第8話(和尚と結花の恋・1)
その後、和尚と結花が、どうやって結びついていったかは知らない。
おそらく、あの出来事のあと、おずおずと和尚が離れの部屋へ行って、結花の様子をうかがう。→ 結花は和尚に泣きながら抱きつく。→ 和尚は結花を抱いて優しくなぐさめる。→ 1カップルの出来上がり。
まあ、こんなところだろうと、ぼくは勝手な想像し、自分の愚弄さに吐き気がしていた。
2年生になって、和尚とはクラスが別々になった。
ぼくは、登下校の電車の中や駅の周辺で、二人が仲よく歩いているのをたまに見かけた。
背の高い白人顔の秀才・和尚と、グラビアアイドルばりの美少女・結花は、誰の目も引くゴールデンカップルだった。
和尚とは廊下ですれ違ったときに、目でよっと合図する程度の距離感だった。
和尚はぼくになにか言いたげな目をしていたが、ぼくは彼とは、とりあえずいまは話したくなかった。いつも連れ添っていた親友が、急にいなくなるのは、それは寂しかった。
だが、和尚もやがて一人に飽きたのか、バスケ部に混ざってバスケをしている彼の姿を見かけるようになった。
そうしたら、たちまちレギュラーになって、弱小チームを県大会まで導いたというから驚きだ。
あいつは、ほんとうに、なんでも出来るバケモノだった。
ぼくが将来旅客機のパイロットをしているとすれば、和尚はNASAで宇宙飛行士をしているんじゃないかというくらいの差はあった。
夏休みが始まろうかという7月のある日、ぼくは、クラスの仲間と放課後騒いでいて、少し帰りが遅くなったことがあった。
夕日が落ちて、暗闇が迫ろうとしている夜のターミナル駅の近くで、ぼくは大型書店から出てきたところを、ばったりと愛子と鉢合わせた。
「あれぇ?翔ちゃん?ひさしぶりー」
愛子は、少し呂律がまわっていなかった。
「愛子??もしかして、酒飲んでるの?」
「そーよ〜。ヤケ酒。バイク仲間の彼氏にふられちゃったー」
「愛子って、酒飲んだりするんだ?」
「家で飲んできたんだから、かまわないじゃない?ちょっと、口直しにドーナツでも食べようよ」
そう言う愛子に連れられて、ぼくは彼女と駅前のドーナツ屋に入ることになった。
「結花と別れてから、どうしてんの?」
愛子は、少し酔っているせいか、いきなりズバッとぼくの核心を突いてきた。
「べつに、ふつうの高校生活を送ってるよ。バケモノの和尚と一緒にいたときより、ずっとふつうな感じだな」
「ふーん。和尚って、そんなにバケモノなんだ」
「なにしろ、志望大学がハーバードだからね」
「それもそうねー。あ。それで結花の方はねー」
ぼくは結花、のなまえにドキッとした。
愛子は、グレープフルーツジュースの氷をからんといわせて、美味しそうにそれを飲んだ。
「幸せだって言ってるけど、寂しそう。和尚、結花との交際は高校までって宣言してるらしいよ」
「ええぇー!?それは、冷たい話だな…」
「でしょ〜?わたしもそう思う。あと1年半しかないなんて」
ぼくは、結花のことが心配でたまらなかった。和尚に、彼女を託したことは、正解だったんだろうか…。
「まっ。そのときは、翔ちゃんがまた結花を支えてやればいいじゃん。結花、号泣すると思うけど、頼んだよ」
「そんなことを言われても…」
「翔ちゃん、まだ結花のこと好きでしょ?」
ぼくは、コーヒーを飲んで黙秘した。
「和尚と仲直りできてないもんね。まあ、すぐには無理だよね」
愛子は、勝手に話を決めつけて、あとは別れた彼氏の悪口大会をした。
ぼくは、苦笑いで彼女の話を聞いてやりながらも、あたまは結花のことでいっぱいだった。
「いつか、ぼくの手に結花が戻ってくることがあるんだろうか…」
愛子との別れ際、ぼくらはハイタッチをした。
「えへへー。失恋組同士、仲よくってことでこれからもよろしくね!」
ぼくは酔っ払いの愛子に手を振って、それから一人歩道橋を渡っていった。
すっかり暗闇になってしまった空を見上げながら歩くと、チカチカ光る飛行機がゆっくり横切っていくのが見えた。
ぼくは、パイロットになる夢は捨てていなかった。それにはまず、大学だ――。
和尚、ぼくだって、いつまでも負けてやしない。結花になにかあれば、ぼくが許さない。
ぼくは、自分が一人の男として、強くなっていくことを決意した。