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第11話(和尚の決断)

 翌日、ぼくは、1時間目が始まろうというときに、廊下で和尚にばったり出会ってしまった。

「やめろ!!」

 気がついたら、ぼくは和尚に馬乗りになっていて、周りのやつらに腕をつかまれていた。

 和尚は、口の端から血を流していた。

 やがてぼくらはざわめきとともに引き離され、お互いを見ることもなく授業の教室に入った。

「おまえら、どうしたんだよ?仲よかったんじゃないのか」

 矢野がこそこそと横から詮索してきた。

「誰だっけ、あのミスグランプリのせいなのか?でも、なんでいまさらなんだ?」

「ほっといてくれ。この件だけは」

 矢野は、ふうとため息をついて、授業に入っていった。

 ぼくは、和尚がなんの抵抗もしなかったことが、少し気がかりになっていた。


◇◇◇


 その日の放課後、ぼくは図書室で数式に手間取って、夕暮れどきまで学校にいた。

 そして、ようやく帰ろうと、和尚のいるB組の教室を通りかけたときだった。

 開いたドアから何気なく中を見ると、そこにただ一人、和尚がぽつんと後ろ向きで座っていたので、ぼくはびっくりしてしまった。

 和尚の大きな背中は、薄暗い教室のなかで、丸く小さくなっている。ここまで落胆の色をにじませた彼を見るのは、ぼくは初めてだった。

 和尚は、こんな時間に誰かがここを通り過ぎるとは、予測していなかったに違いない。彼の傍らには、二つに引き裂かれたなにかの紙があった。ぼくは、なんだろうと思って、少し角度を変えて様子を見た。

 驚いたことに和尚は泣いていた。

 あまりにびっくりして、ぼくは思わず、「おい和尚…、」と声をかけかけた。

 するとそのとき、和尚が「…うん」と声をあげた。彼は、誰かと電話で話をしていたのだ。

「結花とおれの子ども…欲しかった」


 その言葉に、ぼくは一瞬息が止まった。

 和尚は、自分の野心のためなら、すぐさま障害物を取り除くような男じゃなかったのか。

「ああ。結花がそう言ってるならそれで」

 和尚は、ぼくがいることも気づかず、電話で話を続けていた。そして電話を終えると、上を向き、しばらく呆然としていた。

 そのあと、ふと気がついたように、引き裂いた紙を丸めて、ポンとバスケのシュートのようにごみ箱へ投げ入れた。

 ぼくは、そろそろ、ぼくの出番だろうと考えた。

「和尚。なにやってんの」

 和尚は、首を回して、ぼくをぼんやりと見た。

「ああ…、昨日は悪かったな。話が出来なくて」

「そんなことじゃないよ。結花から話を聞いたよ」

「…ああ。わかってる」

「これからどうするんだ?おまえら」

「結花がもう、おれに会いたくないって言ってる」

「えっ?」

「お別れだよ。いずれこうなることはわかってた。遅かれ早かれ」

「じゃあ、子どもは…」

「愛子が結花と一緒に、病院に行くってさ」

「…それでいいのか、和尚?」

 和尚は、いまにも泣きそうなまなざしで、ぼくを見た。

「おれは、おまえみたいにこころの暖かい人間じゃない。自分のエゴだけで生きている男なんだ」

「そんなことはないだろ、和尚?」

「いや。そのものだ。おれは、いずれいなくなるのをわかってて、結花に近づいた」

「和尚。あれは、結花の決断だったよ」

「何度もおまえに謝ろうとした。けど出来なかった。すまん、翔」

「――それより、結花をなんとかしてやれないのか」

「勝手な話だけど、彼女には、おれよりもふさわしい男がここにいると思う」

「待てよ、おまえ、それでいいのか?」

「おれは、もう一度、自分自身について考え直してみるよ」

「逃げるのか、和尚」

「そうだ」

 そう言って、和尚は荷物をまとめて、黙って教室を出て行った。

「おい、逃げるなよ。和尚。ぼくらは――」

 和尚が廊下で肩の向こうから、ぼくを見た。

「友だちだろ?いつかまた、一緒に笑えるよな?」

 和尚は、口元をぐっと噛みしめて、ぼくを睨んだ。

「たぶん」

 そして、廊下を曲がって消えていった。


 ぼくは、自分に課せられた役割の大きさに、ただ呆然とするばかりだった。

 そして、ふと気がついて、教室のごみ箱の中身をのぞいてみた。

 ごみ箱の中からは、子どもと大人の切り絵が、バラバラと夢のあとのように出てきた。

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