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   こいの空回り ④

 それは古い記憶だった。

 両親が近くに居なくて。

 私は公園に一人で立っていた。

 彼はもうここには居ない。私はもうあそこに行けない。

 それが少しだけ悲しくて。少しだけ泣いた。

 あの人たちにはもう会えないんだと思うともっと悲しくなった。

 それでも足は自然に住みかに向かう。

 これから私はこの世界で生きなければならないから。



「……ふむ?」


 結界の完成は確認できたが、鬼の気配が出現し、内部の二人と共に別の場所へ去ったか。

 なにやら急変の予感だが。しかし急ぐ事は出来ないし、する必要もない。二日程度は追う事が可能だし仁君も鬼を追っている。僕は後からゆっくりと行けばいいだろう。


「おや。何かありましたか?」


 さて。僕はここへ来た本題として、巫女である高野君へと意識を向けなおす。

 お茶を飲む姿までもが絵になりそうな和風美人である彼女へと。僕の前にあるお茶は限界まで注がれており、そこから早く帰って欲しいという気配が滲み出ていた。

 それも致し方あるまい。この神社はどこまでも人間の味方であり、僕の店と本来は反目しあう仲なのだ。その僕が此処に出入りを許されているのは昔ながらの付き合いというだけである。


「なに、大した事ではないよ。それで、依頼を流してくれた事は感謝するがどのような事情があるんだい?」


 彼女の腕前ならば、鬼の一匹や二匹無力化する事も容易だろう。才能は歴代巫女の中でも一、二を争うといわれているのだから、無力化する所ではなく払いに払って消滅させる事だって不可能ではない。


「事情だなんてそんな。私は貴方の店とは違い、人間の味方というだけです」


 建前半分、本気半分だろう。彼女の性格から言って困っている者を無碍にする事はない。

 僕の店との付き合いがあるという理由もあるのだろうが、切羽詰っている妖怪の類からの仕事でも請けるはずだ。


「それで? 彼女が人間である事以外に、何か理由でも?」

「……はぁ。貴方に依頼を回しておく時期だったというのが理由の一つです。そろそろ懐具合が寂しくなっていたでしょう。それに、今回は私では手に余る、いえ。余り手出しをしたくない件でしたしね。私でも最善を得られないでしょう」


 ふむ。聞いた限りではそれ程、厄介な件ではなかったと思うが。いやだが何かがあるのだろう。僕ではわからないような何かが。


「……まぁ、貴方ではわからないでしょうね。神殺しの禁忌を侵しても、貴方はそういう人ですから。それとも老いましたか? 時間だけは私たちにも手出し出来ない事柄ですからね」

「ははは。十八歳で巫女として高名になったお方は言うことが違うね。だが老いというなら、君もすでに二十代も半ばだろう。そろそろ父上が見合い相手を心配する時期ではないかな?」

「ご心配なさらず。これでも引く手数多なのですよ? 貴方こそ、そろそろ身を固めてはいかがですか?」

「君の控えめな胸と丁寧に毒を選別する舌に惚れる者が後を絶たないのは罪だね。それに僕には心に決めた人が居てね、ご心配なく」

「……貴方の、口の悪さは私でも払えそうにありませんね」


 昔はもう少し、大人になれば大人の雰囲気を持った会話を行えると思ったものだが、そうはいかないようだ。だがこれも大人でなければできない会話ではあるのだろう。

 さて。周囲へのぽーずとしての会話はこれまでとしよう。聞き耳を立てていた式神も居なくなったようだ。


「君との楽しい逢瀬も終わりにして、本題と行こう。彼女の正体に推測は?」

「……情報は特別に無料としておきましょう。ですが辿り着いているでしょうね。彼女はチェンジリング、日本で言うなら取替え子。その結果として取り替えられた妖精です。ご存知ですよね?」


 余り外国に詳しくはないが、その程度ならば知っている。詳しい事までは知らないのでさわりだけになってしまうのは、勉強不足か。


「日本で言う所の神隠しに似ているものだろう? 違うのは、代わりに妖精の子を置いていくというものだが」


 神隠しは文字通り神が己の世界へ連れ込む現象だ。一般的には誘拐とされており、その割合も多かっただろうが、本物の場合は確実に帰ってこれない。

 だがしかし、取替え子は戻ってくる場合がある。妖精といえども肉親の情があるのだろう。

そして、取替え子をするのは『おーが』や『とろる』と言ったモノのはずだ。


「彼女の正体は」

「いいえ。トロルやオーガではないでしょうね。見た目からしてそういうモノとは別です。それに取替え子は結果として起こる現象であって、確実に二つの種が行うものではないのです。何より、自らの子が醜悪であったから露見するのであり見目麗しい子ならば納得してしまうでしょう?」


 別の男との子だと疑う者も居るだろうが、それでも美しいならば文句を言うはずがない。


「成程。彼女がどのような妖精か、それがわかっていないのか」


 妖精というのは千差万別。鬼と違い、特異な力を持つモノも少なくはない。

 彼女が僕らに害を与えるような事をするとは思わないが、知らずに挑むのと知って挑むのでは心構えが違う。


「そういう事です。対策も何も練りようがありませんし、早く行った方が良いのでは? 鬼が相手ではあの子たちでは厳しいでしょう?」


 ふむ。恨みに身を焦がす鬼と、人への想いで変わった付喪神。確かに鬼の方が厄介だ。


「いや、なに。あの二人ならそこまで苦戦はしないさ」

「……少々過信のし過ぎでしょう。幾らなんでも、確かに彼女は法外な実力を持っていますが近接攻撃には強くないでしょう?」


 認めよう。朱莉君は近接、特に打撃などには強くない。だが、向かっているのは仁君だ。


「過信ではなく、事実さ。とは言え経験も多すぎるわけではないから心配なのも確かだ。お言葉に甘えて向かうとしよう」


 お茶を一気に飲み干す。これから走るというのに馬鹿な事をしたと思うが、出された物に手をつけないのはいただけない。


「はい。それでは、もう出来るならそんなにここへ足を運ぶ事はしないで下さいね」


 この業界で疎まれている僕への言葉にしては過分な言葉だ。付き合いが長いにしても自分の立場を考えれば、僕を拒否しても誰も何も言わないだろうに。

 全く、この子の甘さを受けてしまっている自分の身が情けない。

申し訳なく思うのならば過去に行った神殺しを初め、妖怪の擁護をやめた方がいいのだろう。それは無理な話だが。


「ああ。可能な限りは。……そういえば、昔馴染みという以外で僕へ良くしてくれる理由を聞いてもいいかな?」


 問えば、高野君は諦めやような溜息を吐き、こちらを追い払うように手を動かした。


「貴方個人は嫌いではないですし、パイプがあると便利ですしね。縁を無理に切る必要もないでしょう」


 早く行って欲しいという気持ちが声に篭っている。うん、なら本当にもう退散するとしよう。

 仁君と朱莉君が困っているのならば、助けるのも僕の役目なのだ。


「また何かあれば来るよ」

「心待ちにしていませんがその時はどうぞ」


 やれやれ。嫌われてはいないのだろうが、好かれてもいないのだろうね。

 ただ僕と彼女の関係はこのぐらいで安定してくれるとこちらとしても助かる。


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