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其の壱 ジャッキー君とセイレーン、魔女に会う

「姫じゃないけれど、お前も一応は人魚みたいなものだし、魔女にどうかしてもらえるんじゃないか? あっちは寧ろお前が欲しいものを捨てて足を得ているけれど、まぁ、何かあるような気はするよな」

 楽しそうにしているセイレーンを横目に、あの後そんなことを口にしてしまったばかりに面倒なことになったとカボチャ頭を抱えて溜息を吐いた。

「ジャッキー君、私は今から楽しみだよ」

「前々から聞きたかったんだが、何でジャッキーなんだよ。ジャック・オ・ランタンって言うのが面倒なら、略してジャックだろ」

「だって、ジャッキーの方があだ名っぽくって親しい感じがするし可愛いんだもの。だからジャッキー君なの」

 鼻歌でも歌いそうな雰囲気だ。歌っても構わないといえば構わないが、それさえも音痴なのは解っているから好んで聞きたいとは思えない。

「あっ、着いた着いた」

 美しい海が広がっている。

 エメラルドグリーンと称される、透き通った色の海だった。遠目にも珊瑚礁や魚が泳いでいるのが見て取れる。

「ここに海の魔女がいるのよ」

「そうか、じゃあ、俺はこれで。何か良いものがあれば良いな」

 帰ろうとすれば、襟を掴まれた。首が締まり、息が詰まった所為で潰れたような情けない声が漏れた。

「殺す気か」

 セイレーンの手を外して睨めば、「何で帰ろうとするのよ」と逆に睨み返される。

「ここまで来たんだもの。一緒に行きましょうよ。というか、一緒に行ってくれる流れだったよね、絶対」

「どう考えても場違いだろうが。何でカボチャ男が海に入んなきゃいけないんだよ。カボチャが腐る」

「後で日干しをすれば大丈夫よ」

「大丈夫じゃない、絶対に大丈夫じゃない。お前、俺を社会的にだけじゃなく、精神的にも抹殺するつもりか。腐って悪臭を撒き散らし、蠅が集っている姿を見て馬鹿にするつもりなのか」

「いや、そこまで考えていなかったもの」

「そもそも、ここは俺の住処じゃないんだけど。家に帰してくれよ」

 そう、そもそもの前提で二人とも種族が違うのだ。セイレーンにとって海こそ住む世界ではあるが、ジャック・オ・ランタンはあの世とこの世の間に存在する者なのだ。水に強いなんていう特殊能力がある筈がない。

「よしっ、わかった」

 セイレーンがポンッと手を叩いた。

「こうすれば良いんだ」

 そう言うなり、頭に何かを被せた。

 球体のガラスだ。金魚鉢をひっくり返したみたいに、すぽんと被せられた。

「えっ、ちょっと待って。これ、どうしたわけ?」

「んっ? 何か、パンみたいな頭をしているのに海の中に入ってきた奴らがいたんだよね。何ていうの? 限界への挑戦、なのかな? だから、そこから奪ってやったの」

「おい、奪ったって言ったよな。因みにそいつらはどうなったんだ。っていうか、これを今どこから出した」

「細かいことは気にしない、気にしない」

「全然細かくないから」

 良いから良いからと繰り返すと、セイレーンはジャック・オ・ランタンを背後から羽交い絞めにした。そして、そのまま海の中へとダイブした。

「ちょっ、おい待て、こら」

 水しぶきが上がる。

 生前は農村育ちだった為、海に入ったことが無かった。確かに幻想的とも呼べる光景ではあるが、如何せん速すぎる。

人魚の潜水スピードは生物随一である。そんな速さで泳がれ、景色に見入るどころか酔う勢いである。

「速すぎるだろ」

「えっ、そんなことないわよ。ジャッキー君は息をしなくても死なないから、余裕で良いよね」

「えっ、ちょっと、どういう意味それ。俺の前に連れられた誰かは死亡したっていうお話なわけ?」

 セイレーンはにこりと笑んだ。無言だ。だからこそ、裏を読むようなニュアンスで恐ろしい。

「何で何も言わないわけ。言わないってことは、その通りだってことだよね」

「あの人は息ができなかったのよ。ジャッキー君みたいに被っていたけれど、中の酸素が切れてしまったみたいで、潜水して数分と持たなかったわ」

「そいつの末路は?」

「あら、言わなくったってわかるでしょ? 海の中で死んだのよ。鮫とかの餌よ。もっとも、心臓やら脳っていう美味しい臓器は私が美味しくいただいたけれど」

「おい。皆まで言うな、皆まで」

 人魚みたいな外見をして、セイレーンという種族は肉食だ。つまり、あくまでもみたいなのである。人魚ではないのだ。「美味しい」という言葉を強調され、舌なめずりをされれば背筋に冷たいものが走る。

「俺のことも喰うつもりじゃないよな」

「食べないわよ。だってジャッキー君はお友達だもの」

「友達じゃなかったら食べるんだ」

 にこりと笑顔を浮かべ、またしても無言だ。つまりは、図星である。

「ちょっ、止めろよ。絶対に喰うなよ」

 こいつならやりかねんと念押しするが、楽しそうに声を上げて笑うだけだ。こうして水の中で見る彼女は一段と美しくはあるのだが、性質が性質なだけに魔性の女にしか見えない。

「おっと、ばびゅーんっと到着ってね」

 水中であるのにも関わらずにドリフトを決めて旋回すると、海底へと降り立った。地に足が着いているというのに、浮力からか妙な感覚がある。

「ここが魔女の家か? 何というか、あれに似ていないか?」

 球形の大きな岩である。入り口はすぼまっていて、そこに木のドアがあった。海の中にこういうものがあると、必然的にあの軟体動物が連想される。

「ここの魔女さんは蛸の魔女さんなんだよ。海の魔女の定番定番。あとは、蛸に対抗して烏賊の魔女さんもいるよ。他にはウツボの魔女さんとかもね」

「やっぱり蛸壺だったのか」

 予測は外れていなかったようだ。確かに海の魔女といえばセイレーンの言った三種が有名どころではある。しかし、その名前を聞く限り良い感じとは程遠く、嫌な予感がする。

「やっぱり俺、ここで待っているわ」

「何言っているの。ここまで来たんだから一緒に行くわよ」

 ぐいぐいと引っ張られるのに抵抗するが、それでも水の中の彼女は最強だ。あっさりと引っ張られ、「頼もぉー」と勢いよくドアを開け放った。

「お前、ノックもなしに」

 呆れていると、案の定「許しもないのに勝手に入ってくるのは無礼なんじゃないかしら」という苦言を頂く。

 部屋は以外と明るい。電気鰻の発電によって、電気が通っているようだ。

 その部屋の中央に一人の女が居る。我こそは女王とばかりの態度で椅子に腰かけている。

 上半身は美しい人間の女のようだが、下半身には吸盤がついた足が八本。怪しい色を湛えた瞳をしたこの女こそ、魔女である。

「化粧、濃いなぁ」

 確かに美人なのだが、化粧のカラーリングが暗色系でそれも厚い。思わずそう零せば、「何ですって」と睨まれた。

「カボチャ頭が言ってくれるじゃない」

 その顔には青筋が浮かんでいて、怒っているのがよくわかる。ジャック・オ・ランタンは身を竦めたが、「そんなことより」とセイレーンが魔女に詰め寄る。

「そんなこと? ふざけないでちょうだい」

 セイレーンがそう言ったことによって更なる反感を買ったようだ。どう見ようとも、友好的とは程遠い。寧ろ、こちらから喧嘩を売ったようなものだ。

「それで、あんた達は何なの? ここに何をしにきたわけ?」

「願いを叶えてもらうために来たの」

 待っていましたとばかりに言えば、またかと言わんばかりに魔女は鼻を鳴らした。

 魔女が指を鳴らす。

 途端、背後の棚が明るく照らされた。

 怪しげな液体の詰まった瓶やら瓶詰の干物に、骨らしきものまである。無節操な棚だった。総じて不気味な物が並べられているということ以外、とんと共通点がない。

「それで? あんたは何の願を叶えて欲しいわけ? 足でも欲しいの?」

「歌唱力を上げたいの」

「はっ、何それ。あんたセイレーンでしょ。あんた達は歌が上手い種族じゃないの」

 そう、それが一般的な意見である。人魚系は歌が上手いというのが相場で決められているのだ。

「あぁ、それともあれ? あんた達はプライドの高い種族だから、歌で魅了できなかったら死んじゃうんだっけ? それで死にたくないし、そういうのは許せないから歌が上手くなりたいってこと?」

「違うの。そうじゃなくって、私は音痴なの。だから歌が上手になりたいの」

「あんた達の音痴は当てにならないわ。それにあたし、あんた達みたくきゃぴきゃぴした種族嫌いなのよ。同じ人間の上半身を持つっていうのに、魚の足っていうだけであんた達はちやほやされてむかつくのよ」

 完璧な私怨で逆恨みである。けど確かに不思議なことに、魚の足というだけで人魚はかなり人気がある。それに対して、蛸の足だったら気持ち悪いイメージがあった。それは同じ女として許せないものがあるのだろう。

「それで、私の願いは聞いてもらえるの?」

「そういう類のものもなくはないけれど、あんたに譲るつもりはないわ。他を当たってちょうだい」

「因みに、どういうやつなの?」

「人の話を聞きなさいよ」

 苛立たしげに魔女は怒鳴る。

「いい加減にして。あたしはあんたが視界に入ると苛々するのよ。そしてそこのカボチャ!」

「えっ、俺?」

 急に話を振られ、思わず自身を指差せば、「そう、あんたよ」と魔女は言う。

「あんたもあんたで何なわけ? こんなところまできて、この子の恋人? それとも、あんたにまで叶えてもらいたい願いがあるってこと?」

「いや、俺は無理やり連れてこられてきただけのこいつの知り合い。願い事はないこともないけれど、生前悪魔とそういうやり取りして失敗して、それで今のこれが成れの果てだから、それを叶えてもらえるとは思えないな。慎重になるというよりも、これは俺の罪だから誰にもどうすることもできないんじゃないかっていうのが見解」

「あら、意外ね。少しは道理が解っているじゃない。この世っていうのは、等価交換の原則で成り立っているのよ。だから、願いを叶えたければそれに釣り合う何かを差し出さなければならない。それを帳消しにしようっていうのなら、更に重いものと交換しなくてはならないわ。だからあんたのその考えは賢明ね。あんたはそれを抱えて生きていくしかないわ」

 初めからわかりきっていたことだから、特に反論もなく頷いた。そしてまた、セイレーンへと話の矛先を向ける。

「あんたもこの男の考えを見習ったら? 人魚っていうのは人間の足を得る為、その美しい声を差し出さなければならない。それが定番なの。それでこうやって閉じ込めたものがここにある」

 軽い動作で投げられた巻貝をキャッチする。耳に押し当ててみれば美しい歌声がオルゴールのように聞こえてくる。

「けど、何だ……」

「断末魔のようでしょ?」

 そうなのだ。何処か物悲しくて引き裂かれるかのような声だった。

「あの子達には現実が見えていなかった。確かに足を得て歩くのは素敵なことよ。けど、自分が持っている大事なものを捨ててまで得るべきものではなかった。あの子達は所詮、恋に踊らされていただけ。人間という自分本位への種族に惚れたばかりに、みんなは日常を捨てて行った。自分がどれ程幸福だったのかということも知らずにね」

「確かにそうかもしれないな。恋は人を愚かにする。だから、そうやって何もかも捨てられるんだろう。けど、それこそが恋の醍醐味なんじゃないのか?」

「あら、言ってくれるじゃない。あんたもそういう恋をしているって? 例えば、そこの小娘とか」

 違うと首を振る。

「俺はそういうことをできる上等な奴じゃないよ。迷走しているだけ。人間だった時はとんだ悪党だったし、この姿になってからは誰とも道が交わることなく、かといって死ぬことができずにただ生きているだけだから、そういう思いには憧れているっていうだけさ」

「くだらないわ。今を生きている、それだけで十分じゃない。姿形は変わろうと、それでもあんたはその姿になってから気づいたものがあった。人間だった時は解らなかったことが分かったっていうのなら、それだけで上等じゃない」

「まぁ、確かにな」

 柄にもなくしんみりとしていると、痺れを切らしたセイレーンが喚いた。

「もう、誰かの声とかは良いから、お薬とかないの。歌が上手くなるお薬」

「この小娘。今の流れで何そういうことを言いだすわけ。あんたにやれるものは何もないの。人並み以上の歌唱力はあるんだろうし、それで諦めなさい」

「もう、私の歌を聞いてから言ってよ」

「ちょっ、待て」

 慌てて制止に入るが、既に遅い。セイレーンは歌を歌った。

 ガラスのキャップをしているから耳を押さえることもできず、その威力をまざまざと味わう。隣に居た魔女も「ぎゃーっ、何なのよ、これ。頭が割れる」と喚き、やがて静かになった。

 暫く経って意識を取り戻し、同じく倒れている魔女に近づくが脈が感じられない。

「おい、この魔女、もう魂がないぞ」

「きゃー、嘘っ」

 嘘と連呼している姿を見て、呆れるしかない。

「お前、自分で止めを刺したんだからな。この魔女、案外良い奴っぽかったのに」

 そう、ジャック・オ・ランタンからすると、この魔女は完全に悪人というわけではなかった。寧ろ、優しい部類だったのだろう。だからこそ、願いを叶えに来た者を追い返そうとしたのだ。

「ちょっと、起きて。起きてってば」

 魔女を揺さぶっているセイレーンをみながら、やれやれと肩を竦めた。これは当分、彼女は音痴でいること決定だ。



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