こいの空回り ③
「こっちが近道です」
公園を歩く。……人工物しかねぇ場所はやっぱ苦手だ。人が居たって気配もしねぇし。
偽者の自然って場所はやっぱ人気ねぇのかね。それともガキが少ねぇせいか?
「……む? 何者か、おるな」
背中に居る朱莉が顔を動かした感覚があった。そっちの方向を見たら、まぁ確かになんか居るな。砂場で一人、フードを被って空を眺めてる奴が。なんか暗い奴だな。
「昔からある公園ですからね。私にとっても、気づいたら泣いていたりして。とても思いで深い場所なんです。初恋の人と会ったのもここですし」
はぁん。どうでもいいな。
目を離した隙に立ってた奴も消えてら。ん? 朱莉が反応したって事は何かあったのかね。
「おい」
「うむ? ああ、いや。気にするでない。やけに黒い心じゃったのでな、まぁ繁華街に行けばよくいる程度の色じゃったが」
朱莉の能力は確か、感情を炎で見るって感じだったよな。黒って事は害意とか敵意かね。
どこぞの誰か知らねぇが、そんなんばっかの社会だからテレビのニュースは暗いの多いんじゃねぇのか。
「そういや親が居ねぇのになんで戻んだ?」
両手に荷物があるせいでやり難いが背負い直す。肌寒くなったから温いな。人肌、ってわけじゃねぇけど。
「え? ああ。はい。家に居ないと、鬼さんが私を見つけられないかなと思いまして」
「鬼ごっことかかくれんぼじゃねぇんだからよぉ」
「リアル鬼ごっことはこの事じゃな」
「上手くねぇぞ、言っておくけどそれ全く上手くねぇぞ?」
顔は見えねぇがドヤ顔してんだろこいつ。このまま落としてやろうか。
「そういや、アンタ外国産まれなのか? 髪の色が面白い事なってるみてぇだが」
「母がドイツ産まれで、父が日本人なんです。何でこんな髪の色になったかわかりませんけれど、昔はそれでよく色々言われていました。あ、そうだ。自己紹介がまだでしたね。私は大辺・晶と申します。お二人のお名前を教えて頂いても宜しいですか?」
笑いながら言う事、なんだろうかね。
擬態してる奴は価値観だけじゃ人間か否かの区別は付かねぇのが普通だがよ。こいつは根本からやっぱ違うだろうな。朱莉が身じろぎしたので確信したぜ。
普通の奴なら微かでも傷になる過去だろうが、こいつは決して気にしてねぇんだ。頭の螺子が外れてる奴と考えるよか人間じゃねぇと確定させて問題ねぇ。
「……俺は山野で背中のこいつは朱莉だ、っていてぇ! 噛むな馬鹿」
「ふん。勝手に人の名前を言うからじゃ。私が偉いみたいであろう、全く」
判断基準わからねぇ。なんだってんだその理由。別にいいけどよぉ。
「お二人は仲が良いんですね」
「あ? まぁそこそこじゃね」
「さて。付き合いは長いからの」
あー、いてぇ。絶対に歯型付いてんなこれ。噛み千切られなかったのが幸いと思うべきなんかね。
「先に山野が言うてしもうたが、私の名は朱莉じゃ。お主とはそれ程、馴れ合うつもりはないというておこう」
……俺はあんま人間の事に詳しくないからわかんねぇけどよぉ。幾らこいつが人間じゃねぇって言っても常識は流石に人間社会のもんだろうに。
キツイ事いうなら俺がやった紹介だけでよかったんじゃねぇのか。
「はい。お時間をとらせてしまいますが、明日までですので宜しくお願い致しますね」
それに対しても笑顔で、ね。人間じゃねぇ事を差し引いてもこいつ、度量が広い方だろうな。悪い奴ではなさそうなんだがなぁ。
ただどうでもいいってのはあるが。身内以外の奴は基本、どうでもいい。クラスの奴ならある程度は気にするだろうが見ず知らずの他人なんか覚えておけねぇし。
「何故ご両親は在宅でないのかの。旅行だと聞いたが、誕生日を祝うのが親じゃろ」
例外はあるんだろうが、まぁこいつぐらいのおかしさなら親に敬遠されるんはわかる。
と思ったがどうやら予想は外れたか。
「両親は新婚旅行で。私ももう高校生ですし、祝って貰うのも少し気恥ずかしいものがあるんです。一緒に居て二人が怪我をしても嫌ですし」
水を差さない、って名目で遠ざけたって所か。ならこっちとしちゃありがたいな。
周りを気にしねぇでやれんのは気が楽だ。関係ねぇ奴を守りながらやんなら大将が必須だろうからなぁ。
「納得じゃ。……お主の家は、随分と広そうじゃの」
考えに没頭してたから気づかなかったが、その通りだわ。大将の店兼自分の家も結構広いと思うがここら程じゃねぇよ。
多分あの家の敷地が二つ入るぐれぇにはでけぇなここら辺。いわゆる高級住宅街って所なんだろうなぁ。金はあるとこにゃあんだな。
「大きいだけですよ。私はあのお店の方が素敵だと思います」
確かにそこそこ広い上に部屋も三つあるし、蔵もあるがよ。ああ、ただなんだな。
「ここらの家はどうにも、生きてる雰囲気がないのぅ。住む者が余り好いておらぬのか?」
それだ。まっ、好いてるかどうかはともかく余り住み着いてるってわけじゃねぇんだろうな。大将もよく言ってたぜ、人が居ついてる家と居ついてねぇ家は見ただけでわかるとかなんとか。人間の思念があるかどうかって事だとか。
難しい話だから聞き流してたがな。
「家に居ない人も多いのでは、と思いますよ。私の家も両親が二人とも働いていますし。あ、ここです」
そこそこの厚みのある壁。門があるってのはすげぇな。言うなら洋館か。白基調でなんか汚すと面倒そうに見えんな、壊しても修理したら高くつきそうだしそこらも気をつけるか。
「アンタの部屋はどこにあんだ?」
「あそこの、池の上です」
ここから目測、走って十歩。高さはニメートル前後って所か。走って飛べば俺でも着地できそうな感じだな。
最悪落ちても水で少しは緩和されっかね。何か住んでたら悪いからそうなりたくはねぇ。
「ふむ。……符は手分けして張るかの。私は右回り、お主は左周りでどうじゃ?」
「ああ。あいよ。んじゃ降りろよ。これじゃ張れねぇだろ」
「……おぉ。失念していたのぅ。頭を撫でてやろう」
「どんだけ俺を馬鹿だと思ってんだ! 地面の下に顔だけ出して埋めんぞ!」
「ならば貴様など炭にして後生大事使うぞ?」
ちっ。背中に乗られてるからこの位置じゃ俺が不利か。首絞めから来るか、いやそれとも腕の関節外しにかかられるか。どっちにしろ敗戦濃厚になるな。
背負うんじゃなかったぜ。
「お二人は本当に仲が宜しいんですね」
背中から降ろす姿を見ながら女が言う。……別に悪いわけじゃねぇが、今ので何でそう思うんだっての。
降ろしたせいで背中がやや寒ぃ。別に背負ってるのが良かったわけじゃねぇがな。
「んじゃ張るか。お前の分これだ。八方だから、あーと。ここと門と横にか。面倒だがしゃーねぇな」
「うむ。お主は細かい作業が苦手じゃろうから私が合わせてやろう。光栄に思うのじゃぞ」
「ちっちぇ奴が胸張ってもちっちぇって。いてぇよ。足蹴んな」
足を踏みしめないと耐えられない下段蹴りってなんだこいつ。脆いから前出られないだけで大抵の奴と殴りあえるんじゃねぇのか……。
「細かい作業好きじゃねぇんだよなぁ」
ただこういう札の造り方は習っておくべきかね。もしも大将が死んだらどうせ人間社会で生きていかなきゃならねぇんだし。
この島国じゃ、本物の山は蹂躙されて紛い物に成り代わってるかんなぁ。俺の支配地を作るのも無理があるな。
無人島なら気にしねぇんだろうが、そういう所じゃ朱莉が生きるの難しそうってのがな。
「八方に符を張って世界を構築、ねぇ。教えて貰うと眠くなんだよなぁ」
世界は一つなのに何で二つも作ろうとするのかね。俺にはわかんねぇが、だから普通の奴にはこの中で起こってる事を知覚できねぇらしい。
マジで何一つわかんねぇ。
「んーと、朱莉があそこらだから、ここらで完成っと」
張られたと同時に軽い目眩。……まぁ、妖怪らには効かねぇだろうからあの女も平気だろ。鬼も軽く近づき辛くなるだろうから多少は警戒されちまうかね。
「張り終わったようじゃな。全く、狭間は何を専門に学んだのかのぅ。陰陽道に風水、仙道から方術から見るに大陸系なのじゃろうが、修験道やら神道方面もやるしのぅ」
「ああ、俺も気になってんだが、まっ大将なら何してても不思議じゃねぇだろ」
屍使う系の奴をやってても不思議じゃねぇし、魔術使ったとしても驚きやしねぇぜ。
「ふむ。張り方が綺麗じゃな。私を背負う権利と義務をくれてやるぞ?」
「ワゴンにあってもいらねぇ」
蹴られながら家の敷地内に入る。女もなんかちょっと頭が痛そうな顔してたな。
けど、この結果だけじゃ不安だな。雑魚だろうとなんだろうと、相手は鬼だ。執念深い上に執拗で、怖い相手だ。甘く見るのはいいが、油断はいけねぇ。
「朱莉」
「うむ。家の外にも軽い結界を張って」
朱莉の声が途切れ、身体を捻りつつ飛ぶ。
「もらうぞ、この女!」
濃密で醜悪な鬼の臭いが突如前に湧く。人払いの結界を軽々と抜け、鬼は女を掴み。
「ちっ!」
「追え山野!」
朱莉が俺よりも早く飛び上がる鬼にしがみ付く。その間、数秒。
鮮やかな、鮮やか過ぎる手並みだ。人攫いは鬼の専売特許ってわけじゃねぇのによ!
「チッ、朱莉の匂いをたどっていくしか、ねぇな!」
鬼の向かった方向へと屋根の上へとよじ登って飛び上がる。
明日殺すって言ったならすぐには女は殺されねぇはずだし、朱莉も人質としての価値を考えりゃ殺す事もねぇはずだ。いや、それ以前に朱莉が簡単に壊されるとも思わねぇが。
なら大将を待った方がいいんだろうな。結界に一度でも入ったなら大将なら追える。
だがよ。
「何もしねぇってのは性分じゃねぇ!」




