神にこいした少女 ⑧
衝撃とも言うべき言葉で一瞬だけ思考が固まってしもうた。
「なんじゃと?」
予想外じゃ。となると、美幸殿か。いや前だと考えれば順当に秋菜殿になるのではなかろうか。
秋菜殿のはずじゃ。いやしかし、後一度ならば間違える事は出来ぬ。
ちらりと狭間を見ても難しい顔で思考を纏めておるだけで打開策はないと見える。最後を外してしまっては保険が効かぬ。
「違い、ましたか」
「はい。理由は概ねその通りだと思いますが、ですけれど私ではないんです」
その色に嘘はない。二人の色も見てはみるが、されど動揺も安堵もないとなると次の推測ができぬ。
……数日滞在期間を延ばすしかないじゃろうか。
「お。人が集まって何してんだよ。風呂あるか? ん? あぁ、もう答え合わせか。大将らもわかったのか流石大将と朱莉だな」
面倒な時に面倒な男が帰ってきおったなぁ! ん? 狭間『も』じゃと?
「山野。お主、依頼主に見当が付いておるのか? 菜実殿以外でじゃが」
菜実殿や秋菜殿に思い至っておったのなら保留としてまた話を詰めるしかないのじゃが。それ以上なら、もしやするかもしれぬ。
こやつの直感は並ではない。
「あ? そりゃそこの女じゃねぇだろ。ていうか此処にもう居ねぇっていうか、妙な依頼だよなぁ」
此処に、おらぬじゃと? 他の村人で該当しそうな者は村長じゃがあれは男じゃ。
ならば居るわけがないのじゃが。
「……山野君。その依頼主を言ってみてくれ。僕らではどうも君の場所までは思考が届かないらしい」
狭間が山野に賭けるか。……それしかないという事じゃろうか。
私には無論不満はない。心配はあるがの。
「あ? あー、大将はしゃーねぇけど朱莉は人間の感覚に馴染み過ぎだろ」
言いながら山野が神へ向かい笑顔を見せる。
「流石に依頼主の名前わかんねーけど、あえて言うなら巫女だろ? 厳密に巫女なのか知らねーけど。もうちょい精確に言うと、ここの一族の願いなんじゃねぇの?」
……一族の願い? 巫女? いや確かにそうだとするならば高野の巫女と似ていると感じたのも納得じゃ。神の知識についてもあるようじゃしな。
「だから宿屋なんだろ? 苗字が神口ってのは神の言葉を言うとかじゃねぇの? んで、外と内との境界分けて村の内側を神社に見立てで、あー、詳しい説明は俺もわからなくなるから別にいいか。まっ、そういう事じゃねぇの?」
神はその説明を受けて困ったような顔で山野の頭へと手を乗せ、少しばかり乱暴に撫でる。
「うん。……うん。そうなのだとすると、私は言葉にならない気持ちだね。どうなんだい、秋菜」
神は秋菜殿へ視線を滑らせ、秋菜殿は柔和な笑顔ではなくようやく叶った願いから泣きそうな顔で頷く。
「はい。その通りです。初代の巫女は、貴方の安堵を願っていました」
「神様」
しわがれた声で、少し恥ずかしい。神様は今でもこんなに綺麗なのに。初めて会った時からずっと変わらない姿で私たちを守ってくれているのに。
今はもう、私は隣に立っている事が出来ない。
「うん? うん。私はここに居るよ」
手が握られる。身体から私が抜けそうになっている感覚。きっとこのまま私はどこか知らない場所へ行くのでしょう。
だから神様は自分の体温で私を繋ぎ留めていてくれるのかもしれません。
「……私は……」
聞こうと思って、けれど言いよどんでしまいます。私は、この人を此処へ繋いでいるだけの人間だったのでしょうか、と。
消える間際だというのに、怖い。もし肯定の言葉が返ってきてしまったら私はきっと、後悔して死ぬでしょう。
今のままなら迷いを抱くだけで済むのかもしれません。
「大丈夫だ。君の魂は消えない。私が保証しよう」
手を握られ、優しく頭を撫でられ。この人は、やっぱり優しい。
私のような人間に心を向けられるのですから。だから悔しい。
あんな小さな約束を律儀に守っている神様を、此処から解放してあげたい。
「かみ、さま」
声が出ない。それに焦る。
「大丈夫。君が心配する事は何もないよ、だから安心して眠りなさい。この村は、私が守ろう」
手紙は残してあるから、次の巫女が読んでくれると信じます。でも、自分の口で、言葉で。
そんな小さな約束を守らなくてもいいのだと、言いたい。
貴方の好きなように動いて欲しいと、いいたい。
でも、もう。
何も伝える事が出来ないから。神様の顔も見られないから。
手を精一杯握る。この願いと、この人への恋心が、いつかこの人に届いてくれるように。
神様ではなく、子孫へと託します。
「結局役に立たず仕舞いじゃったのぅ」
あの後、丸一日をかけて行った神の眠りを村が祝い、眠りについた後、村人は泣いた。
神の眠りを悲しむ村人たちの気持ちが引き起こしたのか降り続く雨に僕らの帰還は一日ばかし遅れその間は菜実君に巫女としての教育を軽く行ったのだが。
しかし僕の教育など余り役には立たないだろう。西へ行き本格的に巫女となると言っていたから紹介状を書いたぐらいで、あの子の実力は正直な所、僕を軽く凌ぐ。
荒魂を一瞬で和魂にするぐらいは可能だろうね。またしても商売敵として厄介な相手が出きてしまったが、西なので僕の居る東には来る事はないだろう。
「それを言ったら僕も同じく何もしていないよ。山野君が解決したんだからね」
僕もまだまだだ。鈍っているとは思わない。
本来ならば巫女という事に気づけたはずだし、一族だというのも理解できたはずだ。それに思い至れなかったのは間違いなく僕の落ち度だろう。
「ふむ。……じゃとしても頭脳担当としては少しばかり悔しく思うがの」
「普段なら君の方が役に立つさ。今回の件が特殊なだけでね」
神が絡む分野ならば山野君が、妖怪の絡む分野なら朱莉君の方が。僕の出番といえば西洋妖怪が絡んだ時ぐらいだろう。
「山野君、起きなさい。そろそろ到着だよ」
駅名のアナウンスを聞き隣でぐっすりと眠る山野君を揺り起こす。
本当に今回は彼に助けられてしまった。
「はぁ……。過去、およそ千年分の悲願、か。長いのぅ。私よりも長い」
「うん。ただ遊びを始めたのは百年以内らしいからね。数十年だと思ってしまったよ」
やはり神の時間感覚はあてにならない。これから同じような依頼が来たとしても気をつけるとしよう。
「そういえば駅で高野の巫女に電話をしたのじゃが」
「……君が電話番号を知っているのは少し驚くが、何をだい?」
「神の正体じゃな。元気、活力に関係する神について聞いたのじゃが、うむ。洒落にならぬ名前じゃったぞ?」
僕の記憶には残念ながら居ないが、まさか神代七代ではないだろう。
その下ならばありえるかもしれないが。
「一応聞いておくがどの神だったんだい?」
神を封印した首飾りを思いだしながら問う。あの首飾りはきっとこれから巫女となる菜実君を守り、力を与えるだろう。
あの子が寿命で亡くなり、村が無くなるまで神の封印は解かれないようにはしたのだし。ただ中の神が外へ出ようと思えばその封印は脆くも砕けるだろうが。
「別天津神じゃ。宇摩志阿斯訶備比古遅神らしいの」
乾いた笑顔で言う朱莉君の言葉がそのまま右から左へ通り抜けそうになる。……名前はうん。聞いた事があるね。
「……聞かなかった事にする。そこまで高位の存在に対して僕の封印なんて意味もないだろう」
その神についての記載は余りない。だが、書物によっては最初に出た神であったり二番目に生まれた神であったりするらしい。
記載がほとんどないが故に謎しかないが。しかし、うん。そんな神に守られていた村は神がおらずともしばらくは加護が続くだろう。
「全く……とんでもないね」
「うむ。私が怖いのは巫女の願いじゃがな」
確かに。そこまで高位の神をやすやすと封印させているんだ。……この間の依頼と言い
全く。
かくも怖きは神に恋した少女なのだろう。
弥生 拾蜂日
旅行は散々じゃった。とは言え収穫もあったがの。
高野の巫女へは上手く誤魔化しておいたが、あそこの村を言うたら飛んで行きそうじゃと思う。
山野はお疲れ様じゃ。




