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   こいの空回り ⑧

 学校にいった。公園にいった。人のいるところにいった。

 誰も僕に気づかない。僕は誰にもさわれない。

 それはさびしくてかなしくて。

 身体は変なのに少し食べられて。手はなくなって。足も少しなくなって。

 それでもがんばって、虫みたいにはっておかあさんとおとうさんにあいにいって。

 僕じゃない誰かが僕の名前でよばれて。

 僕じゃない誰かが僕のいる場所にいて。

 気づいた時には僕はもう、半分以上人じゃなくなっていた。





「さっき、彼女が言った彼の名前を覚えているかい? 彼女は言った、その鬼を『晶さん』とね。ならば彼こそが本物の大辺・晶なのだろう。晶という名前は男にも女にも当てはまる。そこまで考えて取り替えたのならば彼女の両親はよく日本を知っていたものだ。

 ならば何故、彼が鬼なのか。本来ならば、取り替えられた後の人間は妖精によって育てられる。妖精の世界でね。日本にその世界はないから幽世か、それに近い場所なのだろう。そこでどのように生きたかは、僕の想像を絶するだろう」


 何を見て、何を喰らい、何を行ったのか。そこはわからずとも何を思ったのかは、想像が付く。

 世界を憎んだだろう。妖精を恨んだだろう。気づかない両親すらも憾んだだろう。誰よりも、自分の居た場所を奪った彼女を怨んだのだろう。

 もしかすると怨みではなく嫉妬だったのかもしれないが。


「経緯を経て、鬼となった彼は憎しみ彼女へ夢を見せたのかな。それとも、君が彼を夢に見てたのか。そこはさすがにわからないが。結果として、君は彼へと恋をした。もしかすると夢に見たのは君が先だったのかもしれないね。君の種族はきっと、愛した相手に力を授け、その身を滅ぼす『りゃなんしぃ』なのだから」

「どちらが先かなんて、どうでもいいでしょう。それで? どうするんですか九十九屋さん。貴方たちのお仕事はもう終わっていますよ?」


 抜け殻のようになっている鬼を聖母のような慈愛で包み、娼婦のように抱きしめて晶さんが冷ややかな視線で問いかける。

 あからさまに邪魔だというように、この場に僕たちは不必要だと雄弁に語りながら。


「ああ。僕らの仕事はもう終わりだ。けれどね、あふたーけあ、というのも万全なのさ。だから問うよ。鬼よ、大辺・晶として育つはずだった名無しの鬼よ。人と妖怪の中間に立つ君は、何を願う」


 怨みも憎しみも妬みも怒りも。全てが消え去った鬼の姿は変貌していた。

 赤黒い肌はやや赤味のある人間の肌に。巨大な矮躯は僕よりも仁君と同じような青年の姿に。けれど変わらない部分もある。鬼である事を示す角に、人間のモノとは思えない臭い。まるで、人と鬼の子のような姿。


「殺せ、殺してくれ。望むのならば頭を下げ、靴を舐める。だから頼む、人間よ。……いやすでに俺も人間と変わらぬ身か」


 縋るように僕を見て、鬼は自嘲する。

 同情を浮かべつつも成程、と一つの納得を得る。今となってはどうでもいい事だがこれが鬼の気配を隠せていた理由なのだろう。

 人間の姿になれば気配も消せる。ただ鬼化が進行した今ではもうその手は使えないだろう。


「怨みを晴らす方法を失っているのだから、それも当然だね」


 本来ならばもう彼は消滅していいはずだ。怨みを晴らせない鬼など、存在理由がない。

 それでも消えないのは彼にまだ人の部分があるからなのだろう。彼はまだ半分は、いや三割程度は人間だ。

 何より彼の指は五本ある。人としての未練からか、それとも彼女だけが悪いのではないとして憎みきれなかったからだろうか。


「彼を殺すというのならば、私は抵抗します。この命に代えても。そうすれば貴方の腕ぐらいは奪えるでしょう?」


 霊力が疲弊し、仁君の神化で体力も疲弊している僕。ある程度の回復をしているとは言え神化を解き療養を必要とする仁君。更に術の使用で疲労が溜まっている朱莉君。

 確かに万全とは言いがたい。下手をすると手加減が出来ずに彼女を殺してしまう可能性がある。


「殺すなんて事はしないさ。だから僕は提案したいんだ。このままでは、彼が余りにも救われない」

「……大将、流石にこりゃ無理だろ。どうするってんだ」


 仁君が朱莉君を背負い僕の隣に来る。確かにそうだろう。恋というものを余り理解していない仁君ならば、尚更にわからないはずだ。

 彼女を殺そうと怨みが晴らせない鬼。最悪、鬼が死んだところで愛しその後を追うであろう彼女。

 背負われている朱莉君はなんとなく話の方向に気づいたようだがね。


「互いに不足しあう状況、というのはどうだろう?」


 鬼は無言で、何も反応がなく。晶さんもまたどうでもよさそうにする。


「鬼の晶君を封じ、妖精の晶さんがそれを持つ。そうすれば鬼は死にたいと思いながらも死ねず、けれど恨みの晴れる日がいつか来るだろう。君は君が死ぬまで鬼と永遠に居る事が出来る。恨みが晴れれば君は愛した人と添い遂げる事が出来る」


 どうだろう、というまでもなく彼女は嫌悪感を示し、彼もまた静かに首を横に振る。


「嫌です。何故、此処にこの人が居るのに離れなければならないんですか?」

「断る。俺はもう死にたい。生きる事に疲れた」


 答えは予測できていた。これでは不足どころか、互いに生き地獄にしかならない。

だからこそ更に一歩踏み込む。


「だろうね。鬼の晶君。君は彼女が幸せに死ぬ事を許さない」

「無論だ」


 力はない。しかしそこはしっかりと返答を行う。


「妖精の晶君。君は鬼と共に居たい」

「ええ。勿論」


 喜びと共に首を縦に振る。


「なら、だ。妖精が鬼を使役するのはどうだろう。鬼は全力で妖精を守り、それでも妖精が戦いで無為に殺される。妖精は鬼を使役する時に出会える。一時しか会えずとも、最も心が繋がっている状況だとは思わないかい? 二人の願いも一致している。それは紛れもなく愛と憎しみの形だよ」


 鬼は、考える。

 妖精の彼女は、これもまたはねのけるだろう。だがここは鬼を口説き落とせばいい。

 彼女が鬼の言う事を全て聞くのならば、鬼さえ納得できれば問題ない。そしてそれが妖精にも悪くないなら妖精も頷く事になる。


「……俺が憎んで怨んで殺したい女よ、貴様は俺の命令以外で死ぬのをどう思う」

「嫌ですよ。私は貴方の命令以外で死にたくありません」


 鬼は、悔しそうに、しかし先ほどよりは希望を見出した瞳で、妥協のために頷く。


「ならば、俺はそれを受けよう人間よ」

 




「鬼と妖精のコンビ、なぁ。商売敵増やしてどうすんだよ」

「放っておいても良かったじゃろうに。どうせ両者共に餓死で終わりじゃった、あのままにしておけば、鬼も死ねて良かったと思うがの。……甘い嫌な男じゃ」


 山から降りて電車もなくなっていたため歩いて帰ってきたのがついさっき。夜食はこんびにえんすすとあで買ってしまったが、たまには良いだろう。

 食べて、風呂に入り、そしてようやく一息が吐けた。茶太郎君も待っててくれたようでお茶を入れてくれたのは素直に嬉しいね。


「まぁまぁ。死者が出ないのはいい事だよ。誰かが死ぬのは余りよくはないだろう?」

「それで前金のみというのはどうかと思うがのぅ」

「大将がいいって言うなら別にいいけどよ。あんま甘く生きるのはどうかと思うぜ」


 今回の事は契約違反、という程でもないが意趣返しとして前金のみとなった。その事が二人には少し不満なのだろうね。また仕事を少し探さないといけないかなこれは。


「さて、仁君も早く寝ておきなさい。明日は休んでもいいが、疲れているだろうし傷も癒えていないだろう?」

「おう。大将に負担かけるわけにもいかねぇしな」


 欠伸をしながら先ほどてんとを張った庭へと出て行く姿を見送る。もう少し、僕の霊力を彼に回せれば苦労をかけずに済むのだがね。

 溜息を吐き、湯たんぽになろうと出ていこうとする朱莉君を少しだけ呼び止める。


「そう言えば知っているかい? 彼女のような『りゃなんしぃ』という妖精には二種類いるんだ」


 怪訝な顔をする朱莉君へと苦笑を返す。これは仁君にはまだ早く、だが朱莉君には聞かせておきたい話だ。


「一体なんじゃ、藪から棒に」

「まぁ、少し聞いてみるといい。一種は『らなん・しぃ』と言って詩や歌の才能、そして霊感や生命力などを与えてね。もう一種は『りあなん・しぃ』と言って男に取り付いて身も心も滅ぼしてしまう妖精だ」


 大抵の場合は混同して覚えられているし、実際それは間違いではないだろう。


「この妖精の面白い所は、両者共に恋ありきという所だ。恋の二側面を表していると言える。恋をすれば活力が生まれ詩文や詩歌の表現が豊富となる。けれど一方で恋をすれば全てを捧げてしまうために身は擦り減り心は磨耗してしまう。いや、恋というのは面白いものだよ」

「……何が言いたいのじゃ狭間」


 ぶすっとした顔になるのを見ながら先ほど買っておいたちょこれいとを二つ、横に置いてあるコンビニ袋から取り出す。


「仁君は、まだまだその精神が幼い。だから余り性急に運ぼうとせずにするといい。愛にしろ恋にしろ劇薬だからね、知らない子には過ぎたものだよ。だから、ゆっくりと時間をかけてみるといい」


 言わんとする意味を理解したのだろう、朱莉君は顔を真っ赤に染め僕から荷物を奪い取り仁君の居る庭へと廊下を駆けていく。

 タッタッタ、という小気味良い音に苦笑する。

朱莉君は百年以上を生きた器物だが子供のような部分もあって微笑ましい。僕にもあんな時期があったものだ。


「できればあの二人には」


 鬼と妖精のような、歯車がかみ合わない関係になって欲しくはない。

 

 徹底的なまでに不幸な鬼に与えたのは所詮は仮初の希望でしかない。

 妖精の人生がどれ程長く続くかはわからないし、どれ程の力があるのかもわからない。

 それでも鬼の力と妖精の力があれば並の妖怪風情ならば駆逐できてしまうだろう。

 相手にするならば、それこそ神か僕らのような拝み屋でなければ不足だ。

 一見して怨みが晴らせるように見えて、長い地獄のような人生。

それでも僕は鬼を生かしたかった。

 偽善であると理解していながら、いつか別の解決策が産まれるという僅かな希望を残しておきたかったのだ。

 一抹の罪悪感は存在するが、しかし。


「生きてさえいるのならば選択肢は無限に存在して欲しい」


 それに、希望はある。

 本来の鬼には指が三本しかないが、あの鬼には五本あった。

 指のうち二本は慈愛と知恵を現しており、それが欠けた鬼が悪鬼羅刹と呼ばれる。

 彼の鬼には慈愛も知恵もある。だから鬼が復讐を捨てられる可能性も零ではない。

 例えそうなったとしても鬼が救われるわけではないのだが、別の生き方を見つけて欲しい。

 勿論、僕の偽善でしかないわけだがね。

 あの二人はいつまでも合わない歯車のままで続いていくだろう。

 恋に、故意に空回っている。

 さしずめこいの空回りという所だろうか。

 上手くもなく、僕が原因の一旦なのだから笑えはしないな。

 


二月十四日

 なんか朱莉からチョコもらった。

 学校から帰ってきて貰ったチョコ見せたら殴られた。ついでに店まで委員長がチョコ持ってきてくれた。

なんか納得いかねぇ。


狭間より 仁君、人生には理不尽がつきものなのだよ。


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