第17話(卒業)
長かった受験がようやく終わった。
ぼくらは、とりあえず全員、進路が決まった。
ぼくは、地元の国立大学の工学部に進学することになった。ただし、予定ではこれから先2年で、航空大学校に編入になる。
卒業式の日、ぼくらのクラスは、アメリカの大学生がやるのを真似して、帽子のかわりに上履きを投げた。
ばたばたと上履きが上から落ちてきて、それはもう悲惨な騒ぎだった。
和尚が、笑いながらぼくの上履きを放り投げてくる。
「バカだよな。おれら」
「見ていて気持ちいいくらいにな」
「ところで、和尚はどうすんの。入学は9月だろ?」
「ああ。今週末に向こうに行くことにしたよ」
「ええっ?!」
あまりの急さに、ぼくは驚きの声をあげた。
「そっか…、ぼくはまだ、こっちにいるのかと思ってた」
「日本にいても仕方ないだろ」
「じゃあ…、」
もう、和尚とは会えなくなるのか。
ぼくは、突然、彼と出会ってから、いろいろあった高校時代を思い起こして、きゅっと胸が痛くなった。
「和尚。便はいつ?」
「土曜日の14:35発のノースウエストだよ。途中、デトロイトで乗り換えて、それからボストンに住んでる叔母さんの家に行く」
いよいよ、ほんとうの別れのときが来たのか。
「…見送りに行くよ」
「ありがとう。おまえの好意は忘れないよ」と和尚は素直に笑った。
「結局、おまえは“USA!”を叫ぶ側へまわったってことだな」
「まあそういうことだ」
和尚は、1年のとき、初めてぼくらが交わした会話を忘れてはいなかった。
◇◇◇
和尚との別れの日、ぼくは着古したジーンズにジャケットを羽織って、早めに出かけようとしていた。
そのとき、キンコンと玄関の鐘が鳴った。母が、「あらまぁ」と声を上げる。
部屋に入ってきたのは、結花だった。
「あれ?どうして来たの?」
「ううん、なんとなく。翔ちゃんの顔が見たくなって」
「ああ…でも悪いな。今日はちょっと出かけないと」
ぼくは、結花に、和尚の旅立ちを教えていなかった。
「翔ちゃん、いつもと雰囲気違うね」
「ああ、ジャケットのせいかな?いつもは破れたダウンだからな」
「ふうん」と言って、結花はそのへんのものをちらちらと見ていた。
「どうしたの。落ち着きがないね」
「だって。翔ちゃんがどこへ行くのか気になって」
「今日は一緒に行けないよ」
「どうして?どこへ行くのかだけでも教えて?」
そこへ、母が紅茶とケーキを持って、部屋に入ってきた。
「結花ちゃん、食べていってね。このケーキ、頂き物だけどすごく美味しいのよ」
結花ははい、と言いながらも、床に座ろうとしなかった。
ぼくはそのとき、なんとなく結花は、今日が和尚との別れの日だと知っているんじゃないかという気がした。
でも、もうきみは遅かった。いまさら、どうすることもできやしない。
「じゃあ言うけど」
「うん」
「成田空港だよ」
「え?」
「今日、和尚がアメリカへ行くの」
「………そうなの…」
「結花。きみはケーキを食べたら、自分の家で待っててくれないか。帰りに寄るよ」
そう言って、ぼくはそっと部屋を出た。
そのあと、結花が、和尚が泣きながらつくった、大人と子どもの切り絵を発見することも予想せずに。