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   九十九神屋 ⑦

「長閑な村だ。それに山の調子も悪くない」


 舗装されていない道の横に田んぼがある。車は通ってはいるのだろうがガソリンは持つのだろうかと心配になるような村だった。今はもうこの村はないのだが。


「そうね。妖怪は、それなりに居そうだけれど」


 巫女の言う通り村、というよりは山の中からはかなりの数の妖怪が気配を発していた。わかるだけでも十種以上。まさしく魑魅魍魎の巣窟と言った所だっただろう。

 それでも、巨大な気配を感じる事はなかった。だからこの時点から僕は油断をしていた。


「でも妙ね。妖怪以外にも居そうな気がするわ」


 彼女が戻った片方の腕で髪を押さえながら呟く。片目は金。もう片方は七色。僕としては中々趣味の良い具合に完成しただろう。

 本来ならば両目とも金色の方が似合ったのかもしれないが。残念ながらこれしか彼女に合う物がなかった。それが悔いと言えば悔いになるだろう。


「妖怪以外、ね。……興君。他の子は?」

「居ますよ。貴女が連れてこいと言ったのでしょう。全員隠れて居ます。妖怪らには気づかれているでしょうが、人間には気づかれないでしょうね」


 彼女を含めて九十九の妖怪だ。それだけ集まれば小さな妖怪たちでも大きな力となる。

 僕を含めて百器夜行。僕も妖怪の一部と認識されて居たのかもしれない。


「山に入る時はすぐに戦えるようにしておいた方がいいかもしれないね。……それじゃあ村長さんの所へ行きましょうか」


 先頭を歩く彼女の後ろへ続きながら、念のため隠れている彼らをドーム状に移動させる。地中から来ない限りは先手を取られる事はないだろう。

 少しぐらいは傷ついても彼らならば直す事は可能だ。直すのが難しい子は内側に配置しているからね。とは言え、そんな事がない方がいい。敵も味方も傷を負わずに仕舞いに出来るのが理想なのだ。

 妖怪と人間のどちらとも敵対し、どちらとも敵対していない僕だからこそ考えられることだろう。そう当時は思っていた。今ならばどちらの事情も聞いてからどちらに敵対するかを決めるだろう。


「私と興は周辺の散策をしてくるわ。場合によっては、先に始めちゃうわよ」


 そう言ってさっさと歩いていく、遠まわしな彼女の後を追いながら大半の付喪神を巫女の護衛に回す。僕らなら大抵の場合は平気だ。実際その判断は正しい。完全な状態の彼女さえ居ればどんな敵でもなんとかなるのだ。


「ええ。その時はその時で、上手くやってね」


 言葉を背にして僕は彼女へ追いつく。村に入っても周囲に人の気配がまばらにしかない。寂れた村だ。理由はわからないが、これは決して妖怪による被害だけではないのだろう。


「悪くない村ね。今度はここに住む?」


 隣に立てば彼女が手を向けてきたのでそれを握る。そしてしばらく歩く。

 子供も余り見ない。緑色の髪をした子が巫女の向かった方向へ歩いていたぐらいだ。

大人は農作業をしており、排他的なのだろう。僕らを訝しげに見ている。


「悪くないが、不便だね。歩く分には良いが」


 彼女と散歩をするだけならばここに住む事も悪くないと思えた。余生として、僕が歳老いてから、彼女が戦線離脱を決意する時があるならばだが。

 きっとその時は来ないと思った。予想とは違うが結果は思った通りである。

 彼女は死ぬしこの村は消える。それが変えられない未来だ。


「そうね。余り争いも無さそうだし。あっ、今は森の彼らが居るから別としてね?」


 子供のような笑顔をする彼女へと僕は愛想笑いのような顔をする。戦うのは別に構わない。しかし、無茶だけはしてほしいと思わない。

 いや違う。無茶を言うのも無理をするのも構わない。ただ死ぬような真似だけはしてほしくはなかった。


「さて。それで、どうするんだい。わざわざ巫女と別れたんだから理由があるんだろう?」


 残念な話だが彼女は甘いひと時を過ごすためだけにこういう真似をしたりはしない。そういう時間ならば後でゆっくり取れると考えている部分はあるのだろう。


「勿論、先に攻め込むわ。どうせ森の中に居るんでしょうしね。なら先手を打たない手はない。教えたでしょ、鏡。戦いは先に攻撃した方が勝つのよ? 後の先は取らせないようにすればいいのよ」


 どこかで聞いた事のある動揺を鼻ずさむ彼女の手をしっかりとつなぎながら森の方向へと歩く。妖怪の気配が徐々に濃厚になり、臭気が深くなる。

 近い。幾多の妖怪たちが威嚇するような気配がある。


「……いきなり殴っても構わないかしら?」

「いや。それは止した方が良さそうだ」


 その妖怪たちの気配が中央から裂かれ、奥から出てくる気配は、色濃い。

 艶やかな敵意に悠然とした慈愛。相反する気配が僕へと突き刺さり吐き気が出そうだ。

 悪くない。彼女の相手をするならこのぐらいでなければならない。


「……貴女、妖怪かしら?」


 不思議そうな顔で問う彼女の顔は見ない。名残惜しくつないでいた手を離し、森とこちらとの境に存在する彼女の姿を目視する。

 顔は美麗。胸は大きい。腰はくびれており曲線美が目に毒だ。彼女に抓られた。いやはや、流石にそこを見たのは冗談だったのだが。彼女は存外、嫉妬深い部分があったのだ。

 さて。美麗な妖怪というのは数多い。その中からこの妖怪の正体を特定するのは、やや骨が折れる。


「妖怪ですよー? まっ、人に何を言われても知りませんがーね。貴女も妖怪なのになんで人の傍らに居るのですかね?」

「貴女に関係あるのかしら。……聞くけど、ここから出ていく気はないわよね?」


 森がざわめく。妖怪たちは元より、この山自体が。

 最初から挑発的な物言いな事だ。つまりは同格か格上の相手と直感的に認めたのだろう。そうでなければ彼女はここまでの言い方はしなかった。


「不躾ですねぇ。いいえー、出ませんよぅ? ここは私の縄張りで、人間は後から住んだ。ならここは私の場所で間違いないでしょうー?」


 間違いない。僕はそう思う。後から来た人間が文句を言う権利など本来はありはしないのだ。だというのに人間はいつだって妖怪の場所を蹂躙しようとするから、手に負えない。これは今でもそう変わらない思考である。


「そこはどうでもいいわ。依頼は貴女の退治。興の願いは貴女たちの退去。それが叶えられないなら、殺しあうしかないわよね?」


 今にも不遜な物言いの彼女を警戒するように相手はこちらを見据える。

 それでも別に構わないのだが、取りあえずは交渉といこう。本来ならば巫女にも居て欲しいのだが、こちらは独断行動をとってしまったのだから仕方がない。


「待って欲しい。別に争う気はない。彼女は別だがね。僕としては穏やかに交渉だけで済ませたいんだ。人間が君らの領分を侵しているのは承知している。けれど、今この世に存在するのは人間だ。共存とはいわないまでもここは譲歩してくれやしないだろうか? 一つ奥の山へ行くなどしてね。そうすれば、それ以上には踏み込ませないと約束しよう」


 実際には効力のない口約束だ。勿論相手が承諾するならば守らせるための努力はしただろう。

 この山までを線引きとすればこの村の人間も妥協するはずだ。

 しかし。当たり前の事なのだがここに住む妖怪にその理屈は通じない。いや、理不尽なのだ。


「……不可能でしょー? ここは、私たちの領地だしねー? 道理は通らない、でしょ?」


 全くもってその通り。反論を口に出す気も失せる程の正論だ。とは言え、この程度は予想の範疇だ。

 予定調和でしかない。心に安寧を齎すだけの作業だろう。


「ならば。仕方がないか」

「ええ、仕方がないわよ」

「……これはー、決裂って事でいいかなー?」


 三者三様の笑みを浮かべてはいるが、気配は全て同じだ。

 あるのは純粋な、敵意と殺意。


「いや、残念だ、よ!」


 駆け、彼女の後ろへと駆け抜ける。僕が担当するのは後方の有象無象。いや、魑魅魍魎だ。

 対して彼女が相手をするのは、敵の首領格。わざわざ前へと出てきて交渉を行うんだ。あの女がその相手で間違いはない。


「私は無理ですーか?」

「残念、貴女の相手は私よ。少し遊びましょう?」


 二人がぶつかり、妖気と魔力と霊力と、神力による余波が周囲を襲う。……神力? という事は、あれは、神か!


「安心なさい興。神相手なら、楽しくやれるわ」


 余裕を感じさせる彼女の声に安堵を得た。彼女が言うならば間違いはないだろう。思い返しても彼女は自信に溢れていた。いつどんな時でも、それこそ死ぬ間際ですら。


「なら僕は、君らの相手をしよう。かかって来るといい。九十九屋百鬼が店主、狭間・興。人界の塵塚怪王と呼ばれているのは伊達じゃないよ」


 言葉に彼らがざわめくのがわかる。ある程度の威圧にはなるようで何よりだ。

 だがそれに憶さない者から倒す。


「貴様が、あの! ならばこの一介の鬼が貴様を倒し名を上げさせて貰う!」


 赤い肌と金棒を持つ鬼が僕へと飛び掛るがその鬼の勢いを利用して胸に腕を打ちつけ、吹き飛ばす。

 その巨体だ、何体かの妖怪を潰してくれるだろう。鬼につられてか他の妖怪も飛びかかって来るが構わない。

 一対多こそが理想なのだ。味方を気遣う必要がないというのはそれだけで強みであり、何より彼らが僕へと殺到する事により、彼女に向かう妖怪が減る。

 それに援軍である九十八の付喪神が来れば後方からの攻撃が可能となる。

 実力がそれなりにある僕が囮。本命の彼女たちさえ無事ならばこの程度の囮は引き受けるものだ。今は、こんな芸当なんて不可能だがね。


「まだまだだろう? 僕に一撃ぐらいはいれて欲しいものだ」


 右から左から、上から下から、全方向から来る敵を投げ、避け、盾としてやり過す。

 森の中で視界は悪いが、更に奥へと進みながら追いすがる敵を迎え撃つ。

 彼女の姿はまだ目視できる。拳を振りかぶればここまで聞こえてきそうな風切り音。それを片手で受け止める女もまた並ではない。

 カマイタチの斬撃を避けて後ろから来る小型の土蜘蛛へと逸らし正体を考える。

 山に住む神。山神の一種。女。美人。妖気を持ち、しかし神力も持つ。二面性。いや多面性と考えるべきか。

 木霊の出す奇怪な音波に顔を顰めながら、足で黙らせる。後ろに居た山彦が先ほどの音波を放つ前に他の妖怪へ投げる事により音を止める。

 雑多な魑魅と魍魎が僕の足を掴もうと殺到するがそれを袖口から撒いた札により消滅させ、思考を進める。

 菊理媛神? いや、それはない。あの神は縁結びの高位神だ。この地に居る理由がない。

 金山毘売神ならば一柱で居るのは不自然である。ならば、どの神だ。

 あの力量ならばそこまで高位な存在ではないはずだ。国津であるのは間違いないだろう。もしくは妖怪から神に転じた神か。だとすると数が多すぎる。

 だが、女で妖怪で、神か。雨女ではない。後神も違う。ならば。

 山姥。その可能性が最も高いだろうか。だとすると、身体能力もさる事ながら多産の性質が怖い。すでに何人も産んでいるのだとすれば、その子供が加勢してくる状況が考えられる。

 最悪殺した僕らを恨み荒神と化す可能性が存在する。防ぐための手段としてはやはり殺さない、ぐらいだが。

 互いに拳を交わす彼女らを見るとわかるが。それは、やはり難しい事だろう。

 始まる前から考えておくべき事だった。しかしもう遅く、考えていたとしてもこの結果に落ち着くのは容易に予想が出来る。


「殺さないように、できるかい!」


 大声で森の外に居る彼女へと問いかけるも。


「無理じゃないかしら」


 狂喜を纏った声が返された。


「優しいことですねー? 私に惚れちゃいましたかー?」

「ね? 無理でしょ」


 嫉妬、だけではないだろう。それも少しは含まれているのだろうがそもそも力量としてはあの女の方が勝っている。

 数で畳み掛ければ別だが、それをすると彼女が後で怒るのが怖い。やらなければいけないのだがね。ああ、気が重い話だ。

 首を横にずらし鬼の突き出した拳を避けて腹に衝撃を与える。人間なら内臓が破裂するが鬼だからそれ程の問題にはならないだろう。そのままくるりと踊るように僕の後ろへと回す事で後ろから打撃をしてきた小豆とぎを吹き飛ばし鬼を放して横からの敵も薙ぎ払う。


「強い! 強いぞ、この人間!」

「流石、関東でも上位に入る拝み屋と言う事か」

「だがしかし、体力には」


 うん。体力に限界はある。普通ならば。


「おいおい僕の符が攻撃用しかないなんて誰が言ったんだい? 悪いが回復も可能だよ」


 袖から出した符が僕の脚部や腕に張り付き疲労を奪っていく。元は何かを封じ込める符なのだがそれを転用して疲労という澱みを吸収するものにした。

 後でどこかに貯まった澱みを放たなければならないという欠点は、戦闘の際に使う。ただ使いまわすようにしているので、余り戦闘で使いたくはない。使用した場合は回収できないのがほとんどだからね。


「まぁ、何よりさ。君らに勝ち目はない」


 彼らも気づいたのだろう。自分たちを囲む全ての気配を。

 大小含めて九十八の、山には不釣合いな、人の想念を匂わせる気配。全く、本当に僕の体力がなくなってしまう所だった。符にも使用限度というものがあるのだ。


「君らは彼らと遊んでいて欲しい。僕は、彼女を助けに行くんだ」


 呆気に取られた山の妖怪と付喪神たちが戦いを始めた音を聞きながら元の場所へと戻る。

 巨大な力がぶつかり合う余波。霊力が乱され、妖気がぶちまけられ、魔力が大地へ染み込み神力がそれを浄化する。

 頭が痛くなりそうな場所だね。巫女はきっと彼女の方へ加勢に行っただろう。

 これで僕が合わされば拮抗か、それ以上となる。ならば後は相手の意志を挫き山の向こうへと退去願うだけとなる。退治とまでいかずとも話し合う事は可能だろう。

 言葉を聞くだけの理性があるならば、もう少し詳細に話し合う事が出来れば折り合いはつけられる。それに彼女は、神だ。

 祠を建ててきちんと敬えば恵みも齎してくれるだろう。そこを交渉に使うのが一番だろうか。

 後は森と山、どこまで踏み入れていいか否かだろう。明確に区分して、退治まではいけない事と相手が神の一種であったと言えば村人も説得も易い。

 何より、この村には先がないのだ。一時の、長くても百年あるかないかの期間程度なら妖怪も待ってくれるだろう。

 最近の妖怪はそこら辺の感覚が薄いのだがね。人間の繁栄する期間が早く広大だからだろうか。

 人間なんて、百年も眠っていれば大方が死ぬというのに。


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