第6話(文化祭)
やがて9月がきて、文化祭の季節を迎えた。
結花は、この頃、やたらそわそわしていた。長く伸びた髪を綺麗にそろえて、目元と唇に少し化粧もするようになった。
「周りの友だちが、こうした方がいいって言うのよ」と結花は説明した。
ぼくは、どんどん艶やかに変わっていく結花を見て、とまどっていた。
ぼくは、こんなに素晴しく美貌な女の子と付き合ってきた自分を、いまさらのように奇跡に感じた。
「ミスコンテストの人数が足らないんだ」
と、文化委員から告げられたのは、文化祭直前のことだった。
「案外、エントリー者が少なくてな。他校からも応募を受け付けることにした」
「それで、ぼくにどうしろっての?」
ぼくは、文化委員の男に尋ねた。
「誰か綺麗な女の子、探してきてくれないか。おまえ、女子高の彼女がいるんだろ?」
「べつにそんなに無理しなくても。たかが、文化祭だろ」
「ところがちょっと、違うんだ」
文化委員は熱心に言った。
「じつは、おれの兄貴が雑誌社に勤めててさ。こんど、ミスコン覇者の特集を組むらしいんだ。…うまくいったら、グラビアアイドルへの道だぜ?」
「そんなのぼくらに関係ないじゃん」
「大ありだよ!だって、もしうちの学校からアイドルが出たらどうする?おれら、アイドルとお友だちだぜ?!」
アイドルタレント好きな文化委員は、野望を抱いていた。ぼくは、あきらめて、結花に電話して、適当な子を選んで連れてきてくれないかと頼んだ。
――そして、結局、選ばれてきたのが結花だった。
「なにがなんだかわかんないの。とにかく、みんなが出ろって言うから」
ぼくは、あたまを抱えた。これでは、ぼくの大切な宝を、みんなの目前に防犯装置もなしにさらけ出すようなものじゃないか。
「いまからでも、変更きかないの?」
「駄目みたい。それに…、わたしなんだか興味あるし」
結花から、そんな言葉が出るのは驚きだった。彼女は、こんなに積極的な女の子だっただろうか。
なんだか、ぼくはだんだん、彼女のことを、知らない女の子を見ているような気分がしてきた。
◇◇◇
文化祭当日のその時間、ぼくはほとんどやけっぱちになっていた。
「24番、桜井結花さん」とアナウンスが流れる。
「ほぉー……」
…グラウンドから、大きなため息が洩れた。結花の水着姿だ。
夏の海でも見たはずだったが、彼女は、いちだんとメリハリのある女らしい体型になっていた。
なんと、少女が大人の女性になるスピードは速いのだろう。
太陽のもとで健康的に焼けた肌が、結花の白い歯と輝く目をさらに引き立てていた。
ぼくは、結花が多くの人のまえで笑顔をつくっているのを、とてもじゃないが落ち着いて見ていられなかった。
「おい、和尚…」
ぼくは、隣で見ていた和尚に、D組のソバでも食いに行こうぜ、と声をかけようとした。
だが、和尚は、そんなぼくの方を見向きもしなかった。
彼は、ただじっと、壇上の結花を見つめて立ちつくしていた。
ぼくは、そんなに無防備な、なにかにとりつかれたような和尚を見るのは、初めてだった。