その後の話~Bad End~
「ほう、それで?」
「そうだなぁ、あの時はメロスが来てくれたんだったな」
「ははっ、そんな前の話なんてすっかり忘れちまったよ」
日が沈んで空には闇が広がり、街は星の見える夜空に染められていた。
そんな星空の下、高台の上にそびえたつ城の一室にランプの優しい明りが揺れている。
そこには三人の男が明りを囲むようにあぐらをかいて、話をしている。
一人は羊飼いのメロス。
一人は石工を行うセリヌンティウス。
一人はかつて残虐な愚王であったディオニス。
彼ら三人は酒を酌み交わしながら、楽しそうに談笑している。
「そなた達の話は本当に愉快だな」
「よしてくれよ王様」
「そうだぜ、メロスの話し方じゃ言葉足らずでわかりにくいだろ」
「いや、そんなこはない。どちらの話も非常に面白く、興味深い」
「そんなそんな、照れちまうなぁ」
「いーや、俺の方がわかりやすくて面白いに決まってる」
ディオニスは彼らの話に耳を傾け、語られる言葉の一つ一つに熱心に聞き入っている。
かの残虐な愚王であったディオニスは、メロスとセリヌンティウスの硬い友情に心打たれ、改心した。その後は一国の王として、国を治めることに奔走している。
しかし王の職務に追われる身。そのストレスや疲労の溜まる速さは並ではなかった。
そこでそのストレスや疲労を開放すべく、時折メロスとセリヌンティウスの二人を呼び、話をするのだ。
そして今夜も、ディオニスのために二人が集まった。
他愛のない話で彼らは盛り上がり、次第に酔い痴れていった。
「すまないが、少し席を外させてもらう」
ふとそう言って、ディオニスが立ち上がった。
「どうしたんだよ、王様?」
「なに、少し飲み過ぎてしまってな。用を足しに行くだけだ」
「そうか。失礼したな」
そう言ってディオニスは部屋を出た。
部屋と部屋をつなぐ城の廊下はひっそりとしていて、どこか吸い込まれそうな感覚に陥る。コツ、コツといった足音だけが虚しく響く。
(それにしても、私は良い友を持った。これからも、皆のために仕事に専念しなければ)
歩きながら、ディオニス王はそう思った。
自分を支えてくれる人間がいることは幸せなことだ。その人たちのためにも、今まで苦しめた民のためにも精進しなければ、と。
その瞬間部屋の一室の扉が勢いよく開き、ディオニス王はその部屋に引きずり込まれた。
「っ!?んんっ・・・・!!」
叫ぼうとするが口を塞がれて、叫ぶことは愚か喋ることすらままならない。
手元がキラリと鈍く光ったように見える。まるでナイフのような光だ。すると、自分を部屋に引きずり込んだと思われる人間の声がした。
「静かにしていてください。叫べば即刻、命を落とすと思ってください」
知っている声だ。ほぼ毎日のように効いている声だ。
鼓動が速くなる。この声は、この声の主は・・・・
____________宰相!!
「こんばんは、王よ。今の自分の立場をわかっていますよね?なに、私も手荒な真似はしたくありません。あなたが静かにしてくれれば、私も命までは取りません」
声を潜めながらも、彼は穏やかに言った。
ディオニス王は必死で首を縦に振り、抵抗しないことを表した。
それに納得した宰相はゆっくりと王の口元から手を放し、代わりに布で口とを覆い手を縛った。
彼の持っていた小さな明りが灯るランプが、恐ろしい宰相の顔を映し出した。まるで王のことを何とも思っていないような、物を見るような冷たい目が投げ掛けられる。
その表情に王は恐怖を覚えた。冷たい、いやな汗が全身から溢れ出しては流れていく。
「そんなに警戒しないでください、殺しはしないとい言っているでしょう。ただ・・・・」
「ただ・・・・」その次の言葉に、ディオニス王は言葉を失った。
「ただ、あなたの意志と記憶を少し弄らせてもらいます」
「っ・・・・・・!!??」
「そんなに驚かないでください。これが初めてなわけじゃないんだから」
驚かないわけがなかった。
意志と記憶の改ざん?これが初めてじゃない?一体どういうことだ。今までにそれをやられたことがあるとでも言うのか!?
「おや、これは中々の驚きっぷりですね。良いでしょう、どうせまた忘れるんですし教えて差し上げますよ」
悠然と、宰相は語り始めた。
「あなたがまだ誰も信じなくなる前、私はあなたの周りの人間と話をしました。なに、少々誤解を与えただけですよ。その後、まんまと騙されたバカな野郎共は精神の安定を失い・・・・後は、あなたの経験した通りです」
「・・・・!」
「その後、あなたに誰も信じなくなりこの国を乱すように催眠をかけた。そして、国が乱れたすきに乗っ取るつもりでした。私の計画は順調だった。・・・・あの男が来るまでは!!」
「!?」
「メロスとセリヌンティウスですよ。あいつらのせいでせっかくあなたにかけた催眠が解けてしまった!尚且つ、あなたは政治に勤しみどんどんこの国を豊かにしていく。このままじゃ私の計画が台無しですよ。だから・・・・」
そこまで言うと、宰相はディオニス王に手を伸ばす。
「もう一度あなたに催眠をかけて、計画を再発させるのです!ついでに、今一緒にいるメロスとセリヌンティウスをあなたの手で葬ってもらいましょうか」
「・・・・んんっ!!」
ニヤリと宰相の笑った顔が歪んで見えた。手には宰相の持っていたナイフが握らされる。
必死に逃れようとするが、体に力が入らず抵抗できなくなっていく。
「おやすみなさい、王よ。目が覚めたら、今のあなたはもういなくなっていますよ」
「・・・・・・」
そこで一旦、ディオニス王の記憶は途絶えた。
次に王が目を開けたとき、残っているのは人々への不信感と孤独の身だ。
そして、別の部屋にいるメロスとセリヌンティウスを手に持たされたナイフで斬りつけているだろう。