二度と家には帰りません!
リハビリを兼ねて、投稿しました……
よろしくお願いします
2021/09/04
これは、書籍版「二度と家には帰りません!」の原案みたいな作品です
ヒーロー出ません
旅立ちの話だけです
わたしの名前はチェルシー。
ユーチャリス男爵家の"双子の出来が悪いほう"と呼ばれている。
まだ夜も明けきらない真っ暗な時間に、わたしは粗末なベッドから起きる。
そして、ボロボロの古着に着替えると家じゅうの掃除を始める。
これは日課というよりも、母から厳命されてしかたなくやっていること。
うちは貧乏すぎてメイドを雇えないから、代わりに掃除しろってことなんだけど、やっているのはわたしだけ。
妹のマーガレットはいつもきれいな服を着て、笑っているだけで何もしない。
裕福な時代に建てた年季の入った家なので、無駄に部屋数が多くてひとりで掃除するのは時間がかかる。
すべての部屋をすみずみまで掃除し終えるころには、日は昇りきってお昼近くになる。
今日もへとへとになりながら、ひととおりの掃除を終えて、フラフラとキッチンへ向かった。
朝ごはんも食べずに掃除をしていたんだから、お腹が空いているに決まっている!
だけど、わたしのための食事は用意されていない。
かといって、勝手にパンやチーズを食べたら、お仕置きされるんだ……。
許されているのは、誰かが食べ残したものを食べることだけ。
残念なことに、今日は何も残っていなかった。
はぁ……、おなかすいた……。
ついため息が出ちゃったけど、しかたないよね。
わたしはあきらめてお腹いっぱい水を飲んだ。
キッチンを出て、部屋へ戻ろうとしたところでマーガレットに見つかってしまった。
「やだぁ、なんでこんなところにいるのよ!」
マーガレットはニヤニヤとした笑みを浮かべている。
わたしとマーガレットは双子なんだけど、全く似ていない。二卵性双生児というやつなんだって。
妹のマーガレットは母譲りの少しくせのある真っ赤な髪をしていて、同じように真っ赤な瞳をしている。
ルビーのような瞳というのだと、マーガレットはわたしに自慢していたっけ。
肌も真っ白だし、指先も細い。
対して姉のわたし、チェルシーはバラバラの長さの汚れがこびりついて灰色にしか見えない薄桃色の髪にぎょろっとした大きな紫色の瞳をしている。
肌はガサガサであちこち殴られたりムチ打ちされたあとで青かったり紫色だったりしている。
そして一番の違いは身長。
マーガレットとわたしは頭一つ分くらい、身長差がある。
わたしの身長は祖母がなくなった七歳から、あまり伸びていない。
服装とあいまって、浮浪児にしか見えないだろうね。
マーガレットの声が聞こえたからか、母がやってきた。
「あら? 本当ね、どうしてこんなところにいるのかしら。そうそう、今日はお庭の草むしりもしなさい。それが終わるまで食事は抜きよ。さあ、わたくしのかわいいマーガレットちゃんはサンルームでマナーのお勉強をしましょうね」
母はわたしの顔を一切見ずに、マーガレットだけを連れていった。
二人の背中を見ていると苦しくなる。
どうしてわたしだけ、掃除をさせられているのか。
どうしてわたしだけ、食事をもらえないのか。
どうしてわたしだけ、お仕置きされるのか。
いくら悩んでも答えは出ないし、文句を言ったところで何も変わらないってのは、この五年で身に染みている。
祖母が生きていたころは、わたしとマーガレットの扱いに差はなかったのに……。
わたしは泣かないように唇をきゅっとかみしめて、庭へと向かった。
春になったからか、雑草は好き放題に伸びていた。
ついこの間、草むしりをしたばかりなのに……。
ここでため息をついてもお腹が空くだけなので、あきらめて庭の隅に移動して雑草を抜き始める。
雑草の汁で手を緑色にしながら、せっせと抜いていると玄関前に誰かがやってくるのが見えた。
灰色のコートを着たおじいさんと女の人、それから……騎士っぽい人が四人。
気になって、雑草の隙間からお客さんたちを覗いていた。
女の人が玄関にあるベルを鳴らすと、すぐに母が現れた。
「いらっしゃいませ、どちらさまですか?」
「私たちは王都からきたスキル研究所の者です。ご依頼の件でお伺いいたしました」
「お待ちしておりました! どうぞ、中へお入りになってくださいませ」
「失礼いたします」
母はヨソ行きの笑みを浮かべて、お客さんたちを家の中へと案内していく。
遠くからでも機嫌が良さそうなのがわかる。
ご依頼の件ってなんだろう?
普段だったら、食事抜きやムチ打ちなんかのお仕置きが怖いからさぼったりしないんだけど、なぜか今日は気になって、こっそりと話を聞くことにした。
応接間の窓の前までいくと、ちょうどお客さんたちはソファーに座ったところだった。
「王都から、わざわざお越しいただきありがとうございます。わたくしはユーチャリス男爵の妻メディシーナでございます。こちらが先日、十二歳の誕生日を迎えた娘のマーガレットですわ」
「初めまして、ユーチャリス男爵の娘、マーガレットでございます」
母は娘は一人だけしかいないかのように、マーガレットは一人娘であるかのように振る舞っていて、嫌な気分になった。
これが血のつながらない母だったら、ここまで嫌な気分にはならなかったんだろうけど、そうじゃないからどうしていいのかわからなくなる。
「このたびは十二歳の誕生日、おめでとうございます。私は補佐官のアデライン、こちらは鑑定師のイッシェル様です。まずは、奥様はご存知かと思いますが、お嬢様のために説明させていただきますね」
女の人……アデラインさんはそういうと、つらつらと説明を始めた。
この世のすべての人は十二歳の誕生日を迎えると、スキルといわれる特殊能力に目覚める。
スキルの種類は様々なんだけど、王侯貴族の場合、制御の難しいスキルに目覚める者が多い。
なので、王侯貴族は特別な鑑定師に鑑定してもらうことが義務付けられている。
そして、万が一、制御の難しいスキルに目覚めた場合は、王都にあるスキル研究所で制御訓練を行わなければならないそうだ。
「では、どういったスキルに目覚めたのか鑑定させていただきます。イッシェル様、よろしくお願いします」
「うむ」
イッシェル様は人の好さそうな笑みを浮かべながら、マーガレットのことをじっと見つめだした。
しばらくすると、イッシェル様はあごに手を当てて考えるようなそぶりを見せた。
そして、アデラインさんに何やら耳打ちしている。
アデラインさんは帳簿のようなものを開いて、調べだした。
「あ、あの……わたくしのスキルは……」
そんな様子に我慢できなくなったマーガレットが身を乗り出した。
「ああ、マーガレット嬢のスキルは【火魔法】じゃ。しかも、かなり高位のもののようだのう」
「もしや、マーガレットは研究所行きでしょうか?」
「そうじゃのう、制御の訓練をしたほうがよかろう」
イッシェル様の言葉に母とマーガレットは手を取り合って喜んだ。
ここで喜ぶってことは、貴族にとって研究所行きっていうのは、名誉あることなのかもしれない。
喜んでいる二人とは対照的にアデラインさんとイッシェル様は、眉をひそめている。
そして、母とマーガレットが落ち着いたころ、アデラインさんがこんなことを言い出した。
「こちらにはもう一人、十二歳の誕生日を迎えたお嬢様がいらっしゃるようですね」
母とマーガレットはその瞬間、うっと何かに詰まったかの表情になった。
目がうろうろと斜め上を見ている。
「い、いいえ、一人しかおりませんわ」
母はつくろった笑みを浮かべてそういうと、妹もうんうんと頷いた。
「マーガレット嬢のステータスに、双子の妹と書かれておった。いないはずがなかろう」
今度は鑑定師であるイッシェル様の言葉。
これに何も言えないだろう……と思ってみていたら、マーガレットがとんでもないことを言った。
「と、とても病弱で部屋から出られないんです!」
さっき、一人しかいないって言った直後に、部屋から出られないとか言ったら、まずいでしょ!
マーガレットはぎこちない笑みを浮かべて、必死になって誤魔化そうとしている。
そもそも、わたしは庭にいるんだけど……。
アデラインさんもイッシェル様も呆れた表情になってるよ。
「高位の【鑑定】スキルを持つワシにウソをつくとはいい度胸をしておるのう?」
高位の【鑑定】スキルってどこまでの情報を知ることができるんだろう?
もしかして、五年前からわたしにひどい仕打ちをしていた……なんてことまでわかったりして?
わたしと同じ考えに至ったのか、母とマーガレットは顔を真っ青にしていた。
「それで、姉のほうはどこにいる?」
「……あれには、庭の草むしりをさせております」
母は観念したようで、下を向きつつそう言った。
それを聞いた研究所のみなさんが一斉に立ち上がって、部屋を出て行った。
……って、庭に来るってこと!?
すぐにさっきの場所に戻らないと、さぼっていたのがバレちゃう!
わたしは急いで、庭の隅の先ほどまで草むしりをしていた場所へ移動した。
ちらっと玄関のほうを見るとこちらに向かってくるのが見えた。
わたしは気づかないふりをして草むしりを続ける。
「おまえさんがマーガレット嬢の双子の姉だね?」
なぜか、イッシェル様は声を震わせながらそう言った。
振り向くと、騎士たちは顔を手で抑えていたり、上を向いていたり、アデラインさんは涙ぐんでいる。
「はい、チェルシーと申します」
わたしはぺこりと頭を下げた。
頭を上げると、イッシェル様が地面に膝をつき、目線を合わせてくれた。
「ワシらは王都から来たスキル研究所の者じゃ。チェルシー嬢のスキルを鑑定させてもらおう」
「はい、どうぞ」
わたしはイッシェル様の顔をじっと見つめた。
イッシェル様はわたしの頭の上をじっと見ているみたい。
鑑定の結果は頭の上に出るのかな。
「ほほう! こりゃ初めて見るスキルだのう」
しばらくするとイッシェル様から驚きの声が上がった。
アデラインさんがどこからか分厚い本を取り出して、イッシェル様の次の言葉を待っている。
「チェルシー嬢のスキルは【種子生成】というものでな、願ったとおりの種子を生み出すというものじゃ。ワシはもう四十年近く王侯貴族のスキルを鑑定しておるが、初めて見たのう」
イッシェル様がうむうむと首を縦に振っている間に、アデラインさんが分厚い本のページをぱらぱらとめくった。
「たしかに、そのようなスキルはこのスキル辞典に載っていません。新種のスキルに目覚めた場合も、研究所行きとなりますね」
アデラインさんが本をぱたんと閉じると、ちょうど母とマーガレットが庭へ出てきた。
「ま、まさか、この子も……!?」
「うそでしょ……あんなやつも一緒なの!?」
母は驚きの声をあげて、マーガレットはキッとわたしを睨みつけながら言った。
こうして、わたしとマーガレットはスキル研究所のみなさんと一緒に王都へ向かうことになった。