第2話(桜井結花)
「…こんなやつがいるんだよ」
と、ぼくは結花に笑いながら和尚の話をした。
結花とぼくは、中学3年生の修学旅行のときから付き合っている。
彼女は、全校男子生徒の憧れの的といってもいいくらいの美女で、はじめ、ぼくが交際を申し込んだときにOKがもらえるとは思っていなかった。
ぼくは、彼女に、京都の和紙でつくった小さな人形をあげた。
結花は、恥ずかしそうに「うれしい。ありがと」と言って、大きな瞳をぼくに向けた。
ぼくが、ほんとうに結花に惚れたのは、その瞬間だったかも知れない。
彼女は、のちに、ぼくの申し込みをOKしてくれたのは、「優しそうな人だったから」だと教えてくれた。
ぼくは、自分が優しいと思ったことは一度もなかったので、その言葉には不思議な気がした。
とにかく、こんな美女を自分の手中におさめておけることは、ぼくの男としての最大の勲章だった。
「わたしにも友だちできたのよ。愛子っていうの」
「へぇ。どんな子?」
「えっとね。すごく頼りになるしっかりした子」
「ははぁ。女子高だと、バレンタインデーに女子からチョコをもらったりするタイプだな」
結花はくすくすと無邪気に笑った。
「そうそう、そんな感じ。きっとあの子、バレンタインデーにチョコもらうと思う」
結花の通うことになった高校は、いわゆるお嬢様の集まる女子高だった。
ぼくは、彼女が、いろんな男子生徒の目に触れるチャンスが少ないことに、少し安心していた。
「高校1年の目標はー」
結花は、桜の舞い落ちる公園のすべり台から降りてみせた。
あーあ。また、ジーンズの後ろを汚して。
「――翔ちゃんとずっと仲良くいられること!」
「それなら大丈夫。ぼくは浮気な男じゃないからね」
「ふふふ。じゃ、翔ちゃんの目標は?」
ぼくのあたまにぱっとひらめいたのは、ただ一つ――それは、結花と絶対ヤってやる!ということだった。
ぼくらは、まだたまに軽いキスをする程度だった。こんなので、男子高校生が納得するわけないだろ。
でもぼくは、
「ぼくの目標は、パイロットになることだよ」
と平然と嘘をついた。
「ずいぶん、派手ねー。だいいちそれ、高校生活の目標じゃないし」
「一日一日が未来をつくるんだよ。だから、今年も来年も再来年も、ぼくの目標はパイロットになること」
そんな話をして、夕暮れになるとちょっと手を握って別れた。
結花が、まっすぐな髪をひるがえして、盛大なバイバイをしていく。ぼくは、にっこりと彼女を見送って、平和なデートをしめくくる。
「あーあ…それにしても」
ぼくは、ため息まじりに帰り道を歩いた。
「結花と一緒になれるのは、いつのことなんだろう?」
それは、遠い遠い未来のような気がしてならなかった。
そのときのぼくは、少女が急速に脱皮するときのことを、まったく知らなかったから。