表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/20

第16話(結花のゆらぎ)

 和尚と電車で出会ってからも、結花は一見なんの変わりも見せなかった。

 相変わらず、翔ちゃん、翔ちゃんと言って、ぼくについて来た。

 でもぼくは、なんとなくそのはしゃぎぶりに、違和感みたいなものを覚えていた。

 彼女は、まだ迷っているんじゃないだろうか?和尚のことを忘れて、ぼくを選んだことを。


 そんなとき、ぼくは結花の部屋で、旅行のパンフレットを書棚のなかに見つけてしまった。

 巧妙に隠してあったが、ぼくには、これは最近引き抜かれたものだということが、すぐにわかった。

 《アメリカ・ボストンへの旅》――

 ぼくは、しばらく呆然と、その明るい表紙を眺めていた。

 結花は…、こんなものを見て、いったいどうする気なんだろう。

 ぼくは、ときどき、胸が張り裂けそうな気持ちで彼女で見ることがあった。

 結花はまるで、トライアングルの一角をさまよう子羊だった。

 ぼくは、きみを幸せにしてあげたい。

 でも、きみは、ぼくじゃ駄目なの?

 ぼくは、ベッドで寝ているふりをして、彼女の幸せそうな寝顔を見ていた。そして、少しだけ泣いた。

 ぼくだって、エゴの塊だよ、和尚…。

 自分の欲求のためなら、大好きな彼女がおまえを想っていても、力づくで奪い取る。

 いずれ、おまえはいなくなるんだ。

 いまは、ぼくに彼女を引き止めさせてくれ。


◇◇◇


 でも、ぼくには結花について、どうしても気がかりなことがあった。それは、進路のことだった。

 街のあちこちで受験生があふれ出し、本屋が参考書でいっぱいになる時期が来ても、彼女はそれを決めようとしなかった。

「もう間に合わないよ?」

 ぼくは、あのパンフレットを見てから、何度も結花に忠告した。

「いいの。お父さんもお母さんも、自分のやりたいことが決まってから、決めればいいって言ってくれてるから」

「少し、呑気すぎやしないか?」

「翔ちゃん。お願いだからもう、そのことは口に出さないで」

 結花はその日珍しく、強い口調でぴしゃりと言った。

 ぼくは、自分を拒否されたようで、なんだか癪にさわった。

「なんだかへんだな。結花って」

「へんってなによ?」

「…ほんとは、白馬の王子さまが迎えに来るのを待ってるんじゃないの?」

「…翔ちゃん?!なに言ってるの?」

「ぼくよりも、誰かのことを考えてることがある」

「なんで?!そんなこと言うの?」

「じゃあ、これ、なんだよ?!」

 ぼくはすばやく結花の書棚のところへ行って、《アメリカ・ボストンへの旅》のパンフレットを抜き出してみせた。

「ぼくがなにも知らないとでも思ってた?」

「翔ちゃん…、ひどい。こんな、勝手に…」

「それよりどういうことだよ。結花、おまえ、和尚について行く気じゃないだろうな?」

 結花が震えて泣き始めた。

「……どんなところか見てみたかっただけなの。ほんとにそれだけ。行こうだなんて思ってない」


 ぼくは、ひどくショックを受けた。

 やっぱりそうか。結花は、まだ和尚に未練を持っているんだ。

 ぼくはいたたまれなくなって、思わず部屋を出て行こうとした。

「待って!」と結花が言った。

「翔ちゃんのことが好きなのはほんとなの。でも、まだわたし、和尚との赤ちゃんのことも引きずっていて…」


 ぼくは、息をのんだ。

 赤ちゃん…赤ちゃんか…。

 ぼくは、また敗北感を味わった。同じだ…、あのときと同じだ…。

 でも、ぼくはあのときほど、弱い男でもなかった。

「和尚は赤ちゃんを授けてくれたかも知れないけど」

 ぼくは冷たく震える声で言った。

「いまの、きみの彼氏はぼくだから。和尚はきみのところへはもう、帰ってはこないよ」

「…わかってる」

「わかっていればいいんだ」

 ぼくは、結花を優しく抱きとめた。結花は、やや身体を固くしていた。

「これからもいろいろあると思うけど、ぼくは結花とずっと一緒に生きていきたい」

「…うん」

「結花が進路を決めないならそれでいい。いざとなれば、ぼくがきみを養う」

「え」

 結花が一瞬、小声をあげた。ぼくは急いで、冗談っぽく言った。

「赤ちゃんが欲しいなら、ぼくが産ませてやるよ」

 結花はくすっと笑って、ありがとと寂しく言った。


 結論的に、ぼくはぼくなりの道をしっかり歩むしかなかった。

 ぼくは、いつも和尚と自分を比べてきた。けれど、もう、そういう時期は終わりに近づいている。

 ぼくら進学組は、受験のラストスパートに入った。矢野も愛子も、みんな必死で、会えば試験の話しかしなかった。

「どうやら、上手くいったみたいよ」

 センター試験の終わった翌日、愛子は電話をかけてきて、ほっとした口調で言った。

「もうおれは駄目だ〜〜〜!!」

 矢野に電話をかけてみると、彼は電話の向こうでオーバーアクションしていた。

「そんで、おまえはどうだった、翔?!」

「うん。なんとかいけそうよ」

 ぼくは、自分と結花との未来を信じて、ひたすら前へ走るしかなかった。

 結花との未来を信じて。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ