第3話(和尚の経験)
「なぁ。どう思う?和尚」
ぼくらは、ある夏の始まりの午後、サンドイッチを食べながら窓際で日向ぼっこしていた。
「どうって。セックスのやり方くらい、自分で覚えろよ」
和尚は、ジイドの『狭き門』を読みながら言った。彼の物言いは、いつも簡潔明瞭で素早かった。
「いや、聞きたいのは、どうやったら彼女をその気にさせられるかで」
「そりゃ、彼女しだいだろ」
「聞くけど、おまえ、したことあんの?」
「あるさ」
「どこで?」
「隣の家だよ」
「隣の家??誰と?!」
「5歳年上の大学生のお姉さんと。西瓜切ってあげるから部屋においでって呼ばれたんだ」
「うは!西瓜で買われたのかよ」
「1年間くらい続いてたかな。いい勉強になったよ」
「おまえ、…尊敬するぞ」
「でも、おれは自分からはなにもしていない。だから、ほんとうのことを言うと、翔にするアドバイスはないんだよ」
ぼくは、和尚にそう言われて弱ってしまった。
仕方ない、これはチャンスを待つしかないなとモヤモヤを抱えつつ、次の授業の準備を始めると、こっそり和尚がささやいた。
「よかったら、おれの部屋使えよ」
「え?」
「おれ、離れに一人寂しく住んでるから。いざコトというときは、おれ、母屋の方に行くよ」
「…恩に着る」
と言ったものの、ぼくにはその実行力があるとは、到底思えなかった。
ぼくは、ぼくにもレクチャーしてくれるお姉さんがいないものかと、ふと考えて、首を横に振った。
後ろから見る、和尚の背中は大きかった。これが、ヤったことのある男の深みってやつなのか?
ぼくの背中はどうだろう。結花の身体を、守ってやることが出来るだろうか。
ぼくは、まだまだ子どもだった。和尚と比べると、自分がとても小さく見えた。