白兎のみる夢
イラストありきの突発的な話です!
たまたま描いたキャラクターの子が可愛かったのでお話をつくってみましたー。
相変わらず題名のネーミングセンスないな自分……。
ヴァンクィル国、王立エフォール学院。
国内屈指の規模を誇る学院で、国の次代を担う生徒を育成する機関だ。
10歳に入学し、16歳で卒業する。
その中で、『魔術科』『武術科』『薬術科』のどれかを2年次に選択し、それに特化した授業を受けることができる。
学院の敷地はとても広く、科によって建物が違う。簡易地図があるのだが、それによると大きく横に長い長方形の形をしている敷地の中の、真ん中に中央棟がある。合同授業用の教室や特別教室、この学院の教官それぞれ個人がもつ教官室などがある。
そこから繋がった渡り廊下を通ると、左上に武術棟、中央上には魔術棟で、右上には薬術棟がある。
その棟の間には渡り廊下があるが、そこ以外には小さな林があるだけだ(だけといってもわりと広さがあるが)。だがその中には小さな中庭があり、小さな噴水やベンチが置かれくつろげる場所になっている。
その中庭から周囲の木々の間へ入り込むと、周囲には背の低い植物が生い茂り、頭上では木々の葉が青々と茂っている。それによって作られた木陰は、人目を避けることに適していて、昼寝に丁度良い。
なぜこんなことを言うのかというと、そこに丁度お昼を食べようと弁当を開く人間がいるからだ。穿いている制服のスカートを汚さない為に、お尻の下に持参したシートを敷き、その上で座り込む少女。
風になびく枯葉色の髪を簡単に纏め、どこかぼんやりとしながら濃い青の瞳を足元に向けている。
…ちなみに、その少女とは私の事である。
薬術科の5年生で、専門は動物の治療。
成績はそこそこいっているが、寝る間も惜しんだ努力の結果だ。
中の上くらいの顔立ちで、どちらかといえば可愛い方だと思う。
彼氏はいないがそれなりに趣味の合う友達もいて、ごく普通の両親と4人の妹がいる。
それなりに充実した人生を送っていた。
*
「おいで、おいでー」
弁当箱から取り出したオレンジ色の物体を、”ソレ”の目の前で軽く振る。
私が見つめる先でピクピクと揺れ動いたあと、そっと近づいてくる。
警戒しつつもその香りに惹かれるのか、ひくひくと動く小さな鼻が可愛らしくて、私はほれほれーと手を揺らした。
まん丸な赤い目がその度に左右へと動き、細いヒゲがふるふると揺れる。
1度上へ持ち上げると、視線を外さないままその小さな体が一緒に上へ伸びた。
そしてはっとしたように体を戻すと、まるで何事も無かったかのようにそっぽを向き、その耳をぴくぴくと動かした。
「…ぷ、あははっ」
その姿があまりにも可愛らしくて、意地悪を止めた私は手を下ろす。
手に持ったオレンジ色のそれーーニンジンスティックを目の前に置いてやると、カリカリと一心不乱に貪った。
「相変わらず、可愛いねー」
その姿を眺めながら、ぽつりと呟く。ごく小さなその声に反応したように、白く長い耳が震えた。
よしよし、と食べ終わったその小さな体を撫でる。私の手を鬱陶しそうにしながらも、ソレは拒むことなくその場へ寝そべった。
ふわふわなその背を撫でてから、私は自分の弁当を食べ始めた。
今日の朝に食堂で用意してもらったものだ。連日昼食を弁当にと頼む私の姿を見て私が食堂ではなく外で食べることを覚えてくれたのか、食堂の料理人さんたちはすぐにこれを出してくれるようになった。
彩り豊かな、温かみの篭ったお弁当。
細かな細工の施されたゆで卵に不意に何かがこみ上げてきて、私は急いで残りをかきこんだ。
中身のなくなった弁当を片付け、ゆっくり寝そべる。
目の前でスピスピと鼻息を漏らすソレ……真っ白な毛並みを持った白ウサギは、私の気配にも動かず眠っていた。
「お前は、可愛いね」
思わず、小さく溢す。
小さく可愛らしいその体と、撫でるとふわっふわな純白の毛並み。真紅の丸い目はくりくりとしていて、まるで宝石のようだ。
垂れ耳ウサギらしい彼(どうやら雄のようだ)は、日頃私に冷たい視線を寄越しながらも、付かず離れずの距離にいてくれる。
私がこの学院で頑張っていられるのも、彼のお陰だ。昼休みのこの時間だけ出会える彼は、気まぐれで気分屋で、でも私の心を見透かしているような行動をとる。
野生のウサギか、はたまた誰かの飼いウサギか。どちらでも構わないが、今は一緒に居られることが幸せだ。
不意に抱きしめたくなって、目の前の小さな体を引き寄せる。その瞬間ぱちっと目を開き、慌てたように逃げようとする白ウサギ。
だがしかし。長い時間を共に過ごした私が逃すはずがない。さっと懐へ抱え込んでしまえば、彼はもう逃げようとしないことを知っているから。
やはりそのまま動かなくなった彼に、小さく「ありがとう」と呟く。分かっているのかいないのか、しばらく私の顔をじいっと見あげた彼は私の肩口に頭をすり寄せ、その長い耳で私の頬をするりするりと撫でた。
「ふふ、くすぐったいよ」
そのくすぐったさに思わず小さく笑う。私の表情を見て微かに目を細めた彼は、私が昼休みを終えて棟に戻るまで、ずっとそばにいてくれた。
*
薬術棟の教室に戻った私は、そこにいた友人によってもたらされた情報に驚きの声をあげた。
「合同授業?!」
「そうだよおー。忘れてたの?」
呆れた、と肩をすくめた友人は、今年から仲良くなったアンナ=ハウェル。明るい金の髪と琥珀色の目を持つ少女だ。美人だがおっとりした性格で、常にほわほわとしている。だが行動がわりと辛辣だったりする。
今も、私の驚き慌てている顔を見ながら、ゆったりと笑っている。
いや!それどころじゃないよ?!
合同授業って、アレだよね!今日は確か魔術科の生徒とだよね!!
慌てながら聞くと、「そうだよおー」と何とも力の抜ける答えが返ってきた。
「じゃあ、行かなくちゃ!」
慌てて準備をしていると「先に行ってるねえー」とあっさり言われた。
「えっ!お願いだから置いてかないで!」
「ごめんねぇ〜」
「え、うそん!」
ちょっとふざけてみたが、彼女はひらひらと手を振って、さっさと歩いて行ってしまった。
「あ、あー…」
手を伸ばしても届くはずはなく、しばらく経っても戻ってこないアンナに諦めた私は、不意に見た時計の針の位置に驚き、自分の鞄の中から筆箱と教材、ノートを急いで持って教室を飛び出した。
「ここ、何処だ……っ!」
そして迷った。
「そうだった!私合同授業のある教室の番号覚えてなかったっ!」
私が叫んだのは、広い廊下の真ん中。薬術棟と魔術棟を繋ぐ渡り廊下を走り抜け、魔術棟の廊下に踏み込んで暫く経った頃だ。
「……なんて失態……」
額に手をつき、はうーと唸ってみる。周囲に誰もいないので、この醜態を誰かに見られることが無かったのは幸いだった。
「どうすれば……」
アンナは先に行ってしまったし、教室の番号も覚えていない。薬術棟に戻れば確実に合同授業に遅れてしまうだろう。
途方に暮れた私は、はあああーっと深いため息を吐いた。
その時、不意に足音が聞こえた。
「何をなさっているんですか」
「……うぇ?」
間抜けな声を上げながら、私は顔を声のした方に向けた。
「……ぇ」
「もしかして、迷ったんですか」
人が1列に並んでも6、7人くらいは歩ける幅の広い廊下。その真ん中を真っ直ぐに、石でできた床をこつこつとブーツの音を立てながら歩いてくる人、というか少年。
どちらかというと断定的な口調で話しかけてきた彼は、間抜けな顔でぽかんとする私の目の前で立ち止まった。
私より僅かに小柄な、幼い顔立ちの少年だ。胸についた学生証から、魔術科の4年生だと分かった。
魔術科特有の深紅の制服に、白と黒の2色で織られた長いマント。留め具は、6枚の花弁をもつ花を模した銀の装飾。
私を見上げた彼から真っ直ぐに向けられた大きな真紅の瞳は濡れたように潤み、体の動きに応じて揺れた艶やかな髪は、真珠のような光沢を放つ白銀だ。
頭の上部の辺りからは、長く真っ白な垂れ耳が生えていた。微かに揺れるそれに、時間限定で現れる中庭の彼の姿を思い出した。
「どうなのですか」
「………ぁっ」
彼を観察していたせいで、訝しく思われてしまったようだ。慌てて一歩下がり、迷った事を正直に告げた。
「今日、合同授業があるんですけど、教室の名前を覚えてなくって……!友達もいなくなってしまったし、場所は分からないしで、困ってたんです」
「……そうですか」
そう言った彼は、「今日の合同授業……?……ああ」と暫く考え込んだのちに、思い出したように息を吐いた。
「なら、第7教室です」
「え!」
「……なんですか」
「い、いえ」
どうして別の学年の授業の場所を知っているのか、と驚いただけだ。けれど彼は、「此方です。付いてきてください」と私に背を向けて歩き出してしまった。
「え、送ってくれるんですか?!」
すると、彼は立ち止まって振り返った。
「そうですが。…僕の目的地もそこなので」
何か文句あんの?みたいな不機嫌そうな顔で言われ、「あ、はい」と間抜けな声で返事を返した私は、「行きますよ」と再び歩き出した彼の背を慌てて追いかけた。
*
「ま、間に合った……っ」
彼の背を追いかけて辿り着いた第7教室。そこには多くの生徒と、入り口の辺りで自分を待つ友人の姿があった。
「ユイラっ!」
駆け寄ってきたアンナに、「置いてくなんて酷いよ!」と怒る。もちろん本気で怒っている訳ではないので、彼女も「ごめんなあー」と謝った。
しかし。
「ユイラ!どういうこと!」
とすぐに態度が豹変し、私の肩をガッと掴んだ。
しかしそれに私はぱちくりと目を瞬かせる。
「な、なんのこと……?」
私の疑問符に満ちた表情を見て察してくれたのだろう。彼女は一度ふっとため息をついた後、ぐっと私の顔に顔を寄せ、小声で話し出した。
「ユイラが一緒に来てた彼はねえ、この魔術科の中でトップレベルの成績を誇る生徒の1人、”氷炎の白兎”ことリム=エヴル君!
しかも、彼は人嫌いで有名なんだよおっ」
「……は?」
氷炎の白兎?何その可笑しなネーミングセンス。もうちょっとなんとか無いの。人嫌い?まあ、そんな感じはしないでもなかったけど、そういうほど私を邪険にはしなかったけど?
私が遅れてたら先で待っててくれたし、話しかけたら普通に答えてくれたし…。ぽかんとしながら言った私に、彼女はさらに重い溜息をついた。
「そういえばユイラってそういう噂話興味ないんだったね…」
「うん」
答えると、彼女はがっくりしながら私の肩から手を離した。
「というか、今日って4年生とも一緒だったの?」
振り返って、彼の方を見てみる。
「そうだよおー。ほんとに何も聞いてなかったんだねえ」
と呆れたような彼女の声が答えた。
ちょっと反省しながら、彼を観察してみる。
壁際で1人立つその姿は、周りからある程度距離をとっているようだった。
いや、そうでもないか。可愛い女の子達が彼のそばに寄って話しかけている。しかし彼は全て無視しているようで、女の子達は若干涙目である。だが彼はそれに目もくれず不機嫌そうな顔で視線を背けた。
この魔術科でトップレベルということは、相当の実力者なんだろう。
氷炎というからには、氷系と炎系の魔術が得意なのだろうか。確かその2つって、相性が悪かった気がするけど……。
それを使いこなしているってことなんだろうなあー。
そんなことを考えていると、不意にこっちを向いた彼と目があった。思わず反射的ににこりと笑って手を振る。
一瞬目を見開いた彼は、しかしすぐに元の表情に戻り、ふいっと顔を逸らしてしまった。
あれ、どうしたんだろう?と首を捻るも、やっぱり人嫌いだからかな、と結論を出した私は、その時ちょうど鳴った授業開始の鐘の音に意識をとられて視線を戻した。
なので、彼が此方を向き直り、私の事をずっと眺めていたことに気がつかなかった。
*
「どうぞ、宜しくお願いします」
早速行われた組み分け。私はどうやら、”氷炎の白兎”ことリム=エヴル君と同じグループになったようだ。
グループは複数人で、4年生が男女2人、5年生も男女2人だ。
5年の女子はクラスが同じ子で、名前は……知らない。
私は勉強しなければ追いつけない頭なので、友人の名前以外ぶっちゃけ覚えていない。
男子2人も同じくだ。
なんとなく知らない人といるのは気まずくて、さりげなくリム=エヴル君の隣に寄る。
ちらりと見上げられたが、彼は特に何も言わなかった。
挨拶すらしなかった彼は、グループから1歩離れた場所にいる。
その隣でグループの人たちを眺めつつ、さっきのお礼を言うことにした。
「さっきはありがとう、リム=エヴル君」
「……いいえ、大した事ではありません」
それだけ答えた彼は、不意に視線を此方に向けた。
「それとリムでいいです。家名は要りません」
「分かった、リム君」
「……貴女の名前は、なんです」
ややぶっきらぼうな声音に、そういえばまだ名乗っていなかったと思い出した。
「私の名前はユイラ=クルディだよ」
「…そうですか。……では、ユイラとお呼びしても?」
「もちろん」
ふふっと笑いながら言うと、彼は微かに頬を緩めた。
僅かに赤みの差した頬に浮かんだ笑みに、一瞬心臓が鳴った。
「……よ、よろしく、リム君」
「はい。ユイラ先輩」
ぎょっとして、思わず彼を見た。
「え、先輩とかいいです!」
「……では、ユイラさんで」
「それなら……」
驚きの発言に、慌てて訂正を入れる。私より実力のある人に先輩だなんて呼ばれたら困る。とってもいたたまれない。
…危なかった!それに恥ずかしすぎて嫌だ!
「よろしくお願いします、リム君」
「こちらこそ、ユイラさん」
どちらともなく合わせた視線。小さく溢れた彼の笑みに、私も小さく笑い返した。
*
その数日後。
「今日はこないのかな…」
いつもの通り、木陰で白ウサギを待つ。
用意してきたニンジンスティックを手持ち無沙汰に弄びながら、食べ終わった弁当箱を片付けた。
そばに置いた鞄に付けられた、小さな懐中時計を見る。昼休みは1時間なのだが、その3分の1が過ぎてしまった。
彼はいつも、私がいるより前からここに居たのに…。
しかし、彼はいつまで経っても現れなかった。
「どうしたのかな……」
不安にかられて、呟いた。もしかしたら、どこかにいるかもしれない野生の獣に、襲われたりでもしたのだろうか……?
不意に思ったその時。
ーーガサッ。
背後で、草の揺れる音がした。
「だ、だれ?!」
驚いて振り向くと……、
「ユイラ、さん」
「リム君?!」
そこにいたのは、数日前に出会ったばかりの1つ年下の魔術科生、リムだった。
「やっと、会えた……」
どうしてかよろよろと歩いてくる彼は、私の目の前まで来ると。
ーードサッ
「……えっ?」
その場に横倒しに倒れこんだ。
慌ててそばに寄って、顔を覗き込む。
「だ、大丈夫?!」
「ユイラさん……」
ぼんやりとした目で私を見上げた瞳は、恐怖に揺れていた。
「くらい、こわい……、怖いよ……!」
震える声で呟いた彼は、身を縮めようとした。けれど体が言うことを聞かなかったらしく、中途半端に動きが止まる。
「……っ、リム君!」
その華奢な体が震えるのを見ていられなくて、私は手を伸ばした。
彼の軽い体をシートの上に上げ、寄り添うように横たわる。少し汚れた長いマントを軽く手で払ってから、彼の体にかける。
その上から、そっと包むように両手を回した。
「……っ!」
その途端、私の方に擦り寄ってくる彼。
その震える体を覆うように、両手で強く抱きしめた。
「大丈夫、大丈夫。ここは、怖くないよ」
言い聞かせるように、何度も囁く。背中を優しくさすれば、次第に体の震えは治まっていった。
「一体、どうしたの……?」
暫くすると、彼はすやすやと微かな寝息を立て始めた。
安心したように私の腕の中に収まり、丸まったまま穏やかな寝顔を見せている。
それでも、彼の右手は私の服を強く掴んでいる。よほど強い力なのか、彼の指先が白くなっている。その指先を解すように撫で摩る。
「よっぽど、怖いことがあったんだろうね」
背中をそっと撫で続け、弛緩した体をさらに引き寄せる。抵抗もなく収まった小さな体は、とても温かかった。
ふいに衝動が沸き起こる。
私はそれに動かされるまま、彼の額に唇で触れた。
「……え、あっ」
自分でも驚き、とっさに彼の顔を確かめる。
どうやら、目を覚ますことは無かったようだ。
「……っ」
唇を手の甲で押さえ、羞恥の荒波を必死で乗り越える。
何事もなかった事にして、私は彼に寄り添った。
「ゆい、ら…さ…」
不意に、彼がぽつりと呟いた。
「……ん?なに?」
小さく聞き返すが、彼は何も言わない。どうやらただの寝言だったようだ。
きっと私が夢に出てきているのだろう。怖がる様子を見せなかったことから、私がいることで彼の平穏を保てているようだと安心した。
そういえば、とふと思い出す。
さっき彼は、私を探していたような事を言ってやしなかっただろうか。
草むらの向こうから現れた彼は、私を見て安心したように笑ったのだ。
あの”人嫌い”で有名な彼が。
私にしては珍しく、友人とはいかないまでも、知り合いにはなれたと思っているので、その数日後彼のことを色々と周りに聞いてみた。
まあ科が違うし、私の交友関係はそれほど広くないからあまり聞けなかったが。
見た目の通りに兎の獣人であるらしい彼は、もともとは平民の出だったらしい。
しかしこの学院で魔術の才能を開花させたことから、その能力を買われ近々名門貴族の養子に入るらしいと噂されている。
優秀な魔術師を多く輩出している家で、現にこの国の上級魔術師は大体がその家の出らしい。
魔術師には階級というものがある。
1番下が5級魔術師、4級、3級と上がり、1級までくると次が特級となる。
この特級は取得することが非常に難しく、とある難関をクリアしなければならないようで、人数も片手で数えられるほどしかいない。
その辺の試練事情はよく知らないが、彼はその1つ下の1級魔術師らしい。ちなみにその階級にいる人はたったの30人ほどらしい。
魔術科の学生が取得できる最高の級が3級なのを見ると、彼の能力が飛び抜けている事が分かる。
ちなみに、2級から上が上級魔術師に分類される。
だから彼も、上級魔術師だ。
兎の獣人は、大体が茶系の色を持っているのだが、彼はいわゆる突然変異らしい。
白銀の髪に真紅の瞳。アルビノ種と言われ、貴重な色合いのようだ。
両側から垂れる長い兎耳は垂れていて、彼の意思で動かせるらしい。だが、もともと感情を表に出しにくい質だからか動いているのを見た人は少ない。
更に容姿も美しい。いや、まだ14歳だから可愛らしいの方が近いが、造作が整っていることは間違いない。
なだらかな柳眉、真っ直ぐな鼻筋。
長い睫毛で煙る瞳は、高価な宝石のよう。
常に引き結ばれた薄い唇は開かれることがほとんどなく、淡く色づく頬は滑らかである。
まさに地上の天使(兎)!。
…それは置いておいて、彼はそれをも凌ぐ人嫌いで有名だ。
女子も男子も関係なく、自分より能力の劣るものを視界にすら入れず、常に1人で行動する。
話しかけられても無視、または機嫌が悪いと心を抉り取るほどの辛辣な言葉がその唇から飛び出す。
人に触れられることすら嫌がり、決して誰とも馴れ合わない。
目上の人にはきちんと敬意を示すが、喋ることはほとんどないと言われている。
……あれ?私の知っている彼とは違うぞ?
首を捻る私に、これらの噂を教えてくれた少女は言った。
「彼とまともに話すことが出来るのは、数える程しかいないんだよ」
いや、彼、普通に喋ってたけど?
あの日教室に行くまで、私の質問に普通に答えてくれてたけど??
毒舌?そんなのなかったぞ??
それとなく言うと、愕然とした表情になった彼女は「ありえない!!」と叫び、そのまま何処かへとふらふら歩いて行ってしまった。
…?どうしたんだろう?
その質問に答えてくれる人は、いなかった。
*
その日から彼は毎日私に会いに来るようになり、その代わりに白ウサギが来なくなった。
やっぱり知らない人がいると出てこないのかな……。
密かに落ち込んでいた私を、彼は必死で慰めようとしたらしい。
そこらへんに咲いていた花で花冠を作ったり(ほとんどぐちゃぐちゃだったが)、草笛で演奏したり(これはすごく上手だった)。
時たま高価そうなネックレスをくれたりもして(断ったが何故か受け取る事になった。解せぬ)、どうにか私を元気付けようとしたようだ。
しばらく経ってからあの白ウサギの事を言うと、しばらく考えた後に”保護されて今は別の場所にいる”と言われた。
その時の私のショックは酷く、思わず泣いてしまった。
もう会えないのかと嗚咽を漏らす私を、彼は大丈夫だと言って抱きしめた。
小さな体だったがとても温かくて、まるであのウサギに包まれているような心地がした。
その後正式に友達になり(ちょっと困惑していたようだった)、その場所でよく話すようになった。
さすがに人気のある彼と棟内で話すことはできなかったが、稀にすれ違うとき、軽く目配せしあったりした。
同じ学院に通う幼馴染から”幸せそう”と言われ、嬉しくなった事もあった。
いつの間にか彼のスキンシップが増え、時折抱きしめたり、手を握ったりしてくる事があった。
もちろん嫌では無かったので、その度に彼と微笑みあった。
穏やかな時間がそこでは流れ、永遠に続くような錯覚さえ起こさせた。
そのうちに私は、いつの間にか彼の事を好きになっていた事に気が付いた。
けれどそんな事を言うわけにもいかず、ずっと態度の変わらない彼に言い出す事は出来なかった。
拒絶されるのが怖い。他の女の子達の様に冷たい瞳で見られたくない。この優しい時間が終わってしまう事が寂しくて、何も言い出せない。
そんな思いを密かに抱えながら、私の日常は過ぎていった。
*
あれから4年。
学院を卒業した私は、地方の動物診療所で働いていた。
「ユイラちゃーん!これ、3番の棚に入れておいてー」
「はい!」
それなりの労働環境とお給料。
働いている人とも上手くやれていて、毎日が充実していた。
怪我をした動物の治療……の補佐をつとめ、先輩のナギ=トルフさんに教えを請う毎日だ。
「これが、あの棚のアレと調合するやつで、
それがこの棚のそっちに入ってるやつと調合するやつ。
あ、これとそれは一緒にしちゃだめだから」
「はいっ」
…説明はものすごく適当だが。
それでも、彼の腕は確かで、彼の元に来た動物達は皆あっという間に元気になって帰っていく。
(……ああ、癒されるなあー)
可愛い動物たちと触れ合えるこの場所が、私の居るべき場所だと確信する。
「きゃんきゃん!」
「あ、ごめんね」
思わず撫でまくっていたらしい。私の手の下から這い出てきた黒い毛並みの子犬が、抗議するように鳴いた。
ブラシを手にとって毛並みを直せば、「それでよし」とでも言うようにフンスッと鼻を鳴らして私の膝の上へまた寝そべった。
「よしよし」
顎の下を軽く擽り、これでおしまいだと軽くその背を叩く。
膝から下りた子犬をケージに戻して、来ていたエプロンを脱いで鞄へ入れる。
「お疲れ様でした」
「おー」
片付けを終えてから挨拶をすれば、間延びした声だけが返ってくる。
診療所の裏口を開ければ、もう外は薄暗かった。
舗装されていない土の道を真っ直ぐ進む。最初はよく足を取られたりしたものだが、最近はもう慣れた。
毎日が楽しくて、行き帰りなど苦痛ではなかった。
「……ん?」
あと少しで家に着くという時、道端に何か白い物が落ちているのに気が付いた。
「……えっ」
近づいて見てみると、それは薄汚れていたが、純白の毛並みを持った1匹のウサギだった。長い耳が力なく垂れ下がり、弱々しく見える。
大変だ、と慌てて傍にしゃがみ、そっとその体を持ち上げる。
足に鎖のような物が絡みつき、何故か毛並みが茶色く汚れていた。
「大変!」
揺らさないように抱えあげ、家に向かってなるべく急いで向かう。
診療所に帰らないのは、私の家の方が近いのと、あとどうしてかこのウサギを他人に任せたくはなかったのだ。
「……大丈夫だよ。直ぐに治療するからね」
そっと声をかけながら辿り着いた家に入る。診療所のある村の外れにあった空き家をもらい受けた。小さな一軒家だが、1人で暮らすには十分な広さだ。
直ぐにテーブルの上に厚手の柔らかい布を敷き、ウサギを置く。
ぴくりともしない姿が、痛々しかった。
「誰が、こんなことを……」
呟きながらも、治療を進める手は止めない。
打ち身と後脚部の裂傷。そこから出た血が毛並みを汚していたようだった。
濡らしたタオルで体を綺麗に拭き、寝室へ連れて行く。
傍に置かれた小さなケージに布をたくさん敷き、ウサギを入れて扉を閉める。
水を容器に入れて中に置き、部屋を出た。
「あの子、白ウサギの子に似てる…」
夕食を食べながら、拾ったウサギを思い出す。学院にいた頃に出会ったあの子に、大きさは違うがそっくりだった。
兄弟、とかだろうか。
「ないない。ないな」
否定するように首を振ってから、食べ終わった皿を片付けた。
風呂は鴉の行水程度に終え、なるべく早く部屋に戻った。
ケージを覗くと、ウサギはすやすやと眠っていた。背が小さく上下していたので、きちんと落ち着いているようだ。
「あの子みたい、だな……」
ケージには鍵を掛けていないので、開けばすぐに開く。
手を伸ばして毛並みをそっと撫でても、ウサギは身動きしなかった。
耳だけがぴくぴくと動く。
「ふふ、かわいい」
その愛らしさを堪能してから、手を離してケージの扉を閉める。
明かりを消してからベッドへ潜り、ウサギの姿を見つめながら目を閉じた。
*
「……やっと、見つけた」
ベッドで眠る少女の傍に、1人の青年が立っていた。
漆黒と純白の2色で丁寧に折られた長いマントを肩にかけ、白銀の長い髪を無造作に括っている。
中には体にぴったりと沿う深紅の制服。
暗い中では顔が分からないが、声からしてまだ若いようだ。
つと足を動かし彼女の傍らに膝を付く。
小さな窓から差し込む月明かりが、彼の美貌を曝け出した。
月明かりを受けて、白銀の髪が淡く煌めく。顔は微かに笑みを浮かべ、目を細めて彼女を見下ろしている。
手を伸ばして近づいても目を覚まさない彼女は、よほど眠りが深いようだ。
「やっぱり、気付いていなかったんですね」
嵌めていた白い手袋を外し、白いシーツに散らばる彼女の栗色の髪を1房取り、小さく口づけを落とす。
「……ユイラさん」
そっと名を呼ぶ声は、砂糖よりも甘い。
彼女が聞いていたらきっと真っ赤になっただろう声音で、彼は言葉を紡ぐ。
「貴女は卒業する時、俺に何も言ってくれなかった。
別れだけ告げて、あっさり姿を消した。
俺がどれだけ探したか、分かりますか?
…僕が、どれだけ寂しかったか、貴女には分かりますか」
不意に幼い口調に戻り、彼はふっと視線を落とした。
「貴女に逢いたくて堪らなかった。その優しい声で、名前を呼んで欲しかった。
僕だけを見て、笑って欲しかった。
……貴女のいない世界は、灰色だった」
懐古するように、彼は思いを語る。
眠る彼女がそれを聞くことはないと、分かっているのに。
「養子の話は、断りました。貴女と共に居られないのなら、あの家にいる必要なんてないから。貴女の、側に居たいんです」
少し、ご当主の機嫌を損ねてしまったようですが。
服の裾から覗く手首には、白い包帯が巻かれている。足の運びも、少しぎこちないようだ。
それらを何でもない事のように一瞥した彼。
しかし、美しい真紅の瞳が不意に濃さを増し、透明な雫を零す。
「もう、何処にも行かせません。ずっと、俺の側にいて下さい……!」
懇願の言葉は、掠れていた。
彼女の細い手首を取り、口づけを落とす。
それから視線を移し、躊躇うことなく彼女の細く開いた唇に触れた。
「……っ」
途端、身体中から湧き上がる歓喜。
暫く唇を重ね、彼女の柔らかい感触を堪能する。
愛しい人に触れられた喜びが、心を満たしていく。
頭から生えた長い耳が小刻みに震え、抑えきれない感情のままに喜びを示した。
「あのナギとか言う奴、気に入りません。貴女が俺以外を見ようとするのなら、此処には居させませんからね」
シーツに包まる彼女を妖しい眼差しで見下ろして、指をパチンと鳴らす。
周囲が一瞬淡く輝き、そして元に戻る。
「結界を張りましたから、俺と貴女以外は、俺が許可した者しか入れませんよ」
満足げに笑みながら、彼は彼女の唇に再び口づけを落とす。
それでも目を覚まさない彼女を愛しげに、でも少し憎らしげに見つめ、ため息を吐いた。
「明日から、毎日貴女に会いに来ます」
きっと、驚くでしょうね。
もう1度指を鳴らし、楽な格好に着替えてから彼女のベッドの傍らに座る。
…朝までなら、ここに居てもいいでしょう?
隣に寝るなんて、そんな無粋な事はしない。穏やかな寝顔を眺めて、深く息を吐いた。
「愛しています、ユイラ」
「…いつか、俺の事も愛してください」
その願いは、きっと叶うだろう。
けれど今は誰も聞く者はなく、暗い部屋にとけていく。
青年の背後にあるケージの扉は開け放たれ、中には何の姿も無かった。
本当は途中でユイラが起きる話にしよっかなって思ったんですが、告白シーンとか面倒くさくて……!
なので目を覚まさない、リムの独白で終わりました。
白ウサギの正体、わかりましたか?