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   こいの空回り ⑤

バトル回

息が荒い。足がキツイ。つーか、汗がうぜぇ。

 山の入り口。暗くてあんま見えねぇが、山なら問題ねぇ。


「あー、山の空気はやっぱいいな」


 深呼吸を何度かする。流石に息が上がったまんまで敵を相対したくねぇしな。

 しかし、山ねぇ。入りたくないのはここが鬼の領域って事なんだろな。最近じゃ余り気にされなくなってるが、山は人間の手が及ばねぇ場所だ。

 星と月しか光がないような場所なら、尚更にな。街明かりはここから見えるが照らす程でもねぇ。ならここは妖怪たちの住処として最適ってわけか。


「鬼の支配下にあんだろうし厄介だな。まっ、俺としても山は好都合だがよ」


 森とかなら毛色が違うからまた別になっちまうが、さて。山ね。

 山なら付喪神の朱莉は弱体化する、って考えるのは早計だ。鬼があいつを戦力としてみているのかどうかはともかく、最近の山にゃ不法投棄された物が結構ある。

 共感か何なのかは知らねぇが、そういう捨てられた物の気に当てられると不味い。最悪の場合、朱莉が大将の制御を離れるかもしれねぇ。そうなったら、厄介だな。被害が街にまで飛び火する事になる。

 考えながら山に入る。足に引っかかりそうな木は勝手に俺を避けてくし土も歩き易い状態になる。俺が俺である事の利点だな。山でしか発揮されねぇ利点だが。


「そこまでいったら勝敗どころじゃねぇが。まぁ、鬼はついでで倒せんだろ」

「ならば勝利してみせろ」


 声が聞こえたと同時、背中へ強烈な痺れ。気づいた時には腹から木にぶち当たり木に亀裂が入る。


「て、めぇ」


 言葉をどうにか出す。舌に鉄の味が乗ったって事は、多分肺の一つは潰れたか。


「戦闘は不可能だろう。身の程を知れ、人に擦り寄る器物」


 腕を組み、冷静な目で鬼は俺を値踏みするように見る。すぐさま俺を殺しに来ないって事は生け捕りにするつもりか。

 赤黒い身体と普通の人間よりも大きい身長。身体の幅は相撲取りみてぇだが全身筋肉。引き締まってて鉄並みの硬さはありそうだ。

 黒い髪に角は一本。牙はなし。やや人間味を残しちゃいるが、その赤さから人間だと言い張るのは無理だろうな。

 服は腰に巻いている布だけ。武器らしい武器はないが、拳でやりあうタイプか。ついでに言えば臭いは醜悪。腐肉とヘドロを詰めたような鼻が曲がりそうな悪臭。


「……はっ、人に擦り寄る器物、ねぇ。その言い草じゃ、てめぇは人に縛られちゃいねぇみてぇだぜ?」


 足が震えるのを抑えて中指を立てる。内蔵は半分以上回復。完全じゃねぇが、まぁいけんだろ。


「成程、違いはないな。器物が人に執着するのならば、私は復讐に囚われる程度か」


 首を横に振って自嘲する。……妙に冷静な野郎で、やり難い。それにここまで近寄られたって事も理解できねぇ。

 ここまでの悪臭を放つ奴が俺に気づかれる事なく近寄るってのは無理だろ。

 他の妖怪や動物ならわかる、そもそも鬼の気配が薄くでも漂う場所だ。強烈過ぎる気配に当てられて他の気配が拡散してんだ。だが鬼。この山の支配者。

 気づかねぇはずがねぇんだよ。


「言い方がかたっくるしぃ糞尿野郎だな、んで朱莉と、もう一人の女は無事なのかよ」


 内心を隠して訊く。流石にこっちの混乱を曝すわけにゃいかねぇ。


「あの器物のことならば安心しろ。原型すら見て居ない。……交渉のためにな」


 内容はきっと大将に対しての女の引渡し要請か何かだろう。つまりこいつは大将の商売とこれまでやった仕事をある程度は知っていて、警戒に値するって判断したわけだな。

 朱莉を返すから女を殺す事を見逃せ、ってあたりなら妥当なラインだろうが。


「ハッ。俺も、てめぇが執着してる女なんぞどうでもいいし、朱莉のためなら捨ててもいいが。……流石に渡せねぇよ」


 主に大将の飯のためにな。後俺も美味い物は食べてぇし学校にもちゃんと通いてぇ。


「命令故にか。従うしかない者も辛いものだな。……加減はする、安心して眠っていろ!」


 鬼は一歩から全力。俺まであと一歩。ならこっちは腰を落として前へと踏み込む。

 一瞬からでも相手の視界の外に出る程の身体の倒し方。大将から教わった小細工だけどな、初見じゃ大抵の奴には有効だ。


「ふん!」


 目を下へ動かす労力すら惜しぐれぇ面倒臭がりのようで、鬼は踏み込んだと左足を軸に俺が本来向かってくる方向へと右足を蹴り上げる。


「ぁっぶねぇ!」


 もうちょい早く相手へ突っ込んでたらヤバかった、いや、待て俺、上がった足を下ろさねぇ馬鹿はいねぇだろ!


「っ!」


 鋭い蹴り上げから、流れるような踵落し。腕を頭の上に動かしてそれを防ぐ。

こいつ、何かやってる口だな。今ので右腕の骨砕けたぞ。


「強ぇじゃねぇか!」


 拳を使うにゃ、きっとこいつの身体は硬すぎる。並の衝撃じゃまず効かねぇはずだ。

 そういう相手にゃ、掌を使うに限る。って大将は言ったな。


「喰らえよ!」


 左手を回しながら、回転と共に掌を相手の横腹へと向かい刺すように掌を放つ。反復練習を重ねて教わった技だ。

 大将並に上手くはねぇんが、効いてくれりゃいいんだがなぁ。

 衝撃が相手の中まで突き刺さるイメージ。こっちの右腕を犠牲にしたんだ。効いてくれなきゃ嘘だぜ。

「ぬっ……!」

 内部に痛みを感じたのか鬼が一歩下がる。追撃を行わないのは俺の回復力を警戒してか。


「狭間流『針』って大将の技だ。少しは効くだろ?」


 攻撃は当たる、か。んじゃ俺へと近寄ったカラクリがわからねぇな。身体を幽世にでも移して存在を隠蔽する、とかそういう類の防御技を応用したわけでもねぇみてぇだし。

 なら、どんな種があるってんだ。


「少しは、やるな。武術を使うような者が他に居るとは、驚いた」

「産まれながらだけでやれるような甘い世界じゃねぇからな。それに、てめぇも空手か何かやってんだろ」


 鬼の力がありゃ武術なんか習う必要もなく、全て力で押し込めるはずだろうにな。

 腑に落ちねぇ。つーかどこで習ったのかもわからねぇが。


「てめぇ、ただの鬼じゃねぇな?」

「いいや。ただの鬼だとも」


 右腕を前に構え、身体の半身だけを俺に向けて鬼は構える。隙はない。

 その状態のままに、すり足で徐々に向かってくる鬼へ、俺もまた構える。大将の組み立てた武術は力で押し込める相手に一番効果的だ。右の掌を横に傾け前へと向け、左は後ろ側へと置く。

 腰を落とし、攻めるか避けるかを相手に悟られないように、そしてすぐにどちらでも可能になるように重心は真ん中に。……大将なら自然体から一気にやれるんだがな。


「負に囚われた鬼の力、味わえ」


 鬼が叫ぶ。大きく足を出し、瞬き程度の速さで俺まで接近。左腕を盾のようにして前面へと押し出し、隠していたかのような右腕を腰を捻りながら大砲のように突き出す。

 空手? いや。これ暗殺拳か何かだろ!?


「っ!」


 豪腕を防いだらさっきの右腕と同じ末路を辿る。骨はある程度治ってきちゃいるが次に粉砕されたら治るまでそこそこ時間がかかる。


「っと!」


 拳は俺を逸れる。いや、逸らす。俺は身体を半歩横にずらし、更に右手で相手の力を横に移動させた。次にこっちが足を踏み込もうとして、足が上がらず何かを上に乗せたような痛み。

 鬼は腰を捻った勢いで回るようにして左足を俺の足に重ねた。下手な移動を防ぐために。

 更に言えば、近距離での殴りあいを強要するために。こいつ、喧嘩慣れもしてやがる!


「おらぁ!」


 だが鬼も逸らされた右腕は使えねぇ。そうなると来るのは当然左だが、流石に盾にしてた状態から振りかぶるなんて事はできねぇ。

 なら選択は一つ。裏拳。俺がこの状態で対応できんのは額。

 拳に向かって頭を振りかぶる。


「ぬ!」


 相手が振り切る前にこっちから当てにいきゃ最小限で防げる。だが、しかし、なんだろうな。認めたくねぇが、武術家としての腕前は鬼の方が格上だ。


「てめぇの臭い息を嗅がせんな!」


 ヘッドバックの反動を利用して左腕を鬼の胸へと叩きつける。さっきみたいな手ごたえはねぇが、それでも意識が逸れた。踏まれてた足をそのまま引き抜いて後ろに下がる。

 鬼は、追撃しない。こっちとしちゃありがてぇがな。


「生憎、口臭にまで気を遣える余裕がなくてな。今度会う事があれば、気をつけよう」


 余裕だな。だがまぁ、その余裕も納得だ畜生。

 俺もある程度までの奴なら殴りあえる程度の力量はある。その程度の自信はある。

 けどよ。こいつは別格だ。大将並の達人だろうな。俺の実力を七とすりゃコイツは十。長く続けりゃ確実に俺が負ける。俺を殺さないようにやってて今の状況だ、そんぐらいは理解できる。

 やっぱ、付け焼刃の武術じゃ勝てねぇか。


「付き合って貰って悪ぃが、格闘家としちゃ俺の負けだ。だからここからは種族としていくぜ」


 背を見せずに跳んで木の枝へと乗っかる。鬼は俺を油断せずに見つめる。

 せめて今の内に多少はダメージ与えておきてぇ所だ。俺と違って鬼の回復力は高くねぇみてぇだしな。


「本気を出さずとも逃げればいいではないか? 安心しろ。俺はあの女にしか興味はない。目的を達成すれば人質は解放する」


 嘘じゃ、ねぇだろう。鬼が嘘を吐くなんて事はねぇ。最悪を考えて俺が捕まれば大将に迷惑がかかるってのもわかる。

 だがよ。


「男にゃ意地ってもんがあんだよ!」


 握った拳を木に叩き付ければ。鬼の背後の木が数十本の枝や根を振りかぶり鬼へと叩きつける。

 突如きた後方への攻撃に対応できない、という事はなく突然のそれを後ろへと回した腕で薙いだ。

 一本程度ならば、どうという事はないだろう。しかしその数が二本、三本、いや十本ならば。全方位から絶え間なく襲いかかる木の打撃。鞭にように、棍棒のように振り下ろされる根や枝の猛攻。


「貴様、器物ではないな。木霊の類か? いや、だが人の臭いが、人に寄り添った物の臭いが濃いが……」

「生憎俺は先生じゃねぇから、教えるのが苦手でなぁ!」


 今の俺が操れるのは最高十二本が限界だが。全部を攻撃に回すよりか何本か防御に回した方がいいな。この状態で俺が突っ込んでもいいが、あの鬼なら、この数百の根と枝を捌ききってる鬼なら間隙を突いて俺を気絶させる事ぐらいはわけねぇだろう。

 何本かの根と枝は巨大化させてあるってのに。致命傷を与えそうな奴だけじゃなくて八割ぐらい防ぐとか頭おかしいんじゃねぇのか。

 だが、数の暴力にゃ敵わねぇだろう。倒す事が出来なくてもこのまま時間を稼げば大将が来てくれるだろうしな。勝てなくても負けはねぇ。


「このままでは、埒があかぬな」

「拉致したのはてめぇだがな」


 言い方が面白かったのか鬼が普通に笑い、俺を向く。楽しそうな、獰猛な獣の顔で。


「面白い。ならばこちらも面白いものを見せよう」


 肘を引き、木たちの攻撃を無視しながら鬼は地面へと向かって拳を全力で振りかぶり。

 大地が揺れた。


「ッ! ば、てめぇ、馬鹿か!」


 予想以上の馬鹿力。揺れた地面は、いや山の一角を崩すには十分な重すぎる一撃。木たちは踏ん張る地面をなくして無残にその場へと倒れていく。

 だがこれじゃ鬼も倒れる木を受けてダメージを負うはずだが、いや。そうだな。鬼だ。ここのまでの力を見せ付けた鬼が、倒れる大木を薙ぎ払えないわけがねぇ!


「生憎と学校へ通えなくてな。頭は良くない」


 倒れる大木をその腕で薙ぎ払い、逃げるために宙を飛んだ俺を狙い、俺目掛けて跳ぶ。

 木の操作を、と頭で思い描いた時にゃもう遅い。拳が吸い込まれるように俺へと伸びてそのまま、一瞬だけ意識が途切れる。

 瞬きする程度。だが、でけぇ時間だ。木の折れる音と背中に何度もかかる痛みで意識を取り戻してもう一度手放したくなるぜ。

 何本目か、多分五本ぐらいの木を犠牲にした後に岩にぶつかってようやく停止。激痛どころか痛すぎてどこが痛いのかわかんねぇ。

 顔が勝手に下に向いたから視線だけで確認する。……はっ、腹に穴空いてんじゃねぇか。両腕も粉砕。身体の中で枝も刺さってて臓器の大半が機能不全。心臓が動いてるのは奇跡だな。頭も砕かれてるかもしれねぇが、いや考えられてる以上は問題ねぇか。

 両足も枝が刺さってるしよ。笑えねぇが、笑うしかねぇ。


「…………」

「怨みの力、余り舐めるな」


 不味そうな力だな。……ちっ、別に舐めてたわけじゃねぇ。けど、ああ。こいつを格下に見てたのは確かだな。妖怪としちゃ最強種の鬼。理解はしてたが、しきれてなかった。


「も、ちょ……雑魚、だ、思っ、たぜ」


 肺が壊れてるせいで上手く喋れねぇ。無い腹から空気を出してるみてぇな感じだ。


「格の違いだ。……大丈夫か木霊。死にそうに見えるが」


 俺に死なれるのは流石に困るんだろうな、鬼が本気で心配そうに言ってきやがった。はは、敵に心配されるたぁ、雑魚はどっちかって話だぜ。


「てめ……こそ」


 だが鬼も少ないないダメージを負ってんな。木が倒れた際に出来た裂傷と打撲が全身。腕には枝が突き刺さってるしよ。あそこまででかい崩落だ、こいつの鉄みてぇな身体にも被害があったようで何より。


「はっ。……俺ぁ、もん、だぃ、ねぇ」


 意地だ。ただの男の意地にしか過ぎねぇさ。だがな、大将が教えてくれたもんだ。

 男には死にたいと願う時でも死ぬ事が許されない時がある。大切な奴のために。身体は死にかけようと、心は折れるな。

 ってな。だから、意地ぐらいは張るさ。


「……ふむ。ならば貴様も連れていくとしよう。人質は多くとも問題はない」


 おっと。そいつは勘弁願いてぇな。流石の大将でも俺と朱莉が人質に取られてちゃやり難いだろう。

 そろそろ、最低限肺だけは回復し終わる。他の部分はやり慣れてねぇから時間がかかりそうだが、な。


「俺らの、大将が、よ。……まだ来ねぇ、と」


 思ってるのか? とどうにか顔を上げて、口の端を吊り上げる。

 無理をした効果はあってくれたようで初めて鬼が焦りの表情を浮かべた。張ったりじゃあるが、半分は予感だ。あの大将ならすでにきっと朱莉を助け出せてるだろうってな。


「……ならばこれ以上貴様に構う事はないな」


 鬼が足を大地に落として土煙を上げる。……おいおい。俺にトドメを刺すにしろ何にしろ大げさっつーか慎重過ぎるんじゃねぇか。

 確かに視界は覆われてるし、武術特有の歩法でも使ってんのか足音もしねぇ。それに気配も消えた。ここまで万全に俺を狩る必要はあんのか?

 ……いや。俺に気配を隠す方法を知られたくねぇ、って事かね。

 しばらくして晴れた土煙の後には鬼の姿も気配もねぇ。

 どうせ俺はもう戦えないと判断してなんだろうな。確かにこの傷なら並の妖怪なら三日は安静にしてねぇとキツイだろうが、俺なら後三十分もありゃ歩いて戦えるようにゃなるはずだ。


「ただ、まぁ」


 どうせ今の俺じゃ鬼に勝てねぇだろう。奇襲方法もわからねぇし、武術でも負けて俺の力でもそこそこのダメージしか与えられなかった。まだまだ、格上の相手とはやれねぇな。


「地力、どうにか上げてぇ、なぁ」


 修行と実践を重ねるしかねぇんだろうなぁ。


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