姫はロリで元カレで(お試し版)
流れる髪は金の滝。白雪の肌の上をつややかに流れ落ちる。
瞳は澄んだ空を湛えていて、唇は夕焼け色。
自然の美しさが少女の形をしていたらこうなるのだろうという幻想が、赤いビロードの玉座から私を見下ろしていた。
イーヴァトゥース王国、第16代女王。イーヴァトゥース・カティーア・ノル・バヨネィラ。
齢9歳という幼さで即位された彼女は、その妖精然とした幼い容姿とは裏腹に力強い視線をぶつけてくる。
隣には後見人であろう老紳士が立ってはいるが、彼女が伺いを立てるような素振りは一切無い。むしろ、余計なことはするなと言わんばかりの雰囲気を醸して牽制しているようだ。
そんな彼女は、しばらくの沈黙が続いたのち、私からわずかに視線をそらすと、
「うあぁ……! マジでイケメンが来やがった……」
と、のたまいあそばれた。
銀の鈴の音のように澄んだそれは、確かに日本語であった。
◇◆◇
私、エヴリィード・シェス・フェヴァノースには秘密がある。
話したところで、誰にも信じてもらえないであろう秘密が……。
事の起こりは三か月前、私が母であるオルドノヴァ・ファム・イドゥンに呼び出されたことに始まる。
「あなた、イーヴァトゥースの女王と結婚が決まったから」
執務室に入ってすぐ、挨拶もそこそこにそう告げられたのだ。
「はぁ……ぇ!?」
母が仕事モードではなく砕けた口調だったというのもあって、思わず間抜けな声が漏れてしまった。謁見の間ではなく、他の目がない母の執務室であったのが幸いだ。
「あなた、今月で軍役を終えるでしょ? だから、イーヴァトゥースに婿入りしなさい。よかったわね、皇配の妾腹としては中々ある縁じゃないわよ」
そう、何を隠そう我が母上は大陸でいま最も勢力を誇っている、イドゥン帝国の第21代皇帝なのである。女帝は3代ぶりではあるが、珍しいことではない。むしろ、現皇帝の血を直接次ぐ子供が少なくなるので、他選帝侯家の支持を得やすいゆえに、皇帝レースは女の方が有利であるといわれるほどだ。
そして、私はその皇帝陛下の皇配が妾に産ませた子供。つまり、この方とは直接血はつながっていないのだが、何かと気にかけていただいている。実の母とは折り合いが悪いので、オルドノヴァ陛下を母と呼ぶ機会の方が多いくらいだ。
そんな私でも、選帝侯家の血がわずかながらに入っているので、一応程度には皇位継承権はあるのだが。
「まぁ、軍役中に目立った活躍もしていないので、そうなるのではないかと思っていました」
「えぇ、次期皇帝レースからあなたはとっくに脱落しているわ」
選帝侯家の義務で15歳から5年の軍役が課せられる。その中での評価は次期皇帝選考基準の重要項目だ。その評価が可もなく不可もなくといったところである私は皇帝になることはできない。というか、皇帝になんぞなりたくはないので、あまり頑張らなかった結果だ。
幸い、同年代に派手なのが三人もいてくれたおかげで楽ができた。おそらく次期皇帝はあの三人の内の誰かなんだろうな。
「かといって、フェヴァノース家にはヒースがいるしね」
ヒースとは、私の兄。ヒースクリフ・ファム・フェヴァノースのことで、オルドノヴァ帝唯一の実の息子でもある。質実剛健を体現したような人で、私の同期達のような派手さはないけれど選帝侯家当主としては申し分ない。そもそも、私は五男なので、その兄がいなくても家に残してもらえる理由などないのだ。
そして、次期皇帝レースから脱落した上、家も継げない者は、他の選帝侯家本家に入籍しない限り、帝位継承権を子々孫々にわたって永久に失う。これに例外はない。主に外戚の影響を殺ぐためだとか何とか。
ちなみに、上の兄三人はすでに帝国の有力貴族に婿入りするなり、軍人になるなりして身を立てている。
「あなたが、魔導技術局へコネを作った事は知ってるけど……まあ、これも選帝侯家の義務と思ってあきらめてちょうだい。うちの属国といってもイーヴァトゥースはいいところよ」
なのでまあ、私も就職活動はしていたのだけど、それは、生きていくため。魔導技術局を選んだのも、軍人が肌に合わないからだ。支払ったコストはいくらか惜しいけれど、どうしてもあきらめきれないほどではない。問題はそこではないのだ。
「いえ、あれは保険のようなものでしたので……それよりも…その……」
「何かしら?」
「私の記憶が確かでしたら、先日仮即位されたイーヴァトゥース女王は9歳だったと思うのですが」
「えぇ、そうね。女王として正式に即位するのには結婚が必要なの。何か問題はあるかしら?」
大ありです、お母さま。
「いえ、私も若輩者とはいえ齢20を数えていますし……その、少々年が離れすぎているのではないかと……」
「先日、ミクニ公爵が30年下の正妻を迎えたわ。それに比べれば11歳差なんて大したことはないわよね?」
ミクニ公はもうすぐ70になろうっていう爺じゃない。30年下でもアラフォーでしょ!? 9歳の幼女と一緒にしてんじゃないわよ。っと言葉が乱れた、失礼。
私がそんな言葉を飲み込んだのを見て、オルドノヴァ帝は深くため息をついた後、半目で私をにらみながらこう言った。
「それに、あんた。まともに恋愛なんてできないでしょ? だったら、相手がどんなだろうとかまわないじゃない。多少の欠点には目をつむって、政治的義務を優先させなさい」
実際その通りなのだが、面と向かって真っすぐに断言されると私も傷つくんですよ? お母さま。
私、エヴリィード・シェス・フェヴァノースには秘密がある。
普通ならにわかに信じがたい秘密。
私は、あたしの記憶を持って生まれてきた。
すなわち、馬跳晶子という前世の記憶である。
◇◆◇
そして、三か月。準備をして長い船旅を終えて、本日、イーヴァトゥース王国の幼き女王イーヴァトゥース・カティーア・ノル・バヨネィラ様に初めて謁見する。といったところで冒頭へ戻るのだけど。
「……はっ?」
日本語……日本語である。
こちらに生まれてから20年。聞くことも話すこともなく、ほぼ忘れかけていた日本語。それでも聞き間違えるはずがない。確かにあれは懐かしの日本語だった。
「い、いや……うおほんっ! これほどの美丈夫が来るとは思っておらんかったのでな。つい感嘆の声が漏れてしまった。許せ」
そう言ったカティーア女王の言葉は、とても流暢な帝国語。帝国勢力圏だと、上流階級であるならばしゃべれなければ恥ずかしいとまで言われるほどに普及している帝国語ではあるが、この年でここまで話せるのは大したものだ。話し方も、上に立つものとして堂に入っている。
それにしても、さっきのつぶやきの内容まではばれていないと思っているらしい。それはそうか、この世界には日本も日本語も存在していないのだから。
「いえ、もったいなきお言葉をいただき恐悦にございます」
私は、日本語について詰問したい衝動を抑え、イーヴァトゥースの言葉でそう返す。
流石に、ここにたどり着くまでの三か月で覚えた付け焼刃なので、女王ほど流暢にとはいかなかったが……。
「うむ、しかしそのようにへりくだらなくともよいぞ。そなたは宗主国の皇子、妾は属国の姫じゃ。何より、これから夫婦となるのだからの」
女王はそういいながらも、言葉を王国語へと変えた。意地の悪い問いかけだ。
「いえ、私はすでに選帝侯家を離れた身。それに、まだ婚姻の儀どころか正式に婚約も交わしておりません。せめて、正式な婚約が果たされるまでは、客分の分を超えるわけにはまいりませんので」
私は、変わらず王国語で返答。あくまでもここでの私は外様である。帝国人であることをかさに着て反感を買うわけにはいかないのだ。何より帝国の恥をさらすとオルドノヴァ帝が怖い。
「……であるな。ふむ、長旅でそなたらも疲れておろう。部屋は用意しておる故、今日のところは、ゆるりと休まれるがよい」
「ありがたく存じます」
「うむ、下がってよいぞ」
促されて、私は謁見の間を後にする。
そして、去り際に一言。
「そこまで、イケメンってことはないと思うわよ」
と、日本語でつぶやいておいた。
見開かれたカティーア女王の目。どうやら、しっかりと伝わったようだ。さて、どう出てくるのか。まぁ、今日のところは言われた通り、ゆっくりと休ませてもらうとしよう。
◇◆◇
翌日、婚約式の日程などを確認するための会談が行われた。
本来なら二、三日の日を空けてという予定であったのだが女王陛下たっての願いということで予定が早められたのだ。
内容は予定の確認だけなので半時もしないうちに終了。そして最後に、カティーア女王から、茶会に誘われた。
「わかっておろう。例の件じゃ」
そういわれて断る理由はない。私はわずかな護衛メイドだけ連れて、女王の案内に従った。
案内された王宮の中庭にあったのは、どう見ても日本家屋的な市中の山居、もっと端的に言うならばどう見ても茶室だった。
先に入って待っていてほしいといわれたのだが、私の護衛は躙り口に入れなかったので自分の帯刀は許してもらって、茶室に入る。
しばらく待っていると、女王が入ってこられた。赤い花柄の着物に着替えておられて、それがよく似合っている。
まず茶菓子が出された。どう見ても饅頭だ。
「懐紙はないのでな、ちとはしたないが、そのまま食べていただいて結構だ」
「では遠慮なく」
中身はなんとあんこだった。すっきりとした甘さが口の中に広がりすっと消える。わずかに残った後味を用意された抹茶で飲み干せば、これが至福かと実感せざる負えない。
「どうやら気に入ってくれたようだの。帝国貴族であるそなたの口に合うようならば輸出も期待できるかもしれんの。この砂糖の開発には苦労させられたんじゃ、元は取らねばの」
そういってからになった茶碗と皿をメイド達に渡すと、女王は私に向き直った。
「ここからは日本語でいいか?」
「えぇ、いいわよ」
「まどろっこしいのは苦手なんだ。まず確認する、あんたは日本からの転生者で間違いないよな」
「そうね、2015年の冬に死んでこっちの世界に二十年前転生してきたわ」
「2015年!? それは間違いないのか!?」
女王が明らかに動揺する。立ち上がらんばかりだ。
「えぇ、間違いないわ、2015年冬よ。それがどうかした?」
「いや、俺も同じ年の冬に死んでるから。それにしては転生した時代に11年も開きがあるとは……」
すごい偶然もあったもんだ。
「まあ時代がずれた考証後にしよう。まずは自己紹介だな。俺は井野順平。前世では社会学の大学院生をやって……」
「えええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
今度はこっちが驚く番だった。なぜなら……。
「なんだよ、いきなり大きな声出して」
井野順平。それは私が死ぬ直前まで付き合ってた、元カレの名前だったのだから。
っていう話を読みたいんだけど、誰か書いてくれないかな? 無理かな? 無理か……。という感じで書いてみました。
最初思いついたタイトルは「姫は嫁で元カレで」だったんですけど、ものすごくBLっぽくて誤解を招くかな?と思ったので変えました。
茶道の作法が適当なのは、二人とも習ったことがなくてテレビとかの知識でテキトーに見様見真似で楽しんでるからです。そういうことにしておいてください。w
連載版あげました。http://ncode.syosetu.com/n8110dg/
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