第1話(和久井尚人“和尚”)
《和尚》とは、高校1年生の教室で初めて出会った。
出席番号が前後だったのだ。
先生に決められた出席番号順に座ろうとすると、前の席の長身の男がぼそっとつぶやいた。
「あれ?おれ、今年は最後じゃないんだな」
「ぼくだよ、このクラスの最後は。渡辺翔っていうんだ。よろしく」とぼくは自己紹介した。
「おれ、和久井尚人」
和久井の身長は、185cmはあるかと思われた。
彼は、モデルかと思うくらい均整の取れた身体と、彫りの深い白人系の顔立ちをしていた。
「よく外国人に間違われない?」とぼくはなれなれしく言った。
「半分はそうだよ」
「やっぱり」
「そのうち、日本かアメリカか、どっちかの国籍に決めるつもり」
「で、どっちにすんの?」
「うーん」
彼は、真面目な顔をして、
「“ニッポン・チャチャチャ”と“USA!”のどっちが応援のしがいがあるだろう」
と馬鹿げた質問をしてきた。
ぼくも負けずに、
「チャチャチャに決まっているだろう」
と出鱈目を言ってみた。
「ほう。なぜそう言える?」
「だって、USA!はただの4分音符の塊じゃないか。チャチャチャはそれになんと、16分音符が加わるんだぜ?」
「なるほど。声援の難易度がより高いというわけか」
「きみにナショナリズムが芽生えていないのは、同級生のぼくとしてはじつに遺憾だ」
ぼくは、意味もなく威厳を示してみせた。
「それで、おれをどうしようっていうの?」
「そうだな。――まず、きみの愛称を決めてやるよ。《和尚》でどうだ?」
「《和尚》? なんだ、それは」
白人顔の和久井が、情けない表情になった。
「和久井の和と尚人の尚をとって、和尚。これできみも立派な日本人だ」
「ひでぇなー」
「ぼくのことは、翔でいいよ」
和尚はにっと笑い、ぼくをめがけて拳を突いた。これで、ぼくらの友人関係は成立した。
出会ったときの和尚はこんなだったが、彼は決して人なつっこい性格ではなかった。
気がつけば、和尚がよく行動をともにする親友といえば、ぼくぐらいなものだった。
なにしろ、外見があまりにモデルなせいか、どこか近寄りがたい雰囲気があるらしく、とくに女子が彼を遠巻きにして見ていた。
それと、和尚は、勉強がおそろしくできた。
初めての中間テストでは、2位をぶっちぎって堂々の学年トップだった。
「和尚、おまえ、そんなに勉強できるのに、なんでこの高校に来たの?」
「この高校だって、いいじゃないか」
「でも、ダントツすぎるよ。ラサールとか灘とか、ほかにも行くところがあったでしょ」
「おれ、近いところがいい」
ぼくは、和尚のそんな素朴なところが気に入っていた。
しかし、じつは彼の頭脳は、もっと狡猾で計算高いものだった。