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二話 神にこいした少女 ①

 ちりんと鈴が鳴るのを聞きながら私は彼を見た。

 彼の下には助けられた妹が横たわっている。その前には死んだ神様。


「あ、あ、貴方は何を!」

「……うん? うん。姿を現してみると目の前に子が居た。子は別の子に食い殺されようとしている。か弱きが死ぬのは世の常だが、されどこれは気に食わぬ故に伊邪那美の下に送った。それだけだったのだが。……悪かっただろうか?」


 中世的な容姿を持つ男。私は、その男を睨み付ける。


「けど、でも神様を殺しちゃ!」

「うん? うん。なるほど。これは禁忌なのだね。禁忌を破った事になるというわけか。責任を負う必要はない。責任を負う必要はないのだがそれでも最後までやり遂げよう。何も為さない。何も為さない私自身が少しでも世で遊ぶためにやろう。君たちを守ろう」


 よくわからない事を男の人が言って、私の妹を持ち上げて、私に投げる。


「きゃっ。な、何で投げるんですか!」

「うん? うん。悪いのか。悪い事なのだね。覚えたよ。なるべく弱き子らはたおやかに扱おう。では君らの住む集落に案内を頼みたいのだが良いだろうが」

「え、で、でも神様を……」


 蜘蛛の足を持つ神様をどうすればいいのかわからない。私は妹の死体を少しでも取りにきただけなんだ。

 墓の下に何も残せないなんて可哀想過ぎるから。


「気にする事はないよ。死者は土に返りその肉体は生命を育む。育まれた命は生者を助ける。命は巡るものなのだよ。だからそのままにしておかなければならない。……さぁ行こう。安心しなさい少女よ。私は、何も為さなかった私はここで初めて何かを為すのだから」


 先に歩く男を追いながら、何もいえなかった私は精一杯の力を振り絞り言葉を出す。


「あ、あの! 村はあっちです!」

「うん? うん。そういう事もあるのだね」






弥生 拾弐日

 今日から旅行で私は楽しみじゃ。依頼ではあるがの。

 夕食は何故か豪勢で私は捨てられる牛の気分なのじゃが。狭間よ、腹を壊すでないぞ。






「電車というのは心が弾むね。外の景色が続々と変わる光景は生きていて良かったと思うよ」

「確実に豪華なお弁当を食べられるからじゃろそれ」


 普段は仏頂面の狭間が笑みを浮かべながら弁当を口に運ぶ。

高速で過ぎていく外の光景を眺めながら優雅に弁当を食べる今の状態は至福じゃな。人間の文明も進化したものじゃ。

 特に街灯には目移りしてしまう。電気の力は偉大じゃ。燃え尽きる事などないのじゃから。ああ羨ましい。


「飯が美味いのはいい事じゃねぇの? 今回の依頼主にゃ感謝だな。新幹線も初めてだけどよぉ、あれも超早いよなぁ。テンション上がるぜ!」

「しかも個室だからね。僕の人生二度目絶頂期だろうね!」


 普段これほどテンションの高い狭間は見た事がなかったが……これはなんというか大きな子供なのではないか……?

 いや私にはわからぬ男の何かなのかもしれぬな。


「私は別にどうでもいいがのぅ……。それはともかくどのような依頼なのじゃ? 高野神社から回された仕事ではないのが心配じゃが」


 あれには一人の女として同情に値するのぅ。今度メールを送らぬば。


「彼女に回される仕事の方が心配さ。何せ厄介なのしかない」

「鬼相手はきつかったしな。いつも綱渡り気味だぜ」


 二人は辟易したように言うが、逆に言えば高野からの仕事は渡りきれる程度ではあるのじゃ。しかしそこは言わぬが華じゃろう。高野の気遣いには心が痛むのぅ。

 狭間が受けてくる依頼はほぼ確実に死ぬか生きるかじゃし。


「けれど今回はそこまでじゃないと思うよ。確かに前金で五百万は気前がいいけれどね。何でも村に住む人外を封印して欲しいらしい。山の近くだから仁君に敵うのはそれこそ純正の神でもないとね」

「今の世で神が大量に居るわけねぇしな。大抵の妖怪なら俺の一声でどうにでもなんぜ」


 ……不安じゃ。なんじゃろうこの不安は。この二人が、特に狭間が自信満々の時は吸血鬼や一本だたらが出てきた記憶しかない。

 アレは苦戦ものじゃった。


「そういう事だから安心しなさい朱莉君。ああ、駅に着いたらバスで一時間程らしい。仁君は山が近いから良いだろうが君には少しばかり辛いと思う。何か買っていくかい?」


 私は器物だからのぅ。バスに乗っている時は楽なのじゃろうが、自然しかない場所で長時間は居心地が悪い。何か電灯か、最低でも蝋燭やライター辺りは欲しい所じゃな。


「……うむ。駅についたらライターとマッチが欲しいの。ジッポはあるが流石にそれだけでは怖い」

「煙草吸ってる奴みてぇだなそれ」

「吸ってもよいのじゃが。……山野は嫌いじゃろう」

「ていうか臭いがなー。あの臭いは好きになれねぇ」


 一応吸っていた時期はあるのじゃがな。いつでも火があってあれはあれで便利じゃった。人間の嗜好品も悪くないのじゃがなぁ。山野が苦手では吸うわけにもいくまいからのぅ。


「駅に着いたら買おう。一応オイルと石も買っておこう。……煙草は、仁君の場合は仕方がないしね」


 山に住むモノじゃしな。自然と人工物は共存できぬ事はない。が、どちらも最大限に活かす事が出来ぬものじゃ。

 ……うぅむ。私と山野が心を通じ合わすにはやはり難関が多いようじゃ。頭を悩ますのは仕方ない事だの。


「ところで手紙を見せて貰いたいのじゃが良いか? 一応直に見ておくに越した事はあるまい」

「それもそうだね。はい、二人で見なさい」


 手紙を受け取り開けると山野が横から顔を寄せてくる。私はそれに対応して二人でよく見える場所にして手紙を開ける。


「何々? あーと、拝啓九十九屋百鬼店主、狭間・興様。……達筆だな」

「うむ。筆に対する愛情も感じられる。長く良い物を使っておるようじゃ。これならば付喪神になる事もあるまい。良い御仁のようじゃの」


 文字一つで人柄というのは滲み出る。まるで昔から居るかのような筆遣い。墨で書かれながら毛先の割れも枝毛も見当たらぬ。いいのぅ。私もこんな主人が欲しいのぅ。用途は違っておっても道具を愛する主人に持たれるのは器物として羨ましい。


「おーい朱莉。よくわからねぇ世界に入ってねぇで戻ってこい」

「お、おぉ。うむうむ。……はぁ。お主ももっと道具は大切に扱うのじゃぞ?」

「大切にしてるつもりだぜ?」


 呆れ顔の山野の頭を叩き手紙の先を読み始める。こやつは大切にしてはおるのじゃが雑なのじゃ。


「ふむ。要約すると狭間の言葉を繰り返す事になるが、人外の封印じゃな。疑問としてはどのような被害があるかや内心などが一切ない事かの……。……やはり怪しい依頼なのではないか?」


 普通ならば作物の被害や人死にがあるもの。そしてもっと言ってしまうのならば私たちに依頼をするというのが異常じゃ。封印でも、ならばそれこそ本職である神社に頼むべきであろう。


「そこは僕も思った。けれど困っているモノを見捨てるわけにもいかないさ。それに無視するにしても前金五百万は多すぎるよ。多少は返さないといけないだろう?」


 すでに半分は使っておる癖に何を言っておるのか。

 依頼主が温厚でもそれは流石に怒り心頭、堪忍袋の尾が切れるじゃろう。……いや、爆発すると言っても過言ではない。


「気楽にいこうぜ。今から気負ってたら疲れて実力出せねぇよ。今回はお前の出番もないだろうしな」


 ……言われてみると、そうなのじゃ。私が来たのはこちらの我侭だしのぅ。

 真に恋心は厄介。幾多の英雄がこの心によって死ぬ程はあるものじゃ。私も気をつけぬばならぬ。

 何せ、神ですら惑わす心なのじゃ。


「楽天的な思考は良いとは言えぬがそうじゃの。稀にしか来れぬ自然の地じゃ。それはそれで普段とは違う心地よさがあるじゃろう」


 別に自然は嫌いではないのじゃから。


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