月見酒
夢を見た。
真夜中。
私はひとり、狭い路地に立っている。雨上がりだろう。しめった匂いと、足元の砂利が月明かりに濡れている。私は目の前にある貧相な家の裏戸を引いて、中へ入った。家の中は静まり返っていて、灯りはない。
粗末な台所を抜けて狭い廊下を進んでいくと、襖戸が二つある。一つをゆっくりと引くと、小さな仏壇が暗闇の中にそっと置かれている。仏壇の前には棺桶があり、その棺桶の前に四人、四十過ぎ程の女と、若い娘、その後ろに幼い男の子が二人、黙ってうつむいて正座している。息を潜めて耳をじっとそばだてると、その母親と思しき四十過ぎの女が、布の擦れる音よりも低いほどの声で念仏を早口に唱えているのがわかる。私はそっと襖戸を閉じて、もうひとつあった戸を開けた。
そこには廊下の幅よりも狭い、急な階段があり、その先には暗闇が続いている。私は身を小さくしてよじのぼったが、のぼってものぼっても一向に闇の終わる気配がない。しばらくして、自分の頭が天井にぶつかっていた事にようやく気がついて、階段の蓋をグイと押し開けた。外で嗅いだひんやりとした空気の匂いがして、その方に目をやると、月明かりの影に老婆が窓の外を向いて座している。
「きれいな月の日に死んだでな」
外を向いたまま、その老婆は言った。「そうですか」と言うと、「うんだ」と言う。「あんたもこっちゃ来て飲め」とおちょこを差し出すので、部屋にあがって窓際に座り、そっと酒を口に流した。
「きれいな月だ」
また老婆は言う。首筋からトクトクと血が溢れ出て、それが月明かりのなかで黒く反射している。
「あの子らにゃあオラが邪魔だったたえに、死ねば良いって思われだみでった。年寄りのさだめだな」
老婆は「哀しいものだでな」と静かに呟いて、涙をすっと垂らした。私はじっと黙って、老婆が啜り泣く声を聞きながら、酒の上に浮かぶ月を口へ運んだ。
そうして朝、夢から醒めた。