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   九十九神屋 ⑨

 村に来た時と戦闘開始はほぼ同じだ。違うのは僕が初めから七十八体の付喪神を配置し、巫女へ二十体、監視の意味でまわしていた。

 だが。


「君の方へ幾体かまわしていたと思ったんだが?」


 彼女と女は戦闘を止め、異様な気配を持つ巫女を睨み付けている。分かる、僕も理解していた。巫女の出す気配が人間でないという事ぐらいは。


「そうなの? ごめんなさい。ちょっと楽しくなっちゃって。力にあてられて、消滅したのかしら」


 歯が砕けそうになる程、噛み締める。山から付喪神と妖怪たちとの争う気配がしない。

 存在は知覚できているから消滅したという事ではないのだろう、ならば、単純に動けないだけか。……彼女へと付いて貰った彼らはすでに巫女の手によって破壊されているのかもしれないが。いや、浄化された、か。


「興」


 わかっている。冷静にしようと彼女が僕に言葉をかけたというのぐらいは、わかっていた。


「わかってる!」


 理解して。だけれど、怒りが支配したのだ。

友を、仲間を、掛け替えのない存在を消されて冷静になる自信は今の僕にもない。


「ふーん。へーほー、君らの敵かー? こちらとしても少し面倒な相手だから加勢するよん?」


 目を細め、誘われた言葉は罠だ。

 こちらを囮として、消耗を少なくし勝利したならば上から交渉を行い、負けたのならば消耗した巫女を倒すという裏なのだろう。


「……敵の敵は、敵さ」

「そうね。当たり前だけれど、ね。ところで巫女さん? その力は、神の力よね?」


 おそらくあの土地にあった神の残滓。それを奪ったのか、魅入られたのか。神を殺す事は出来ないだろうから、得たのは巫女だったという。そんな単純な事実なのだろう。

 背景に何があったのかなんて知りたくはないが。


「ふふ、ねぇ、狭間さん家の興さん? 貴方は人間なのだから私の味方にならないかしら?」


 問いかけ、巫女は僕へと手を伸ばす。その言葉で迷う程の脆さは持っていない。

 だが、しかし。巫女は、僕らを助けてくれた。僕らを守ってくれた。

 今の状態が信じられない。けれど、僕の大切な友らを殺したのは巫女であり。


「……興。聞く事はないでしょ。答えは、決まってるはずだわ」

「ああ。そうだね。……巫女よ、いや、すでに神と成り果てた君よ。命だけは助けよう」


 軽い口調で言おうとして失敗する。この時、すでに僕は冷静さを失っていたのだろう。それだけが唯一の取り得だったというのに。


「あらら。全員交渉決裂だねー?」

「残念だわ。味方じゃないのなら、殺すしかないわね」

「……興。離れてなさいな。ふふ、二人も格上が居るなら楽しめそう」


 朗らかに敵意を滲ませながら女が言い。

 穏やかな殺意を撒き散らしながら巫女が笑い。

 楽しげに戦意を漲らせながら彼女が呟き。

 三人が同時に動く。

 女はステップを踏むように彼女へと飛び掛り、更には山から木の竜の如き姿をした樹木が巫女へと伸びた。

 巫女は困ったような顔をしながら、宙も光輝く弓と矢を、更には薙刀までを創り出し溜息をつきながら迎撃する。

 最後に彼女は。


「……興、もしもの時は逃げなさいね」


 一瞬だけ儚い笑みを見せて、向かってきた女へと回し蹴りを叩き込み、女が吹き飛ぶ。

 僕は。

 僕は。


「……ッ」


 何も出来ない。動けずこの戦いをただ見ているだけだ。

 友を殺された怒りと裏切られた悲しみと、こうなった事に対する絶望。

 全てに引きずられて身体が動かない。もしこの時に動けていたら、どうなっていただろうか。

 僕は死んでいたのだろうか、それとも彼女は生き残っていただろうか。


「面白いわね、この竜。やっぱり何の神かわかっていると便利ね」


 山の女神という側面を持つ山姥であるが故に山を支配化においている。その山から竜を産み出すのは造作も無い、とはいかないのだろう。

 彼女を相手にする力がやや落ちている。支配力の全てをそちらに傾けているのかもしれない。


「なら、貴女は何の神なの?」


 女の攻撃を利用して空へと飛び上がり、竜と挟撃の形になりながら彼女は問う。

 問いに簡単には答えないだろうと全員が予測し、しかし巫女は。


「知らないわ。神の力を得ても、まだ卵みたいなものだもの」


 薄く笑いながら、返された言葉は僕らにとって予想していなかったものであり、ありえると思ったものでもある。

 神というのは、そう在るばかりではない。在り方が変わり人にそう信仰された場合に大小あれど影響を受けてしまう。では、神として何もない者ならば、全てになれる可能性と、何にもない可能性もあるのだろう。

 巫女は、何にもなかった。だからこそ僕らが相手を出来る。おそらく国津でも上位に属する力のはずだ。


「あははー、それなら私らにもチャンスはあるねー。ね、九十九屋さんら、やっぱり共闘しよう。三つ巴で殺せる程、その巫女ちゃんは甘くないよん」

「だから断るって言ってるじゃない」

「うふふ、貴女も振られちゃったわね」


 竜から伸びる枝や、放たれる木の爪を薙刀で切り裂き背に浮かんだ幾万の弓矢で更に押し返す。確かにこの状況では巫女を倒すのに女の力を借りる必要があるだろう。

 しかし。


「君らは、完全に敵だよ」


 符を撒く。この状況から巻き返すにはこの場の支配を行うしかない。


「余裕のある者は僕の援護を」


 背後で争いを始めていた付喪神たちに向かい伝えれば半分が僕の援護へと向かってくる。いや、防御のためだ。


「これだけは言う、命を賭けるな!」


 幾多の付喪神たちが僕の前に立ち結界を張る。僕が術を教えた者も居るから出来る芸当だろう。しかし無理だけは、してほしくない。

 彼らを失うのは恐怖だ。


「応さ!」


 声を返す彼らを目に納めつつ、結界を構築する。動きながらでは不可能。場所を、どころではなく概念的にこの場を一時的に支配下にするために。


「天を右手の内に。地は左手の内に」


 唱えながら視界を閉ざす。撒いた符が何枚か吹き飛ばされるのを感じる。だがすでにその符は不要だ。


「風は吹かず。雷は迷う」


 世界が僅か変質する。荒れ狂うように渦巻いていた風はぴたりと鳴き止み、時間がとまったかのような寒気が背筋を襲う。


「厄介だーね!」

「……奥の手かしら? 見た事がないわね」


 二人の声すらも意識から削ぎ落とし、更に言葉を紡ぐ。


「闇なく故に火もなく。水もまた枯渇した」


 全ての者が重みのような物を感じているだろう。威圧のような、恐怖のような、得に知れぬ感覚。欠点は僕もまた同じ感覚を抱いている事だ。


「山は脆くも崩れ落ち、沢はもはや乾き切る」


 それでも目の前に居るはずの付喪神たちの気配は消えていく。命を賭けるなと言ったというのに。彼らの命が、削がれていく。


「世界は広い。故に、世界は僕の掌に納まる」


 最後の言葉を紡ぎ終え目を開けば。

 あれだけ居た付喪神の全てが、欠片も残らず消え去っていた。


「……!」


 甘かった。僕の判断が、甘すぎた。


「ん? どしたのー? 奥の手って奴は披露しないの? あぁ、彼ら? 私じゃないよ! そこの巫女さんがさぁ」

「何を言っているのですか。貴女も嬉々として破壊していた癖に」


 どちらが、なんて言うのはどうでもよく、身体に傷が付き僕の前に立っている彼女の姿を見ればそれだけで理解できる。

 僕を守ろうとしてくれた事。そのためにどれだけの犠牲を払ったのか、という事。


「……興。どうするのか、わかっているわよね」


 鋭い氷を思わせる声が耳に入る。いつものような楽しげな雰囲気はどこかへ消え。

 殺意と敵意が凝縮されたような声。


「勿論だ。最後通告、はない!」


 左手を水平にし、指を開き掌を空へと向ける。そして右手を振り上げ、左掌へと叩きつけ。

 世界が変化する。


「お?」

「……ふぅん。これは凄い」


 見た目は何も変わってはいないだろう。

しかし。


「喰らえ」


 山で作られた竜が身を捩り、女へと向かう。

 天地掌握。僕の中にある構築された世界を僅かだけ世界へ向けて開くという荒業だ。文字通り命を削る行い。


「ここでは興と、その仲間しか最大の力を発揮できないわ。とはいえ、流石格上ね」


 本来ならば、下位の天津神程度ならば完全に抑えきれるはずだというのに。


「少しは力が抑制されているわ。ふぅん、九十九神屋。神社から放したのは失敗だったかしら」


 くすりと笑いながら巫女はそれでも数百の弓矢を彼女へと向かい放った。いや、巫女だけではない。


「あぁ、これはいけない。ふふ、名無しの子供だからって甘くみちゃいけないね。流石厳しいなー、これ」


 女もまた、豪快な笑いを上げながら竜を砕き僕の元へと立つ。

 巫女と彼女。僕と女。これで五分。だが、きっとこれは間違いだったと思う。逆であるべきだったんだ。

 悔やんだ所で過去の話でしかないが。


「それじゃあ名無しの少年君、楽しんでいこう」


 木を地面から創り出す事が出来ずともそこは神の側面を持つ妖怪。

 振りかぶる拳が空を裂き僕の顔を掠る。避けていなかったら首が飛んでいただろう。

 顔の横にある腕を取ろうとし、思いなおしそのまま横へと裂ければ足が僕の顔があった場所を裂いて過ぎる。

 だがそこから女は半歩分だけ足を前へとずらし踵を落とす。それもまた避けるしかなく。

 落とされた足は地を蹴り右腕を放つ。


「流れるような動きだ、友を殺したのは、その腕か!」


 放たれた腕を下手に取れば腕力で投げられるだろう。だから僅かな力でいい。強大な力は持つ者に振るわせればいい。

 腕を巻き取るように取りながら身を沈め流れの方向を変えればいい。今回の場合は、上へ。


「お?」


 蹴り上げようと足を地から離していたからか女は自分の力で吹き飛ぶ。

 力量は悪くないが、技という点では僕の方が上回っていたのだ。そう、冷静ならば。


「悪くないねぇ。うん、いいね。でもそれで勝てるのかなー?」


 確かに言葉は最もなのだ。僕の攻撃には打撃力がない。言うならば相手を削るだけだ。彼女を相手にした時だって身を削り一撃をあてにいったというだけだ。

 規格外の体力を持つ相手では、効果が薄れる。


「勝つに決まっているだろう!」


 駆けた。投げられた女へ向かって。袖から撒くのは爆破の符。それを女へと飛ばせば、破裂する。大したダメージがないのは承知の上だ。


「効くと思った?」

「皆、行くぞ!」


 僕が前から飛び込み、殺意を漲らした付喪神らが僕に続く。数はすでに三十以下。それでも構わない。仲間がまだ生き残っているなら、これ以上、失いたくない!


「む」


 遅い。何故僕が百器夜行と呼ばれているのか、知っていたから巫女は彼らを、殺したというのに! 思い至らない貴様の負けだ、妖怪。


「百器殺」


 後ろの妖怪たちの力が僕の中で一つとなる。外へと結界を出しているが、それでも力を留めるという事ならば一人の力でも可能だ。

 彼らの力を受け入れらず彼らを率いる事など不可能。

 中で交じり合った様々な形の妖力を僕の物として、破壊の力に変えて女へと突き立てる。

 形は刃。無数の器物が織り込まれた、妖怪の力で創り出す妖刀。


「……危ない、危ない。あはは、さっき他のを潰してなかったら死んでたかもね?」


 囁くような声が耳元から聞こえ、背筋が粟立ち。


「でもまっ、計算が狂ったかな?」


 強い衝撃と共に気が付けば空を飛んでいた。いや、落ちている。

 背中に感じていた付喪神たちの気配も、同じように吹き飛ばされたのかばらばらの場所にあり、どうなったのか一瞬だけ理解が遅れる。


「これで終わ」


 りと言おうとしたのだろう。だがそれは、僕にも予想できない方向から途切れさせられる。


「りなのは貴女たちよ」


 楽しげな声と共と腹を何かが貫き、肉体がばらばらになりそうな感覚。僕の前に居た女もまた、腹部に穴が開いている。

 という事は僕もまたそういう状態なのだろう。

 ぐしゃりという音と共に地面に落ち、意識がまだ保たれている。いるが、だが。


「……あんの、女ぁ」


 女の方へと掠れそうになる眼を向ける。その顔には憎悪が込められているが、しかし血を吐き這い蹲る姿では滑稽としか思えない。

 僕もまた、同じような、それ以上に酷い状態なのだろう。すでに周囲へと意識を向けるのが困難だ。女の声も掠れて聞こえ理解をする事が出来ていない。


「あーあー。君も、酷い状態だ。内側の何かが壊れてるじゃないさ、ふ、ふふ。面白い真似をしてくれるけど、こりゃ私もダメかなー。それにこのままじゃ、君の彼女さんも負けるよー?」


 彼女が戦い続けているのはわかる。だが見る事までは出来ない。

 すでに先ほど張った結界は僕への一撃と共に破壊され、こうなっては修復も出来ないだろう。


「私の息子が、仇をとってくれる事を願うしかないねー」


 いつの間にか荒れ狂う嵐のような存在が現れていた。僕が落ちている最中にか、それとも意識が混濁しているから気づいていなかっただけなのだろうか。


「まっ、死ぬも生きるも大した事じゃないけど、あの子がこの先、荒神のままで存在して殺されるのも面白くないよねー。だから、そうだなぁ。君に頼もう。傷を治してあげるし結界も少しは修復するからさー、あの子の事を助けてあげてよ」


 言葉を理解する頭を持っていない。血を失いすぎたし痛みが強すぎた。気絶した瞬間から意識を戻される痛みだ。

 死んでいないことが不思議に思えるような激痛だと言うのに。何故生きているのかという問いがあれば、答えは簡単だった。彼らが、先ほど弾き飛ばされた付喪神らが僕を庇ったのだ。

 そのために、また六人が犠牲となってしまったが。彼らは僕の命を自らの命で守った。


「頼んだよ。名を食われた哀れな少年。人と妖怪の狭間で迷う少年。息子を導いてやってくれ」


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