記憶あいまいだ。


「そりゃ、ゴキブリが部屋に出たらビビるし真顔になるだろうけど、ちょっと、空気読んでよ」

「ご、ごめん。だって、いきなりサッカーどうでもいいとか言うから。サッカー見たいって誘ったのは和己じゃない」

「それはその……サッカー観戦口実にしたら、自然にお泊りになって、夜だし、自然に距離つめられるかなって、て、てか、突然なのはそうだけど、でも、私告白したんだよ? 返事欲しいんだけど」

「う、あ……う、うん、ごめん。でもなんか、信じられないって言うか。今までそんなそぶりなかったのに」


 急すぎて実感がない。ドッキリでしたーと言われる方がまだしっくりくる。確かに私は和己が好きだけど、まさか和己が私を好きなんて。全くそんな可能性考えてなくて、今日からちょっとずつ距離縮めていけたらいいな、とか考えていた矢先に告白されるなんて。


「私なりにアプローチしてたつもりなんだけど……」


 と驚きすぎて呆然としている私に、和己はそうつぶやいてしゅんとしょげた。

 う、可愛い。と言うか、ようやく頭が追い付いてきた。この可愛い女の子が、世界一可愛い子が、私を好きで、恋人になりたいと告白してくれたんだ。

 心臓がバクバクして、吹き飛びそうだ。呼吸が変になりそうだ。


 私は大きく一つ呼吸して、自分を落ち着けてから和己に向き合う。和己はそんな私に気づいたのか、びくっとして背筋を伸ばした。


「和己、ごめんね、鈍くて。それに返事もすぐできなくて」

「う、ううん。それは、しょうがないよ急だったし。それで、あの……」


 もじもじしながらはにかんで一度俯いて、ちらちらと顔をあげて催促してくる和己に、にやけてしまいそうなのを我慢してなんとか私の気持ちを伝える為に口を開く。


「うん……」


 き、緊張する。和己が私を思ってくれている、と知ってもなお、伝えるのにこんなに緊張するなんて。和己はどんなに勇気がいったのだろう。私は唾をなんとか飲み込んで、ゆっくりと言った。


「私も、和己のことが好きです。恋人にしてください」

「え!? まじで!?」

「ちょ、こ、声大きいって」

「!」


 めちゃくちゃびっくりした様子で膝立ちになって大声になった和己に、反射的に注意すると和己ははっと両手で自分の口元を抑えた。

 その勢いで一度深く体を折り曲げてから、ゆっくりと頭をあげて、私と目を合わせた。


 じっと目を合わせる。それだけで、かーっと体温が上がってくる。恥ずかしい! 告白をしてからのこの沈黙の、なんて恥ずかしいことか。さっき和己を待たせたのが申し訳ない!


「あ、あの、その……ほ、本当に? 夢じゃなくて?」

「本当だよ。夢って、なにそれ」

「だ、だって……信じられなくて」

「信じられないって言われても。じゃあなんで告白したの?」


 私は実際に和己を好きだったのだし、何かしら和己はそれを察していてさっきの告白かと思った。だって、全く勝算がないのに告白何てできるはずない。私だってさっき、早く和己と恋人になりたいとは思ったけど、一足飛びに告白しようとはならなかった。

 だって告白してフラれてしまったら終わりだ。そこから距離をおかれたら、挽回だってできない。だからこそ私の好意がばれていたのだと思った。


 だけど和己は私の疑問に、顔を赤くしながらも当然のように答えた。


「ていうか私も告白までする気はなかったんだけど、むしろともちんが私の思いに気づいてる的なこと言うから、じゃあここははっきり言って勘違いじゃないから意識してもらおうとしたんだけど。だって、ともちんが私のこと恋愛対象外だろうから、まずは意識してもらわないとはじまらないでしょ?」

「……私、和己のそう言うとこ、好き」


 つまり和己は、私にまずは意識させようとしたのだ。そして私が気づいたと勘違いしたとはいえ、そこで引いたり誤魔化したりせず、さらに一歩踏み込んで明確にした。

 こういう前向きなところ、私では絶対にできない発想が出てくるところ。本当に憧れるし、めちゃくちゃ好きだ。


「ん!? そ、そうなの? よくわかんないんだけど……ありがと、えへへ。なんか、ほんと、嬉しすぎてこわい。ほんとに? 本当に私のこと好きなの?」

「好きだよ。二回も言ったのに、疑わないでよ」

「ご、ごめん。疑ってるとかじゃなくて、その。夢みたいで」

「う、うん。わかるよ。私も急で、嬉しすぎて、さっきもすぐに頭に入らなかったから」

「うん……ふへへ。そっかぁ、本当なんだ。じゃあ、これから、ともちんと私は恋人なんだね」


 ずきゅん! と心臓が撃ち抜かれる。はにかんだ嬉しそうな笑顔が、可愛すぎる!

 嘘でしょ? こんなに可愛い子が恋人とか、もしかして前世で私はめちゃくちゃ徳を積んだのかもしれない。グッジョブ前世! 来世は虫でも構わない!


「そう、だよ。恋人……えへへ、恋人、だよ」


 嬉しすぎて、可愛すぎて、体が燃えてしまいそうなくらい熱いのを誤魔化すように相槌をうつけど、馬鹿みたいに繰り返す言葉しか出てこなかった。

 恥ずかしくって両手で顔を隠すと、当たり前だけど和己が見えなくなるので少しだけ冷静になれた。冷静になれたことで、自分の顔が凄く熱いとわかる。


 体感でも熱いけど、触ってこれって、見た目にはどんなに真っ赤だったのか。想像するも嫌になるくらいだ。

 ていうかもう完全にサッカーそっちのけだ。和己はどうも、サッカーに興味はなくて私が口実としてOKしたみたいに、和己自身が口実として使ってただけみたいだから、良いっちゃいいんだけど。

 せっかく見に来たのに、サッカーを全く見ないのもどうなのだろう。ていうか照れくさいし、恋人になってからってどういう態度とればいいのか全然わからないから、とりあえずサッカー見て落ち着くのもいいかもしれない。


「って、え!?」


 少しだけ手をずらしてちら、と画面を見ると、なんと0-1で負けていたのが、1-2で負けている!? え、い、いつの間に。全く見てなかった。そしていつの間にか前半終わりそう。えー、いつの間に。

 サッカーはあんまり点が入らないから、両チーム合わせて1点のみで終わることも珍しくないくらいなのに、すでに3点とは。かなり点取り合戦状態なのでは?

 少なくとも日本も1点取れたと言うことは、またいれることも可能ってことだし、全然、希望ある状態だよね。あ、前半終わった。


「はー。和己、気づいてた? サッカーだけど……」


 ホイッスルがなった。短い休憩時間だ。実況が得点シーンを振り返りだしたので、私はそれを横目に和己に声をかけ、顔を見るとめっちゃ半眼だった。え、何その顔。


「ともちんさぁ、ほんと、真面目だよね」

「え? そ、そう? そんなことないと思うけど」

「いや褒めてないからね?」

「え?」


 そんな顔して急に褒めるなんて不意打ち、と思ったら褒められてなかった。どういうこと?


「あのね、今恋人になったとこなわけ。サッカーとかどうでもいいでしょうがっ」

「え、えぇ……」


 確かに告白してた時は完全に忘れてたけどさぁ。その物言いはどうなの?


「で、でもワールドカップだよ?」

「でももしかしもないよ。今までサッカーのワールドカップ気にかけたことないくせに、なにハマってんのさ」

「いや、和己だって最初一緒にはまってたでしょ」

「見たらハマるけども。もー、とにかく、サッカー禁止」

「理不尽すぎる……」


 口実とは言え、自分からサッカー観戦を誘っておいて禁止するとか。

 いや、言われてみれば、少しデリカシーがなかったかもしれない。気まずいから、とかの段階ではなく完全にサッカーに意識持っていかれていたので。だけどそれはそれだけサッカーが凄いってことだよ、多分。だから私のせいではない。


「えっと、ごめん」


 改めて和己を見る。まだ赤みが残っていて、緊張しているのか右手をグーパーと繰り返している。少し不機嫌そうに眉をよせ、アヒル口になっている。可愛い。


 言われてみれば、今、たった今恋人になり、そしてまだ朝にも早い時間に和己の部屋で二人っきりだ。

 そう考えると、急激に頭に血が上ってくる。う、また興奮してしまう。冷静さが失われていくのがわかるけどどうしようもなくて、何だか恐いくらいだ。


「か、和己、その……こ、恋人とか、改めて言うと、は、恥ずかしいね」

「う、そ、それは…、うん、まぁ……私も、まさか思ってなかったし、どうすりゃいいのかわかんないけど。気まずいし。でも、だからって、サッカーに逃げないでよ」

「逃げたわけじゃ……うん、ごめん」

「私を、見てよ」

「う、うん……」


 あそこまでサッカーに気持ちが切り替わったのはサッカーのせいだけど、そもそもサッカーを見てしまったのは逃げだ。


 正面から、和己と見つめあう。潤んだ瞳が蛍光灯の明かりで反射して、眩しさすら感じる。中途半端に開いた唇はポテチの油か艶めいている。耳まで赤くなっていそうな赤らんだ顔。眉尻もさがり、何だか泣き顔にも似ている。緊張が高まり過ぎたのか、はぁはぁと息が少し荒くて狭い部屋の至近距離なのでそれが聞こえてくる。

 可愛いし、それ以上に、エロい。


 ふいに視線を落とすと、和己は両手拳を固く握りしめていて見るからに震えていた。

 ドキドキして私だって緊張して体まで震えそうなほど、心臓の脈拍が激しい。でもどう見ても、和己はそれ以上に震えている。生まれたての小鹿のようにぶるぶるしている。


 何を怖がっているんだ、私は。こんなにも和己は勇気を出して、告白してくれたのに。それに応えないなんて、そんなんじゃ和己の恋人としてふさわしくない。今度は、私が勇気を出す番だ!


「和己」

「ひゃっ」


 そっと、名前を呼びながら和己の手に自分の手を重ねた。まるで熱湯をかけられたかのように驚いた和己は、ぴたっと震えを止めた。それがおかしくて、小さな悲鳴のか細い声が可愛らしくて、普段の元気さとのギャップでますます可愛い。

 私はそっと和己に体を寄せた。と言っても元々、隣り合っていた体勢から向き合ったのだ。すぐに膝がぶつかる。

 それでも私の体は止まらず、自分でも制御できない感情のままぐいと顔を寄せた。ぎゅっと手を握ると至近距離にある和己は丸くしていた目を、ぎゅっと閉じた。唇も閉じられ、唇は薄くなって色が変わるほど力が込められている。


 私は何だかおかしくなって微笑みながら、その無防備な和己の唇にキスをした。


「……」


 小鼻を擦りつけあう距離で見る和己は、目元しか見えない。震える睫毛に愛おしさを感じながら強弱をつけて押し付ける。かたい和己の唇は、押し付け続けていると徐々に力が抜けた。重ねた右手はそのままに、左手で和己の肩を掴んだ。そして和己を引き寄せながら唇を割り込ませた。


「んっ」


 そのまま舌をいれると、ぬるぬるした熱い呼気に見舞われる。同じ空気を口内で共有しているのだと思うと、興奮で目がちかちかしてきた。目を閉じて、そのまま力をこめた。

 あっけないほど和己は後ろへ倒れた。胡坐をくんでいた和己の足はそのまま上がり、私はそれを体で抑えつけるように上から覆いかぶさる。勢いで顔は離れた。バランスが崩れないよう、左手に力を込めてしまって和己の肩に体重をかける形で膝立ちの四つん這いになる。


 ごん、と音がしてはっとして目を開く。和己が頭を床にうったのだ。遅れて気づいた事態に冷や汗が出てくる。

 今、結構いい音がした。だ、大丈夫だった? と言うか、結構勢いでしてしまった。受け入れられたと思うけど、そこからさらに舌まで入れようとして勢い余て押し倒すとか、やり過ぎなのでは?

 頭ぶつけたし、怒ってる? 怒ってるよね? どうしよう恋人になれた初日どころか1時間もたってないのにフラれたら。


「あ、あの、和己」

「……ともちん」

「う、うん」

「やめちゃうの?」

「え……いいの?」


 思わず視線をそらしていたけど、予想外の反応に和己を見る。和己はさっきよりも赤く、だけどとろんとしてような微笑みで、もう緊張はなかった。あるのはただの、愛情だった。


「……、」


 和己は私の無粋な確認に、声を出さなかった。ただ黙って覆いかぶさる私を見つめ返し、そして足を解いて、ぎゅっと私の腰に回してひきよせた。

 その予想外の力に、私は抵抗せず左手をまげて顔をよせ、唇を落とした。


 静かな部屋にホイッスルが鳴ったのが聞こえたけど、私たちはそれに気が付くことなく、重なりあった。









「お、おはよう、和己」

「ぉはょぅ」


 朝になった。途中から寝具にもつれこんだ私たちは、いつの間にか寝てしまったようだ。挨拶をすると、和己はめちゃくちゃに甲高い声で返事をした。

 それがおかしくって、可愛くて、私は笑った。


「ねぇ、和己」

「な、なに?」

「これから、よろしくね」

「う、うん! こちらこそ!」


 こうして私たちは恋人になった。そしてサッカーについては選手名を覚える程度のにわかファンになった。

 翌週もまた、和己の部屋でお泊りをする。試合時間に合わせる為、早く寝ようとする私に、和己は不満そうに私の布団に潜り込んでくる。


「ねー、本当に今日もサッカーの試合見るの? 日本でないじゃん」

「でなくても面白いでしょ?」

「うー、サッカーより、私を見てよ」

「もう、我儘だなぁ」


 私はそっと和己にキスをした。きっと、今日の試合時間には起きれないだろうな、と思いながら。


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[良い点] 女子高生百合特有の初々しい雰囲気が堪りません! サッカー観戦という身近なものをテーマにしたおかげで、短い文章だけで想像を膨らませられます。 [一言] キスするだけで満たされるJk百合尊い
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