九十九神屋 ⑥
新しい家まで神社から徒歩三十分。割と近い場所にある。
今でこそ来る依頼の役割は決まっているのだが、前はそこら辺の境界が曖昧だった。そのせいで神主である彼が僕の苦情を入れてきた事がある。
どちらにしろ合同で仕事を行っていたから実質的に問題はなかったのだが、今さらながら思うと同業他社なのだから線引きだけはきっちりと行うべきだったのではないか。幸いにして扱う仕事は違うのだし。
何はともあれ、過去に多くを言っても仕方のない事なのだがね。
「入るよ。……荷物は奥の部屋に頼むね。一番奥は僕と彼女の部屋になるから、他の部屋は適当に君らが使っていいよ。前は商売をやっていたらしいから棚もあるだろう。好きな所に収まりなさい」
彼女を入れて五十七体の付喪神に言えば、掛け声でも聞こえてきそうな勢いで中を探索していく。彼らにとっても初めての自宅なのだから嬉しいものだったのだろう。
居るのと住むのとでは大分意味合いが違う。猫なんかは家に憑くと言うぐらいだ。
安心していられる場所がある事の喜びは、人でも妖怪でも変わらないのだろう。
「荷物があまりないから楽でいいわね。」
他の付喪神が働く中で彼女だけは悠然と微笑みながら家の中を見ているだけだ。
手伝うと酷い事になると僕も彼らも、勿論彼女もわかっている。ただもう少しは申し訳なさそうにして欲しいものだと思った。
そういう不器用な所も可愛く思ったのだが、これは惚気話になってしまうか。
「ああ。布団と、軽い暖房器具ぐらいなものだ。風呂とトイレはちゃんと、えーと掃くん、頼んだよ」
「ぁぃ」
雑巾の付喪神という何とも珍しい子に頼み僕は悠々と中を進む。
木の軋む音が心地よい。今と部屋割りが違うのは僕と彼女の蜜月があるからだろう。
とは言っても、それなりにドライな関係であったのは確かだ。一週間ぐらい姿を見なくとも互いに気にしない時もあった。
互いに同じ部屋に居ても一日も話さない時もあったのだ。訓練は週に四日していたが、下手をするとその時にしか話さない場合もあった。僕はともかく彼女は長く喋るような性格ではなかったのが大きい。
言葉は大切なものだという意識があったのだろう。僕もそれは同じだが、生憎と立ち位置と種族の違いからよく話す方だった。とは言え、言葉にして出てくるのは無駄話の類だったのだが。
片付けが終わり、夜。寝る前に彼女が僕の名を呼ぶ。
「境」
二人だけの時、彼女は僕の名を境と呼ぶ。今となっては興としか呼ばれない身として、嬉しいものだ。
その呼び方は彼女だけのものなのだから。
「ん? どうしたんだ?」
「片腕と片目が欲しい。今度作ってくれない?」
彼女が僕に何かを求めたのはその日が初めてだった。当時の僕はただ嬉しく思っただけだが。さて、何故だろう。彼女はこの時に初めて僕へと心を許したような気がする。
「珍しいね」
「欲しくなったのよ」
「わかった。時間はかかるだろうけれど頑張ってみるよ」
彼女に合う腕と瞳。それを得るための依頼としてとある万華鏡や古木と戦う事になるのだが、これは余り関係のない話になる。
その依頼もこの時から一年も経っていたのだから僕の苦労が推し量れるのではないだろうか。
一年の間幾度にも及ぶ製作の末に失敗し続けたといえば、分かり易いだろうか。
さて、この時から更に数年が流れる。
凡そ五年程だろうか。高野君が十三の時だ。その間に多くの出来事はあった。
特に大きな、この話に関連する事と言えば僕が百器夜行と呼ばれ始めたり人間の塵塚怪王と囁かれていた事だろうか。
そのせいで妖怪からも依頼が来るようになり、人間と半ば対立するようになってしまったのは何とも言えないが。ある意味当然の帰結だったのかもしれない。
巫女は相変わらず良くしてくれていたのだがね。
それでも、高野神社が庇えなくなったのは京の陰陽師と一度盛大な敵対をしてしまったからだろう。
昔は、若かったのだ。
「まさか一つの依頼であそこまで拗れるとは思わなかった。殺さずに済む妖怪ならそれでいいと思うのだがね」
それは確か、東西で争いが起きそうになった話なのでしょうか。
「西と東の妖怪が争う際に、京の彼らが殲滅しようとしたんですか?」
詳しい経緯は不明。最後まで詳細がわからないままで終わった事件だったと母からは聞いていますが。
「うん。僕の店は、当時にはすでに骨董屋をやっていたんだがね。里へと連絡を取って欲しいと言われてしまったんだよ」
なるほど。里に住む者をもし味方につければ付けた妖怪の勢力に勝利は傾くのでしょう。ただそこまで大きな力を持つ妖怪が出たという話を聞いてない以上は。
「勿論、連絡など取らなかった。一応仲裁のために奔走した結果で陰陽師と事を構える事になってね。最終的には里の彼らが出てきて無理やり仲裁したし、陰陽師とも話しを付けたようだ。気絶していたから彼女に聞いた話だがね」
もしも実際に東西合戦に陰陽師が参戦していたら、きっと人間と妖怪の争う泥沼になっていたのではないでしょうか。
確かに多くを滅ぼす事は出来るのでしょうがこちらの傷も深いものとなったはずです。
妖怪はまたすぐに発生するのでしょうが私たちのような人間はそうはいきません。数での争いになればこちらが最終的に厳しいものとなります。
まぁ、他の問題として日本の妖怪が弱体化すると西洋の妖精などが多く流れてきて面倒なのですけれどね。防波堤ではありませんがそういうモノの駆逐は日本妖怪に任せるべきでしょう。
持ちつもたれず、とはいきませんが。それでも互いに利用しあう事は出来てしまいます。
良くも悪くも。
「その時から僕は古い家とは軒並み険悪でね。互いに手出ししないという誓約まで書かされる始末さ。参ったものだよ」
「……そういう時に人間の味方をしないからそうなるんですよ」
自分の正しさを押し通そうとすれば、それが社会から外れていれば尚更人は孤立する。
この人が今のようになっているのはまさしく自業自得であり、因果応報なのでしょう。……私にとっては本当に、それが困ったことなのですが。
「そうは言われてもね。僕は間違った事を許せないだけさ」
「先に人間嫌いが来ているのでしょう貴方は」
「いやいや。何を、とは言えない部分があるのは認めよう。とは言え明らかに妖怪側が悪いのならば人間に味方するさ。要は善悪の問題だ」
子供のような事を! 全く、この人は。全く!
この人に育てられている山野君の価値観が心配になります。
でもあの子は学校へ通っているのでしたか。……だとしても、この人に育てられてしまえば人間嫌いへの道を歩む事になるのでしょうね。彼も妖怪なのですし。
「別に、いいですけどね」
「……いや、だがね。高野君。僕は人間嫌いではあるが君の事は嫌いではないよ。僕を嫌っているのはわかっているが、そこだけは誤解しないで欲しい」
嬉しいですが。そういわれるのはとても嬉しいですが。別にそこを気にして欲しかったわけではないのです。
「別に構いません。……貴方の恋人ですが、私にそんなに優しかったでしょうか? 余り記憶にないのですが」
抱き上げられた覚えがないのですが。記憶に、ないだけでしょうかね。
「大分甘かったと思うよ。他に比べるとね」
「……具体例をお願いします」
「覚えていないかもしれないが、一緒にお風呂に入っていたよ」
「本当ですか?」
全く覚えがないのです。記憶に残っていても可笑しくないと思うのですが。
最初の印象が強かったせい、なのでしょうね。
「うん。基本的に他人と一緒に風呂などに入るのが嫌いだったようなんだがね。後は君が悪さをしても余り叱らなかった。それは良くない事だったんだろうが、ついそうしてしまっていたらしい」
何とも言えませんね。話に聞く限りやはり子供が作れないから、なのででしょうか。その分の愛情を私にあげていたとか。
……案外この人と同じ理由なのかもしれませんけれどね。初めて子供を見たとか。そういうものだとしたら、似た者同士ではあったのでしょうか。
「成程。……両腕。そう言えば、最後に見た時にはありましたね」
思い出すと確かにあった、と思うのですが。全体的な美しさに気を取られて余り記憶がないのが悔しい気持ちです。
もしも優しくしてくれていたのなら覚えていた方が良かった、と思います。
「うん。材料集めから苦労したよ。加工にも手間がかかった。知らない知識も仕入れたし手先の器用さも要求された。その分、最高の出来になったよ」
この人は基本的に骨董屋だ。符などは自分で作っているようですが、それでもそういう物まで作るとは知りませんでしたね。いえ、ですが前に朱莉ちゃんへ服を作っていた事がありましたか。
「貴方は物作りにも手を出していいのではないですか?」
符などは一般の方にも売れる物ですしね。余り大きくない神社では常にお払いのための道具が不足している場所もあります。
そういう場所に売り出せばもう少し儲けは出ると思うのですが。
「いやいや。道楽だからね。自分で新しい符などは作るが、そういう物を売って変な所に恨みを買うのも面白くないさ」
一理あります。そういう理由で符術士などはどこかの神社や陰陽家のお抱えになる事が多いらしいとか。
「ですけど、骨董屋だけでは食べていけないのでしょう?」
「なに。こうやって君が仕事を回してくれているからね。後は小さな仕事を請け負っているから食べていられるさ。彼らは余り食べない方だしね」
「贅沢を望まなければ、ですか。ですけれど朱莉ちゃんは少しぐらい化粧をしたいと言っていましたよ」
彼女は金銭的なことは遠慮して言わないようにしているのでしょうけれど。女なら、いえ女の子なら余計にやりたいでしょう。私だってナチュラルメイクぐらいはしていますからね。
好きな人の前で綺麗でいたい、可愛くありたいと思わない女は居ませんからね。
「前々から思っていたのだが、君らはそんなに仲がよいのかい? 余り会う事はないと思うのだが」
「携帯にはメール機能があるんですよ? それに私が休日の時は買い物とか一緒に行っていますし」
「初耳なんだが。いつからだい?」
心の底から驚いた声に私もまた少し驚く。言わない方が良かったでしょうか。特に言及された事はなかったのですが。
「え、ええ。彼女が貴方の店で留守番をしていた時に、詳しい日付は忘れましたが」
彼女がこの人の店に来てからそう経ってはいなかった気がします。少し話して、それから携帯の番号だけは教えたのでしたっけ。
彼女が携帯を買って貰ってからメールのやり取りが始まり、出かけるようになって、今のような関係になっているのです。
「ほう。……ふむ。……いや、うん。僕も携帯電話ぐらい買うべきだろうか。山野君と朱莉君が持っているから必要もないと思ったのだが。……仕事の関係上あった方がいいのかな」
ないよりはあった方が、とも思います。個人的な理由でも。
ですけれどこの人に私がメールを送る事も余りないのでしょうね。仕事の電話ならかけるかもしれませんが。
「そこは私の言う事ではないでしょう。朱莉ちゃんと相談してみては?」
「うん。お小遣いをあげるいい口実にもなるからね。そうしてみよう。後、今度この話はもう少し聞かせて欲しい。彼女もそうだが、山野君も余り物を欲しがらなくてね」
まるで父親のような物言いに少し笑みが浮かぶ。この人は、妙な所で気を回す癖があるんですから。
あの子も、きっと山野君も今の状況で満足しているのでしょうにね。
「はい。それでは、続き。お願いします」
先ほどから話を進めようとしないのは確信に入るからなのでしょう。全く、覚悟はしていると言ったのに。
ここで気を遣われても困るのですけれどね。
「……うん。そうだね。なら話そう。アレは、山に巣食う妖怪を退治して欲しい、という依頼だったんだ」




