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   こいの空回り ②

「いやはや、汚くて申し訳ありません」


 畳張りの居間へと入り向かって左側、卓袱台の対面に座っている二人を見る。てれびは彼女の奥に。更に奥は台所だ。他にあるのは時計ぐらいとなっている。

 憩いの場とは言っても大した物がないのが現状である。てれびげーむぐらいは買ってあげようか迷っているが、いつになる事やら。


「ある事ねぇ事いっておいたぜー、んじゃ俺はこれにて。いいお茶も淹れたしそれでも飲みながら話しろよー。真剣な話だからって真面目になる事もねぇもんよー」


 視線を僕に向けた茶太郎君が立ち上がり隣を通り先ほどまで居た場所へと戻っていく。

 人と話す事が好きな彼が居るからこの店は回っていると言ってもいい。僕やあの二人では緊張をほぐすなんて芸当は出来ないだろう。いや、僕はいいとしても仁君にはそういう方面を覚えて欲しいものだ。


「んじゃ大将、あんま苛めんなよ。晶ちゃんもリラックスしてな。それではごゆっくりどぞー」

 襖を閉めて彼が出て行く。その様子を眺めて頷きを一つ送り、彼女の前へと座る。

「お待たせ致しました。改めまして。九十九屋百鬼店主の狭間・興と申します」

「あ、はい。初めまして。○×高校の大辺・晶と申します。……茶太郎さんは面白いお人ですね」

「ええ。彼には助けられています。……まぁ、ここまで話したかはわかりませんが彼も妖怪の類でしてね」


 一応、言っておこう。カマをかけるような真似だがこの言葉の反応で彼女の正体が片鱗でも掴めればいいのだが。


「そう、なんですか? 退治屋と神社の巫女さんから聞いていたのですが」


 ふむ。驚いているようでその顔に嘘はない。自覚がないのならば、はてさて。


「いえいえ。この店は退治というよりは仲立が主です。妖怪と人間が対立した場合に両者の間に立ち不和の原因を取り除くというのが主になっておりました。純粋な退治は神社の方が得意なのです。なので、おそらくですが大辺さんの依頼もそういう類なのでは?」


 少しだけ目を丸くさせながら大辺さんが笑みを浮かべ肯定の頷きを返す。

 朱莉君が人形のような可愛さ、花の如き可憐さと形容できるのならば、彼女は精巧に彫られた彫刻か。美しく魅せるために作られた彫刻と同じ部類。残念なのは、彼女は生きており彫刻ではないという事だ。

 これでは、周囲の人間を無駄に惹きつけてしまって大変だろう。


「凄いんですね、そんなにすぐわかるなんて」


「いえ。経験からの判断ですので。間違っていないのなら、詳細をお聞かせ頂いても宜しいでしょうか?」


 更にもう一度頷き、彼女はやや顔を赤らめて言葉を紡いだ。


「明日、鬼が私を殺しに来るようなんです」


 ……これまで、人間が顔を青ざめて明日殺されると言うのを聞いた事はある。妖怪でも人間に殺されそうだと震えながら訴えてきた事もある。

 そんな幾多の経験を踏まえてなお、今回のような存在は初めてだ。頬を赤く染めて殺されると言う者は。


「経緯をお聞かせ頂いても?」


 勘違いという場合も皆無ではない。他には彼女に非がある可能性も否定は出来ない。

 原因がわからなければ対処も難しい。それに鬼だというのならば、どのような鬼かもわからなければ対話も難しい。鬼は最も仲介が難しい相手なのだ。


「はい。昔から夢を見るんです。鬼が、泣いている夢を」


 昔から夢を見る。最初は期間を置いて、それから徐々に短く。そして十年程前からは毎日のように、と晶さんは語る。

 怯えや怖れなどを期待して見せたであろう鬼ならば、気味が悪く思いそうな程に彼女は嬉しそうだ。


「そして、最近その夢の内容が変わったのですね」

「はい。先月から『次の誕生日にお前を殺す』という夢になりました。誕生日は明日、二月十四日なんですが」


 流石に呆れる。普通なら震え上がり、徐々に精神が衰弱していくだろう。ただこれぐらいに頭の螺子が飛んでいる人間はたまに居る。まぁ、素直に人間でないと考えた方が早いだろう。


「となると、依頼内容は護衛、でしょうか。退治とまではいかずとも」


 退治なら巫女が動くと思うが、いや神社は人間の味方でありそれ以外の味方ではない。

 後々の評判まで考えればこれは確かに僕へと回す類の仕事か。だがしかし、鬼か。


「護衛というよりは鬼と話をしたいんです。私が殺されるまでに、お話を」


 難しい依頼だ。護衛となるが、交渉も行う必要が出てくるだろう。鬼に殺さないで貰うための交渉。失敗すればそのまま殺し合いになり兼ねない。

 準備のための時間も少なく、相手が鬼ならば使用する符も多くなるが。


「依頼金として私が出せるのは百万円です。出せるのはこのぐらいなのですが、足りるでしょうか?」


 出来るならば避けたい。それは紛れもない本心だ。けれど若い子をこのまま易々と見殺しにするのは後ろ髪が引かれる。

 慈善事業でないとは言え、金銭だけに縛られるのも面白くはない。


「お受けしましょう」


 別に金に目が眩んだわけではない。明日のおかずが一品増えるのは僕にとって喜ばしい事でもあるが。

 それとは別に、鬼と対話をしたいという依頼は初めてなのだ。

 重ねて言うが、決して明日の食糧事情に釣られたわけではない。


「ありがとうございます」


 安堵したように彼女が息を吐く。まぁ、それも仕方があるまい。明日殺されるという状況で心穏やかな人間などそう多くは居ないだろう。いやそれは人間でなくとも。


「いえ。依頼内容とは少し反する事になりますが、貴女の身に危険が及ぶ時には鬼を捕縛、封印させて頂きます」


 鬼の言葉は重い。殺すと言ったにならば並大抵の事で覆る事はないだろう。理由を取り除けば解決は不可能ではないが。それでも、最悪の場合殺す事も視野に入れておかなければならない。


「……それは、依頼の範囲外では?」


 少しだけ晶さんの顔が曇る。自分を殺そうとしている鬼を心配でもしているのだろうか。だとするとそれは優しさではなく異常と呼べるものだ。


「なりますがね。ただ、そこは人情というものですよ」


 この業界は信頼が一番。依頼主を殺されたとなっては今後に支障を来す。

 広い業界でもなく、僕は生憎と注目を集める方だ。ならば人情というよりも自己保身になるが、そこは言わずとも良いだろう。……仁君は信頼云々をよく理解していないがね。


「……ですが、殺すのだけはやめてくださいね。そうしたらない事を色々な方に言いふらしますから」

「ははは。肝に銘じておきますよ」

「本気です」

「……肝に銘じます」


 何故、ここまで自分の命を狙う鬼に執着をするのだろう。最近の若い子は理解できない。若い子が全員こんな子だとは思わないが。


「では前金で五十万。別途費用で十万程頂きまして、不備があれば残りの四十万はお返しするという形で宜しいでしょうか?」


 このぐらいが妥当だろう。幾ら鬼を相手にするとは言え、僕らならそれ程の苦戦もない。名前のある鬼ならば話は別だが、それ以下ならば死ぬ事はない。


「はい。構いません。それで、私は家に帰ってもいいんでしょうか?」

「それは勿論。ですが、ご両親は?」


 娘がこんな状態になっていると知っているならばどこかに出かける事はないはずだが。

 知らないのならば、もしかすると。


「旅行で留守にしています」

「わかりました。では先ほど店に居た二人を護衛としてお付けします」


 あの二人さえいれば、襲撃があろうと僕が来るまで持つだろうし撃破もありうる。搦め手を使われたらどうなるかわからないがね。

 ただ、鬼だ。正々堂々と己の力だけで突き進むだろう。


「それでは少しお待ち下さい。二人に説明をしますので」


 彼女に背を向けて襖を閉める。そして声を届かせないように符を張り、お茶を飲んでいた二人へと問いかける。


「聞こえていたかい?」


 いつの間にか仁君の膝の上に朱莉君が乗っていた。……仲が良いのは美しいが、お客さんの前でこういう姿は見せられないな。まぁ、朱莉君がこういう風に触れ合ってくれていれば仁君もいつかは恋のような物が芽生える可能性があるかもしれないが。

 今はまだ、恋人ではなく仲のよい兄妹にしか見えない。

 だが本当にいつかは恋を知って欲しいものだ。

 人間の心ほどに恐ろしいものはないのだからね。


「ねぇな」

「うむ。一々聞くのも面倒じゃしのぅ。お主が言うてくれれば問題あるまい?」


 予想していた答えに溜息を吐く。何のために符を外しておいたのやら。


「あの子の護衛だ。敵は鬼。依頼者の意向で鬼は殺してはならない。可能な限り捕縛か無力化をする必要がある、そして鬼が来るのは明日。明日殺すと宣言しているらしい。彼女の目的は鬼との対話だ」


 二人の顔が怪訝なものへと変わる。妙な依頼だと言うのは僕も重々承知だ。


「まっ、いいぜ。久々の依頼だしな。身体鈍ってなきゃいいが、大抵の鬼ならどうにかなんだろ」

「うむ。名付きのか、その段階まで上がっていない鬼ならば私たちでどうとでもなるの」


 申し訳ない話だ。本来ならば一週間は事前準備を行いたいところなのだ。戦いは始まる前から勝負が付いている状況が望ましい。僕はなるべくそれを心がけて来たが、時にはこういう事態にもなってしまう。

 とは言え、不測の事態を潜り抜けられるからこそこうして生き残っているのだがね。


「今日に準備、明日が本番、といきたい所だが、日付が変わったと同時に来るかもしれない。十分に気を付けてくれ」


 先ほど帰ってきたばかりの仁君には申し訳なく思う。今の時間は夕方の四時。勉強で疲れが溜まっているとは言え、その程度の疲れで音を上げる程度の鍛え方はしていない。

 最悪今から明日の朝まで戦い抜ける程度の鍛錬はさせてある。


「んでよ、あの女は何したんだよ。鬼に殺されるなんて、滅多にねぇぞ」


 昔ならばいざ知らず、鬼がわざわざ人里に下りて人を殺す事なんてとんと聞かない。

 鬼は言うならば隠れ住んでいるような種族なのだ。そんな種族が何故、あの子を殺そうとするのか。


「理由はわからない。だが捕縛、というよりも護衛が目的ならば話を聞く事も可能だろう。それに、むざむざ殺されるのを見るのは後味が悪いだろう?」


 わざわざ進んで殺す必要もないし、消極的に殺す意味もない。僕らのような立場は慎重に生きる必要がある。


「では着替えの準備をして、ああそうだ。符も何枚か持っていかないとだね。蔵から出さなくちゃならないか。服も一晩分の着替えは持っていきなさい。両親は居ないらしいが余り騒がないように、後は」

「……狭間よ、お主は私らの親か何かなのかの?」


 思わず苦笑を浮かべてしまう。子を心配しない親など居ないと言う。僕に子供は居ないが、成程。子が出来たら僕はこんな風になるのかもしれない。


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