第15話(デジャヴ)
結花の制服が夏服に変わり、本格的な夏がやって来ると、ぼくら受験生は、もうまったく遊ぶ余裕なんてなくなってきた。
ひたすら、学校、予備校、自習、就寝…、たまに息抜きのデート。
でもぼくは、通学は必ず結花と一緒にすることにしていた。
「おはよう、翔ちゃん」
結花の白い腕が、朝日に照らされてぴかぴかしている。
このときだけが、ぼくの一日のうちでいちばん幸せなひとときだった。
ある日、ぼくらは、途中の駅で乗ってきた和尚とばったり出くわしてしまった。
和尚は、混雑した電車のなかでひときわ目立ち、そしてぐいぐいと人並みに押されて、ぼくらの間近にまで来てしまった。
「おはよ」
彼は、どちらにでもなく挨拶した。
「おはよ、和尚」
ぼくは挨拶を返したが、結花は小さくうなずいただけだった。
ぼくは、気まずい雰囲気を打破するために、なにか話題を探そうとした。だが、そんなことは和尚が先にやってくれた。
「翔。こないだ、視力検査したんだって?」
「ああ。両眼とも1.2。ぼくって、パイロットになるために生まれてきたんじゃないのかなあ」
「『月刊エアライン』読ませてもらったよ。このまえ、おまえが机の上に置きっぱなしにしてたやつ」
「ああ、面白いだろ?もう時代はジャンボじゃないけど、ぼくはあれが好きなんだ」
「ボーイング787の出来ってどうなんだろうな。コストパフォーマンスがいいのは感心だけど」
ぼくらは申し合わせたように、男同士の会話をした。
結花は取り残されて、満員電車のなかで、じっと身をひそめていた。
電車がキーッと急ブレーキで次の駅で止まったとき、ぼくはふと結花は大丈夫かと思って隣を見た。
すると、彼女の視線は、ぼくではなく和尚の方にあった。
ぼくは、とても嫌な予感がした。…いつか、同じような光景を見たことがある……。
あれは、初めて結花と和尚が出会った、海水浴の帰りの電車のことだった。
結花は、和尚がはしゃいでいる姿に、釘付けになって見ていたのだ。
「もしかしたら…」という不安を抑えて、ぼくはその後もひたすら和尚と男の会話を続けた。
和尚も、ぼくの意見に賛成のようだった。
結花が乗り換えのために電車を降りたとき、ぼくは安堵のため息をついた。そして、演技を終えた二人は、しばらく黙り込んだ。
「…翔」
和尚がまもなく口を開いた。
「ん?」
「彼女とうまくやれよ」
「ああ」
和尚は、まっすぐ窓の方を見て言った。
ぼくは、和尚が、結花を忘れたのではなく、強靭な精神力によって想いを封じ込めている方だと確信した。
ぼくは、窓の風景を見ながら思った。
でも和尚――、
今度ばかりは、結花をおまえに渡すわけにはいかない。
ぼくらの卒業は、あと半年余りに迫っていた。
そのあと、和尚はアメリカへ旅立っていくのだ。